マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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カフェをめぐる物語(1)

退院

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翌日のお昼には、バイクを運転していた男の子のご両親がお見舞いを持って訪ねてきた。
高校生の二人乗りだったとは聞いたが、マキノは、運転していた本人の顔を全く覚えていなかった。

本人が謝罪に来ると言われたなら、そんな子どもに謝らせるなんて気持ちいいものではないな・・と思っていたので、保護者が来てくれてほっとした。ご両親からは平身低頭あやまられて、治療費はすべて保険で出るらしいことと、自転車を新品にして返してくれると告げられ、自転車のカタログを置いていった。もちろん一番安いものでも中古でも自転車ならなんでもいいのだけれど、せっかくの申し出だし、カタログを眺めてしまう。不謹慎ながらちょっぴり嬉しい。
お見舞いの焼き菓子の詰め合わせも、ちょっぴり嬉しい。

病院では、イズミさんが揃えてくれた入院グッズのおかげで、それほど不自由もなく過ごすことができた。ただ安静にしていればよいだけだと思っていたが、起床から就寝まで、病院の規則正しいスケジュールが決まっていて、検温と血圧測定など、様々な記録をつけたり、回診もある。シャワーも許可され、コインランドリーを使ったりして、意外にすることが多く、あまり退屈することもなく一日が過ぎていった。
もともとテレビがなくても平気な生活を送っていたから、日常生活はスマートオフォンの充電器さえあれば充分だ。
イズミさんは、ほぼ毎日顔を出し、様子を見に来てくれて、必要な物や食べたい物、やっておいて欲しい事などを尋ねてくれた。
何が欲しいとか、足りないとか、我儘など一切言うつもりもないが、その気持ちがありがたくて、涙が出そうだ。


入院してからというもの、マキノは、主治医が回診に来るたびに「なるべく早く帰りたいです。」と希望を伝えていて、5日目の水曜日の夕方に、やっと退院の許可が出た。
「内出血は外側だけだし、そのたんこぶの腫れも徐々に引いてるし、特に異常は見られなから、家でも安静にするなら、明日退院でもいいかな。」
「ありがとうございますっ!」
「元気なお嬢さんだね。ちょっとでも違和感があったら診察に来るんだよ。」
「はいっ!」

その退院が決まった日の夜、事故の日以来、顔を出してくれなかった春樹さんが来てくれた。
笑顔が見ることができて、とても嬉しかったけれど、・・なんだか気恥ずかしい。


「もう退院するの?一週間経ってないよ?無理してない?」
「うん。大丈夫。じっとしてるのがつらい。」
「誰かに迎えに来てもらわないの?イズミさんに言った?」
「明日の朝に言うつもり・・これ以上迷惑かけられないよ。」
「仕事の時間がうまく空いたら、オレが迎えに来てあげてもいいんだけど・・。」
「とんでもない。大丈夫だから。」

その日の春樹さんは、以前のように優しくて穏やかで明るくて、普通だった。
「私、店に戻ったら、春樹さんのごはん作るよ! 明日の帰りに、お店に寄ってね。」
「・・・。」
マキノは会話の中で何度か夕ご飯のことを話題に出したのだが、春樹さんは、その度にふふっと笑っただけで、否定もしなければ積極的な肯定もしなかった。遠慮しているのか迷っているのか、結局、はっきりした返事を聞くことはできず、マキノの一方的な「来てね。」のお願いで話が止まったままになった。



翌日、木曜日の午後に退院の手続きをして、一人で帰ることにして、タクシーを呼んだ。
入院の費用も、帰りのタクシー代も、今後の通院の費用も、保険から支払われると説明を受けていた。一連の費用が発生することについて自分に原因があるとは全く思わなかったけれども、たくさんの人にお世話になると、なんだか申し訳ないような気持にもなる。


たった5日間だったが、病院にいる間に荷物は随分増えていた。時計や、スリッパ、インスタントコーヒーやマグカップなどのちょっとした物と、タオル類と着替え。そのほとんどがイズミさんが気を効かせて持って来てくれたものだ。タクシーの運転手さんが、店の前でその大きなバッグ二つ分の荷物を下ろしてくれた。

玄関には、『休業中』の貼り紙が貼ってある。イズミさんの字だ。まずは、帰って来たことを連絡しなければ。

「イズミさん、いろいろありがとうございました。もうお店に帰ってます。」
「もう帰って来てたの?車で迎えに行ってあげようと思ってたのに。」
「何から何まで・・すみません。もう大丈夫だから。ゆっくり荷物でも片付けます。」
「無理しちゃダメだよ。お店は?まさか明日は開けないでしょう?」
「はい、明日はお休みで。」
「じゃあ、何かして欲しいことがあったら言ってね?ホントだよ?」
「はい。ありがとうございます。」

イズミさんと電話をしながら、ヒーターとエアコンをつけてあちこちを確認していった。だんだん寒さは緩んで来ていたが、ひと気のなかったお店はとても冷たかった。
このところずっと、お店のことしか考えてこなかった自分なのに、5日間も不在になってしまったことに、少し罪悪感を感じる。伝票・冷蔵庫・冷凍庫・食品庫・食器棚。全部きれいに片付いていて、座敷も厨房もきれいにお掃除がしてある。たしか炊飯器に残っていたはずのごはんも、厨房のゴミ箱の中もからっぽだった。


ああでも、仕込みも一からやり直しだなぁ。明後日からは営業できるかな。
マキノは、休業中の貼り紙はそのままにして、ごそごそと厨房で動き始めた。

後頭部のタンコブも小さくなったし、いいかげんじっとしているのに飽き飽きしていた。
持って帰った洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチを入れた。その間に家事を進めていく。


今日は・・・、
春樹さんが、ご飯を食べにくる。
いらない・・とは、言われてない。
だから・・来てくれる。はず。
今日は、私が、春樹さんのごはんを作るのだ。


・・フンフン

・・フンフン

・・フンフン、らーららー♪
おっと・・鼻歌が自然に・・・。

何にしようかな~。買い物せずに帰って来たけど、冷蔵庫にはいろいろ材料が残っている。
5日間放置したから、傷んだものもあるかもしれない。
食材の整理も兼ねて、片付けて。

あ、ヤマトイモがある…とろろ食べたいな~
とろろをするとなると、麦トロ。押し麦はない・・。代わりに十五穀米がいいな。
今日は和食でいこう。
よかった・・菜の花はまだ傷んでない。からし酢味噌がいいな。
それから、冷凍してあったえびを叩いてエビだんごに・・挟み揚げもいいな。レンコンも、大丈夫。
ゴボウもさっと煮ておこう。天ぷらにするとおいしいから。はさみ揚げと一緒に揚げよう。ボリュームが足りなければ、とり天もいいなぁ。鶏ムネ肉を解凍・・っと。
そして温まるものも欲しい・・。冷凍の牡蠣がある。そうだ、一人鍋にしよう。牡蠣と水菜の‥ハリハリ鍋。みぞれでもいいかな。それがいい大根おろしもどっちも入れよう。

・・・。

ハッ・・・。

よく考えたら、毎日ごはんを作るって・・・プロポーズしてるのと同じじゃないかしら?
味噌汁作ってくれとかいうプロポーズのセリフもあったよね。

わたしったら・・、
わたしったら、なんて迂闊なの!!なんておバカなの!!
バカバカバカ。うわぁあああ・・・と頭を抱え・・。

ま・・まぁ。ごはん食べると元気になるって言う意味だったし、きっと‥分かってくれてると思う。
うん。大丈夫。・・そういうことにしておこう。
そうじゃないと、かっこ悪すぎるわ。

はぁ・・・妄想しすぎて、少々疲れた・・。



洗濯機がピーピーと終了のお知らせを告げているのが聞こえた。
今日は静かだから聞こえたけれども、一階に置いてある洗濯機の音は、普段はあまり聞こえない。
一旦、一階の軒下に洗濯物を干した。
普段マキノが寝ている部屋のお布団は、押入れには仕舞わず簡単に畳んで隅に置いてある。
一階も寒い。ブランケットを持って上がろう。お客様用に、ひざ掛けを用意するといいかも。
あたたかいし、お客さんがきっとリラックスできるだろう。


五時を過ぎたので、炊飯器のスイッチを入れた。
もうすぐ春樹さんが来る。
下準備はできたが、時間はまだある。

病院から帰ってずっと動き続けていたが、やはり少し疲れたなぁ。
これは妄想のせいじゃない。5日間寝てばかりだったから、体力が落ちたかも。
ちょっと休憩。
座敷に座布団を並べて、ファンヒーターの前でブランケットをかぶってころんと横になった。


炊飯器が厨房でフツフツと音をたてはじめた。
・・・だんだん眠くなってきたよ・・。
ごはんの仕上げは・・、春樹さんの姿を見てから始めればいいか・・。



・・・。



「マキノちゃん・・具合悪いの?」
「げっ!」

春樹さんが、すぐ横であぐらをかいて座っていた。
いつのまにか寝ていたようだった。
慌てて起き上ったが、私ってホントお間抜けだ・・。
「いえ、あっあの、おはようございます。元気です。」
「鍵もかけずに、不用心にもほどがあるよ?」
「たった今、そう自覚しています。」
「体調は?」
「体調?いいです。おなかも空いてます!」
「・・なんかテンション高いね。」

冷静に観察してる春樹さんの視線がつらいよ。
トホホ・・こんなつもりじゃなかったのに。
「いや・・ばつが悪かったもので・・。ところで春樹さんって好き嫌いある?」
「あんまり・・・ないと思う。」
「了解。10分で用意しますよ。」

マキノはそう宣言して手早く料理の仕上げにとりかかった。

一人鍋をガスコンロに乗せて火をつけて、揚げ油にも火をつけて、先にすりおろして味をつけてあったとろろにアオサ海苔をぱらっと振って、茹でてあった菜の花にはからし酢味噌をたらりとかけて。
天ぷらの衣を溶いたのボウルと、天ぷらにする材料を冷蔵庫から取り出して、薄力粉をパラパラと振る。まだ揚げ物の油の温度が上がってこない。間がもたないので、TVなど小さな音量でつけて春樹さんにリモコンを渡した。

「あわてなくていいんだよ?」
「うん。下準備してあるから、すぐできるの。」

結局、思いついた天ぷらの種は全部揚げて、それを天ぷら敷紙の上に盛り合わせる。
一人鍋が煮えてきたので、木製の鍋敷きに乗せる。麦ごはんをよそって、箸置きとお箸を、いつもの杉トレイに並べていく。今日は気分で、緑茶じゃなくてほうじ茶を入れた。

マキノは、それを座敷の方へと運んできた。
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