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セシリアの反撃 2
しおりを挟むアルフォンスは自分の身に起きている状況を理解できなかった。
体を震わせていたのはセシリアの方だったのに、いつの間にか立場が逆転している。
味方に付けていたはずの観衆は、今ではセシリアではなくアルフォンスを馬鹿にして笑っていた。
――おかしい。一体何が起きている!?
いまだ現実を受け止めきれていないアルフォンスは、隣からの視線に慌てて笑顔を貼り付けた。
レベッカはアルフォンスに対して不信感を抱いたようで、先程から疑いの眼差しを向け続けている。
セシリアの言葉は間違いなくレベッカの気持ちを揺さぶっていた。
「貴方……」
「レベッカ殿下、どうか私を信じてください。今の話は全てセシリア殿下の憶測に過ぎません。正統な王女である貴方なら、セシリア殿下と私、どちらが正しいかすぐに分かるはずです」
まるで詐欺師のようにペラペラと耳障りの良い言葉が口から流れ出る。
アルフォンスはどんな手を使ってでも、王女と結婚したかった。
セシリアを確保しつつ、レベッカという大物にも餌を撒いておいた。駄目で元々だったが、アルフォンスの計画は見事成功した。
(折角ここまで漕ぎ着けたんだぞ!? 全てが白紙に戻るなんて、冗談じゃない!)
アルフォンスは目の前に立つセシリアに視線を向ける。
レベッカやアルフォンスだけでなく大勢の貴族達から下に見られて、てっきり泣いて逃げるだろうと思っていた王女は、予想に反していまだこの場に留まっている。
それどころか、どうやらアルフォンスを追い詰めようとしているようだ。
か弱くて自分というものを持っていないと思っていた王女は、誰も味方がいない中、毅然として立ち向かっていた。
一方、レベッカもまた思わぬ展開に平静さを失っていた。
扇子を弄ることで何とかこの苛立ちを抑えようと試みる。
当初の予定では、セシリアにアルフォンスとの関係を見せ付けて、どちらが上かをはっきりと教えてやるつもりでいた。
ただ王家の色を持っただけの、疎ましい姉。
お前など誰からも愛されていないのだと分からせてやるつもりだった。
――身の程を思い知らせてやるつもりだったのに……!
それがどうだろう。
誰もが憧れる麗しいアルフォンスは、セシリアの言葉に動揺して見苦しく騒ぎ立てている。
素敵だと一度は思った人物の嫌な面を見てしまい、レベッカはげんなりした。
今まで男性からのアプローチをことごとく無視してきたレベッカだったけれど、友人からセシリアとアルフォンスの話を聞いて、初めて異性に興味を持った。
この男なら自分の隣に立たせてもいい。結婚してもいいとまで思ったのに……
姉を陥れることができ、皆から羨ましがられる相手を選んだと思っていたが、レベッカの思惑からどんどん遠いところに向かっているようだった。
(早くこの場の空気を変えないと、取り返しのつかないことになるわ)
このままではいけない。セシリアという滅多に人前に出てこない王女を引っ張り出し、更には皆の笑い者にして最高の夜会にするはずが、このままじゃ自分たちが笑い者だ。
セシリアに言い負かされるなんてレベッカのプライドが許さない。
そう思ったレベッカは、姉に向かって声を張り上げた。
「仮にお姉様の話が本当だとしても、アルフォンス様が貴方ではなく私を選んだという事実は変わらないわ!」
セシリアの緑色の瞳がレベッカに向けられる。
姉の美しく整った顔を惨めに歪めさせたくて、レベッカは口の端を吊り上げた。
「お姉様は私に負けたのよ」
「……」
セシリアが無言で見つめる。
泣くか怒るか、何でもいいから感情を引きずり出したくて、レベッカは見逃さないようにジッと目を凝らす。
けれど、予想に反してセシリアの声は淡々としていた。
「レベッカ様は、アルフォンス様と既に婚約してらっしゃるのですか?」
「……は?」
思わぬ質問にレベッカは眉を顰める。
突然何をと思いつつ、特に裏がある様子はなかったため警戒しながら答える。
「いいえ、まだよ。今日は夜会にお越しの皆様へ、ちょっとした発表のつもりでいたの。正式にはまだ婚約していないわ」
「そうですか」
そう言うとセシリアは一度目を伏せ、何故か弟の方を見た。
ウィリアムと視線を合わせたセシリアは、無言のままグッと唇を引き結ぶ。
誰もが二人の動向を見守る中、セシリアは振り切るように前を向いた。
決意を固めたように見える姉の顔は、苦痛に歪むどころかより一層輝きを増していた。
「でしたら……親切な私は、レベッカ様にとっておきの情報を教えて差し上げます」
レベッカが以前セシリアに向けて言った言葉を模した姉は、そう言って美しく微笑んだ。
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