マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

文字の大きさ
30 / 67
御芳にて

兄弟

しおりを挟む
マキノは、翌週からまたケーキ屋さんのバイトに復帰した。
その翌々日の水曜日からは、ついに改装に取りかかってもらえることになった。
心の準備も物理的な準備もほぼできている。冷蔵庫などの大物はそのままだが、荷物は全部下の階へ移動してあるし、特にすることもない。設備が整えば保健所にも申請しなくてはいけない。いよいよだ。

工事が始まると、リョウがいなくなった寂しさを感じることもなく忙しい日々がすぎていった。
郁美さんは、夕方にマキノが帰って来るのを待ち構えていて、要所要所で相談を入れ、コンセントの位置や棚の高さなど、マキノに意見を聞いて確認しながら進めてくれる。
この丁寧さが、信頼を預けるに足るのだと思う。

その土・日には、また朝市出品することも復活した。
日曜日の午後からは、イズミさんの義弟さんの佐藤先生と約束したお芋ほりの日だ。どんどん忙しくなる。


お芋掘り当日は、佐藤先生が、お兄さん・・いわゆるイズミさんの旦那さんから軽トラックを借りて、マキノの自宅まで迎えに来てくれた。

「おはようございます。」
「佐藤先生、おはようございます。先日はいろいろありがとうございました。」
「いや、今回は無理を言いまして。この間は体調の悪いときに電話して悪かったね。」
「いえいえ、こちらこそ失礼しました。」
役員さん達とは待ち合わせていた途中のスーパーですでに待ってくれていた。
「こんにちは~。無理を言って申し訳ありません。4年生のクラス役員の私、大塚と、こちらは橋本さんです。」
「今日はよろしくお願いします。」
「菅原マキノです。契約した畑が思っていたより大きすぎて、どうやって掘ろうかと思っていたので助かります。よろしくお願いします。」

スーパーの駐車場で慌ただしく自己紹介をかわし、サツマイモ畑へ車2台を連ねて走る。30分弱の道のりを、軽トラックのあとから役員さんたちの車がついてきた。

佐藤先生は、背が高くてなかなかの爽やか笑顔さんだ。ちょっとかっこいい。この間は熱のせいで顔すらよく確認しなかったけれど、リョウが「マキノに似合いそう。」と言ったことを思い出して、いやいや・・と小さく首を振った。でも、こんな若くて元気な先生が担任だったら楽しそうだ。活発なクラスの子ども達が想像できた。

「菅原さんの家は、もう工事が始まってるんだね。」
「そうなんです。」
「お店が始まるのを義姉さんが楽しみにしてるよ。」
「・・期待にお応えできるのか、不安だらけです。」
「不安かぁ。」
「イズミさんには、いろいろご無理をお願いするかもで・・。」
「大丈夫だよ。君なら、きっとうまくいく。」
「・・そ、そうかな。」

思っていなかった力強い言葉に、頬が緩んだ。本当は根拠のない「大丈夫」は、好きではない。でも、この人が言うと、本当に大丈夫な気がした。

現地に到着すると、前回もやったように、ツルをよけてマルチをはがし、工事で使うような大きなシャベルで土を掘り起こしていった。またネズミを掘り起こしてしまうんじゃないかと、最初は多少ビクビクしたが口にはせず、それを考えないように作業をした。

そういえば、前回はこうしてうつむいた時に頭が重くて苦しかった。今日のほうが体がよく動く。
イズミさんがとても頼りになったのと同様、当然ながら佐藤先生はスタミナもあって力強くてどんどん仕事がはかどった。体の基礎が違うなぁ。と思いながら作業を進めていたら、逆に、ふいに佐藤先生が言った。
「菅原さんって、体力ありますね。そろそろ休憩入れませんか?」
「いいえ! 体力なんて、ありませんよ!」
役員さん2人が同時にぷっと笑った。
「体力ありますあります。本気でスタミナが違うわねぇ。あぁ腰が痛い。」
「先生も菅原さんも、お若いからね・・。こちらはもう、限界ですよ~。」
役員さん2人は、頑張っている佐藤先生とマキノに対して休憩を言い出せずに、ふうふうしていたようだった。

「あああっ、気がつかなくてすみません。」
マキノは、持ってきたバッグから大きなシートを出して広げた。皆に座るように勧めて、ウエットティッシュとサツマイモ入りのパウンドケーキを座り込んでいる役員さん達に配り、ポットのコーヒーを紙コップに注いでいった。皆の顔に笑顔が浮かんだ。
「あー。コーヒー嬉しい。ありがとう。気が利くのねー。手作り?」
「はい。近所の朝市にこういうのを焼いて出してるんです。」
「ああ、木立橋の近くの空き地でやってる朝市ね。あ・・おいしい・・。」
「ウエットティッシュまで。至れり尽くせりね。このケーキ、本当にしっとりしてる。」
「こういうのを親子行事でやりたいけど、4年生では無理かしら・・。」
役員さん2人は勢いよくおしゃべりを始めて、そこまで無理をしていたのもたたったのか、おしりに根が生えて動かなくなった。
マキノは、5年生にどれぐらいのことができるのか考えてみたが、あまり想像がつかない。
「道具がそろっているなら、あとは分量と順序とタイミングを守るだけですけど。卵白を泡立てるハンドミキサーが無かったら腕力もいりますね。」
「そこを聞いただけで、親がついてても、難しそう。」
「うん、できる人はいるだろうけどね、確実に何人かは無理。私とかね。」
「先生が仕切って、子ども達に指導していただいたらどう?」
「僕、調理は無理ですよ。親子行事は役員さんに頑張っていただくのが基本ですしね。」
「そうねー。すると、やっぱり失敗のないイモもちとスイートポテトかな。」
「それでいいんじゃないのかな~。子ども達は手で自由がある方が喜ぶでしょ。」
「そうね。楽しむのが目的だから。」
しばらくおしゃべりをして、お菓子も食べ終えたが、役員さんたちはお尻をあげるのが辛そうだった。行事で使う分のイモは千円分で十分なようなので、それ以上つきあわせるのは申し訳なく、一旦クラスの分のおイモを車の後ろに積み込んで、このまま現地で解散することになった。

「菅原さん、ありがとうございました。おかげで充分な材料がお安くで用意できました。」
「こちらこそありがとうございます。お疲れさまでした。」
「大塚さん、橋本さん、僕はもう少しここの作業を手伝います。帰り道わかりますか?」
と佐藤先生がたずねた。
「わかります。あの広い道を反対に行くと。駅のところに出るでしょう?」
「そうです。」
「最後までお手伝いすればいいんだけど、ごめんなさいね体力なくて。」
「私たちの代わりに、先生、頑張ってくださいね。」
「はぁ・・。」
役員さんたちが冗談を言って顔を見合わせて笑った。
「残りはうちの仕事ですから。みなさんありがとうございました。」
「菅原さん、ありがとうございました。今日はお疲れさまでした~。」
役員さん達は、マキノと佐藤先生が作業の続きをするのに先に帰ってしまうことを恐縮しながらも、自分たちの体力に見合った判断をして、挨拶をかわして帰って行った。
それを見送ってから、佐藤先生はマキノを振り向いて言った。
「さてマキノさん、この残り、やってしまいましょう。」
「え、あ、はい。」

あ。今、マキノさんって言った?と返事をしてから気がついた。・・さっきまで菅原さんだったのに。父兄の前だから苗字で呼んでたのかな。そのわずかな近づきに何かふわりと温かさを感じる。
畑は・・と見ると、掘り残し分がまだ十五mぐらい残っている。全体の約3割だ。
「すみません。わたしの仕事なのに。先生、あの、きつくないですか?」
「僕なら、体を動かすのは大丈夫ですよ。マキノさんがお疲れなら、後日手伝ってもいいけど、兄貴のトラックを借りる都合もあるし、今やっちゃったほうがいいでしょ?」
マキノは思わず笑った。
「・・先生って、お兄さんと似てますね。」
「え、そう?あまり似てないって言われるけど・・。」
2年前にパンクした時と同じだ。佐藤さんの兄弟は、困っているのを感じて、こちらが頼まなくても助けてくれようとするのだ。

「あと・・、さっきから思ってたんだけど、先生っていうのは、やめて欲しいな・・って。」
「えーでも・・。じゃあなんてお呼びすれば・・。」
「なんでもいいです。先生じゃなければ。苗字でも名前でも。」
そう言われても、下の名前は知らないし・・。
「じゃあ、・・佐藤さん。お言葉に甘えて。この後のお芋掘りですけど、自分一人じゃ心が折れるところでした。一緒にお願いできるでしょうか?」
「いいですよ。やりましょ。」


そこから二人は猛然と力をふるって、おしゃべりもせずに最後まで掘りきった。
また軽トラックいっぱいのサツマイモが掘れた。用意していた袋が次々と畑に並んでいく。30㎏入る袋だがいっぱいまで詰め込んでしまったら重くて持ち運びができなくなるので、中身は半分ぐらいまでにしてある。
軽トラックにそれを積んで、持ってきたショベルや道具を積み込み、本日の作業が終了した。

畑からの帰り道、2年前にタツヒコさんにお世話になった時のことを思い出していた。さっき兄弟で似ているなと感じたせいだと思う。あの時のタツヒコさんと同じように、弟さんもクラッチを踏んではミッションのレバーをカコカコと動かし、シフトを上げていく。アクセルを軽く踏んでクラッチをつなぐ。このあんまり綺麗じゃない軽トラックと安っぽいエンジン音もあの時と同じ。
親切を親切だと思わせないさりげなさ。お兄さんと弟さん・・雰囲気は少し違うけど、性格の傾向は絶対同じだ。

「佐藤さん。ホントにありがとうございました。涙が出そうなくらい助かりました。」
「いいえ。どういたしまして。」
「お礼に・・サツマイモの入った袋。いくつか持って帰り・・ます?」
「いや・・いや。それはいいです。そんなにあっても食べられません。兄貴の家にもすでにたくさんあるし。2本。2本いただきます。それでも実は、多いかもしれないです。」
そりゃそうだった。普通の家庭でこれだけのサツマイモを消費できるわけがない。

「えっと、じゃあ・・お礼はどうしよう。あっそうだ。改装が終わったら私、お世話になった方へのお礼に、食事会をしようと思っているんです。佐藤さんもいかがですか?」
「おっ?それは・・・お礼なんていらないって言いたいところだけど、・・マキノさんお料理が上手だから、ちょっとそそられるな。」
「お料理は好きなだけで、素人ですよ・・ええとね・・わたしここに来るまで、いっぱい恩をもらっているんです。お兄さんの達彦さんやイズミさん、山本モータースさんご夫妻と、ポムドテールのご夫妻・・他にもいろいろ。みなさんは私に、親切や恩なんて全然意識はしてないと思うんですが。だけど、私が嬉しかった事のお返しをしたいんです。」
「僕なんか、それほどのことしてないって。クラスで必要なものを調達に来ただけで、むしろこちらが無理を言ったことだから。でも、そう言ってもらうのは嬉しいな。」

「・・あれ・・?」
「どうしました?」
「あの、佐藤さん、さっき・・料理上手って言いましたっけ・・?」
「うん。」
「なんでそんなことが・・・?」
佐藤さんはぽりりと頭をかいた。
「僕ね、山菜ごはんも、おはぎも、サンドイッチも、食べたことあるよ。」
「ええっ?佐藤さん、朝市に買いに来てましたっけ?」
「うん。自分がマキノさんから直接買ったのは1回だけね。姉さんからもらったり・・マキノさんのことは朝市で出品し始めたころから、ちょくちょく見かけて知ってた。」
「えええーっ。わ、私って・・全然・・全然周りが見えてないですね。」
「仕方ないよ。あのにぎやかなおばちゃん達に囲まれて、いつも忙しそうにしてたから。」
「すっ、すみませんっ。」
「あやまることじゃないって。オレは・・実は一度マキノさんと話をしてみたいなって思ってたんだ。他にもそう思ってる人いると思うよ。」
「あ・・」
「熱を出してた時も、おせっかいだとは思ったんだけど・・。」
「あぅっ、あああっ・・その節はお世話にいっ、わたしちゃんとお礼も言ってな・・。」
「ひとり暮らしなのは聞いてたし、困ってるだろうと思って。」
「すみません。すみません。私。イズミさんが気にして来てくれたんだと思ってて、佐藤さんが心配してくれてたこと・・実はあんまり意識してなくて・・。」
「オレは、ただ車を出しただけだからね。」
「かっ、重ね重ね本当に失礼しました。あの、あの、私この町でそんなに目立ってますか?」
「目立つも何も・・。みんな顔見知りばかりだから、新しい顔が来ればみんな興味を持つよ。それが田舎の人間の特性だから・・。」
「うぅ・・・。」
「僕だって最初は不思議に思ったし。マキノさんは都会で仕事していたのに、なんでこんな田舎の古い家に住みついたのかな?って。」
「ぅぅぅ・・。」
そんな話をして、マキノが顔を赤くしたり青くしたりしているうちに自宅に帰りついた。

「ほら、おイモさっさと降ろすよ。」
「ぅ・・ぅ・・」
「いや。そんな動揺しなくていいって。みんなマキノさんのこと歓迎してるし。」

佐藤さんは、マキノの家の裏庭に車を停めて、下の階の勝手口の前にサツマイモの袋をどさりどさりと降ろしていった。そして、全部を降ろし終わると、さっさと車に乗り込んだ。
「じゃあ。・・また。」
「ちょっ、ちょっとまっ・・ちょっと待って。」
「なあに?」
「えっと・・えっと、下の名前、佐藤・・・なんておっしゃるんですか?」
「はるき。」
「あっ・・そうか。そう言えば、イズミさんが春ちゃんって・・。」
「そう。イズミさんも兄貴んちの子ども達も、春ちゃんって呼んでるよ。」
「春ちゃん・・」
「うん。季節の春に、樹木の樹」

「はるき・・さん。」
春樹さんが、にっこりと笑って、そしてうなずいた。

・・・名前は、春樹さん・・・。

「じゃ。」
と、軽トラックのドアを閉めて、春樹さんは帰って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...