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カフェ開業へ

ここに、ある。

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万里子姉が持って来てくれた寄せ植えは、シンプルな四角い形の薄いピンク色のテラコッタだ。
中心には樹形の整ったオリーブ。この木はシンボルツリーになりそう。
その枝の一つに「開店おめでとう」というハート型のカードが掛けてあった。
白妙菊や赤いシクラメン・ビオラ・アリッサム。盛りだくさんだ。

看板でお店らしくなった上に、寄せ植えの花で華やかになり、玄関先が開店したばかりの真新しい感じが加わった。
「すごい。きれい。大きくて立派だぁ。ホントにありがとう。母さんにもちょっとずつ借金返していくからね。」
「稼げるようになってからでいいよ。」

母さんと万里子姉にも、煮込みハンバーグを食べてもらうことにした。ボリュームはいらないと言うので、ごはんは少なめ。母さんみたいな人のために、あっさりメニューも必要だな。この近隣は年配の人が多いし。

「どうぞお召しあがりくださいませ。」
「はい。いただきます。」
母さんと万里子姉は、小学生のように声をそろえた。

「仁美ちゃんと敏ちゃんもいかがですか?」
「ううん。家族が帰って来るから、もうそろそろ私たちは帰るわ。」
「明日からは、順番に出勤するね。」
「はい。よろしくお願いします。」

イズミさん達は、出勤する順番を決めるために、3人でそれぞれの予定をすり合わせて、話し合いはじめた。他所から来た得体のしれない私なのに、未熟で頼りない自分を支えて協力してくれる敏ちゃんと仁美さんの期待や応援が嬉しくもあり、同時に責任を感じる。

マキノは、仁美さんと敏ちゃんの分、そして、まだ顔を知らない高校生の分も、イズミさんのと同じノートにタイムカードの欄を作った。


 しばらくして、万里子姉と母さんとが席を立った。

「そろそろ帰るから、体に気をつけて、頑張ってね。」
「うん。ありがとう。頑張る。」
「楽しそうにやっているのを見て、安心したよ。皆さんと仲良くしてね。」
「母さんも体に気をつけて。たまに母さんのごはん食べに帰るよ。。」

母さんと万里子姉は、満足した様子で、寄せ植えだけでなくご祝儀まで包んでくれていた。マキノは、それを潮に、早めに店を閉めることにした。


慌ただしい一日が終わり、イズミさんは最後まで片づけを手伝ってくれた。
帰り際には、マキノもイズミさんを送り出すために一緒に玄関の外までついてきた。

「イズミさん、今日は予定もなかったのにいっぱいお手伝いしていただいて、ありがとうございました。」
「ほんと。急に思いついたことでも、すぐに言ってくれれば一応考慮するのにさ。できないことはできないっていうから、遠慮しなくていいんだよ。」
「はい。ありがとうございます。」

イズミさんは、ここまで家族みんなで散歩がてら歩いて来たので、帰りも徒歩だ。

玄関先で言葉をかわしていた二人は、少し離れて店の構えを振り返った。


この家も、初めてマキノがこの家を見たときとはずいぶん印象が変った。ウッドデッキや、改装で手を入れた部分はは新しい材が使われていて、玄関回りの焼杉とその横の看板と、寄せ植えと、春樹さんからもらった机のおかげもある。

今は、誰が見ても立派にカフェに見える。

「身内ばかりだったけど、ランチがいくつか出て、実際に営業したときの感じがつかめてきたね。」
「いろいろ改善点も見えたし、行けそうだという実感もあります。」
「もう、営業しているのが目につくようになったから、もっとお客さんが来るよ。朝市のおばちゃん達も、近所の工場の人達も休憩しに来るよ。観光客も来てくれると思う。」
「だと、嬉しいな。」

「まだ、やりたいことあるんでしょ?モーニングとか。」
「あ・・そうなんです。朝市も続けたいし、テイクアウトもいいなって。」
「マキノちゃんは、頑張り屋さんだね。」
「いえ・・必死なだけです・・。足りないところだらけ。」

「そんなことないよ。誰にもないものを持ってると思うよ。」
「全然・・。でも、頑張ります。」


やっとここまで来ることができたという気持ち。半分は、まだまだこれからと言う気持ち。
なにか改まった気持ちになってイズミさんに丁寧にあいさつをした。

「これから、どうぞよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」



元旦に書いた案内状が、まもなくあちこちに届くだろう。
元職場の同僚や先輩。サクラとリョウ。学生時代のサークルやゼミの仲間、そして恩師。高校時代の部活仲間も。親戚や、幼馴染にも。

みんな、来てくれるだろうか。

これから、ここで。私の大事な人達に、おいしいごはんと、ひとやすみする時間を、分けてあげられたら、いいな。


夢はもう、ここにある。
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