マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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春樹視点(1)

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今日は日曜日だ。今年の夏は猛暑の予想らしい。しかし、それだけではなく年々暑さが増しているように思うのは気のせいだろうか。
春樹は、暑さで一度目を覚ますと、それ以上寝ていられなくなって仕方なくのそりとベッドから立ち上がりエアコンをつけた。

寝起きの体は少しだるく、汗をかいて気持ち悪かったので、着ていたTシャツは洗濯機に放り込み、自分はシャワーで汗を流す。日曜日だというのに早く起きてしまった。
バスタオルで頭をごしごしと拭いて、ダイニングのイスの背もたれに引っ掛けた。上半身は裸のままインスタントのコーヒーを淹れ、食パンの上にスライスチーズをのせて焼く。食卓に置いたパソコンでネットニュースをななめ読みしながら、ゆっくりと朝食をとった。

さて、今日は・・何をするかな。と、春樹は考えはじめた。
いつの頃からか、まとまった時間が少しでもあると、ただじっとしていることに落ちつかなさを感じるようになり、小さくてもいいから目的を探しまう。それは別に大層なことでもなくて、そう言えば二学期の算数の授業で使う小道具を探そうと思ったのだが・・ああいや、学校にあるもので作ってしまえると判断したのだった。では、運動会に備えてシューズと靴下を新調するか・・あれこれと思いを巡らせる。

春樹は今、近所の小学校の5年生の担任を持っている。夏休み中だから何か忘れていないかと、仕事の事ばかり思いめぐらせてしまうが、日曜日ぐらい何も気にせず遊んでもいいのだ。今、おもしろい映画はやってなかったかな。
朝食を食べ終えると、カップと皿はさっと洗って伏せ、目的を決めきれないままジーンズに足をとおしてTシャツを着た。

とりあえず家からは出てみようと玄関を出た。車を停めている倉庫兼ガレージは、父親がまだ元気だった頃に兄貴と三人でDIYをして建てた。素人仕事の扉が重く開け閉めが面倒なので、最近は開けっぱなしになっている。町場なら不用心だが、この辺りじゃ鍵をかける習慣すらない家もあるぐらいだ。倉庫に置いてある物は、車以外はガラクタばかり。自分は一応車とバイクに施錠している。
人口の少ない田舎の町は、そこらじゅう顔見知りばかりだし、国道からこの前の道を上がるのは我が家の関係者だけ。誰かが来ればすぐわかる。

条件反射で愛車のWRX―S4のロックを開けようとして、その横にカバーをかけたままのもう一つの愛車に意識が止まった。
そういえば、しばらくエンジンを回していないな。梅雨前から二か月以上放置している。埃っぽいカバーをはずすと、カワサキ900Ninjyaが姿を現した。二学期が始まると土曜日曜もなにかと行事が入ることも多いから、今のうちに少しエンジンを回しておくか。今日の目的が一つ、定まった。

一度家の中に入って夏用のライダースジャケットにそでを通し、ヘルメットとグローブ等を抱えてバイクまで戻ってきた。
タオルや財布などをジャケットの内ポケットにしまいこんで、シートにまたがってからグローブをはめ、暑苦しいヘルメットをかぶった。

サイドスタンドを畳み、両足でバイクを支えたままキーを差して、イグニッションスイッチを押す。
ギュルン。・・ドゥルルル ルルルル・・低くうなるようなアイドリング。いい音だ。
あばれ馬を乗りこなすようなつもりで選んだバイクだったが、そのうち大きなパワーを意のままに操ることが快感になった。教師という職業柄、無茶な事をするつもりもないし、もともと乱暴な乗り方が好きではないから、コイツの持つスペックを持て余していると言えばそうかもしれない。日本の公道を正しく走るためだけであれば、これほどの性能は必要なはずがない。

一旦バイクを降りて、向きを変えるためにハンドルにぐいと力を入れて引っ張った。バイクを移動させるのは、腕だけでなく腰と自分の体重を利用すれば意外と楽だ。
そしてもう一度シートにまたがりアクセルを軽く握り、ドルルン、ドルルンとエンジンの回り具合を確かめる。
最近はなんとなく、ビッグバイクを乗り回すのはもう卒業かなという意識が芽生え始めていた。6月の車検の時に、しばらく車検切れのまま置いておこうかと少しためらったが、乗りたいときにすぐ乗れないでは困るし、まだ手放すのも惜しく、結局有効期限までにきちんと受けた。

これでもうしばらくは楽しめるな、と安心しつつも、あと2年経って次の車検の頃にバイクというモノに対する意識がどう変わっているか・・。好きだからこそ買ったものだが、今あまり面倒を見てやれないのは、体力や時間とは関係なくモチベーションのせいではないのか?と反省する。自分の気分でコイツの一生を自分が台無しにしてしまうのはかわいそうだ。・・モチベーションなんてものは意識して上げ下げするものでもないしな。

ま、2年後のことは2年後に考えよう。とりあえず今は気の向くままに乗ればいい。
そんなことを考えつつ、クラッチをそっとつなぎバイクを発進させ、自宅の横の坂道をアイドリング音のまま静かに走り下りた。


細い坂道から国道に出ると、春樹は今日の気分で左へ進路をとった。バイクを走らせるのが目的であって、行先もまだ考えていなかった。まずは南東の方角へ、一級河川の紀野川沿いに上流へと向かった。30分程もすれば、徐々に山は深くなって同時にカーブも深くなってくる。そのカーブを抜けだすときの加速は気分が良い。
田舎の峠道だが、最近はよく整備されて二車線のきれいな道が続いている。平地と比べれば気温も少しは低い。バイクを倒しタイヤが路面を充分にグリップしているのを感覚で捉えながら、ワインディングロードを丁寧に走る。
途中、水分補給のために道の駅に入った。屋台に出ている焼き鳥がうまそうだったので、エアコンの効いた休憩所でおにぎりと一緒に食べながら休憩を取った。再度出発し1時間ほどかけて隣の県にまたがる峠からまた違う峠へと一気に梯子をした。似たような山道ばかりだ。県南部の中央にある山地を横断した格好で、出発した時とは反対の西側から地元エリアに戻ってきた。
このまま行けばあと十分でまた自宅に戻ってしまうという時、わざと帰路からはずれ交差点を左に曲がって国道を離れ、茅野湖の方へと向かった。

茅野湖は、地元の御芳町に唯一ある人口のダム湖で、、何十年も前に潅漑用として作られたものだ。自然の山の形を活かして川をせき止めてできている。
小さな集落が一つ、水の底に沈んだのだと小学生の頃には地域学習で習った。近所の年寄りからも昔話を聞いたことがある。水の少ないときなら、沈んだ家の屋根などが見えるポイントもあるらしい。

堰堤の方には観光客用の貸しボートや遊覧船も出ているが、春樹はそちらには向かわずに、運動公園の方へと走った。こちらからも湖が見えるのだ。ここの体育館内のジムを毎週利用しているから、慣れた場所なのだが、今日はいつも車を停めるロータリー横の駐車場を通り過ぎて、体育館の裏側の駐車場も迂回し、利用者などに気を配りながらそろそろと公園内の敷地を奥へと進んだ。

湖岸近くに公園があり、陸上競技場の横から、ジョギングや散歩ができるよう、その広場までアスファルトの道路が整備されている。広場の周辺には細かな砂利が敷かれていて、そこに釣り客の車が何台か停まっていた。

春樹は、砂利でバランスを崩さぬように注意を払いながら自分のバイクもその並びに停めて、エンジンを切った。
バイクにまたがったままヘルメットを脱ぐ。マシンの音が消えると、空気が変った。セミの声がぎんぎん鳴り響いている。風が動かなくなるとエンジンからの熱があがってきて、一気に暑い。

茅野湖は、湖というには少し狭く、景観も平凡で取り立てた特徴もない。大々的に観光客を呼び込めるほどの魅力はありそうには思えなかった。
水が少なければ土肌が見えてもっと殺風景だが、しかし、今日は湖の回りの木々のそばまで豊かに水を湛えている。自分の記憶にあったよりも水位が高くて、木々の間から見える湖面がいつもより美しく見えた。

・・ここの透明度はどうだったっけ・・なみなみとした湖面を見ていると、底を覗いてみたいというちょっとした好奇心が頭の片隅に湧いた。水辺の近くまで行くか、吊り橋まで歩いていくか・・。バイクから降りて砂利の上でも安定するよう気をつけてサイドスタンドを立てた。ミラーにヘルメットをかけると、どこかから子ども達の喧騒が聞こえてくるのに気付いた。
辺りを見回すと、広場の端の倉庫が開いていて、中に舟らしきものがいくつも見える。そういえば春頃、町のカヌー部が部員を募集していたことを思い出した。
この運動公園が運営している総合スポーツクラブの活動だ。町内の小学校に周知して募集していたから、知っている顔がこの運動公園にいてもおかしくない。

バイクは自分の私生活そのものとも言えるから、できれば大っぴらにしたくない気持ちがあった。
オンとオフの顔を使い分けているわけでもなかったが。一旦バイクから降りたものの、子どもに見つかってしまうまでに逃げるかな・・と思ったとたん、「佐藤先生こんにちは。」と声がかかった。

振り向くと、見たことのある父兄が日傘を差して近づいてきた。
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