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カフェ開業へ

改装工事の完了

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春樹さんの話は、マキノにとってはいろいろ衝撃だった。けど、言われてみればそのとおりだ。自分は「古民家カフェ」のイメージを膨らませて、おしゃれな和モダンを頭の中に描いているが、地元の人達からすれば平凡な中古の家。
わざわざ町から田舎に、それも務めていた会社を辞めてまで引っ越してくるなんて、変わり者以外の何者でもないだろう。

 まわりから興味を持たれていたことに気づかなかったのは、自分の目の前のことばかりしか見ていなかったから・・。でも、おばちゃん達や春樹さんの好奇心は、いやな気はしなかった。「自分と話をしてみたかった」なんて思われていたと聞くと面映ゆかった。

 それと、さっきは思いつきのように口にしてしまったけど、お世話になった人を食事に招待したいというのはずっと考えていたことだ。特にタツヒコさんには、2年前から何かお礼をしたいと思っていた。

改装ができあがる頃には、テーブルや食器や座敷席を整っているはずで、ノウハウも自信もないけれど、しっかりとお献立を考えて、身近な人に練習台になってもらって、今の私の精一杯を受け止めてもらいたい。

メニュー・バイト・集客・厨房の準備・・・どこから手をつけたらいいのか。考え事がメインになりつつ、たらいに水を張ってイモを放り込みざぶざぶと洗っていく。
お芋は朝市で売り出すのに簡単にきれいにしておく。水が冷たい。
タオルで水気を拭き取り土間に転がしておいて、おイモがよく乾いたら分量が均等になるように分けて袋に入れてテープで留め、値段シールを貼っていく。サツマイモは、湿ったままで放置しておくとすぐ傷む。掘るときに傷をつけたおイモも、どんどん加工しなくちゃいけない。7割ほどは朝市に出品するとして、あとの3割は自家消費及び朝市の商品へ加工する分。使いきれない分をうまく保存できたらいいのだけれど。やり方を調べて少しずつ経験を積んでいくしかない。

郁美さんが監督してくれている改装工事の方は、順調に進んでいるようだ。配線や配管も全部確認してくれるので心強い。金額が見積もり額からどれぐらい変わるのか不安だけど、図面だけじゃ想像できなかった仕上がりが楽しみだ。改装の進み具合に合わせて、郁美さんが厨房機器と中古の冷蔵庫を設置する手配もしてくれた。

マキノは問屋街に出かけたり、リサイクルショップやネットショップを見て、余計なものを買わないよう自制しつつ、なるべくセンスを統一して食器や家具をそろえて回った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


十二月中旬。郁美さんから、もうすぐ改装完成との報告が入った。
予定どおりだ。

保健所に確認してもらう日も郁美さんに相談して申請してあるし、年内には開業準備が整うだろう。工事中も、時々様子は見てはいたが、外観は相変わらず古びていて、進んでいるような実感はわかなかった。マキノには建築に関する知識が全然なかったので、全部大工さんがするのかと思っていたけれども、仕事はいろいろ専門分野に別れていることを知った。総指揮をとる工務店。クロス・タイル・塗装・電気設備・ガス・屋根・建具。その日によって専門の職人が入れ代わり立ち代わりで作業をする。
 完成確認の日、郁美さんからあれこれと説明を受けた。

工事の最中は、家中汚れを防止のマスキングや土足で上がるためのシートが敷かれていたり足場を組んであったりで物々しかったが、完成と同時にカバーしてあった部分がすべて取り外され、散らかっていた建築道具も消えて一気にすっきりした。
最後に取り付けられた玄関の回りの焼杉が、ただの古家を、古民家カフェらしく変貌させてていた。
 店内は郁美さんと相談して選んだ厨房の設備が全部取り付けてセットされていた。

製氷機や店舗用の冷蔵庫類も稼働している。玄関から左側は厨房へ、右側は座敷へ、目の前は木のテーブルでカウンターになっていて、中から食事を出すための台にもなる。カウンターの横は陳列棚。座敷の方へは靴を脱いで一段上がる。靴を置くための棚も作られていた。奥の台所まで土間だったところが全部厨房。思ったより広いかもしれない。カウンターの座敷側の足元は杉の板が敷いてあるので、そこにはお客様が座るイスを並べよう。

 キョロキョロと目を輝かせて妄想を膨らませているマキノに、郁美さんが声をかけた。
「お気に召しましたでしょうか?」
「はい。もちろんです。本当にありがとうございました。お疲れさまでした。」
「途中で配線が傷んでいるのが見つかっちゃったから、少しオーバーしちゃったけど・・。」
「それはもう、必要な事だから覚悟してました。」

郁美さんから最終的な請求書をもらった。郁美さんの見積もりが出るのと同時に融資を申請して、それが通って振り込まれていたから、通帳の残高から充分支払うことができた。この後にまだ補助金も入るから余裕がある。心強い。
「やっとここまで来たって言う気持ちと、ここからが頑張りどころっていう気持ち。返済を考えると身が引き締まります。」
「マキノちゃんなら大丈夫だよ。地面の分のお家賃がいらないのは大きいよ。」
「そうですね。」

「そして、これは言われてなかったけど、私が勝手につけたの・・この玄関の上に暖簾をつけられるようにほら、これ取り付けて・・。」
「ああ・・・そういえば・・うっかりしてました。」
「この、三角にする立て看板と、このボードも。大工さんに頼んだら余った材料で作ってくれたから。コルクボードを貼りつけたり、黒板にしてメニュー書いてもいいと思うよ。」
「わあ・・早速使わせていただきます。ありがとうございます・・。」

保健所から確認に来るのは3日後だ。郁美さんから言われた日を申請したからタイミングがぴったりなのは当然なのだけれども、間に合わせるのに頑張ってくれたに違いない。
 マキノはお世話になった職人さん達に食事をしてもらいたかったが、郁美さんにたずねると、改装でお祝いをする人は少ないし、それぞれの職人さん達はすでにあちこちの仕事へ散ってしまっているから、わざわざ集めてまで宴会をする必要もないと辞退された。


三日後に保健所の審査が入って、許可が下りた。
開業の準備に始めるにあたって、まずはイズミさんを召喚だ。これからの経営について一緒に話し合いながら、コーヒーを淹れる特訓をしたり、ドリンクやフードのレシピを決めていくのだ。
座敷の席のレイアウトや、掃除と片付け、ディスプレイ。厨房の使い勝手を考えたり、頼んであった食器の搬入があれば、その使い方と効率を確認しながら収納したり、提供までの作業の流れを考えたり、こまごまとしたことはきりがない。
町の商工会議所を紹介してもらったり、経理に必要な伝票類をそろえたりもした。

毎日バイトに通いながらなので、あれこれ考えることが多すぎて、だんだん不安と焦りが勝ってくる。本当は今日からでも営業しても構わないのだ。
ルミエールのオーナーとかわしたクリスマスイブの午後までという約束が、今となっては少々恨めしかったのだが、ここで恩を裏切るようでは、この先この地での自分の未来はない。
焦らなくても大丈夫。お店を開くのは自分のペースでいい。ルミエールが終わるまでは、責任を持って仕事しなければ。

マキノがバイトから帰ってくる時間帯に、イズミさんは時々、まるで友達のところへお茶をしに来るように覗きに来てくれた。主婦の夕方は忙しいから、少しの時間で帰ってしまうけれど、特訓と称してドリンクやフードの練習するのがとても楽しかった。
熱を出した時も助けてくれたし、今、自分の仕事を一緒に考えてくれる人がいることがとてもありがたく、イズミさんが、姉のように感じられて心強かった。



クリスマスイブ、ルミエールのバイトの最終日。最後のご奉仕なので、23日と24日は夕方6時までがんばることになった。いつもより3時間長いのだけれど、いつもより忙しくて休憩も取れないので12時間労働は少々きつい。しかし、最後まで笑顔で乗り切る。
たくさんのお客様が、注文していたケーキを取りに来る。大方は家族でクリスマスパーティーをするのだろう。夕方以後はだんだん客足が穏やかになり、店頭も落ちついてきた。、マキノは十八時を過ぎてからぺこりと頭を下げて、オーナーに挨拶をした。
「お世話になりました。いろいろ勉強になりました。どうもありがとうございました。」
「こちらこそありがとう。助かったよ。それで、今日はパーティーの予定でもある?」
「あったらこんなに働いてません。」
「ははは、さみしいねぇ。これ、ボーナス。」

オーナーは、バイト代の袋に加えて、金一封と小さなケーキの箱を持たせてくれた。
「カフェ、頑張って。マキノちゃん専用焼き菓子の試作しとくね。これからもよろしく。」
「こちらこそです!よろしく願いします。」

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