マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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春樹視点(2)

抱きしめる

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一月二日から、イズミさんはマキノちゃんのカフェで仕事をすることにしたようだった。
毎日とはいかないが、敏子さんと仁美さんとで順番を決めてやっていくらしい。
イズミさんは、カフェの仕事がおもしろくてたまらないらしく、食事の時間中、その日何をしたか、何を食べたかなど、マキノちゃん関連の話をすることが多くなった。
信頼されて仕事を任されたり相談されたりすることで、やりがいを感じているようだ。

マキノちゃんは、元旦に「また、お店に来てね。」と言っていた。
カフェの様子も気になるし、ヘルメットも返しに行かなくてはいけないと思うのだが、なんとなく足が向かない。
イズミさんが返ってくる時間が5時過ぎと言うことは、カフェの閉店時間は結構早いわけで、平日仕事が終わる頃にはお店も閉まっている可能性が高い。土曜か、日曜に行けばいいのだが、結局のところ、カフェに顔を出すことがないまま、正月休みは終わり、仕事が始まり、新学期も始まり、それまでどおり、自分のクラスを中心とした日々が戻ってきた。

元旦に覗いた時は、営業しているのかどうかすら判断に迷うほど・・むしろ殺風景に見えるシンプルな玄関先だったが、あれ以来、兄貴が作った看板が取り付けられたり、お祝いの品らしい大きな寄せ植えや花が飾られて、お店の回りは徐々に華やかになってきた。

イズミさんが教えてくれるカフェの様子は、そこそこ忙しそうだし、随分寒いからバイクなど乗っている場合でもなかろう。ヘルメットを返すのはもう少し先でも問題はないはずだ。心の中でそんな言い訳を並べてみる。が。
本当は、あの日マキノちゃんのひくひく引きつった笑顔の意味が解らなくて、二の足を踏んでいるのは自分でもわかっていた。

マキノちゃんの黒いヘルメットは自分の寝室の棚に、テンと置いてあった。



ある日、兄貴の家で飯をごちそうになっている時だった。
「マキノちゃん、今年に入ってオヤスミなしなのよね・・・。」とイズミさんが大げさにため息をついた。
「考えることが山盛りなんだろうね、本人は疲労の自覚はないみたい。必死だからね。でももうあっぷあっぷだと思うんだ。ちょっと一度ぐらい息抜きして欲しいよ。あのままじゃ倒れちゃう。元旦から一日も休んでないんだよ。休めばっていくら言っても聞かないし。この間、敏ちゃんも休憩を入れたらって言ったのに、聞く耳なかったって言ってたし。」
「ふうん・・。」
30日間働きっぱなし・・・人間のすることじゃないぞ。

「春ちゃん。」
「はい?」
「私が働いてるお店に、コーヒー飲みに来ても、いいのよ?」
「は?・・はぁ。」
「ランチも、コーヒーも、おいしいのよ?」
「わ・・わかってますよ。」

「春ちゃん。」
「なんですか?」
「マキノちゃんは、彼氏いないよ?」
「ぶっ・・・そっ、それがなんなんですか。」
「・・・・・べつに。」
「・・・。」


忙しいだろうからとか、考えることがあるだろうからとか、遠慮・・・しているつもりだったが、どこで間違ったかなぁ・・。
そうなんだ、どんな形であれ、応援しようと思ったはずだった。
自分から遠ざかっていてどうする?
とにかく、ヘルメットだけは返しに行こう。そして、何か話をしよう。
どんなことでもいい。いつも子どもに話しかけるみたいに。
よく頑張ったな、よく乗り越えた。苦しい事をよくやり遂げた。これからも、頑張ろうな。
自分のクラスの子ども達のことだったら、いつも自分のことのように嬉しくなるじゃないか。
この調子で大人になって自分の夢をつかめるよう、強い大人になるんだよ・・って、本能レベルで頭を撫でてやるじゃないか。

友人として、冷静に判断してアドバイスをする。どうということはない。それだけだ。
最近は閉店を少し遅らせたらしいし、学校終わりの時間帯ならまだ開いている。ちょっと覗いてみよう。元旦のあの日のように。普通に。



2月最初の日曜日。
マキノちゃんのカフェに寄って、話をした。
自分の為にかいがいしく厨房で動いているのを見ると、気持ちがほっこりとした。
ハンバーグもうまかった。
説教ってわけではないが、体を休めようなって話とか、自分もこれから時々飯を食べに来るからって話だけにするつもりだったのに、・・どこでどう転んだのか、口が勝手に調子に乗って、デートしようって誘ってしまった。

マキノちゃんは、快くOKしてくれた。
自分が抜けても店が回るようにすると言った。オレのために一日あけてくれると約束をした。オレの事を知りたいと思っている・・と言ったんだ。
店はまだ、始まったばかりで忙しいだろう。一日空けると言っても、ただそれだけのことが大変なことだというのは理解できる。いいんだ。オレのために無理をすることはない。
おいしいものを食べたいと言った、マキノちゃんの可愛い笑顔に応えて、いい店を探しつつ気長に待つさ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それから2週間が過ぎた。日曜日の午前、カヌー部の子ども達が総合体育館でトレーニングをするために集まることになっていた。自分も顔を出すつもりで、たまには差し入れもいいかと思い、みたらしを買いに朝市によることにした。
買い物客のじゃまにならないよう空き地の端に車を停めた。今日はカフェから何か出品しているんだろうか、そんなことを思いつつ車を降りると、いたいた。自転車を押しているマキノちゃんの姿が見えた。自転車ということは出品ではないのだな。相変わらず元気な・・。

その時ビィーンという2サイクルの原付バイクの音がした。国道を駆け抜けようとしている。交通量の少ない国道だ。横断歩道もあり、買い物をしている人が無造作に渡ったりもしているのに、スピードの出し過ぎだ・・と思った瞬間だった。

ガシャーン
自転車がふっとび、バイクが倒れてすべっていく。
マキノッ!!
スローモーションのようにマキノが道路に叩きつけられるのを見た。
自分の体温がひゅっと下がった。ような気がした。
同時に走り出す。


倒れて、頭を抱えているマキノを、できるだけそっと支えて起こす。
「マキノ!マキノ!」
呼んでみるが、目がうつろだ。
「目が・・見えないんだけど・・。」

しゃべってる。意識もある。しかし目が。見えない!?頭を打ってる影響か?
救急に電話をして病院照会。動かしちゃいけない。車までは自分でマキノを運んだ。

マキノは自分で車に乗り込んだ。
大丈夫だ 大丈夫だ 大丈夫なんだ!
車を運転しながら、ギリリと歯を食いしばる。
こんな時こそ事故らないように。できるだけ早く、振動を少なく。カーブにも気を遣い、神経を研ぎ澄ます。

病院の玄関口に着いた。
「吐きそう!」とマキノがうめいた。
看護士がマキノを連れていく。
バタバタと走っている看護士がいる。
車を駐車場に停めるのももどかしく、玄関までの通路を走った。

死なない。
マキノは・・シノブとは違う。
もう・・二度と死んだ者の名前は思い出さないと、決めていたのに・・
ギリリ・・・また歯を食いしばった。

病院の廊下を歩きながら息を整えた。
はぁ はぁ はぁ・・・
マキノが診察をうけていると思われる処置室の前に立った。
ゴクリと生唾を飲み込む。自分の呼吸が・・震えているのがわかった。
勝手に力が入って握りしめていた右手を、自分の左手で押さえ、扉が開くのを待った。


しばらくすると看護士が出てきた。
「菅原さんのご家族の方ですか?」と問われて、ハッと我に返った。
「はぁ・・ええと・・」
どう返事をしたらいいのか戸惑っていると「どうぞ?」と通された。
マキノは診察台に座っていて、所在なさげにこちらを向いた。
少しホッとするが、声が出ない。

レントゲンの結果や、状態については医師が後で説明に来るらしい。看護士は、入院する病室へと移動すると言い、マキノはまた車イスに乗せられた。黙って自分もついていった。

看護士は個室の病室にベッドを用意してそこにマキノを座らせた。血圧を測り、入院についてルールをざっくりと説明して看護士は部屋を出ていった。


病室は個室。二人だけになった。
マキノは不安げにこっちを見ている。
何か話さなくては・・
マキノを困惑させているのは,このオレだ。
マキノが,困ってるじゃないか。

「春樹さん・・」
ほら、オレに、呼びかけている。
返事をしなくちゃ・・・
返事をしなくちゃと思うが、視界がゆがむ。まずい。
「どうしたの・・?」
とにかく・・返事を・・
「マキノ・・」
声を出すと同時に、それまでギリギリ耐えていた涙腺がゆるんだ。
ダメだ・・・くそっ・・小学生以下かっ

「ごめんね・・。」
何故マキノがあやまる・・
「わたし・・大丈夫だよ?」
み・・見ないでくれ、こんな、こんなオレっ・・
思わずマキノを抱きしめていた。

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