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110.大事なもの
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翌朝。
遊が泊まりに来ているというのに、マキノがなかなか起きてこなかった。
日曜日だから、春樹は早起きする必要もなかったが、マキノは出勤のはずではなかったか?と首をかしげた。
「・・昨夜、そんなに遅くなかったですよね。」
「うん・・。最近たまにあるんだよな・・。」
「具合悪いんすかね?オレが朝ごはんしましょうか?」
「いやオレが・・・。」
「・・・。じゃあ二人で?」
春樹と遊が顔を見合わせて、ふっと笑ってから冷蔵庫を確認することにした。
野菜とたまごとベーコンとヨーグルトを見つけたし、遊の土産のパンもある。
「春樹さん、やっぱオレがするよ。」
「そう?じゃあオレ、もう一度マキノ見てくる。」
春樹は、朝食を遊に任せて、自分は寝室へと戻った。
「マキノ・・具合どうよ?」
「んー・・起きる。起きられるよ・・。」
「また微熱があるみたいだねぇ・・。」
「お店は・・休もうかなぁ・・。」
「病院行こうか?」
「ううん。それはいらない。」
「なんで? 病院が嫌なの?」
「そういうわけではない。」
マキノはようやくムクリと起きて、今日お店に出てくれるはずの乃木坂さんに午前中お休みしたい旨の連絡を入れている。
マキノは、顔を洗ってからダイニングテーブルの自分の席についた。
「具合悪いなら、寝てればいいのに。」
「そんなに悪くない。ちょっとだるい感じがするだけ。」
遊も気遣わしげにマキノを見ながらレタスをちぎっている。
「フライパンはどれを使うの?」
と尋ねてきたので、シンク下の収納からフライパンを出しにいった。
そして冷蔵庫を開けて、そろそろ使いきらないといけないブロッコリーを出して小房に分ける。男子2人がキッチンに立っているのは、我ながらちょっとむさ苦しい光景な気がする。
マキノがテーブルに頬杖をついたまま、けだるい様子で話しかけてきた。
「春樹さん・・・。」
「なに?」
「わたし、最近コーヒー飲んでないでしょう?」
「・・・そう言えばそうだね。」
「アルコールも。」
「ふむ・・・。」
「人ごみも避けてるでしょ?」
「・・!!!」
そこで一瞬思考がフリーズし、またすぐに急速回転しはじめた。
コ・・コーヒーを飲まなくなったのはいつからだ?
微熱も最近のことだ。7月に入ってからか?
具合が悪いって?大丈夫なのか?病院も行かずに。
でも、その割に落ち着いてるじゃないか?
あんなに・・
あんなに不安がって怖がっていたのに。
春樹が返事をしなくなったのに構わずマキノは言葉を続けている。
「半月ほど前から、微熱があって、時折吐き気がして食欲もあまりなし。」
「もしかして!!」
マキノの言っていることを一緒に聞いていた遊のほうが普通に反応した。
気づくのは自分の方が少し早かったんだが。
「いや、ホントはまだわかんないよ。」
「わかんない?」
「うん調べてないから。でもなんかね、そうだという確信はあるの。」
「確信?おお。やった。やったなぁ。・・春樹さんおめでとう。」
春樹は、遊からいい笑顔を向けられて思わずガバッとハグをした。
「ありがとう。」
「うぉ・・春樹さん・・・。」
「や、わるい。」
ばつが悪かったので、すぐに突き放した。近くにいる遊が悪い。
「・・・なんか、そういう神聖な瞬間に部外者がいてよかったのかな?」
「いいよ。遊もうちの子みたいなもんたから。」
と、マキノは言う。
遊が朝食をテーブルに並べ始めた。
「うちの子?というよりも、家政婦(夫)じゃないか。」
「ああそれいいね。便利に使えそう。」
「いや・・まっぴらだ。灰になるまでこき使われそうだ。」
「ふふっ。」
「春樹さんどうぞ、モーニング食べて。」
サラダとベーコンエッグとコーヒーが並んで、遊は、お土産のパンを温めるためにもう一度トーストしてくれている。
「あっ・・ああ。」
「じゃあ、マキノはコーヒーいらないんだね。」
「うん。麦茶があるの。」
なんで2人が普通に会話しているんだよ。あたりまえのように。
特にマキノ。
・・・落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「遊は、順応性が高いな。」
フリーズが溶けてきて急速回転も収まって頭がようやく普通に動きだした。
「それは,・・春樹さんのほうが大きく動揺したってことだよね。」
とマキノが笑った。
「春樹さんて、いつも冷静なのにね・・。」
遊が我々の様子を興味深く交互に観察している。
「遊・・・見るな。不意打ちなんだから、そこをクローズアップされるのはフェアじゃないぞ。」
「はいはい。じゃあオレ、これ食べたらマキノの代わりにカフェ行くよ。」
「まぁありがとう遊。なかなか役に立つ。・・あっちへ帰るのは何時なの?」
「お昼過ぎ。夕方からバイトがあるから。」
「そうなんだ・・ヒロトも寄るようにって言ってたのに・・。忙しいなら手伝わなくていいのよ。」
「うん、無理はしない。」
そう言いながらも、遊は急ぎ気味に朝食を食べ終えて席を立った。
「マキノ、お大事に。」
「さんきゅ。ランチ時には私も行くわね。」
遊がマキノの代わりに出勤して行ったので、春樹はマキノにリビングに座っているように言って食事のかたづけを始めた。
「ありがとう・・もう少し休んでるね。」
マキノはそう言ってリビングのソファーに横になった。
― ― ― ― ―
今日は、眠くてたまらない日だ。
前回の時も、こんな日があった、これはそうにちがいないと、何日か前から思っていた。
テレビもつけずにウトウトしていると、いつの間にか横の一人がけのソファーに春樹さんが座って雑誌を読んでいた。
「んー・・・片付けてくれてありがとう。」
「いや、いいよ。・・やっぱ遊のほうが、飯のことはセンスがあるな。」
「・・・あの子は、できる子だよね。」
「そうだな。」
「・・春樹さんて、遊のことどう思ってる?」
「ああ・・。」
春樹さんは、読んでいた雑誌を置いて、ぽり・・とあごを掻いた。
「マキノに、やたら懐いている弟?・・ちょっとライバル?」
「ぷ・・・何そのライバルって。」
「・・オレにできないことができる、という意味でもある。・・・が・・・まあいいや。」
「ぷはは・・・。春樹さんがヤキモチやいてるんだ。」
春樹さんはいつものように片眉をあげてから言った。
「・・・なんつうか、でも遊のことは可愛いと思ってるよ。素直でまっすぐだからな。なんだかんだで、オレも世話焼いた気がするな。」
「うん。・・遠くまで行っていただきましたね。進路のことも考えてくれてたし。」
マキノは、ふっと笑った。
「一人で頑張ってるのかな~。寂しくはないかな~。風邪ひいてないかな~。ちゃんと食べてるのかな~・・。今度いつ帰ってくるかな~・・・って思っちゃう。」
「母親みたいだな。」
「なんでだろうね。・・・わたし、遊のこと気になるのよね。」
春樹さんは仕方ないな・・というふうに“ふん”と鼻を鳴らした。
そして
「そっち行っていい?」
と言ってマキノが寝転がっているソファーに移動してきた。
マキノは一旦起き上がって、春樹さんが座ってからもう一度その肩にもたれた。
「まだだるい?」
「ううん。もう起きようと思ってる・・・心配しなくていいよ。」
「病院は?」
「明日行く。」
「うん。根拠はないけど・・なんか大丈夫って気がするの。」
「体が?」
「んー。普通につわりっぽい不調はあるけど、気持ちも体も・・なんか落ちついてる。」
「ふうん・・・。」
「だから大丈夫だよ。」
「うん。」
「マキノ。」
「なあに?」
「ずっと前に言ってた、お城つくろうか。」
「お城?」
「うん。贅沢は承知だけど、・・・うちの離れを建てよう。」
「プロポーズの時に言ってたこと?」
「そう。」
「唐突ですね。」
「前から言ってたんだから唐突じゃないよ。」
「でもタイミングが唐突だよ。」
「離れと言ってもね。キッチン、トイレ、シャワールームもつけて、独立した居住空間にするんだ。」
「ふんふん・・それで?」
「見ず知らずのお客さんを受け入れて、おもてなしをするわけ。マキノが。」
「ほぅ・・そりゃぁ、とてつもなく・・・たのしそうだけど?」
「営業するとしたら、マキノはごはんの提供をしたいだろ?」
「したい! それがお客様を接待する醍醐味だもの。」
「そういうの好きだよなぁマキノは。あ。でも、現金で建てられるほど貯金はないよ。するんなら融資を受ける。」
「えー・・うぁー・・またかぁ。大丈夫かなぁ・・。」
「今ある土地の上に建てるだけだし、少しは貯蓄もあるし、そんなに借りなくても大丈夫だよ。月に何回お客さんを受けてそれで返しているようにすりゃいいかと思ってる。まぁたとえ営業しなくてもオレの給料内でも返して行けるさ。」
「そんなものか。じゃあ大丈夫かな・・。」
「今は、マキノの店も、ヒロトの工房も、だいたい回るようになって来ただろう?」
「そだね。」
「カフェで受けた融資の返済も、ほっといても大丈夫だろ?」
「うん。たぶん。・・ダメだったら敏ちゃんが黙ってない。ギリギリだとしても黙っていないと思うから、余裕があるんだと思う。」
「この2階の部屋は。子どもの部屋にしたいからさ。」
子どもの部屋・・・と言われて、くすぐったい気持ちになる。
「うん・・・」
「自宅と切り離しておけば、自炊もしてもらえるんだし、直接お世話しないでもお客さんをうけいれられるだろ。」
「・・うん。」
「ログハウスがいいと思わないか? 1階はうちの家族との共有スペース、2階がプライベートな感じで・・んで,2階にはウッドデッキってか。ベランダが欲しいんだよね。木製のロッキングチェアとか置いて。」
「それは、春樹さんの希望?」
「まぁね。せっかく余分な物を作るんなら自分の好みも入れたいから。」
「ふふっ。余分で悪かったね。」
「オレが気に入るようにすれば、他にも気に入る奴がいるって。」
「春樹さんもお泊りすればいいんだよ。」
「自分の家に?・・ふむ。そうだな。いいかもしれないなぁ。」
「遊も、昨夜、2階から見る景色がいいって言ってたよ。」
「今度帰ってきたら泊めてやるといいよ。み~んな呼べばいい。家族も、古い友達も、マキノが好きな人みんな。」
「・・みんな,よろこぶかな。」
「絶対よろこぶよ。必ず。」
マキノはなんとなく自分のおなかをなでた。
「わたしの好きな人・・。そして守るべき人・・。」
「・・大変だな、マキノは。」
そう言って春樹さんが笑った。
マキノはにこっと笑って指を折りながら数えはじめた。
「・・・春樹さんでしょ・・。おなかの中でしょ。・・実家もだし・・。ルポカフェ。・・ヒロトの工房。・・従業員みんなと・・その家族と。うちをアテにしてくれているすべてのお客様・・。」
「うちを卒業して行った従業員もなんだろ?」
「うん・・・。だって,・・みんな大事だって思うんだもの。」
「でも、マキノは、みんなの人生まで背負わなくてもいいんだよ。」
「うん・・わかってる。」
「心配しなくても、マキノが助けてやらなくたって、ホントはきっとみんな、ちゃんと生きていく。」
「・・・そうだよね。」
「マキノは、人間が好きなんだね。」
「そうかもしれない・・・でも春樹さんもでしょ?」
「そうだなぁ、だから教師なんかやろうと思ったのかもなぁ・・。」
「みんな、来てくれるかな。」
「うん・・自分たちにとって大事な人が・・・ここに来てちょっとヒトヤスミしてくれると、いいね。」
いつもマキノが言うようなことを、今日は、春樹さんが口にしたので、マキノはコクンと首を縦に振った。
「一緒に考えてくれてありがとう。春樹さん。」
「オレは、考えてないよ、何も。・・・マキノのことだけで、いっぱいいっぱいだから。」
その言葉を受けて、マキノは春樹さんの顔を見上げて笑った。
「私も。大事な物は、間違いませんよ。」
私にとって一番大事なのは、ずっと変わらず・・・春樹さんに 毎日おいしいごはんを食べてもらうことだから・・。
「さて、今日、ランチの時間には、出勤するんだろ?」
「うん。」
「送ってやるよ。」
「さっそく過保護だ。」
「過保護でいいんだよ。」
「じゃあ、甘える。起こして。」
「なんだ・・・仕方ないやつだな。」
もたれていた春樹さんが立ち上がったので、マキノはずるずるともう一度ソファーに倒れていった。
マキノが伸ばす手を、春樹さんがつかんでゆっくりと起こした。
「楽しみだな。」
春樹さんが言った。
「何が?」
「これから先に待っていること、起こること全部。」
「うふ。うん。」
春樹さんに引き起こされて立ち上がったマキノがそのまま春樹さんをぎゅーっと抱きしめた。
なんだか幸せ・・・。
「春樹さん。大好き・・・。」
春樹さんもマキノの頭をやさしく撫でた。
「はいはい。」
そのまま離さずにいると、もう一度春樹さんの声が聞こえた。
「洗濯物干してくるから離してね。」
「はあい。」
マキノは、返事だけしたまま、やはりしばらくそのまま春樹さんを抱きしめ続けていた。
遊が泊まりに来ているというのに、マキノがなかなか起きてこなかった。
日曜日だから、春樹は早起きする必要もなかったが、マキノは出勤のはずではなかったか?と首をかしげた。
「・・昨夜、そんなに遅くなかったですよね。」
「うん・・。最近たまにあるんだよな・・。」
「具合悪いんすかね?オレが朝ごはんしましょうか?」
「いやオレが・・・。」
「・・・。じゃあ二人で?」
春樹と遊が顔を見合わせて、ふっと笑ってから冷蔵庫を確認することにした。
野菜とたまごとベーコンとヨーグルトを見つけたし、遊の土産のパンもある。
「春樹さん、やっぱオレがするよ。」
「そう?じゃあオレ、もう一度マキノ見てくる。」
春樹は、朝食を遊に任せて、自分は寝室へと戻った。
「マキノ・・具合どうよ?」
「んー・・起きる。起きられるよ・・。」
「また微熱があるみたいだねぇ・・。」
「お店は・・休もうかなぁ・・。」
「病院行こうか?」
「ううん。それはいらない。」
「なんで? 病院が嫌なの?」
「そういうわけではない。」
マキノはようやくムクリと起きて、今日お店に出てくれるはずの乃木坂さんに午前中お休みしたい旨の連絡を入れている。
マキノは、顔を洗ってからダイニングテーブルの自分の席についた。
「具合悪いなら、寝てればいいのに。」
「そんなに悪くない。ちょっとだるい感じがするだけ。」
遊も気遣わしげにマキノを見ながらレタスをちぎっている。
「フライパンはどれを使うの?」
と尋ねてきたので、シンク下の収納からフライパンを出しにいった。
そして冷蔵庫を開けて、そろそろ使いきらないといけないブロッコリーを出して小房に分ける。男子2人がキッチンに立っているのは、我ながらちょっとむさ苦しい光景な気がする。
マキノがテーブルに頬杖をついたまま、けだるい様子で話しかけてきた。
「春樹さん・・・。」
「なに?」
「わたし、最近コーヒー飲んでないでしょう?」
「・・・そう言えばそうだね。」
「アルコールも。」
「ふむ・・・。」
「人ごみも避けてるでしょ?」
「・・!!!」
そこで一瞬思考がフリーズし、またすぐに急速回転しはじめた。
コ・・コーヒーを飲まなくなったのはいつからだ?
微熱も最近のことだ。7月に入ってからか?
具合が悪いって?大丈夫なのか?病院も行かずに。
でも、その割に落ち着いてるじゃないか?
あんなに・・
あんなに不安がって怖がっていたのに。
春樹が返事をしなくなったのに構わずマキノは言葉を続けている。
「半月ほど前から、微熱があって、時折吐き気がして食欲もあまりなし。」
「もしかして!!」
マキノの言っていることを一緒に聞いていた遊のほうが普通に反応した。
気づくのは自分の方が少し早かったんだが。
「いや、ホントはまだわかんないよ。」
「わかんない?」
「うん調べてないから。でもなんかね、そうだという確信はあるの。」
「確信?おお。やった。やったなぁ。・・春樹さんおめでとう。」
春樹は、遊からいい笑顔を向けられて思わずガバッとハグをした。
「ありがとう。」
「うぉ・・春樹さん・・・。」
「や、わるい。」
ばつが悪かったので、すぐに突き放した。近くにいる遊が悪い。
「・・・なんか、そういう神聖な瞬間に部外者がいてよかったのかな?」
「いいよ。遊もうちの子みたいなもんたから。」
と、マキノは言う。
遊が朝食をテーブルに並べ始めた。
「うちの子?というよりも、家政婦(夫)じゃないか。」
「ああそれいいね。便利に使えそう。」
「いや・・まっぴらだ。灰になるまでこき使われそうだ。」
「ふふっ。」
「春樹さんどうぞ、モーニング食べて。」
サラダとベーコンエッグとコーヒーが並んで、遊は、お土産のパンを温めるためにもう一度トーストしてくれている。
「あっ・・ああ。」
「じゃあ、マキノはコーヒーいらないんだね。」
「うん。麦茶があるの。」
なんで2人が普通に会話しているんだよ。あたりまえのように。
特にマキノ。
・・・落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「遊は、順応性が高いな。」
フリーズが溶けてきて急速回転も収まって頭がようやく普通に動きだした。
「それは,・・春樹さんのほうが大きく動揺したってことだよね。」
とマキノが笑った。
「春樹さんて、いつも冷静なのにね・・。」
遊が我々の様子を興味深く交互に観察している。
「遊・・・見るな。不意打ちなんだから、そこをクローズアップされるのはフェアじゃないぞ。」
「はいはい。じゃあオレ、これ食べたらマキノの代わりにカフェ行くよ。」
「まぁありがとう遊。なかなか役に立つ。・・あっちへ帰るのは何時なの?」
「お昼過ぎ。夕方からバイトがあるから。」
「そうなんだ・・ヒロトも寄るようにって言ってたのに・・。忙しいなら手伝わなくていいのよ。」
「うん、無理はしない。」
そう言いながらも、遊は急ぎ気味に朝食を食べ終えて席を立った。
「マキノ、お大事に。」
「さんきゅ。ランチ時には私も行くわね。」
遊がマキノの代わりに出勤して行ったので、春樹はマキノにリビングに座っているように言って食事のかたづけを始めた。
「ありがとう・・もう少し休んでるね。」
マキノはそう言ってリビングのソファーに横になった。
― ― ― ― ―
今日は、眠くてたまらない日だ。
前回の時も、こんな日があった、これはそうにちがいないと、何日か前から思っていた。
テレビもつけずにウトウトしていると、いつの間にか横の一人がけのソファーに春樹さんが座って雑誌を読んでいた。
「んー・・・片付けてくれてありがとう。」
「いや、いいよ。・・やっぱ遊のほうが、飯のことはセンスがあるな。」
「・・・あの子は、できる子だよね。」
「そうだな。」
「・・春樹さんて、遊のことどう思ってる?」
「ああ・・。」
春樹さんは、読んでいた雑誌を置いて、ぽり・・とあごを掻いた。
「マキノに、やたら懐いている弟?・・ちょっとライバル?」
「ぷ・・・何そのライバルって。」
「・・オレにできないことができる、という意味でもある。・・・が・・・まあいいや。」
「ぷはは・・・。春樹さんがヤキモチやいてるんだ。」
春樹さんはいつものように片眉をあげてから言った。
「・・・なんつうか、でも遊のことは可愛いと思ってるよ。素直でまっすぐだからな。なんだかんだで、オレも世話焼いた気がするな。」
「うん。・・遠くまで行っていただきましたね。進路のことも考えてくれてたし。」
マキノは、ふっと笑った。
「一人で頑張ってるのかな~。寂しくはないかな~。風邪ひいてないかな~。ちゃんと食べてるのかな~・・。今度いつ帰ってくるかな~・・・って思っちゃう。」
「母親みたいだな。」
「なんでだろうね。・・・わたし、遊のこと気になるのよね。」
春樹さんは仕方ないな・・というふうに“ふん”と鼻を鳴らした。
そして
「そっち行っていい?」
と言ってマキノが寝転がっているソファーに移動してきた。
マキノは一旦起き上がって、春樹さんが座ってからもう一度その肩にもたれた。
「まだだるい?」
「ううん。もう起きようと思ってる・・・心配しなくていいよ。」
「病院は?」
「明日行く。」
「うん。根拠はないけど・・なんか大丈夫って気がするの。」
「体が?」
「んー。普通につわりっぽい不調はあるけど、気持ちも体も・・なんか落ちついてる。」
「ふうん・・・。」
「だから大丈夫だよ。」
「うん。」
「マキノ。」
「なあに?」
「ずっと前に言ってた、お城つくろうか。」
「お城?」
「うん。贅沢は承知だけど、・・・うちの離れを建てよう。」
「プロポーズの時に言ってたこと?」
「そう。」
「唐突ですね。」
「前から言ってたんだから唐突じゃないよ。」
「でもタイミングが唐突だよ。」
「離れと言ってもね。キッチン、トイレ、シャワールームもつけて、独立した居住空間にするんだ。」
「ふんふん・・それで?」
「見ず知らずのお客さんを受け入れて、おもてなしをするわけ。マキノが。」
「ほぅ・・そりゃぁ、とてつもなく・・・たのしそうだけど?」
「営業するとしたら、マキノはごはんの提供をしたいだろ?」
「したい! それがお客様を接待する醍醐味だもの。」
「そういうの好きだよなぁマキノは。あ。でも、現金で建てられるほど貯金はないよ。するんなら融資を受ける。」
「えー・・うぁー・・またかぁ。大丈夫かなぁ・・。」
「今ある土地の上に建てるだけだし、少しは貯蓄もあるし、そんなに借りなくても大丈夫だよ。月に何回お客さんを受けてそれで返しているようにすりゃいいかと思ってる。まぁたとえ営業しなくてもオレの給料内でも返して行けるさ。」
「そんなものか。じゃあ大丈夫かな・・。」
「今は、マキノの店も、ヒロトの工房も、だいたい回るようになって来ただろう?」
「そだね。」
「カフェで受けた融資の返済も、ほっといても大丈夫だろ?」
「うん。たぶん。・・ダメだったら敏ちゃんが黙ってない。ギリギリだとしても黙っていないと思うから、余裕があるんだと思う。」
「この2階の部屋は。子どもの部屋にしたいからさ。」
子どもの部屋・・・と言われて、くすぐったい気持ちになる。
「うん・・・」
「自宅と切り離しておけば、自炊もしてもらえるんだし、直接お世話しないでもお客さんをうけいれられるだろ。」
「・・うん。」
「ログハウスがいいと思わないか? 1階はうちの家族との共有スペース、2階がプライベートな感じで・・んで,2階にはウッドデッキってか。ベランダが欲しいんだよね。木製のロッキングチェアとか置いて。」
「それは、春樹さんの希望?」
「まぁね。せっかく余分な物を作るんなら自分の好みも入れたいから。」
「ふふっ。余分で悪かったね。」
「オレが気に入るようにすれば、他にも気に入る奴がいるって。」
「春樹さんもお泊りすればいいんだよ。」
「自分の家に?・・ふむ。そうだな。いいかもしれないなぁ。」
「遊も、昨夜、2階から見る景色がいいって言ってたよ。」
「今度帰ってきたら泊めてやるといいよ。み~んな呼べばいい。家族も、古い友達も、マキノが好きな人みんな。」
「・・みんな,よろこぶかな。」
「絶対よろこぶよ。必ず。」
マキノはなんとなく自分のおなかをなでた。
「わたしの好きな人・・。そして守るべき人・・。」
「・・大変だな、マキノは。」
そう言って春樹さんが笑った。
マキノはにこっと笑って指を折りながら数えはじめた。
「・・・春樹さんでしょ・・。おなかの中でしょ。・・実家もだし・・。ルポカフェ。・・ヒロトの工房。・・従業員みんなと・・その家族と。うちをアテにしてくれているすべてのお客様・・。」
「うちを卒業して行った従業員もなんだろ?」
「うん・・・。だって,・・みんな大事だって思うんだもの。」
「でも、マキノは、みんなの人生まで背負わなくてもいいんだよ。」
「うん・・わかってる。」
「心配しなくても、マキノが助けてやらなくたって、ホントはきっとみんな、ちゃんと生きていく。」
「・・・そうだよね。」
「マキノは、人間が好きなんだね。」
「そうかもしれない・・・でも春樹さんもでしょ?」
「そうだなぁ、だから教師なんかやろうと思ったのかもなぁ・・。」
「みんな、来てくれるかな。」
「うん・・自分たちにとって大事な人が・・・ここに来てちょっとヒトヤスミしてくれると、いいね。」
いつもマキノが言うようなことを、今日は、春樹さんが口にしたので、マキノはコクンと首を縦に振った。
「一緒に考えてくれてありがとう。春樹さん。」
「オレは、考えてないよ、何も。・・・マキノのことだけで、いっぱいいっぱいだから。」
その言葉を受けて、マキノは春樹さんの顔を見上げて笑った。
「私も。大事な物は、間違いませんよ。」
私にとって一番大事なのは、ずっと変わらず・・・春樹さんに 毎日おいしいごはんを食べてもらうことだから・・。
「さて、今日、ランチの時間には、出勤するんだろ?」
「うん。」
「送ってやるよ。」
「さっそく過保護だ。」
「過保護でいいんだよ。」
「じゃあ、甘える。起こして。」
「なんだ・・・仕方ないやつだな。」
もたれていた春樹さんが立ち上がったので、マキノはずるずるともう一度ソファーに倒れていった。
マキノが伸ばす手を、春樹さんがつかんでゆっくりと起こした。
「楽しみだな。」
春樹さんが言った。
「何が?」
「これから先に待っていること、起こること全部。」
「うふ。うん。」
春樹さんに引き起こされて立ち上がったマキノがそのまま春樹さんをぎゅーっと抱きしめた。
なんだか幸せ・・・。
「春樹さん。大好き・・・。」
春樹さんもマキノの頭をやさしく撫でた。
「はいはい。」
そのまま離さずにいると、もう一度春樹さんの声が聞こえた。
「洗濯物干してくるから離してね。」
「はあい。」
マキノは、返事だけしたまま、やはりしばらくそのまま春樹さんを抱きしめ続けていた。
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天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
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18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
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