マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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御芳にて

朝市

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こうしちゃいられない。わたしも走りださなくては!
名前を決めたとたん、むくむくとイメージが膨らんできた。
何かに追いたてられるような気持ちだ。このままじゃ進まない。何かしよう。お金貯まるまで我慢してとか、言ってられない。融資受けてでもスタートできる形にもっていかなくちゃ。

とりあえず、お金のことは調べてみないと前に進まないので、県や町で起業補助金や助成金のような制度がないのかを確認しよう。
お役所の申請などは大抵時間がかかるんだ。不動産を調べるときと同じでまずは行動して、その待ち時間に他のことを進めるぐらいでないと。条件があるのならクリアできるように工夫して、使えるものは可能な限り利用しよう。
土地と建物はもう自分の物になっているわけだから、それを担保にすれば、融資も受けられるかもしれない。銀行にも相談だ。

 お金を借りるという事は、大きな責任を背負うものという思いがあった。自分のような小娘が大それたことをしているんじゃないのか、と腰が引けて「お金が貯まってから」と動けずにいた。もし返せなかったらどうなるのか?何か大事になるんじゃないか。誰かに迷惑がかかるんじゃないか。ネガティブな想像をしては怖がっていた。でも、計画をちゃんと立てて、無理のない返済額にして、まじめに働き続けさえすればきっと何とかなる。そもそも本当にダメだったら、担保に取ってもらった土地と家を渡して実家に帰ればいい。ふりだしに戻るだけ。今自分が持っているモノどれを失っても人に迷惑かけることはない。怖がることなんてない!


融資を受けるには金額の根拠が必要だから、改装のことを具体的に考えなくてはならない。
地元の業者さんに請け負ってもらおうと思ったのだった。この古民家を契約するときにお世話になった不動産屋さんに相談して、工務店さんや設計事務所の伝手を聞いてみよう、そしてこの辺りの口コミも確認しよう。


何をするにも人とのつながりが大事だったのに。
こちらに引っ越してきて約五カ月。ご近所とは最低限の付き合いしかしていなかった。それを反省して、まずは朝市に参加することに決めた。
リョウと一緒に初めて行ったあの朝市、あれは地域の重要なコミュニケーションの場になっていると思った。旬の野菜も手に入れられるだけでなく、私も何か作って出品すればいい。物を売れば多少は収入にもなる。お店を始めるときには、自分の事を知ってくれている人がいるのは大きい。
一見関係なさそうに見えたけど、工務店の情報のことも、バイトを雇う時も、集客の意味においても、よくよく考えたらご近所の人達とつながるところから始めるべきだったんだ。

朝市のメンバーになろう。全てはここから。・・夢は遠くないのだ。
ここまで来てる。この地に来てるんだから。
 

マキノは、昼はケーキ屋さんで働き、空いた時間にはいろいろな計画を練りつつ週末を待った。考えることは山ほどある。改装のことと融資や補助金のことだけじゃない。朝市に出す品も考えなくては。食器や、調理器具・厨房設備のことも、バイトの雇用について、カフェのメニューについても。頭の中を整理しないと、ごちゃごちゃになりそう。
いったい今まで何を考えていたのか。
・・でも、焦っちゃダメだ。自分に言い聞かせる。
そう、焦る必要はない。

じっくりと一週間待って土曜日、満を持してマキノは朝市にでかけた。、ゆっくりと回ってどんなものが商品として並んでいるのか、よく観察してから、おばちゃん達にたずねた。
「ここに出品するのって、参加費用はかかるんですか?」
すると、おばちゃん達が顔を見合わせてどうだったっけ?と首をかしげた。
「んーとね。年会費を払えばよかったと思う。」
すぐに、数人のおばちゃんが集まってきて、そのうちの一人が返事をした。
「あの、どなたが中心にやっておられるんでしょうか?私も参加できますか?」
「できるよ。乃木坂さんに言えばいいんだけど、今日はまだ来てないね。」
「夕方には来るだろうから、言っておいてあげる。」
「ありがとうございます。」
「あなた最近引っ越してきた子よね。」
「名前と電話番号どこかに書いておいて。」
「どうしてこんな田舎に越してきたの?」
「あなた何歳?一人で住んでるの?親御さんは?彼氏はいるの?」
「ケーキ屋さんで働いてるよね?」
マキノがバッグからメモとボールペンを出して名前と電話番号を書いていると、おばちゃん達は、個人情報保護も何かのハラスメントも何も関係のない世界感で、質問をいっぱい降らせてきた。
親愛の笑顔でぐいぐい来る。今までおばちゃん達から積極的に話しかけてくることはなかったけど、もしかして私のこと気になっていたのかな。元気で楽しそうなこのおばちゃん達とは、うまくやっていきたいのだ。近づいてきてくれるならいくらでもお相手はOKだ。質問の束には、何も内緒にすることもなかったので、マキノはおばちゃん達の質問に丁寧に答え続けた。
言葉にならない期待を胸に抱きつつ朝市の広場を後にした。


 翌日、日曜日の夕方、まとめ役の乃木坂さんが、わざわざ家まで説明しに来てくれた。
「はじめまして。乃木坂と言います。朝市スタッフになってくれると聞いたのだけれど。」
「はい。そうなんです。よろしくお願いします。」
玄関先で挨拶をかわしたのち、座敷に上がってもらって説明を聞く。乃木坂さんは、50代ぐらいの小柄でベリーショートのおばさんだった。はきはきとした物言いが気持ちいい。いかにもこの辺りのおばさん達を取り仕切っている感じがする。

マキノがコーヒーを出すと、乃木阪さんは、コピー用紙何枚かをホチキスで止めたものを、バッグから取り出してテーブルの上におもむろに差し出した。
「あら、すみませんね、気を遣っていただいて。じゃあね、簡単に説明しますね。朝市のことは、この冊子にまとめてあるから読んでみて。販売したい物には誰が作ったものかがわかるように値段と名前を書いたシールを貼ることになってます。決まった形はないから、それさえわかりやすくなっていれば他に何を書いてもいいよ。宣伝とか、こだわったところ書いたり、イラストつけたりね。みんな好きなようにやっている。」
「先にコーヒー上がってくださいね。冷めないうちに。」
「はいはい、猫舌だから・・。ありがとういただくわね。」
乃木坂さんは説明を一旦止めて、コーヒーにお砂糖を入れてスプーンでくるくるとまぜた。
「私がこの家で調理したものも出してもいいですか?」
「大歓迎。ただし、衛生には充分注意して。さっきのプリントに管理マニュアルも書いてあるんだけど、何かあったらシールの名前の人の責任になります。」
「はい。よく読んでおきます。」
「あら、おいしい。私、苦いのは吞めないんだけど、このコーヒー、いい香りねぇ。」
「あ、ありがとうございます。」
「マキノちゃんは、クッキーやお餅やこんにゃくが出てるのは見たことある?あんな感じにね。あなたはは何を出してくれるの?楽しみね。あ、みたらしだけ全員で製造販売しているんだけど、その売り上げがこの会の運営費になるの。マキノちゃんも当番の中に入れとくから当たったら手伝って。営業時間は、8時から。最初は3時までしてたけど、午前中に終わっちゃうことが多い。さっさと終われば半日自由になるから、みんなそのほうがいいみたい。」
「設営は自分でするんですか?」
「ううん。テントは毎週決まった所に立ててる。陳列棚は余裕があるからマキノちゃんのが増えても大丈夫。その都度細かなルールは教えてあげるし慣れてきたら自由にするといいわ。各々がお天気や都合で出す出さないを判断してるしお休みの連絡もいらない。時間も適当でいいよ。開始時間より早い人もいるし、九時や十時に来る人もいるし。」
マキノはふむ、とうなずいた。とくに難しい決まりはなさそうだ。その分自己責任というものをしっかりしないといけない。カフェ講習で習った食品衛生マニュアルも見直そう。
「よくわかりました。来週から参加します年会費は今お支払いしてもいいですか?」
「あら、ありがとう。もう半年経っちゃってるから、半額でいいよ。」
「え、いいんですか?ありがとうございます。」
「今は会費の領収書持ってないから、今度朝市に来てくれた時に渡すわね。」
「はい。・・頑張るので、これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくね。」
 
乃木坂さんが帰って行くと、マキノは鼻で大きく息をした。うむ、初めて他人様に自分の作ったものを販売することになったのだ。たすき掛けか腕まくりをしたい気分だ。
まず、出品する品目を考える。山菜ごはん、おはぎ、サンドイッチ、ドーナツもいいな。
 規模の小さい朝市だから、数は少なくてもいい。でも、利益も少しは欲しいから、品数が多いほうがいい。それすなわち、段取りが大変ということだ。
買い物リストを作らなくちゃ。食材だけじゃなく、パック類や買い物用レジ袋なども必要だ。作業をするにあたって段取りを考えると今ある炊飯器は少し小さい。いろいろ欲しいものが思い浮かぶが、近い将来台所が変ってしまうのに、無計画に調理器具を増やさないほうがいいかもしれない。現状の道具でできるかぎりのことを精一杯やろう。

日々のバイトをしながら、週末の朝市のための実務が増えた。一度の買い物では必要なものが揃わなかったり、量的にどれぐらい必要かも見当がつかず、いくつものお店で何度も買い物に行かねばならなかった。一口にスーパーと言ってもいろいろあって、少しずつ品ぞろえも値段も違う。マキノの考えるものを作るために、どこで何を買えばよいか、自然とノウハウと情報が積まれていく。


そして初めての朝市に出品する日となった。
材料を切ったり下準備は前日にやっておいて、当日は朝3時に起きた。おはぎのもち米を炊いてボウルに移したら。すぐに山菜ごはんを炊き、それが炊き上がったらまたすぐに2回目の山菜ごはん合を炊く。小さい炊飯器が大活躍だ。
 ごはんを焚いたり蒸らしたりしている間におはぎのお団子を作って、サンドイッチを作る。ハムカツサンドとミックスサンドとツナサンドを重ねて3種類の一口サイズのものを細長のパックに詰めた。ごはんが焚きあがると粗熱がとれてからパックに詰めて、バランとたくあん、輪ゴムとお箸をセットしそれをまた段ボール箱に詰める。商品の製造という本来の作業に対して付随する作業が思いのほか手間がかかった。充分余裕をもって仕上げるつもりだったのに、全部の作業を終えると、予定していた出発の時間ギリギリになった。

軽自動車に荷物も積みこんで、7時50分。いざ出陣。
乃木坂さんと3~4人のおばちゃん達がすでに来て、準備にかかっていた。テンションをあげておばちゃん達にご挨拶をする。
「おはようございまーす。」
「おはよう。早いのねー。」
山菜ごはん300円×18パック、おはぎ150円×20パック、サンドイッチ300円×9パック、ドーナツ250円×8袋。お店というには少なすぎるけどまずはお試し。
「あなたのは、このあたりに並べて、お金を入れてもらう缶はここに置くといいよ。」
と陳列机の一角を指示されたので、並べるために商品を箱から取り出した。
「あら。おはぎ、おいしそう。私買うから取っといてね。」
「あっ!ありがとうございます!」
「まぁまぁ、これもおいしそう。今日のお昼ご飯にちょうどいいね。ふたつ予約。」
まだ並べてもいないのに、おはぎが一つと、山菜ごはんが二つ売れた。これは面白い。
「いつもと違うもの売ってるの?これ1つとこれ2つとこれ2ついただくわ。」
「あっ、はいっ。ええと、1000円ちょうどになります。ありがとうございます。」
おつりと電卓を用意しておいてよかった。暗算だったら間違えそう。こんなに慌ただしくなると思ってなかったから頭の中は少しパニック。目新しいマキノの物ばかりが大人気だ。また声がかかる。
「これ3パックちょうだい。」
「はいっ900円です。ありがとうございます~。」
うはうは・・売れる。結局開始30分でマキノが持ち込んだ分は完売した。
「明日も来るんでしょ?少し多めに持って来たらいいんじゃない?頑張って。」
おばちゃん達に励まされ、そのあと午前中は、みたらしを焼くのを見学したりおしゃべりしてから帰ってきた。みたらし係りは当番の時だけでいいと言われていたが、顔つなぎのためだ。今回の売り上げは、身内ばかりが買ってくれて、自分も野菜などを買ったので、物々交換と同じこと。正しい経済活動のありようだ。
マキノは、おばちゃん達の期待に応えたくて、午後からまた材料を買い足しに行った。翌日は同じものをそれぞれ五割増しで仕込みをした。嬉しい悲鳴とはこういうことか。

昨夜、睡眠時間が短かったので少々眠い。その上、2日目も仮眠を2時間ほどとっただけだった。前日買ってくれたおばちゃんたちには、おいしかったおいしかったと褒めちぎられ、それが買いそびれたおばちゃん達の購買欲をかきたてて、1日目より増やしたのに、またしても1時間半で全部売れてしまった。いつまでたっても外のお客様にまで回りそうにない。そして、2日連続の強行軍で、睡眠不足と疲れでフラフラだったが、やはり当番でもないのに午前中はみたらしを焼くお手伝いをして愛想を振りまき、そして帰宅した。
マキノは、やりきった感に浸ったままごはんも食べずにぶっ倒れ、夜まで眠り込んでしまった。
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