冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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セシリアの反撃 4

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「それでも、例えそのような御趣味があったとしても、名家に嫁ぐことができるのは王女として幸せなことだと思おうとしました。ですが……」

セシリアの纏う空気が変わる。
初めて見せる軽蔑の眼差しに、アルフォンスは息を呑んだ。

「貴方、『白薔薇館』で問題を起こしたそうですね?」

セシリアから冷ややかな眼差しを向けられて、ハッ! と我に返ったアルフォンスは慌てて否定した。

「ち、違う!」

叫びながら大きく首を横に振る。
けれど心なしか顔色は悪く、顔が強張っていた。

「さっきから何を言っているんだ!? い、一体、何を知っている!」

「ずっと不思議だったのです。どうして貴方が私に求婚したのか。貴方は王家の色に固執しているようには見えませんでしたし、王女を娶ったという名誉に興味があるようでもない。今までずっと自由にしていらした貴方が、親に強制されて求婚したとも考えづらい。もちろん私に恋情を抱いているわけでもない。――けれど、『白薔薇館』での不始末という汚点があるなら話は別です」

セシリアは扇子を取り出して広げると、口元を隠して目を細めた。

「公爵家嫡男として望み通りに生きてきた貴方でも、今回は相当懲りたでしょうね。貴方が何をしたのか、今、この場で皆様にお伝えいたしましょうか?」

「やめろ!!」

悲鳴にも似た声が会場に響く。
思わず制止したアルフォンスの顔は、誰が見ても分かる程青ざめていた。

「知らない方は多いでしょうね。この件に関してはレインフェルト公爵が口止めしているそうですから。でも、贔屓にしていた女性が突然いなくなれば、何があったのか調べようとする者は必ず出てくるものです」

「た、頼むから黙ってくれ!」

「アルフォンス様! お姉様の話は本当なの!?」

レベッカが詰め寄りながら大声を上げる。

セシリアとレベッカの二人から同時に責められて、アルフォンスは思わず後ずさった。
今のアルフォンスには、取り繕う余裕もなければ誤魔化す方法も思い浮かばない。
貴公子としての仮面を剥ぎ取られ、後に残ったのは無能な男の惨めな姿だった。

そんな憐れな様子にもセシリアは追及の手を緩めない。

「ご子息の尻拭いをさせられて、公爵はさぞお怒りになられたことでしょうね。お父上から言われたのではないですか。廃嫡されたくなければ王女と結婚してみせろ、と」

「なんですってッ!?」

「ち、違う! 廃嫡なんて誤解だ! 父にはただ、揉み消してやるからと言われただけで……」

慌てて言い繕ったが、アルフォンスがそう言った途端、レベッカは大きく目を見開いた。
レベッカの菫色の瞳が、信じられないものを見る目でアルフォンスを見る。

「……あ」

アルフォンスはレベッカの反応を見て、ようやく自分が墓穴を掘ってしまったことを察した。

「ち、違う……違うんだ!」

「お前……よくも恥をかかせてくれたわね……!」

腰が引けてしまっているアルフォンスに、レベッカが詰め寄る。
今にもレベッカの罵倒が聞こえてきそうな時――
二人のやり取りを遮るように、パチン! と扇子を閉じる音が響いた。

レベッカが喋り出すより早く、セシリアが口を開く。

「レベッカ様。私の話を聞いて、これからどうするかは貴方次第です。でも――」

セシリアが凛とした声で告げる。
美しい佇まいからは王女としての風格を感じさせた。

「それは私には関係のないことです。後はお二人でどうぞご自由になさってください」

強い意志を宿したセシリアの瞳が、宝石のように鮮やかに光輝く。
その姿を見た貴族達には、どうしてか彼女の周りがキラキラと煌めいているように見えた。

感情的になっているレベッカを制するように、隣からセシリアを援護する声がした。

「――そうですね。それに、これ以上この場で話を続けるのはよろしくないでしょう。レベッカ、貴方達二人は場所を移した方がいい。――音楽を」

ウィリアムが片手を挙げると、音楽隊が慌てて演奏を開始する。
いつの間にか音楽が止まっていたことに、ほとんど誰も気付いていなかった。
それくらい目の前で起きた出来事に集中していた。

「~~ッ! ……分かったわ」

会場を見回したレベッカは、もう取り返しがつかない程、醜聞を晒したことに気付いたのだろう。
震える赤い唇を噛み締めてセシリアを睨むと、ふいっと顔を背けた。
ウィリアムに促されて、レベッカとアルフォンスは会場を後にする。
貴族達はセシリアと話したそうに視線を向けていたが、隣にいるウィリアムを気にして行動に移す者はいなかった。

レベッカとアルフォンスの背中を目で追いながら、セシリアは小さく息をつく。
慣れないことをしたせいで体が強張っていた。

(これで終わったのね……)

アルフォンスから言葉を引き出すためにレベッカの真似事をして煽ってみたが、どうにか上手くいって良かった。

胸を撫で下ろすセシリアに、ウィリアムが声を掛ける。

「お疲れでしょう。貴方も退出なさったらいかがですか?」

「ウィリアム様はどうなさるのですか?」

「私はこの場に留まります。主催者であるレベッカがいなくなってしまったので、代わりをする者が必要でしょうから」

セシリアは少し考えると、顔を上げて彼を見つめた。

「夜会が始まる前、ウィリアム様は最後までエスコートしてくださるとおっしゃっていましたね」

「ええ」

興味深そうにセシリアを見つめるウィリアムに、セシリアは小さく微笑んだ。

「でしたら父上のところまで連れて行っていただけませんか? 送り次第お戻りいただいて構いませんから」

これほど騒ぎを大きくしたのだ。今日の夜会で起きたことはすぐ父の耳に入るだろう。動くなら早い方がいい。

セシリアが決着をつけなければならない相手は、まだ残っていた。




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