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第十五話 エロトラップダンジョンに迷い込みたい その壱
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実家であるアールノート家から、次女のエレクトラが訪ねてくることを伝える書簡がルドヴィカのもとに届いてから3日。
予告通りにルドヴィカを訪ねてきたエレクトラは、探索用の簡素な調査服を身にまとっていた。
「…ルドヴィカ、協力なさい」
苦虫を嚙み潰したような顔でそう言ったエレクトラに、ルドヴィカは姉によく似た苦々しい表情を浮かべながら「…はぁ」とだけ答えた。
「事のあらましは手紙に記載した通りです。わたくしとしては重要な遺跡の探索にあなたがたを連れていくのは、非っっっっっっ常に納得いきませんが」
「…じゃあエレクトラ姉様だけで行けばいいんじゃ…」
「まあルドヴィカ! あなた、お父様の言いつけに背くつもりですか!? そのような親不孝な真似、お父様がお許しになってもこのわたくしが許しませんわよ!」
(めんどくせえなこのファザコン)
ヴェイグの思い付きによりルドヴィカとモードが駆り出されようとしているのは、新たに発見された古代遺跡の調査と、行方不明になっている魔導士たちの救助だ。
ローゼリアを囲む4つの山のうちにひとつ、ラトゥス山を越えた先の国境沿いにて発掘されたというその遺跡は、女性以外の侵入を拒むという奇妙な魔道が施されているという。
故に古代魔法研究の第一人者ヴェイグの助手であるエレクトラが先導となり、その同行者としてルドヴィカとモードが選ばれたわけだ。
だが生憎、ルドヴィカは古代魔法にも遺跡にもまったく興味がないので、調査に行かずに済むのならば行きたくないというのが本音だった。
それこそ適当に「魔物の調査で忙しいからと断られた」とでも嘘の報告をしておけばいいものを、馬鹿正直に父の言うことをそっくりそのまま実行しようとしているエレクトラに、ルドヴィカは内心呆れかえる。
「ほう…かつては名もなき山であったが、ラトゥスなどという名がついたのか。儂が卵の中におった千年の間に、儂の知らぬものが次々と築かれているのはまこと面白いのう」
「…モード、なんでそんな乗り気なの?」
「何じゃ、不満か?」
ところが全く乗り気でないルドヴィカとは逆に、古代竜のモードはむしろ興味深そうに遺跡の話に耳を傾けていた。
モードはもともと町の探索がてら建造物を見て回ったりして、卵の中にいた千年の間の人間の足跡を辿ることが趣味であるので、今回の遺跡探索にも妙に乗り気だった。
魔物のモードの方が協力的で、人間でしかも実の家族であるルドヴィカの方が非協力的というのは、なんともちぐはぐな話である。
「あなたがたに任せるのは魔物が現れた時の対処と、行方不明の魔導士4名の捜索及び救助です。遺跡の調査は専門家であるわたくしが行いますから、くれぐれも邪魔をしないように」
「救助と簡単に言うが、魔導士どもが調査に入ってから1か月は経っているのだろう? とうに死んでいると考えるのが当然ではないか?」
「死んでいたならば死んでいたで、死体を持ち帰って家族のもとに帰してやるのが当然でしょう? 魔物に人間の感情の機微はわからないでしょうがね」
「…ふん、それがぬしの本性か。父親の前では随分と猫を被っているようだが、その調子では敵も多かろうなぁ。あの男もさぞかしぬしに手を焼いているであろうよ」
「っ…! 汚らわしい魔物風情が、わたくしのお父様を語るつもり!?」
「あー…エレクトラ姉様もモードもその辺で…」
これから共に遺跡調査に向かうというのに、さっそく険悪な様子のエレクトラとモードを仕方なしにルドヴィカが止めに入る。
エレクトラは父親以外は誰に対してもこのように高慢な態度をとるし、モードはモードで傲岸不遜な態度を改めようともしないので、相性は最悪と言えるだろう。
かといって人嫌いなルドヴィカでは仲裁役をするにも力不足なので、これから先がずいぶんと思いやられる。
(せめてスレミーを連れていければいいけど、あいつ性別ないから通れるかどうかわかんないなぁ…。あとパー子の世話をする奴を残しておかないといけないし…)
「お父様の言いつけがなければあなたのような危険生物、今ここで排除してやったものを…!」
「ふん、言うてくれるわ。リントヴルムの血を引いていなければ貴様のような小娘、今ここで喰い殺してやったがな」
(あぁ…めんどくさ……)
ある意味では似た者同士のふたりに、ルドヴィカはただただ辟易とすることしかできなかった。
* * *
千年に亘る歴史を持つローゼリア王国には、歴史的な価値を持つ建造物が幾つもある。
建国の折に王族の居城として建築され、修繕を繰り返しながら現在まで使用されている“ローゼリア城”。
過去に起きた大規模な地滑りによって土砂の下に埋もれた都市そのものが遺跡となった、“セルジュの遺跡群”等々。
そして今回新たに発見された、造られた年代から建造された目的まで全てが詳細不明の遺跡、通称“ラトゥスの地下遺跡”もそのひとつである。
「…確かに奇妙な魔法が仕掛けられていますわね。魔力の配列が独特すぎて、わたくしの知るどの年代の古代魔法とも一致しませんわ」
地下遺跡へ続く下り階段の前に立つエレクトラは、真剣な表情で魔力の検知をはじめた。
確かにエレクトラの言う通り、遺跡の入口に施されている魔法はかなり独特なもので、ルドヴィカの知るどの魔法とも似ていないものであった。
しかしモードだけは、階段の前に立つなり懐かしそうに目を細めると、かなり古いものだとわかる石段を指でなぞった。
「ふむ…これはまた随分と古い魔法じゃのう」
「! どういうことですの!?」
「これは“言霊術”といって、術者が発した言葉をそっくりそのまま実現させるという、転生前の儂が生きていた時代に使われておった原初の魔法よ。ぬしらが使っておる魔法の先祖、といえば理解できるか」
「ってことは、少なくとも千年以上前の魔法ってこと?」
「左様。当時の魔法は今のように理論化されておらなんだ故、魔導士は自身の思う通りの魔法を使うことすらままならなかったのよ。火を灯すのにも炎魔法を使うのではなく、『火よ燃えろ』と言葉にしてそれを実現させる、という回りくどい方法を取っていたのじゃ」
つまるところ、当時の魔法は“発した言葉を実現させる”という一種だけで、術者は目的に応じて言葉を変えるのみで魔力の行使の仕方自体は同じであり、それを“言霊術”と呼ぶということらしい。
前世の世界で例えるならば、複雑な工程をプログラミングしたものが現在の魔法であり、その工程をかなり遠回りな方法で1つずつこなしていたのが言霊術、というわけだ。
この魔法の存在は古代魔法の専門家であるエレクトラですら知らなかったようで、普段の高慢さが嘘のように素直な表情でモードの話に聞き入っていた。
「それが本当なのだとしたら、この遺跡は魔法史に残る大発見ということですわ…! きっとお父様にもお喜びになっていただける…!」
「けれどそんなめちゃくちゃ効率の悪い魔法、魔力の消費も相当激しいはずよね。それが千年以上こうして残ってるなんてことあるの?」
「さあな、儂にもよくわからん。なにせ言霊術を使える者は、魔道の才がある者の中でもほんの一握りだったからのう。実際に言霊術が使われているのを目にしたことなど数える程度しかない」
「何にせよ、中を調べてみないことには始まりませんわ。さあ、行きますわよ!」
エレクトラは意気揚々と女性のみが通れるという入口を通過すると、恐れる様子もなく地下へと降っていった。
父親第一の病的なファザコンといえどやはり名家アールノート伯爵家の魔導士、魔導の研究に対する意欲は人一倍なのである。
ルドヴィカは内心では乗り気でないものの、姉をひとりにするわけにもいかないので、仕方なしにぐんぐんと奥へ進んでいくエレクトラの後をついていった。
(…それにしても妙よね。あの魔法がモードの言う言霊術なんだとしたら、術者はわざわざ「女だけ通せ、男は通すな」って言ったってことになるけど…)
心なしか湿った空気の漂う地下への道を辿りながら、ルドヴィカはふとそのことが気になった。
モードの説明に準じればこの遺跡に言霊術を仕込んだ術者は、男性の侵入を拒んで女性だけが遺跡の中に入れるようにするという明確な意思があったということになる。
わざわざ女性だけを受け入れることに、何か意味があるのだろうか。
(何かしらの理由で男子禁制だった施設とかその辺かしらね。もしくは術者が女好きのスケベだったり…なんてことはさすがにないか、あははー)
「きゃあぁっ!?」
ルドヴィカが思案に耽っていると、先行していたエレクトラの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
急速に我に返ったルドヴィカは、姉の身に何かあったのかと思い急いで階段を降り切る。
長い階段を降り終えると、そこは魔法による篝火が点された広い空間で、幾つかの道へ通じているのであろう通路が東西南北の四方向へと伸びていた。
そしてエレクトラは広場の中央にある魔法陣の中央で、地中から生えてきた無数の手に拘束されていた。
「(やばっ…!)エレクトラ姉様!」
何らかの魔物の仕業か、そう考えたルドヴィカは咄嗟に魔力を練り、攻撃魔法を放とうと構える。
しかしその様子を見たエレクトラが、慌てふためいた様子でルドヴィカを止めた。
「おやめなさい! 魔法陣に傷がつく!」
「えっ…いや、でもそれ…」
「わたくしなら大丈夫です! この程度、自力で脱出できます!」
どうやらルドヴィカの魔法で地面に刻まれてる魔法陣が損傷することを避けたいらしく、ルドヴィカは自力で無数の手から逃れようとじたばたと暴れ始めた。
ここで命令に背いてまで姉を助けようとするほど積極的な人間でないルドヴィカは、大人しく魔法の準備を止めて様子見を始める。
するとエレクトラの真下にある魔法陣が淡い紫色の光を放ち始め、エレクトラの身体が光に包まれると同時に、どこからともなく謎の声が聞こえてきた。
【ユニット名:エレクトラ・アールノート】
【種族:人間】
【HP:500】
【MP:350】
【ステータス:正常】
人間のものとは思えない無機質な声が遺跡の中にこだまする。
耳馴染みのない単語に混じって自身の名を呼ばれたエレクトラは困惑するあまり動きを止め、一方それらの単語に唯一聞き覚えのあったルドヴィカは率直に混乱した。
(HPだのMPだの、まるでRPGゲームみたいな…。いったいどういうことなの…?)
ユニット名、HP、MP。
どれもこれもこの世界ではめったに聞くことがない、ルドヴィカが前世でしか耳にしたことのない単語である。
謂わばRPGゲームにおいて、プレイヤーの状態を指し示すその言葉を、千年以上前に造られたのであろう遺跡の中で聞くことになるとはどういうことなのか?
【ユニット:エレクトラのダンジョン探索を開始します】
「なっ…!?」
謎の声がそう告げると、エレクトラを包んでいた淡い光がよりいっそう強くなった。
その直後、エレクトラを拘束していた無数の手が地中へと戻り、やがて魔法陣の光も収まる。
あまりにも唐突な謎の現象に、エレクトラはおろかルドヴィカやモードまでもが、呆然とせざるを得ない。
「い…今のは…?」
エレクトラがぽつりと呟いた次の瞬間、異変は起きた。
どくんっ♡♡♡
「っ!? ひぁっ…!?♡」
突然、エレクトラが甘い声を発したかと思うと、その場に崩れ落ちた。
何か妙な魔法をかけられたのか、と思ったルドヴィカが駆け寄ろうとするも、何やらエレクトラの様子がおかしいことに気付いて足を止める。
「いやっ、なっ、なに!?♡ 身体が、熱く…っ♡」
どくん♡ どくん♡ どくん♡
「いやあぁぁっ♡ なにっ、なんですのっ!?♡」
頬を紅潮させ、全身を抱きしめながら甘やかに喘ぐエレクトラを前に、ルドヴィカは困惑した。
何やらエレクトラの身体に異変が起きていることは伺えるが、それにしてはあまりにも妙な雰囲気を醸しだしているというか、身も蓋もないことを言えば妙にエロい。
その直後、探索用の丈夫なパンツに包まれたエレクトラの下腹部にほのかな光が宿って、先程よろしく一斉に強い光を放った。
「ふぁっ、ゃあ~~~~~っ♡♡♡」
まるで絶頂へと昇りつめたような恍惚とした表情を浮かべ、エレクトラが腰を震わせる。
しばらくすると下腹部の光は収まったが、光が灯っていた箇所のパンツの生地が裂けており、エレクトラの素肌が覗き見えていた。
そしてその雪のような白い肌に、ハートマークを象ったようなピンク色の紋様が刻まれていることに、ルドヴィカは気付いた。
(…えっ、いや、あれってまさか…)
見覚えがあるし、なんなら書きおぼえもあるその紋様を前にして、ルドヴィカが驚愕に打ち震えた。
そんなルドヴィカの推測を決定づけるように、再び謎の声がどこからともなく聞こえてくる。
【ボーナススキル:淫紋を付与しました】
【ステータス:発情状態】
【感度:レベル3】
その時、ルドヴィカは理解した。
この遺跡が女性以外の立ち入りを拒んでいた理由を。
そしてこの遺跡が、何を目的として造られたものであるのかを。
「…いやここ、エロトラップダンジョンじゃん!!!」
思わず心の声が口をついて出てしまったルドヴィカに、エレクトラとモードは「…はぁ?」という冷たい反応を返した。
予告通りにルドヴィカを訪ねてきたエレクトラは、探索用の簡素な調査服を身にまとっていた。
「…ルドヴィカ、協力なさい」
苦虫を嚙み潰したような顔でそう言ったエレクトラに、ルドヴィカは姉によく似た苦々しい表情を浮かべながら「…はぁ」とだけ答えた。
「事のあらましは手紙に記載した通りです。わたくしとしては重要な遺跡の探索にあなたがたを連れていくのは、非っっっっっっ常に納得いきませんが」
「…じゃあエレクトラ姉様だけで行けばいいんじゃ…」
「まあルドヴィカ! あなた、お父様の言いつけに背くつもりですか!? そのような親不孝な真似、お父様がお許しになってもこのわたくしが許しませんわよ!」
(めんどくせえなこのファザコン)
ヴェイグの思い付きによりルドヴィカとモードが駆り出されようとしているのは、新たに発見された古代遺跡の調査と、行方不明になっている魔導士たちの救助だ。
ローゼリアを囲む4つの山のうちにひとつ、ラトゥス山を越えた先の国境沿いにて発掘されたというその遺跡は、女性以外の侵入を拒むという奇妙な魔道が施されているという。
故に古代魔法研究の第一人者ヴェイグの助手であるエレクトラが先導となり、その同行者としてルドヴィカとモードが選ばれたわけだ。
だが生憎、ルドヴィカは古代魔法にも遺跡にもまったく興味がないので、調査に行かずに済むのならば行きたくないというのが本音だった。
それこそ適当に「魔物の調査で忙しいからと断られた」とでも嘘の報告をしておけばいいものを、馬鹿正直に父の言うことをそっくりそのまま実行しようとしているエレクトラに、ルドヴィカは内心呆れかえる。
「ほう…かつては名もなき山であったが、ラトゥスなどという名がついたのか。儂が卵の中におった千年の間に、儂の知らぬものが次々と築かれているのはまこと面白いのう」
「…モード、なんでそんな乗り気なの?」
「何じゃ、不満か?」
ところが全く乗り気でないルドヴィカとは逆に、古代竜のモードはむしろ興味深そうに遺跡の話に耳を傾けていた。
モードはもともと町の探索がてら建造物を見て回ったりして、卵の中にいた千年の間の人間の足跡を辿ることが趣味であるので、今回の遺跡探索にも妙に乗り気だった。
魔物のモードの方が協力的で、人間でしかも実の家族であるルドヴィカの方が非協力的というのは、なんともちぐはぐな話である。
「あなたがたに任せるのは魔物が現れた時の対処と、行方不明の魔導士4名の捜索及び救助です。遺跡の調査は専門家であるわたくしが行いますから、くれぐれも邪魔をしないように」
「救助と簡単に言うが、魔導士どもが調査に入ってから1か月は経っているのだろう? とうに死んでいると考えるのが当然ではないか?」
「死んでいたならば死んでいたで、死体を持ち帰って家族のもとに帰してやるのが当然でしょう? 魔物に人間の感情の機微はわからないでしょうがね」
「…ふん、それがぬしの本性か。父親の前では随分と猫を被っているようだが、その調子では敵も多かろうなぁ。あの男もさぞかしぬしに手を焼いているであろうよ」
「っ…! 汚らわしい魔物風情が、わたくしのお父様を語るつもり!?」
「あー…エレクトラ姉様もモードもその辺で…」
これから共に遺跡調査に向かうというのに、さっそく険悪な様子のエレクトラとモードを仕方なしにルドヴィカが止めに入る。
エレクトラは父親以外は誰に対してもこのように高慢な態度をとるし、モードはモードで傲岸不遜な態度を改めようともしないので、相性は最悪と言えるだろう。
かといって人嫌いなルドヴィカでは仲裁役をするにも力不足なので、これから先がずいぶんと思いやられる。
(せめてスレミーを連れていければいいけど、あいつ性別ないから通れるかどうかわかんないなぁ…。あとパー子の世話をする奴を残しておかないといけないし…)
「お父様の言いつけがなければあなたのような危険生物、今ここで排除してやったものを…!」
「ふん、言うてくれるわ。リントヴルムの血を引いていなければ貴様のような小娘、今ここで喰い殺してやったがな」
(あぁ…めんどくさ……)
ある意味では似た者同士のふたりに、ルドヴィカはただただ辟易とすることしかできなかった。
* * *
千年に亘る歴史を持つローゼリア王国には、歴史的な価値を持つ建造物が幾つもある。
建国の折に王族の居城として建築され、修繕を繰り返しながら現在まで使用されている“ローゼリア城”。
過去に起きた大規模な地滑りによって土砂の下に埋もれた都市そのものが遺跡となった、“セルジュの遺跡群”等々。
そして今回新たに発見された、造られた年代から建造された目的まで全てが詳細不明の遺跡、通称“ラトゥスの地下遺跡”もそのひとつである。
「…確かに奇妙な魔法が仕掛けられていますわね。魔力の配列が独特すぎて、わたくしの知るどの年代の古代魔法とも一致しませんわ」
地下遺跡へ続く下り階段の前に立つエレクトラは、真剣な表情で魔力の検知をはじめた。
確かにエレクトラの言う通り、遺跡の入口に施されている魔法はかなり独特なもので、ルドヴィカの知るどの魔法とも似ていないものであった。
しかしモードだけは、階段の前に立つなり懐かしそうに目を細めると、かなり古いものだとわかる石段を指でなぞった。
「ふむ…これはまた随分と古い魔法じゃのう」
「! どういうことですの!?」
「これは“言霊術”といって、術者が発した言葉をそっくりそのまま実現させるという、転生前の儂が生きていた時代に使われておった原初の魔法よ。ぬしらが使っておる魔法の先祖、といえば理解できるか」
「ってことは、少なくとも千年以上前の魔法ってこと?」
「左様。当時の魔法は今のように理論化されておらなんだ故、魔導士は自身の思う通りの魔法を使うことすらままならなかったのよ。火を灯すのにも炎魔法を使うのではなく、『火よ燃えろ』と言葉にしてそれを実現させる、という回りくどい方法を取っていたのじゃ」
つまるところ、当時の魔法は“発した言葉を実現させる”という一種だけで、術者は目的に応じて言葉を変えるのみで魔力の行使の仕方自体は同じであり、それを“言霊術”と呼ぶということらしい。
前世の世界で例えるならば、複雑な工程をプログラミングしたものが現在の魔法であり、その工程をかなり遠回りな方法で1つずつこなしていたのが言霊術、というわけだ。
この魔法の存在は古代魔法の専門家であるエレクトラですら知らなかったようで、普段の高慢さが嘘のように素直な表情でモードの話に聞き入っていた。
「それが本当なのだとしたら、この遺跡は魔法史に残る大発見ということですわ…! きっとお父様にもお喜びになっていただける…!」
「けれどそんなめちゃくちゃ効率の悪い魔法、魔力の消費も相当激しいはずよね。それが千年以上こうして残ってるなんてことあるの?」
「さあな、儂にもよくわからん。なにせ言霊術を使える者は、魔道の才がある者の中でもほんの一握りだったからのう。実際に言霊術が使われているのを目にしたことなど数える程度しかない」
「何にせよ、中を調べてみないことには始まりませんわ。さあ、行きますわよ!」
エレクトラは意気揚々と女性のみが通れるという入口を通過すると、恐れる様子もなく地下へと降っていった。
父親第一の病的なファザコンといえどやはり名家アールノート伯爵家の魔導士、魔導の研究に対する意欲は人一倍なのである。
ルドヴィカは内心では乗り気でないものの、姉をひとりにするわけにもいかないので、仕方なしにぐんぐんと奥へ進んでいくエレクトラの後をついていった。
(…それにしても妙よね。あの魔法がモードの言う言霊術なんだとしたら、術者はわざわざ「女だけ通せ、男は通すな」って言ったってことになるけど…)
心なしか湿った空気の漂う地下への道を辿りながら、ルドヴィカはふとそのことが気になった。
モードの説明に準じればこの遺跡に言霊術を仕込んだ術者は、男性の侵入を拒んで女性だけが遺跡の中に入れるようにするという明確な意思があったということになる。
わざわざ女性だけを受け入れることに、何か意味があるのだろうか。
(何かしらの理由で男子禁制だった施設とかその辺かしらね。もしくは術者が女好きのスケベだったり…なんてことはさすがにないか、あははー)
「きゃあぁっ!?」
ルドヴィカが思案に耽っていると、先行していたエレクトラの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
急速に我に返ったルドヴィカは、姉の身に何かあったのかと思い急いで階段を降り切る。
長い階段を降り終えると、そこは魔法による篝火が点された広い空間で、幾つかの道へ通じているのであろう通路が東西南北の四方向へと伸びていた。
そしてエレクトラは広場の中央にある魔法陣の中央で、地中から生えてきた無数の手に拘束されていた。
「(やばっ…!)エレクトラ姉様!」
何らかの魔物の仕業か、そう考えたルドヴィカは咄嗟に魔力を練り、攻撃魔法を放とうと構える。
しかしその様子を見たエレクトラが、慌てふためいた様子でルドヴィカを止めた。
「おやめなさい! 魔法陣に傷がつく!」
「えっ…いや、でもそれ…」
「わたくしなら大丈夫です! この程度、自力で脱出できます!」
どうやらルドヴィカの魔法で地面に刻まれてる魔法陣が損傷することを避けたいらしく、ルドヴィカは自力で無数の手から逃れようとじたばたと暴れ始めた。
ここで命令に背いてまで姉を助けようとするほど積極的な人間でないルドヴィカは、大人しく魔法の準備を止めて様子見を始める。
するとエレクトラの真下にある魔法陣が淡い紫色の光を放ち始め、エレクトラの身体が光に包まれると同時に、どこからともなく謎の声が聞こえてきた。
【ユニット名:エレクトラ・アールノート】
【種族:人間】
【HP:500】
【MP:350】
【ステータス:正常】
人間のものとは思えない無機質な声が遺跡の中にこだまする。
耳馴染みのない単語に混じって自身の名を呼ばれたエレクトラは困惑するあまり動きを止め、一方それらの単語に唯一聞き覚えのあったルドヴィカは率直に混乱した。
(HPだのMPだの、まるでRPGゲームみたいな…。いったいどういうことなの…?)
ユニット名、HP、MP。
どれもこれもこの世界ではめったに聞くことがない、ルドヴィカが前世でしか耳にしたことのない単語である。
謂わばRPGゲームにおいて、プレイヤーの状態を指し示すその言葉を、千年以上前に造られたのであろう遺跡の中で聞くことになるとはどういうことなのか?
【ユニット:エレクトラのダンジョン探索を開始します】
「なっ…!?」
謎の声がそう告げると、エレクトラを包んでいた淡い光がよりいっそう強くなった。
その直後、エレクトラを拘束していた無数の手が地中へと戻り、やがて魔法陣の光も収まる。
あまりにも唐突な謎の現象に、エレクトラはおろかルドヴィカやモードまでもが、呆然とせざるを得ない。
「い…今のは…?」
エレクトラがぽつりと呟いた次の瞬間、異変は起きた。
どくんっ♡♡♡
「っ!? ひぁっ…!?♡」
突然、エレクトラが甘い声を発したかと思うと、その場に崩れ落ちた。
何か妙な魔法をかけられたのか、と思ったルドヴィカが駆け寄ろうとするも、何やらエレクトラの様子がおかしいことに気付いて足を止める。
「いやっ、なっ、なに!?♡ 身体が、熱く…っ♡」
どくん♡ どくん♡ どくん♡
「いやあぁぁっ♡ なにっ、なんですのっ!?♡」
頬を紅潮させ、全身を抱きしめながら甘やかに喘ぐエレクトラを前に、ルドヴィカは困惑した。
何やらエレクトラの身体に異変が起きていることは伺えるが、それにしてはあまりにも妙な雰囲気を醸しだしているというか、身も蓋もないことを言えば妙にエロい。
その直後、探索用の丈夫なパンツに包まれたエレクトラの下腹部にほのかな光が宿って、先程よろしく一斉に強い光を放った。
「ふぁっ、ゃあ~~~~~っ♡♡♡」
まるで絶頂へと昇りつめたような恍惚とした表情を浮かべ、エレクトラが腰を震わせる。
しばらくすると下腹部の光は収まったが、光が灯っていた箇所のパンツの生地が裂けており、エレクトラの素肌が覗き見えていた。
そしてその雪のような白い肌に、ハートマークを象ったようなピンク色の紋様が刻まれていることに、ルドヴィカは気付いた。
(…えっ、いや、あれってまさか…)
見覚えがあるし、なんなら書きおぼえもあるその紋様を前にして、ルドヴィカが驚愕に打ち震えた。
そんなルドヴィカの推測を決定づけるように、再び謎の声がどこからともなく聞こえてくる。
【ボーナススキル:淫紋を付与しました】
【ステータス:発情状態】
【感度:レベル3】
その時、ルドヴィカは理解した。
この遺跡が女性以外の立ち入りを拒んでいた理由を。
そしてこの遺跡が、何を目的として造られたものであるのかを。
「…いやここ、エロトラップダンジョンじゃん!!!」
思わず心の声が口をついて出てしまったルドヴィカに、エレクトラとモードは「…はぁ?」という冷たい反応を返した。
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