17 / 44
セシリアの反撃 3
しおりを挟むレベッカからまだアルフォンスと婚約関係にないと聞いた時、セシリアの心は揺れ動いた。
恐らくセシリアの知る情報をレベッカに伝えれば、彼女はアルフォンスに対する考えを改めるだろう。それはきっと、結果としてレベッカのためになるはずだ。
ただ、セシリアは散々嫌がらせをされていた相手を無条件に助けたいと思う程お人好しでもなければ、見て見ぬふりして愚かな奴だと嗤える程性悪なわけでもない。
妹がアルフォンスと婚約していなかったことに安堵する気持ちも、自分を嫌う妹のために助言するなんておかしいと思う気持ちも、セシリアの中に両方とも混在していた。
きっと、セシリアが何も言わなければ、レベッカはこのままアルフォンスと結婚するのだろう。
――けれど……
顔を上げ、隣に佇むウィリアムに視線を向ける。
ウィリアムは騒ぎを起こす姉二人を見ても平然としていた。
(この人ならあの噂は知っているはずなのに)
予想に反して、ウィリアムはアルフォンスの嘘を暴こうとするセシリアを制するようなことはしなかった。
今まで黙ってやり取りを見守っていた彼は、セシリアの視線に気付くと小さく肩をすくめて見せた。
「……」
ウィリアムがどういうつもりなのか今のセシリアには分からない。
ただ、止めるつもりがないのなら好きにやらせてもらおう。
セシリアを陥れようとする、レベッカの思惑通りに事が進むのは阻止したい。
けれど、セシリアを利用してレベッカを都合の良いように動かそうとする、アルフォンスらの思惑通りになるのも嫌だった。
(だから、この話を聞いてどうするかは、レベッカ様……貴方次第よ)
セシリアは前を向くと、警戒しているレベッカに微笑みかけた。
「レベッカ様は、アルフォンス様のことをどれだけご存知でいらしゃいますか?」
「……何を言いたいのか分からないわ」
「私はただ、結婚を決めた相手のことをレベッカ様がどれくらい把握しているのか伺いたいだけです。例えば、そう……アルフォンス様の御趣味……とか」
セシリアの声は決して大きなものではなかったが、静けさを取り戻した会場ではよく響いた。
誰もがセシリア達を興味深そうに見つめている。あれだけ嘲笑していたセシリアの言葉を、今では皆、次は何を言い出すのかと聞き入っていた。
「私は離宮で暮らしていて外に出る機会は少ないですが、お会いできない代わりに皆様のことを教えていただくようにしています。そうすると、社交界で人気の高いアルフォンス様のお噂も耳に入ってくるのです」
セシリアは一度言葉を止めると、反応を窺うようにアルフォンスを見つめる。
ここで話に割り込んでしまったら怪しまれると思ったのだろう。口出しできずにセシリアとレベッカのやり取りを黙って聞いている彼は、心なしか焦燥感に駆られているように見えた。
いつもの甘い雰囲気がすっかり消えたアルフォンスに、セシリアは告げた。
「――『白薔薇館』……」
アルフォンスの瞳が大きく見開かれる。
それは、他の貴族達も同じだろう。
まさかセシリアの口から、王都にある最も格式高い高級娼館の名前が出るとは思ってもいなかった。
「アルフォンス様は随分と女性関係が華やかでいらっしゃるそうですね? お相手は後腐れのない方が多いようですから、アルフォンス様を慕うご令嬢の方々はその御趣味をご存知でないかもしれませんが」
「な、にを……」
アルフォンスは唇を震わせる。世間知らずで清らかなセシリアと夜の世界があまりにもかけ離れていて、状況を理解するのが少し遅れた。
「アルフォンス様が『白薔薇館』に足繁く通っているのは一部では有名な話。否定していらっしゃいますがアルフォンス様から求婚された時、私は内心複雑でした」
そう言ってセシリアは、呆然としているレベッカに目を向ける。
「女遊びの激しい彼と結婚して、本当に幸せになれるのだろうか、と」
「……な……」
レベッカの赤く色付いた唇がわなないて、小さく開かれた口から声にならない声を漏らした。
その様子を見ると、やはり何も知らなかったのだろう。
レベッカに誰も教えなかった事実を全てをさらけ出すために、セシリアは再びアルフォンスを見た。
21
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました
夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。
全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。
持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……?
これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる