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父との決別 1
しおりを挟むセシリアにとって、父の存在は心の支えだった。
離宮にはいつだって誰かいたし、王女であるセシリアの周りには侍女や護衛などたくさんの人がいる。
けれど、彼らはあくまでも仕事で側にいるだけ。
家族というものとは違うことを教えられた時、まだ幼かったセシリアの中で、彼らとの間に透明な薄い膜でできた壁が生まれた。
(私の家族は、父上だけ)
案内された国王の執務室で、セシリアは父と対面した。
初めて入る執務室。
初めて目にする働く父の姿。
十九年という決して短くない年月を生きてきて、今日は初めてのことばかりだ。
金の装飾が施された椅子に座り書類に目を通す父を、セシリアは見つめる。
急な予定が入ったからと言って夜会を欠席したはずなのに、父は執務室で仕事をしていた。
豪華なシャンデリアの下、重厚感のある木製のテーブルには書類が広げられている。
決裁済と書かれた箱に書類の山ができているところを見ると、夜会が始まる前からここにいたのではないだろうか。
ペンを置いて顔を上げた父は、セシリアを見て大きく目を見開いた。
「セシリア? どうしてお前がウィリアムと一緒にいるんだ?」
ウィリアムの名で入室許可を得たため、セシリアがこの場にいることに驚いたようだった。
理由を求めて父は息子を見る。視線を受けてウィリアムは肩をすくめた。
「レベッカが起こした騒動の後、姉さんに頼まれたんですよ。父上のところに連れて行って欲しいと」
「だが、セシリアは今まで一度だって私と宮殿で会おうとしなかったのに」
「フフッ、そうですね。私もまさか、姉さんがあんなことをするとは思いませんでした。ここに来るまでの間に色々と問い質されましたが、どうやら姉さんは父上の考えを察しているようですよ。……では、私はこれで」
「ウィリアム様、ありがとうございました」
軽く一礼したウィリアムが部屋を出る。
護衛兵は廊下側で待機しているため、執務室にいるのは父とセシリアだけになった。
「セシリア。何かあったのか? お前は夜会に出ていたはずでは……」
突然のことに戸惑いを見せる父に、セシリアは凪いだ海のような穏やかな表情を浮かべる。
柔らかな印象に反して、セシリアの口から出たのは核心を突く言葉だった。
「父上は全て知っていたのでしょう? アルフォンス様の悪い噂を」
「……な、にを急に……」
「王女の降嫁先となれば、いくら公爵家嫡男であっても相手の素行くらい調べるはずです。私が知ることのできる情報を父上が知らないはずがありません。知ったうえで、レベッカ様に黙っていたのですね」
セシリアは父の返事を待たずに話を続ける。
「きっと、王妃の生家であるイーゼン公爵家もこのことを容認しているのでしょうね。公爵三家のうち、既にヒルデルク公爵家の御令嬢はウィリアム様の婚約者。レベッカ様を使ってレインフェルト公爵家を身内に引き込んでしまえば、この国で怖いものは何もないでしょうから」
淡々と自分の考えを述べるセシリアを見つめる父の顔は、驚きに満ちていた。
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