マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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御芳にて

Café Le Repos (カフェ・ル・ルポ)

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昼ご飯は簡単に親子丼で済ませて、次は、近所のダム湖に行ってみることにした。
地図で見るとすぐなのだが、車で走ること15分。こんな山の中に本当に湖なんてあるのかしらと不安になりはじめた頃に、木々の間から建物が見えて突然明るい堰堤に出た。

「わぁ。湖だ。」
リョウが少しはしゃいだ声をあげた。
ゆっくりと湖岸沿いを走っていくと観光遊覧船と貸ボートの看板があったので、車を駐車場に停めた。

「リョウちゃん!どれかに乗ってみようよ。どれがいい?」
「ボートがいい。漕いでみたい。」
「よし、やってみようか。」

マキノはカヌーなら漕いだことはあるが、実は普通のボートは初めてだ。
何事も経験。料金を払って桟橋を降りて、係員のおじさんに誘導されてボートに乗り込んだ。底には少し水が溜っている。
「まず、私が漕ぐからね。」
「うん。・・これボートに穴開いてない?」
「そんなことないでしょ。安定するんじゃないのかな。」
勇ましいことを言ったわりに、リョウも慎重だ。
「いくよ。」
おじさんがボートを押して桟橋から少し離れてから、オールをゆっくりぐいっと回す。
ぐいっ ぎいっ ぱしゃ
ぐいっ ぎいっ ぱしゃ
「おおー」
思ったより簡単だった。
「思ったより早い。」
リョウがにこにこと笑ってはしゃいだ声を出した。ボートは座った向きの後ろに向かって進む。他にも何艘かボートが浮かんでいたが、湖は広く誰かとぶつかる心配はなかった。

「進行方向はリョウちゃんが見てるんだから、ちゃんと指示してよ?」
「うん。」
「これ、まっすぐ進んでる?どっちに行きたい?」
湖は堰堤を中心とする三日月形になっていて、右左に大きく分かれて広がっている。
「あっち行こうよ。吊り橋のある方。」
リョウはそう言って進行方向の少し左に指をさした。後ろを向いて進行方向を確認すると、向こうの方に吊り橋が見えた。
マキノは向き直って、リョウの視線を確認しつつ方向を気にしながら勢いよく漕いだ。夏の炎天下も手伝って、わずかな間に汗だくになってしまった。
「あー疲れたー。はぁはぁ。これ結構・・はぁはぁ・・体力いるわ~・・。」
慣れない事だから余分に体力を消耗するのかもしれない。

「私も漕ぎたい。」
「大丈夫かなぁ?よし、そーっと場所変わろう。立ちあがったらダメだよ。」
こんな場所で落っこちたら・・まぁ泳げるけど、かっこ悪い。二人で這うようにして場所を入れ替わったが、ボートはぐらぐらと揺れた。ひゃあひゃあと笑いながら座り直して、今度はリョウが漕ぎ始めた。

ざざざっ ボコボコッ
「リョウさん、進みませんよ。」
「む・・」
オールの向きが斜めになっていたり、オールの支点になる位置がうまく行かないのか、うまく水をとらえられない。かと思えば左右のオールのバランスが悪かったのか、舟先の方向がすいっとずれた。
「リョウさん、落ち着いてくださいよ。」
「どうしてっ? はぁはぁ。マキノさんは。はぁはぁ。うまく漕げてたのにぃ。」
「はは。精神統一だよ。無の境地。」
「むぅぅ・・。」
リョウは一度呼吸を整え、自分が座っている位置とオールの位置と向きと角度を左右とも確認して、それからもう一度慎重に漕ぎだした。
今度は、すいーっとボートが動いた
「お。うまいうまい。精神統一できたじゃない。」
「えへ・・」
「ゆっくりいこう。配分考えて。とばすと疲れるよ。」
「うん。」
ゆっくりだけど、リョウは調子よくそのままつり橋まで漕いで行った。
あちこちに釣り用の桟橋があって何人かが座っている。釣りの邪魔をしないように気を付けながら目標地点まで来ると、堰堤からは見えなかったカヌーが何艇か、湾の奥に浮かんでいた。
「おや、カヌーだ。」
休憩がてらしばらくその様子を眺めた。マキノも学生時代にやったことがあるから親近感がある。大学の時にカヌークラブの人と友達になってスラローム艇やツーリング艇で、一緒に川下りをして遊んだものだ。
ここで乗っているのはだいたいが子どものようで、おじさんとお兄さんの二人が声をかけて指導していた。あっ、一人がひっくり返った。一瞬ドキッとしたが見ているとみんなひっくり返り慣れているようで、そのまま泳いでいる子までいた。ライフジャケットを着ているから安心だ。
カヌーのクラブがあるのだろうか?初心者の体験遊びにしては一人一人自立できている。しかしクラブにしては統制が取れてない。なんだか自由だなぁ。
「楽しそうだねぇ」
「うん。」
リョウも汗だくになっていた。
しばらくその様子を見ながら、オール止めて休憩だ。
湖水はあまり動かないが、風が少しずつボートをゆらす。

「時間制限あるし、そろそろ戻ろうか。」
「ひぃ。こんな遠くまで来なけりゃよかった。」
「替わるよ。帰りは私が漕ぐね。疲れたでしょう。」
また場所を変えて選手交代をした。今度はボートを借りた元の位置までマキノが最後まで漕いだ。マイペースに漕げば苦しくはならなかった。
おじさんにボートから降ろしてもらっているときに、サクラからこれから迎えに行くというラインがとんできた。マキノも了解と返した。
「これから迎えに来るってさ。」
リョウは、黙って静かにうなずいた。

湖を後にし、自宅でアイスティーを入れて2人でまったりとしていたら、夕方の4時頃にサクラは迎えに来た。サクラのお母さんがリョウにごちそうを食べさせるのだとはりきっているらしいので、すぐに帰ると言う。
「連日の長距離運転で疲れてるでしょ。少し休んで行けば?」
「ううん。今日はやめとく。おばば2人がなんか反省しててリョウちゃんを待ってるし。座り込んじゃったら長居してしまうもの。・・ああんもう、わたしマキノのごはん、すごく楽しみなんだよ。せっかくここまで来てるというのに、本当に残念だよ。」
「ごはんが目当てだったの公言してるよサクラ。それでもいいけどね。いつでも来て。」
「早く・・カフェ開業できるといいね。」
「・・うん。頑張る。」
「マキノさん、ありがとうございました。楽しかったです。」
リョウが前回と同じように、礼儀正しくお礼を言った。この挨拶の仕方は、親から教わったのだろうか。
「またおいでよ。わたしも楽しかったよ。」
マキノは、ばいばいと手を振って見送った。
リョウは帰って行ったが、その一人の女の子の存在は、マキノの心に、小さな波を起こしていた。

リョウは、本当は感受性豊かな子だと思う。それが表面に出せていない。
そうなった理由なんかマキノには興味がなかった。中学生の生きてきた世界なんてきっと今の自分の世界よりももっと小さい。でも本人にとっては、いつも手探りで、そして必死なんだということは理解できる。マキノは、自分からそれを解きほぐそうなんて露も思わない。
目の前にいる人も、好きな人でも、親しくても、心の裏側なんて、本当は覗いてはいけないのだ。

明るくはしゃいでいるひとが、楽しんでいるとは限らない。静かにしている人が、おとなしいとも限らない。元気な人が、元気とも限らない。本当のことを知っても、自分は、何もしてあげられないし、人の心に深く入り込んで、痛みを引き受ける覚悟もないし力もない。

今はただ、目の前にいる女の子が、もっと素直に笑えるようになったらいいのにと思って昨日からの時間を一緒にすごしてきただけだ。
何をしてあげるわけでもない。何も押し付けないし、強要もしない。マキノ自身が好きなことをして、おいしいと思うものを作って、食べて、生きているだけ。
リョウと対等に、肩を並べた状態で、この生活に巻き込んでいくことで、自分が受け入れられていることを、感じて欲しかった。

リョウだけじゃない。
今までも、こういうことがいっぱいあった。
失恋して泣いていた友達や、人間関係に行き詰って落ち込んでた友達、レポートが仕上がらないと青くなってたクラスメイトを、微力だけど寄り添ってあげたかった。少しでも励ましになればと、いつも思ってた・・。そして、友達が元気になれば、嬉しかった。
誰もが、仕事や、家庭や、学校や、都会や、田舎、それぞれの場所で、一生懸命生きてる。
そういう人たちが、ふと立ち止まって、張りつめた心の糸を少しでもゆるめることができる、そんな時間と場所を、提供できたらいいのにな・・と思っていたのだ。
 私が求める、やりたいこと。進む道。それって、こういうことじゃないだろうか。

・・心地いいイス。おいしい空気。目にやさしい緑。おいしいコーヒーとごはん。
 頑張る人が、寂しい人が、嬉しい人が、悲しい人が、ひとやすみするための、そういう場所になりたい。 誰かがわたしのお店で、ホッと一息して、そしてそこからまた歩いていけるような・・・。
 
ああっ!!
今、きらりとひらめいた!!

「 ひとやすみ 」 という、ひとつの単語。


「ひとやすみ」は、英語で・・Rest・・うーん。
「休憩」は・・Break・・うーむ。
「憩い」ってなんだっけ・・。

マキノは急ぐ必要もないのに、慌ててパソコンを立ち上げ、翻訳サイトを開く。
サイトが開くと、「憩い」とキーを叩く。
カチッ。Relaxation、これかぁ・・う~ん・・。
「憩いの場」カチッ。Rest area う~ん・・。だめだ、何かが違う。

英語は、目指すイメージと少し違うのかもしれない。では、言語を変えてもう一度
「ひとやすみ」と入力。フランス語に翻訳、カチッ。
『 Repos 』
これは、どう読むの? スピーカーのマークをカチッ。
『ル ポー』
・・るぽ?と聞こえる。フランス語は勉強していないからうまく聞き取れないけど、そう聞こえる。響きがおしゃれでかわいい。こんな音、好きかも。
『休息』と入力、カチッ。
『 Le repos 』
もう一度、スピーカーをカチリ。、
『ル・ルポー』

・・・。

『 カフェ・ル・ルポ 』
どう?

『 Café Le Repos 』
どう?

「ひとやすみのカフェ」「カフェひとやすみ」これで意味はあってるのかな。

うん。

決めた!!! 

店の名前は、

『 Cafe Le Repos 』

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