冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

文字の大きさ
19 / 44

父との決別 1

しおりを挟む

セシリアにとって、父の存在は心の支えだった。
離宮にはいつだって誰かいたし、王女であるセシリアの周りには侍女や護衛などたくさんの人がいる。

けれど、彼らはあくまでも仕事で側にいるだけ。
家族というものとは違うことを教えられた時、まだ幼かったセシリアの中で、彼らとの間に透明な薄い膜でできた壁が生まれた。

(私の家族は、父上だけ)

案内された国王の執務室で、セシリアは父と対面した。


初めて入る執務室。
初めて目にする働く父の姿。

十九年という決して短くない年月を生きてきて、今日は初めてのことばかりだ。

金の装飾が施された椅子に座り書類に目を通す父を、セシリアは見つめる。
急な予定が入ったからと言って夜会を欠席したはずなのに、父は執務室で仕事をしていた。
豪華なシャンデリアの下、重厚感のある木製のテーブルには書類が広げられている。
決裁済と書かれた箱に書類の山ができているところを見ると、夜会が始まる前からここにいたのではないだろうか。
ペンを置いて顔を上げた父は、セシリアを見て大きく目を見開いた。

「セシリア? どうしてお前がウィリアムと一緒にいるんだ?」

ウィリアムの名で入室許可を得たため、セシリアがこの場にいることに驚いたようだった。
理由を求めて父は息子を見る。視線を受けてウィリアムは肩をすくめた。

「レベッカが起こした騒動の後、姉さんに頼まれたんですよ。父上のところに連れて行って欲しいと」

「だが、セシリアは今まで一度だって私と宮殿で会おうとしなかったのに」

「フフッ、そうですね。私もまさか、姉さんがあんなことをするとは思いませんでした。ここに来るまでの間に色々と問い質されましたが、どうやら姉さんは父上の考えを察しているようですよ。……では、私はこれで」

「ウィリアム様、ありがとうございました」

軽く一礼したウィリアムが部屋を出る。
護衛兵は廊下側で待機しているため、執務室にいるのは父とセシリアだけになった。

「セシリア。何かあったのか? お前は夜会に出ていたはずでは……」

突然のことに戸惑いを見せる父に、セシリアは凪いだ海のような穏やかな表情を浮かべる。
柔らかな印象に反して、セシリアの口から出たのは核心を突く言葉だった。

「父上は全て知っていたのでしょう? アルフォンス様の悪い噂を」

「……な、にを急に……」

「王女の降嫁先となれば、いくら公爵家嫡男であっても相手の素行くらい調べるはずです。私が知ることのできる情報を父上が知らないはずがありません。知ったうえで、レベッカ様に黙っていたのですね」

セシリアは父の返事を待たずに話を続ける。

「きっと、王妃の生家であるイーゼン公爵家もこのことを容認しているのでしょうね。公爵三家のうち、既にヒルデルク公爵家の御令嬢はウィリアム様の婚約者。レベッカ様を使ってレインフェルト公爵家を身内に引き込んでしまえば、この国で怖いものは何もないでしょうから」

淡々と自分の考えを述べるセシリアを見つめる父の顔は、驚きに満ちていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...