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60.悪役令嬢、逃亡に失敗する(1)
しおりを挟むあああああああああごめんなさいごめんなさい!
逃げようとしてごめんなさい!
思わずひれ伏してしまいたくなるほどの威圧感に体が勝手に震えだす。
クロードは私の姿を見ると、チッ! と舌打ちした。
「…………殺す……!」
殺される!
闇の化身でも背負っているのかと思うほど邪悪なオーラを纏いながら、クロードが荒々しく近付いてくる。
迫り来る恐怖を前に、体が固まって何もすることが出来ない。少しでも身を守ろうと足掻いた指先が無意識にシーツを手繰り寄せた。
「……貴方がいなくなったと気付いたときの、私の気持ちが分かりますか? 魔具の保護もない無防備な貴方が、突然消えてしまって、全然見つからない……!」
怒りのあまり制御出来ていないのか、クロードから放たれる魔力に充てられてガクガクと震えが止まらない。
「ようやく見つけたと思ったら、……ッこんな、場所で……こんな格好をして……!」
溢れる涙が頬を濡らす。
人って、尋常でない恐怖を感じると、自然と涙が出るものなのね……!
トン、と肩を押されてベッドに倒れ込む。私の上にまたがったクロードは、襟元のタイを掴むと乱暴に緩ませた。
今まで完璧な装いの執事服姿しか見たことがなかったから、襟元を緩めて煩わしそうに黒い髪をかき上げたクロードはまるで別人に見えた。
地を這うような低い声でクロードが私を追い詰める。
「ジェシカ……分かってるんだろうな?」
激情を滾らせたギラギラとした眼差しに、震えながらもなんとか首を横に振る。
……ぜ、
……ぜっ、
…………全然わかりません!
えっ、殺すってつまり、そういうこと⁉
今この場で断罪されちゃうの⁉
きらびやかな部屋が一瞬にしてがれきの山と化し、私の上で怒り狂う執事。
自分の理解を超えて色々なことが起こり過ぎて、頭が真っ白になる。
なんでクロードがこんなに怒っているのか分からないけれど、やっぱりまだ死にたくない!
――だって……
「クロード……」
震えながら彼の名前を呼ぶと、私はクロードに向かって腕を伸ばした。
感情が昂って声が震える。こんなときなのに気持ちを伝えられるのが嬉しくて、口元を綻ばせながら思いを告げた。
「好き。……好き……」
好きな人に自分の気持ちを伝えられないまま死ぬなんて、死んでも死にきれない。
クロードの動きがぴたりと止まる。抵抗されなかったのをいいことに、目の前の体にぎゅっと抱き付いた。
「好きよ。大好き」
好きな気持ちを全部集めて思いの丈を伝える。
感情が滲み出て、甘さを含んだ声になってしまった。
細身だけれど鍛えられたクロードの体を肌で感じて、一度目を閉じる。
――ああ、これを冥土の土産にして私は死ぬんだわ……
そう思えばあんなに怖かったのに落ち着いてくるから不思議だ。
でも、殺すなら一思いに殺してほしい。
前世の記憶では十八禁の断罪エンドの中には、拷問エンドとか輪姦性奴隷エンドとか、血の気が引くようなものもたくさんあった。どうせやるなら少しでもサクッと終わるものにしてほしい。
抱き付いていた腕を離すと、いまだに固まったまま動かないクロードの顔を覗き見る。
同情を買うように、縋るように精一杯のおねだりをした。
「お願い……痛くしないで」
今まで仕えていたよしみで、どうかっ! お願い!
私の懇願を聞くと、それまで黙っていたクロードは、「はあぁぁぁぁ」と長い溜息をついて私の上に倒れ込んだ。
「く、クロード?」
「なんだよそれ……可愛すぎるだろ……」
首筋に顔を埋めたまま、ぎゅっと私を抱き締めていたクロードからは、いつの間にか禍々しいオーラは消えていた。
「……色々と言いたいことはありますが、それは後でにしましょう」
クロードはそう言うと、私の体を起こし魔法で出したガウンを着せた。
そして前をしっかりと閉めたあと、心底嫌そうな顔をして後ろを振り向いた。
「誰も入れないよう仕掛けたんだがな」
「ああ。そのせいで王宮の魔道部隊を駆り出すことになってしまったよ」
声がする方を見ると、扉の側で微笑みを浮かべたエドワード殿下が立っていた。
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