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57.悪役令嬢、逃亡する(2)
しおりを挟む護衛を連れたエドワード殿下が私に気付いて声を掛けた。
「やあ、ジェシカ嬢。こんな遅い時間にキミ一人でいるなんて珍しいね」
「殿下こそ、遅くまでお疲れ様でございます」
そう言って頭を下げた私は、唐突に閃いてしまった。
顔を上げてエドワード殿下をじっと見つめる。アメリがクロードルートに入ったのであれば、エドワード殿下から断罪される可能性はなくなったんじゃないかしら。
逆ハーエンドであれば違うかもしれないけれど、攻略対象者たちはともかく、アメリにその様子はない。
それならエドワード殿下にお願いして逃亡先を用意してもらえれば、逃げ切ることが出来るかもしれない。
「殿下……折り入ってお願いがございます。どうか、わたくしの話を聞いていただけませんか?」
縋るように見つめると、エドワード殿下はわずかに目を見開き、そしてゆるりと微笑んだ。
「ジェシカ嬢からそんなことを言われるとは。珍しいこともあるものだね。貴方は一人で何でも出来てしまうから」
「そんなことありませんわ。……わたくし、訳あって身を隠さなければならないのです。どこか良い場所はないでしょうか」
「隠れる場所? 一体誰から隠れるつもりだい?」
「クランベル家ですわ」
私がそう言うと、エドワード殿下は心底嫌そうに眉をひそめた。
「……まさか、とうとうアイツが痺れを切らして駆け落ちでもするんじゃないだろうね?」
「アイツ? 駆け落ち?」
エドワード殿下の言葉に首を傾げると、彼は誤魔化すように笑みを浮かべた。
「違うならいいんだ。でも、クランベル公爵家から隠れるだなんて、随分と大それた家出だね。理由を聞かせてくれるかい?」
「それは……」
どこまで話せばよいかと目線を下に向けながら逡巡する。ゲーム絡みのルートや断罪のことは言えないし、どうしたものかと思いながら口を開いた。
「わたくし、これから待ち受ける出来事が怖くて、逃げ出したいのです」
「待ち受ける、出来事?」
「ええ。わたくしの将来に関わることです。卒業のタイミングだとばかり思っていたので、何も準備していなくて」
「……もしかして、婚約について話を聞いたのかい?」
――婚約?
アメリとクロードはもうそんなところまで話が進んでいるの……?
納得出来るかどうかはともかく、それなら断罪に向かっているのも頷ける。でも、まさか、二人が婚約だなんて……
戸惑うように顔を背けた私を見て、エドワード殿下は肯定と捉えたらしい。
「そうか。とうとう説明があったんだね。でもそのうえで逃げ出したいとは……まさか……」
訳知り顔で頷いていたエドワード殿下が、何かに気付いて目を見開く。
そして改めて私の方を向き、何故か真剣な顔で私を見つめた。
「ジェシカ嬢。キミはこれから待ち受けるであろう将来を変えたいと思っている?」
「ええ」
「そのためなら、クランベル公爵家から身を隠してもいいと、それほどの覚悟があるということ?」
「ええ。そうですわ」
どんな恐ろしい断罪が待ち受けているのか分からない今、私は貴族令嬢としての生活を投げ捨ててでも逃げ出したい。
エドワード殿下は信じられないという顔をしていたけれど、どうしてだか楽しそうだ。
自覚があるのか口元を手で隠しながらも、笑いを隠しきれていなかった。
「キミなら喜んで受け入れると思っていたから……ビックリしたよ」
「はい?」
エドワード殿下の発言に耳を疑う。まさか断罪されて喜ぶような性癖を持っていると思われていたのだろうか。甚だ心外である。
思わず眉をひそめてしまった私を見て、もう一度驚いた顔をするとエドワード殿下はとうとう隠すことなく楽しそうに笑った。
「なんだか随分と面白いことになっているね」
フフッと笑みをこぼしたエドワード殿下は気を取り直すように咳払いを一つすると、改まった顔つきで言った。
「キミが頼る先として私を選んでくれたことを光栄に思うよ。――ジェシカ嬢」
名前を呼ばれて顔を上げると、甘やかな眼差しのエドワード殿下が私を見つめていた。
「まだキミの気持ちは私に向いていないと思うけれど、それでもこの手を取ってくれるかい?」
そう言って、エスコートをするように手を差し出される。
(私の気持ちって……何のことかしら……)
不思議に思いながらも、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
小さく頷いて私はエドワード殿下の手を取った。
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