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34.アメリの誠意(2)
しおりを挟む魔法植物の教室から飛び出した私は、とりあえず鍵が開いていた隣の部屋にアメリを引きずり込む。確かここは魔法植物の準備室だったはずだ。正面にはテーブルと、両脇に植木鉢やクリアケースが置かれた棚が並んでいる。
部屋を見渡して誰もいないことを確認すると、アメリに向かって声を張り上げた。
「貴方一体何を考えているの⁉」
私の怒鳴り声に、ひゃっと首をすくめたアメリは、恐る恐るこちらの顔を覗き込む。
「わ、私はただ、ジェシカ様に申し訳なくて……それで、ジェシカ様と同じ状況になれば、少しでも罪が償えるかと思って……」
「それであんなことを?」
神妙な顔で頷くアメリを見て、私は大きな溜息をついた。
そんなことをされてもちっとも嬉しくないし、それで溜飲が下がることもない。むしろより一層辱めを受けた気分だ。
「貴方のその行動は、相手のことを考えているようでちっとも考えていない。ただの独りよがりだわ」
腕を組んでアメリを見下ろす。さすがのアメリも自分が失敗したことに気付いたのだろう。冷ややかな眼差しを向けられて肩を落とした。
(本当に、どう考えたらそんな結論になるのかしら?)
いくら申し訳ないと思ったからとはいえ、思考もやることも色々とぶっ飛びすぎている。
一生懸命なのにどこかズレていて、図々しくて諦めが悪くて、貴族令嬢とは到底思えない。
それでも私がどうしてもアメリを憎めないのは、アメリのそういうところにある。
「貴方って本当にバカね」
そう言って目を細める。フッと笑みを零すと、何故かアメリの瞳が輝いた。
……私、確かに蔑んだわよね?
なのに何でこの子は喜んでいるの⁉
まさかアメリにはマゾの気質があるのかと密かに慄いていると、アメリはおずおずと口を開いた。
「そういえば、ジェシカ様にお聞きしたいことがあるんです」
「……まだ何かあるの?」
どこか落ち着かない様子で自身の手を弄っていたアメリは、懲りずにとんでもないことを口にした。
「私、昨日初めて自慰というものをしたんですけど、全然気持ち良くなれなくって」
「は?」
とんでもないことを言われた気がした。
こちらの聞き間違いかと眉をひそめる。けれど可憐に頬を赤らめたアメリの顔は真剣そのものだった。
「ジェシカ様に教えていただきたいんです! どうやったら一人で気持ち良くなれるんですか⁉」
信じられないアメリの質問に目眩を覚えた。
「へ、変なことを言うのはやめて! それにっ、どうしてわたくしに聞くのよ」
「だってジェシカ様は、自分で自分の体を触って気持ち良くなっ……」
「言わなくていいッ!」
「お願いします! こんなこと、ジェシカ様にしか聞けないんですっ!」
私にだって聞くんじゃない!
すがるように擦り寄るアメリを押し退けていた時だった。
「おや、誰かいるんですか?」
ガラッと部屋の扉が開いて振り向くと、魔法植物の先生が不思議そうな顔で立っていた。
「魔法植物の準備室に誰か来るなんて珍しいですね。先程の授業の質問でしょうか」
癖の強いもじゃもじゃの青い髪に、大きな丸い眼鏡をかけた魔法植物の先生は、人の良さそうな顔でにっこり笑った。
「……許可なく部屋を使ってしまい、申し訳ございません。バーナード様が貴族令嬢として不適切な行動を取っておりましたので、風紀委員長として注意しておりましたの」
チラリとアメリを見た後すぐに先生に向き合うと、模範的な生徒の顔をしてみせる。
聞きようによってはアメリを虐めていたようにも取れる発言だったけれど、先生はニコニコ顔を崩さなかった。
「そうでしたか。クランベルさんは面倒見が良いんですね」
「恐れ入りますわ」
「きっと風紀委員長としても優秀なんでしょうね。貴方のような生徒に、ぜひ美化委員長をお願いしたかったです」
そう言って遠くを見るような目をした先生は、美化委員の顧問をしている。
そんなに今の美化委員長には手を焼いているのだろうか。もしかしたら気の弱そうな顧問を軽んじて、仕事をしてくれないのかもしれない。
そういえば、委員長を決める時期にも同様の打診があった気がする。
「委員長職の兼任は出来ませんので残念ですわ」
最高学年になって風紀委員長に就いた私は、委員長になるずっと前から風紀委員に席を置いている。
――あれは確か、制服の乱れをクロードに指摘されたのがきっかけだった。
当時、上学年のご令嬢の間でスカートを短くしたりブラウスのボタンを外したりと制服を着崩すのが流行っていて、私も真似して登校しようとしていた。
その時に、クロードが視線だけで人を射抜けそうな、あの冷え冷えとした眼差しで言ったのだ。
『公爵令嬢ともあろうお方がそんなはしたない格好をして、お嬢様には恥じらいというものがないのですか? 貴方がすべきことは、正しく制服を着こなしてこそ美しいのだと、高位貴族であるお嬢様自らが体現なさることです』
……とかなんとか、そんなことを言いくるめられて、気付いたときには風紀委員になっていた。そして委員長職を任される学年になった頃には、当然のように風紀委員長になっていた。
「そうでしたね。残念です」
眉を下げて困ったように笑う先生は、気を取り直したように私とアメリに明るい声を掛けた。
「今度、授業で使う魔法植物の植え替えをするんです。お二人とも美化委員ではありませんが、その時にはぜひお手伝いをお願いしますね」
「ええ、構いませんわ。でもその時は、バーナード様ではない方と一緒にお手伝いいたしますね」
そう言って無言の圧を感じさせる笑みでニコリと笑う。
「では、わたくしはこれで。……バーナード様、先程のお話、これ以上口にしたら許さなくてよ」
これ以上アメリに変なことを聞かれたらたまらない。
私は口元に笑みを貼り付けたままアメリに凄むと、魔法植物の準備室を後にした。
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