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32.『本音カタールちゃん』の余波(2)
しおりを挟む次の日の朝、公爵家の馬車を下りて学校の校舎までの道を歩きながら、昨日のことを思い出して溜息をついた。
昨日は家に帰ってからも大変だった。
家に着いた私は胸元を書類で隠しながら自分の部屋まで急いだ。部屋の扉が見えて、ドアノブに手を伸ばしたところで――
こんな時に限って、会いたくない人物に出くわしてしまう。
「おかえりなさいませ」
「クロード……」
廊下の端から姿を現したクロードが、こちらに気付いて一礼する。いつもと変わらない執事服なのに、スラリとした体躯に端正な顔立ちのクロードが着ると格式ある衣装に見えるから不思議だ。彼の動作には一つ一つに品がある。
クロードを見ながら何が起きてもすぐに対処できるよう、そっと胸元の魔具に手を添えた。そして、早くその場から立ち去って欲しいと思っているときに限って話しかけられてしまう。
「お嬢様、明日の語学レッスンについて少しお話が」
クロードが近付いてくる。
『本音カタールちゃん』のことがクロードにバレたら、きっと誰が作ったものか知ろうとするだろう。成長液で発情した一件で、クロードはアメリに対して危機意識を持ったようだった。有害でしかないこの魔具作った者がアメリだと知ったら、クロードがどんな行動に出るか分からない。
執事にバレないよう自然な態度を心がけながら、にっこりと笑って首を傾げて見せる。
「まあ! 何かしら? ぜひ話を聞かせていただくわ!」
「……何かやましいことでもあるのですか?」
……いつも通りを意識した結果、大変不本意ながら逆にクロードを不審がらせてしまった。
「どうしましたか?」
訝しげに見つめられて口を引き結ぶ。そしてより一層胸を強く押し潰した。
どうしたもこうしたもない。さっきから『本音カタールちゃん』のテンションが高くて気が気じゃない。
(『クロードっ! クロードっ!』)
これまで以上にテンションが高い。
声が大きすぎるせいか、胸を押さえているにも関わらず声がうっすらと漏れてしまって、私は後ずさった。
「な、なんでもないわっ! その話なら夕食の時に聞くから!」
そう言ってドアノブを掴むと、クロードから逃げるように部屋の中に飛び込んだ。
「…………ハァ……」
扉に背を預けながら思わず溜息が零れる。胸を押さえていた手を離すと、『本音カタールちゃん』が軽快に話し出した。
『クロード素敵ッ! カッコイイっ! 思わず見惚れちゃ……ぐえーっ』
「もうっ! うるさいわね!」
眉を吊り上げると、荒々しく制服を脱ぎ捨てる。行儀悪く床に投げ付けるように放ると、私の顔をした『本音カタールちゃん』はぐにゃりと形を変えた。
思わぬ変化にギョッとして魔具を凝視する。見る見るうちに形を変え、一番初めに見た肌色の羊毛フェルトに戻ると、ポロッと制服から剥がれ落ちた。
「えっ? まさか、そんなことで外れるの⁉ 服を、脱ぐだけで?」
しゃがんで羊毛フェルトを拾い上げると、何の変哲もないただのふわふわな塊に戻っている。
「そ、そんな……あれほど苦労したのに……」
服を脱ぐだけでこんな簡単に外れるとは。確かに魔具は服に着いていたから、きっと服を脱いで対象者が判別できなくなると元に戻る仕組みなのだろう。
でも、こんなに簡単に外れるなんて。
それじゃあ魔具が外れなかったせいで私が受け続けた辱めは、一体何だったのだろうか。
必死で胸を押さえていた、その意味は……
手の中の羊毛フェルトを見つめて、私は再び大きな溜息をついた。
――……昨日のことを思い出すと憂鬱どころの話ではない。
一人で淫らな行為をしているのがアメリとレイス様に暴露され、ゴーシュ様には私が恥ずかしい思いをしていたことが知られてしまった。
考えるだけで頭が痛い。顔に出さないよう気を付けながら、どうしたものかと思案する。
とりあえず、コレは返さないと。
『本音カタールちゃん』はアメリにいつでも返せるよう鞄の奥底にしまってある。それに、生徒会に提出する書類も。
アメリに返すタイミングを考えていた私のもとに、まさにその張本人が目の前に飛び出してきた。
「ジェシカ様!」
「……アメリ?」
「あの……! 昨日は申し訳ありませんでした!」
そう言ってアメリが勢いよく頭を下げる。そして顔を上げたアメリの顔は真剣そのものだった。
ただ、何故か顔は赤い。真っ赤な顔のままアメリはお腹の前で指を組み、モジモジしながら私を見つめた。
「昨日はジェシカ様に対して本当に申し訳ないことをしてしまいました。私、反省して、どうしたらいいか考えたんです。私にできることを考えて考えて……その上でジェシカ様にお伝えしたいことがあります! 今日、魔法植物の授業が終わったら、私に少し時間をくださいっ! ……では、失礼します!」
「えっ、ちょっ……!」
アメリに向かって手を伸ばす。ぺこりともう一度頭を下げたアメリは、こちらの制止の声を聞かず、逃げるようにその場を走り去っていった。
「……なんなの?」
その場に、不自然に右腕を伸ばした私だけが取り残される。
結局、『本音カタールちゃん』は返せなかった。
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