冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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セシリアの反撃 3

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レベッカからまだアルフォンスと婚約関係にないと聞いた時、セシリアの心は揺れ動いた。

恐らくセシリアの知る情報をレベッカに伝えれば、彼女はアルフォンスに対する考えを改めるだろう。それはきっと、結果としてレベッカのためになるはずだ。
ただ、セシリアは散々嫌がらせをされていた相手を無条件に助けたいと思う程お人好しでもなければ、見て見ぬふりして愚かな奴だと嗤える程性悪なわけでもない。
妹がアルフォンスと婚約していなかったことに安堵する気持ちも、自分を嫌う妹のために助言するなんておかしいと思う気持ちも、セシリアの中に両方とも混在していた。

きっと、セシリアが何も言わなければ、レベッカはこのままアルフォンスと結婚するのだろう。

――けれど……

顔を上げ、隣に佇むウィリアムに視線を向ける。
ウィリアムは騒ぎを起こす姉二人を見ても平然としていた。

(この人ならあの噂は知っているはずなのに)

予想に反して、ウィリアムはアルフォンスの嘘を暴こうとするセシリアを制するようなことはしなかった。
今まで黙ってやり取りを見守っていた彼は、セシリアの視線に気付くと小さく肩をすくめて見せた。

「……」

ウィリアムがどういうつもりなのか今のセシリアには分からない。
ただ、止めるつもりがないのなら好きにやらせてもらおう。

セシリアを陥れようとする、レベッカの思惑通りに事が進むのは阻止したい。
けれど、セシリアを利用してレベッカを都合の良いように動かそうとする、アルフォンスらの思惑通りになるのも嫌だった。

(だから、この話を聞いてどうするかは、レベッカ様……貴方次第よ)

セシリアは前を向くと、警戒しているレベッカに微笑みかけた。

「レベッカ様は、アルフォンス様のことをどれだけご存知でいらしゃいますか?」

「……何を言いたいのか分からないわ」

「私はただ、結婚を決めた相手のことをレベッカ様がどれくらい把握しているのか伺いたいだけです。例えば、そう……アルフォンス様の御趣味……とか」

セシリアの声は決して大きなものではなかったが、静けさを取り戻した会場ではよく響いた。
誰もがセシリア達を興味深そうに見つめている。あれだけ嘲笑していたセシリアの言葉を、今では皆、次は何を言い出すのかと聞き入っていた。

「私は離宮で暮らしていて外に出る機会は少ないですが、お会いできない代わりに皆様のことを教えていただくようにしています。そうすると、社交界で人気の高いアルフォンス様のお噂も耳に入ってくるのです」

セシリアは一度言葉を止めると、反応を窺うようにアルフォンスを見つめる。
ここで話に割り込んでしまったら怪しまれると思ったのだろう。口出しできずにセシリアとレベッカのやり取りを黙って聞いている彼は、心なしか焦燥感に駆られているように見えた。
いつもの甘い雰囲気がすっかり消えたアルフォンスに、セシリアは告げた。

「――『白薔薇館』……」

アルフォンスの瞳が大きく見開かれる。

それは、他の貴族達も同じだろう。
まさかセシリアの口から、王都にある最も格式高い高級娼館の名前が出るとは思ってもいなかった。

「アルフォンス様は随分と女性関係が華やかでいらっしゃるそうですね? お相手は後腐れのない方が多いようですから、アルフォンス様を慕うご令嬢の方々はその御趣味をご存知でないかもしれませんが」

「な、にを……」

アルフォンスは唇を震わせる。世間知らずで清らかなセシリアと夜の世界があまりにもかけ離れていて、状況を理解するのが少し遅れた。

「アルフォンス様が『白薔薇館』に足繁く通っているのは一部では有名な話。否定していらっしゃいますがアルフォンス様から求婚された時、私は内心複雑でした」

そう言ってセシリアは、呆然としているレベッカに目を向ける。

「女遊びの激しい彼と結婚して、本当に幸せになれるのだろうか、と」

「……な……」

レベッカの赤く色付いた唇がわなないて、小さく開かれた口から声にならない声を漏らした。
その様子を見ると、やはり何も知らなかったのだろう。

レベッカに誰も教えなかった事実を全てをさらけ出すために、セシリアは再びアルフォンスを見た。




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