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カフェをめぐる物語(1)
家出少年くん
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花矢倉に着くと、まずは女将さんが出てきた。
「まぁ、マキノちゃん。今日はとってもかわいらしいわね。誰かと思った。」
「第一声・・それですか・・。」
「遊君・・心配したのよー。もうすぐ高野さん来るから。こっちで待っててね。」
女将さんは、遊を、フロントの奥のマキノが最初に面接した時の応接コーナーへと連行していった。
一人ソファーに座らせて、今度はマキノにおいでおいでと手招きして、一緒に売店の留守番に入った。
売店からは、遊の後頭部だけが見えている。しばらくすると板長さんが来て話をしているようだけど、話声は聞こえない。叱られているようには見えない。
女将さんがこっそりと教えてくれたことによると、遊はこの旅館の板場の中でも随分イレギュラーな存在らしかった。
家族とうまくいかず家出同然で出てきて、同級生のカズがいるこの旅館にもぐりこみ、そのカズがオヤジさんに相談して、今は親の承諾も得てここの世話になっているということだった。
「板場さんには板場さんの会があってね。うちの旅館は会を通して板場さんと契約してるのよ。遊ちゃんが初めて来た時って、梅雨の時期でお泊りのお客さんが少ない時だったし、申し訳ないけど、契約外の子のお給料までうちでは出せないって言ったのね。でも、板長さんって面倒見がいいでしょ。いつも似たような子を預かって面倒見てるから、追い返せなかったんでしょうね。・・うちも寮の中のことまでは関知しないから、住み込んでるのは目をつむるって言ったの。板場のお手伝いをしてもらってる分、うちからはお小遣い程度出してるけど、あの子の分は、高野さんが自分のお給料から分けてるんじゃないかしら。」
「結構な・・わけあり物件ですね。」
「・・うんまぁ。話してみるとすごくいい子なんだけどね。家出するようなやんちゃな感じじゃなくて、どっちかというとおとなしいかなって思う。家の事情は聞いたこともないし・・。カズ君とは仲良くしてるけど、他の兄弟子君たちとは、ちょっと打ち解けてない感じかな・・仲悪いわけでもないけど。」
そこまで話したところでお客さんが来たので、しばらく話が会話が途絶えた。
マキノはしばらく考えて、売店からお客さんがいなくなってから女将さんに話しかけた。
「今日、遊君ね、私が出かけている間に来てて、パートさんが一人でてんてこ舞いしているときにお手伝いしようかって、買って出てくれたらしいんです。バイトさんも私の知り合いだって言うから、信用して厨房に入れちゃったんですよ。」
「あら、そうだったの。」
「正直言って、すごく・・助かりました。遊くんここに居場所がないって言うんでしたら・・・うちで仕事してくれるとありがたいかもです。・・でも、住み込んでもらう場所までは、ないんですよね。」
「うーん・・・。なるほど。」
女将さんは少し考え込んだ。
「もう少しここのお留守番お願いできる?ええと、8時半頃まで。」
「いいですよ。」
女将さんはフロントで話をしているオヤジさんと遊のところに入って会話に混ざった。
マキノは女将さんから言われた時刻を少し過ぎたところで、売店を閉めて、フロントに戻ってきた。
オヤジさんが、マキノに頭を下げた。
「僕がいたらなかったために、お世話をかけて申し訳なかったね。」
「いえ、そんな。板長さんなのにそんなことしちゃダメですよ。」
遊の表情は見えないけれど、自分の上司にあやまってもらって、何を感じてるかな・・。
「遊、マキノさんになんて言うんだ?」
「マキノさん。今日はお世話になりました。よかったら僕を雇ってください。頑張ります。お給料少なくてもいいです。」
あーらまー・・短い時間で決心しちゃって・・。
「そんなに、ここがつらい?」
「いや・・仕事はつらくないです。それよりも・・僕の為に仕事も無理やりつくってもらってる感じで、いなくてもいいのにって、みんなから思われながらここにいるのは、きついです。・・でも・・。それでも家に帰るのは嫌です。」
「わかった。じゃあはっきり言うわね。」
マキノは一つ深呼吸をした。
「ちゃんとした生活があって、バイトに来てくれると言うなら、今日のあなたを見てたらわかるけど、とてもよく働いてくれると思うし、来てくれたらありがたいです。
でもね。仕事をしてもらうからと言って、あなたの生活を私が背負う義理はないと思うの。ここは旅館だから、住み込んで仕事するのは普通だけれど、うちのお店に住み込みしたいと言われても困るし、通って来てもらうとしても全部自力でできないとダメなんです。あなたは今、誰かに頼らないと生きていけない状態よね。」
「・・・・。」
遊は黙ってしまった。
「住むところや、通勤のことを補償してほしいって思ってるならお断りするけど、自活した上でお仕事したいって言ってくれるなら、来てほしいと思います。・・・どう?できるかな?」
「・・・・・。」
「んー・・・そうね。」
遊が黙ってしまったので、女将さんが助け舟を出してきた。
「マキノちゃん、私からの提案なんだけどね。・・遊ちゃんが来た6月から今まで、十ケ月間になるのね。頑張ってた姿も見てるし、これも縁だと思うから、期間限定でうちの男子寮にいてもいいことにしましょうか。マキノちゃんとこまで通うのは自力でするのよ。カズ君にバイク借りてもいいけど、ただ甘えるんじゃなく何かで返さなくちゃね。ちゃんと話し合うこと。わかる?」
女将さんは続けた。
「ああそうだ。いいこと思いついた。お家賃をいただくわ。うちで働かないわけだからね。
いくらにしよう・・・一万円は高いか・・。五千円でいいかな? うちの旅館に入れるんじゃなくて、男子寮に住んでる、あの子たちに支払えばいいわ。もともと仲良くやってたんでしょ? 気まずいことでもあった? この際、腹を割って話合えばいいんじゃない?」
遊は一点を見つめている。いろんなことを考えているんだろう。
仕事、間借り、通勤、居場所、お家賃を払えるかどうか。自分の勝手な都合で転がり込んで、仕事を手伝わずに逃げてだすのを、兄弟子たちが納得してくれるかどうか、ついでに、家出してきた自分の家のことでも考えているのかな。
「私たちの前で、お話する?」女将さんがそう言った。
「僕もいてあげよう。」と、板長さんも言った。
「はい。」
その場で兄弟子たちが呼ばれて、遊が頭を下げ、そのまま男子寮に居続けられることになった。彼らは、もともと遊のことをわずらわしく思っているわけでもなんでもなく、今後、家賃として自分たちの自由になるお小遣いが入ることを喜んだ。それでお菓子でも買おうかと、無邪気に話しをしている。
遊は、明日からカズのバイクでマキノの店まで通うことに決まった。
帰り際、マキノは、板長さんにこっそりいくらお給料を払えばいいか聞いた。
それは、
思っていたよりもずいぶん安かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、立原遊くんがうちのスタッフに加わります。よろしくお願いします。」
「お願いします。」
遊は、主婦パートさんやバイトさんとお初で顔を合わせるたびに同じ挨拶をさせられたが、なんだか楽しそうな様子だった。
そして、いつのまに誰に聞いたのか、マキノがバイクを持っていることを知っていて、関係もないのに、隙あらばバイクを触りたいようだった。
「マキノさんのバイク乗っていいですか?」
「ダメです! 誰にもさわらせません。」
「乗らないとバッテリー死にますよ。」
「必要な時は自分で乗ります。ほっといてください。立原遊君は、自分のバイクを買わないといけません。もちろん原付ね。中古のね。」
こういった不必要な馴れ馴れしさには毅然とした態度を取らねばならない。
「いいよ。」なんて単語だと、「さわらなくてもいいよ。」なのか、「さわってもいいよ。」なのか、どうとでも都合よく判断できてしまうから、おことわりのセリフもはっきりと。
ダメな物はダメと言わなければ。
遊のことは、甘やかしちゃいけないので、ここはオーナーとして思う存分雑用を言いつけてやるつもりで、いろいろ作戦を練っている。
「遊くん、ここでは君は一番下っ端なので、雑用を率先してやらなければなりません。」
「はい。」
「私が、君にコーヒーの淹れ方を教えるので、休憩の時間には、みんなの分を君が淹れてください。」
「はい・・。」
「お店が忙しくても、みんながうまく休憩を入れられるように、配慮するんですよ。」
「はぁ・・難しいですね。」
「難しくありません。順番にすればいいだけです。」
「忙しくてもですか?」
「そう。それと、みんながブラックコーヒーを飲むのではないので、それぞれの好みを覚えてください。君の責任ですよ。」
「はい・・。」
そのやりとりを聞いていて、あとから真央ちゃんが少しひっそり気味の声で話しかけてきた。
「マキノさんって、遊君にちょっと厳しめですか?」
「そうだよ。」
「不良だったからですか?」
「ぶっ・・。遊は不良じゃないよ。」
「そうなんですか?」
「しゃべってるうちにわかるよ。・・それに本人は私のこと、全然厳しいなんて思ってないと思う。ほら、ニヤニヤして聞いてるでしょ?」
「そうかな・・。」
「大事なバイクに触らせろとか、本当に怖かったら普通言わないよ。なめられてるのよ。私は。」
「ま・・まぁそうですかね。」
真央ちゃんが肩をすくめた。
遊と初めて会った時は、板場の若い子達と一緒だったし、家出少年だと言う噂もあったし、髪の毛も茶色に染めてパーマでもしているのか?という感じに見えたこともあって、あまり真面目じゃない・・いわゆる世の中に対してとがっている不良少年かな?という第一印象があった。
しかし少し話をしたら、遊の中身は全然とがってなくて、どっちかというと素直で人懐こくて素朴。
派手に見えた外見も、実は生まれつき色素が薄いだけで、肌は色白、瞳の色も、髪の毛も茶色、おまけに天然パーマだったと聞いて、むしろそのギャップが面白くなってきた。
第一印象の呪縛をはずしたとたん、好感度が少し上昇だ。
イケメンとは何故か認めたくないのだが、顔のパーツも整っていて、細身で、一般的に見ると長身の部類・・。(春樹さんよりは少し低い。)
白いシャツに、黒のジーンズでカフェエプロンをつけると、なかなかさまになった。
マキノは、最近は7時半からお店を開けている。
そう聞いて、遊は、マキノがお店を開けるのと同時ぐらいにきちんと出勤してくる。
“上司より早く”というのは板場で身についた習慣なのかもしれない。
板場の朝は当番制で朝食を作ることになっていて、その日の人数によって5時であったり4時であったり、超早朝から仕事に入らねばならなかった。板場の縦社会では先輩より遅いのはご法度だ。なので必死で起きたんだそうだ。
厨房では、板場で一年仕事していただけあって、庖丁や食材の扱いが慣れた様子だ。
「さすが、板場だね。」
「まさか・・。オレなんて板場のいの字にも届いてないよ。」
「遊は、花矢倉でどんなことしてきたの?」
「そうだなぁ・・。最初はでっかい鍋ばっか洗ってた。その次は小学生の林間学校の・・キャベツの千切りばっか・・それで庖丁の練習したようなもんかなぁ。」
「1人で何か作ったりはしなかったの?」
「んー、板場のまかないなら一人でやってた。けど、お客さんに出す物は一人ですることは・・まずないなぁ。」
「そうだね。板場さんたちは役割分担してるものね。」
「時間が足りなくなると、盛り付け手伝ったりはするけど。そのあとは、野菜の下ごしらえも、随分やったかも。」
遊は、自分が花矢倉旅館でやって来たことを、自慢も謙遜も誇張もせずに淡々と話をした。キャベツの千切りを頼めば、慣れた手つきであっという間に必要量を刻んでしまい「これだけでいいの?」と言った。
真央と未来はその手慣れた様子に「おおーっ」と感心していた。
勤務時間が長いため、ヒマな時間に研修が進んで、遊はどんどん仕事を覚えていった。
おかげで、マキノの仕事は格段に楽になった。
「まぁ、マキノちゃん。今日はとってもかわいらしいわね。誰かと思った。」
「第一声・・それですか・・。」
「遊君・・心配したのよー。もうすぐ高野さん来るから。こっちで待っててね。」
女将さんは、遊を、フロントの奥のマキノが最初に面接した時の応接コーナーへと連行していった。
一人ソファーに座らせて、今度はマキノにおいでおいでと手招きして、一緒に売店の留守番に入った。
売店からは、遊の後頭部だけが見えている。しばらくすると板長さんが来て話をしているようだけど、話声は聞こえない。叱られているようには見えない。
女将さんがこっそりと教えてくれたことによると、遊はこの旅館の板場の中でも随分イレギュラーな存在らしかった。
家族とうまくいかず家出同然で出てきて、同級生のカズがいるこの旅館にもぐりこみ、そのカズがオヤジさんに相談して、今は親の承諾も得てここの世話になっているということだった。
「板場さんには板場さんの会があってね。うちの旅館は会を通して板場さんと契約してるのよ。遊ちゃんが初めて来た時って、梅雨の時期でお泊りのお客さんが少ない時だったし、申し訳ないけど、契約外の子のお給料までうちでは出せないって言ったのね。でも、板長さんって面倒見がいいでしょ。いつも似たような子を預かって面倒見てるから、追い返せなかったんでしょうね。・・うちも寮の中のことまでは関知しないから、住み込んでるのは目をつむるって言ったの。板場のお手伝いをしてもらってる分、うちからはお小遣い程度出してるけど、あの子の分は、高野さんが自分のお給料から分けてるんじゃないかしら。」
「結構な・・わけあり物件ですね。」
「・・うんまぁ。話してみるとすごくいい子なんだけどね。家出するようなやんちゃな感じじゃなくて、どっちかというとおとなしいかなって思う。家の事情は聞いたこともないし・・。カズ君とは仲良くしてるけど、他の兄弟子君たちとは、ちょっと打ち解けてない感じかな・・仲悪いわけでもないけど。」
そこまで話したところでお客さんが来たので、しばらく話が会話が途絶えた。
マキノはしばらく考えて、売店からお客さんがいなくなってから女将さんに話しかけた。
「今日、遊君ね、私が出かけている間に来てて、パートさんが一人でてんてこ舞いしているときにお手伝いしようかって、買って出てくれたらしいんです。バイトさんも私の知り合いだって言うから、信用して厨房に入れちゃったんですよ。」
「あら、そうだったの。」
「正直言って、すごく・・助かりました。遊くんここに居場所がないって言うんでしたら・・・うちで仕事してくれるとありがたいかもです。・・でも、住み込んでもらう場所までは、ないんですよね。」
「うーん・・・。なるほど。」
女将さんは少し考え込んだ。
「もう少しここのお留守番お願いできる?ええと、8時半頃まで。」
「いいですよ。」
女将さんはフロントで話をしているオヤジさんと遊のところに入って会話に混ざった。
マキノは女将さんから言われた時刻を少し過ぎたところで、売店を閉めて、フロントに戻ってきた。
オヤジさんが、マキノに頭を下げた。
「僕がいたらなかったために、お世話をかけて申し訳なかったね。」
「いえ、そんな。板長さんなのにそんなことしちゃダメですよ。」
遊の表情は見えないけれど、自分の上司にあやまってもらって、何を感じてるかな・・。
「遊、マキノさんになんて言うんだ?」
「マキノさん。今日はお世話になりました。よかったら僕を雇ってください。頑張ります。お給料少なくてもいいです。」
あーらまー・・短い時間で決心しちゃって・・。
「そんなに、ここがつらい?」
「いや・・仕事はつらくないです。それよりも・・僕の為に仕事も無理やりつくってもらってる感じで、いなくてもいいのにって、みんなから思われながらここにいるのは、きついです。・・でも・・。それでも家に帰るのは嫌です。」
「わかった。じゃあはっきり言うわね。」
マキノは一つ深呼吸をした。
「ちゃんとした生活があって、バイトに来てくれると言うなら、今日のあなたを見てたらわかるけど、とてもよく働いてくれると思うし、来てくれたらありがたいです。
でもね。仕事をしてもらうからと言って、あなたの生活を私が背負う義理はないと思うの。ここは旅館だから、住み込んで仕事するのは普通だけれど、うちのお店に住み込みしたいと言われても困るし、通って来てもらうとしても全部自力でできないとダメなんです。あなたは今、誰かに頼らないと生きていけない状態よね。」
「・・・・。」
遊は黙ってしまった。
「住むところや、通勤のことを補償してほしいって思ってるならお断りするけど、自活した上でお仕事したいって言ってくれるなら、来てほしいと思います。・・・どう?できるかな?」
「・・・・・。」
「んー・・・そうね。」
遊が黙ってしまったので、女将さんが助け舟を出してきた。
「マキノちゃん、私からの提案なんだけどね。・・遊ちゃんが来た6月から今まで、十ケ月間になるのね。頑張ってた姿も見てるし、これも縁だと思うから、期間限定でうちの男子寮にいてもいいことにしましょうか。マキノちゃんとこまで通うのは自力でするのよ。カズ君にバイク借りてもいいけど、ただ甘えるんじゃなく何かで返さなくちゃね。ちゃんと話し合うこと。わかる?」
女将さんは続けた。
「ああそうだ。いいこと思いついた。お家賃をいただくわ。うちで働かないわけだからね。
いくらにしよう・・・一万円は高いか・・。五千円でいいかな? うちの旅館に入れるんじゃなくて、男子寮に住んでる、あの子たちに支払えばいいわ。もともと仲良くやってたんでしょ? 気まずいことでもあった? この際、腹を割って話合えばいいんじゃない?」
遊は一点を見つめている。いろんなことを考えているんだろう。
仕事、間借り、通勤、居場所、お家賃を払えるかどうか。自分の勝手な都合で転がり込んで、仕事を手伝わずに逃げてだすのを、兄弟子たちが納得してくれるかどうか、ついでに、家出してきた自分の家のことでも考えているのかな。
「私たちの前で、お話する?」女将さんがそう言った。
「僕もいてあげよう。」と、板長さんも言った。
「はい。」
その場で兄弟子たちが呼ばれて、遊が頭を下げ、そのまま男子寮に居続けられることになった。彼らは、もともと遊のことをわずらわしく思っているわけでもなんでもなく、今後、家賃として自分たちの自由になるお小遣いが入ることを喜んだ。それでお菓子でも買おうかと、無邪気に話しをしている。
遊は、明日からカズのバイクでマキノの店まで通うことに決まった。
帰り際、マキノは、板長さんにこっそりいくらお給料を払えばいいか聞いた。
それは、
思っていたよりもずいぶん安かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、立原遊くんがうちのスタッフに加わります。よろしくお願いします。」
「お願いします。」
遊は、主婦パートさんやバイトさんとお初で顔を合わせるたびに同じ挨拶をさせられたが、なんだか楽しそうな様子だった。
そして、いつのまに誰に聞いたのか、マキノがバイクを持っていることを知っていて、関係もないのに、隙あらばバイクを触りたいようだった。
「マキノさんのバイク乗っていいですか?」
「ダメです! 誰にもさわらせません。」
「乗らないとバッテリー死にますよ。」
「必要な時は自分で乗ります。ほっといてください。立原遊君は、自分のバイクを買わないといけません。もちろん原付ね。中古のね。」
こういった不必要な馴れ馴れしさには毅然とした態度を取らねばならない。
「いいよ。」なんて単語だと、「さわらなくてもいいよ。」なのか、「さわってもいいよ。」なのか、どうとでも都合よく判断できてしまうから、おことわりのセリフもはっきりと。
ダメな物はダメと言わなければ。
遊のことは、甘やかしちゃいけないので、ここはオーナーとして思う存分雑用を言いつけてやるつもりで、いろいろ作戦を練っている。
「遊くん、ここでは君は一番下っ端なので、雑用を率先してやらなければなりません。」
「はい。」
「私が、君にコーヒーの淹れ方を教えるので、休憩の時間には、みんなの分を君が淹れてください。」
「はい・・。」
「お店が忙しくても、みんながうまく休憩を入れられるように、配慮するんですよ。」
「はぁ・・難しいですね。」
「難しくありません。順番にすればいいだけです。」
「忙しくてもですか?」
「そう。それと、みんながブラックコーヒーを飲むのではないので、それぞれの好みを覚えてください。君の責任ですよ。」
「はい・・。」
そのやりとりを聞いていて、あとから真央ちゃんが少しひっそり気味の声で話しかけてきた。
「マキノさんって、遊君にちょっと厳しめですか?」
「そうだよ。」
「不良だったからですか?」
「ぶっ・・。遊は不良じゃないよ。」
「そうなんですか?」
「しゃべってるうちにわかるよ。・・それに本人は私のこと、全然厳しいなんて思ってないと思う。ほら、ニヤニヤして聞いてるでしょ?」
「そうかな・・。」
「大事なバイクに触らせろとか、本当に怖かったら普通言わないよ。なめられてるのよ。私は。」
「ま・・まぁそうですかね。」
真央ちゃんが肩をすくめた。
遊と初めて会った時は、板場の若い子達と一緒だったし、家出少年だと言う噂もあったし、髪の毛も茶色に染めてパーマでもしているのか?という感じに見えたこともあって、あまり真面目じゃない・・いわゆる世の中に対してとがっている不良少年かな?という第一印象があった。
しかし少し話をしたら、遊の中身は全然とがってなくて、どっちかというと素直で人懐こくて素朴。
派手に見えた外見も、実は生まれつき色素が薄いだけで、肌は色白、瞳の色も、髪の毛も茶色、おまけに天然パーマだったと聞いて、むしろそのギャップが面白くなってきた。
第一印象の呪縛をはずしたとたん、好感度が少し上昇だ。
イケメンとは何故か認めたくないのだが、顔のパーツも整っていて、細身で、一般的に見ると長身の部類・・。(春樹さんよりは少し低い。)
白いシャツに、黒のジーンズでカフェエプロンをつけると、なかなかさまになった。
マキノは、最近は7時半からお店を開けている。
そう聞いて、遊は、マキノがお店を開けるのと同時ぐらいにきちんと出勤してくる。
“上司より早く”というのは板場で身についた習慣なのかもしれない。
板場の朝は当番制で朝食を作ることになっていて、その日の人数によって5時であったり4時であったり、超早朝から仕事に入らねばならなかった。板場の縦社会では先輩より遅いのはご法度だ。なので必死で起きたんだそうだ。
厨房では、板場で一年仕事していただけあって、庖丁や食材の扱いが慣れた様子だ。
「さすが、板場だね。」
「まさか・・。オレなんて板場のいの字にも届いてないよ。」
「遊は、花矢倉でどんなことしてきたの?」
「そうだなぁ・・。最初はでっかい鍋ばっか洗ってた。その次は小学生の林間学校の・・キャベツの千切りばっか・・それで庖丁の練習したようなもんかなぁ。」
「1人で何か作ったりはしなかったの?」
「んー、板場のまかないなら一人でやってた。けど、お客さんに出す物は一人ですることは・・まずないなぁ。」
「そうだね。板場さんたちは役割分担してるものね。」
「時間が足りなくなると、盛り付け手伝ったりはするけど。そのあとは、野菜の下ごしらえも、随分やったかも。」
遊は、自分が花矢倉旅館でやって来たことを、自慢も謙遜も誇張もせずに淡々と話をした。キャベツの千切りを頼めば、慣れた手つきであっという間に必要量を刻んでしまい「これだけでいいの?」と言った。
真央と未来はその手慣れた様子に「おおーっ」と感心していた。
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