冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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隣国バラゾア 3

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皇后の器ではないとか魅力が足りないとか、それ以前の問題だった。
ジルバートは端からセシリアに期待していない。
それを本人から突き付けられて、セシリアは心に棘が刺さったような痛みを覚えた。

「それは、形だけの結婚ということになりますか?」

「ああ」

「ですが、それでは子をもうけられません」

「跡継ぎならどうとでもなる」

「……バラゾア帝国では、側室は認められていないはずでは?」

まさか、そちらから結婚を望んでおきながら他に相手がいるのだろうか。

バラゾア帝国は一夫一婦制だったはずだ。
それに、セシリアを蔑ろに扱うということは、その後ろにあるアルデンヌ王国をも軽んじていることになる。
何の大義名分もなく側室を持とうとすれば、父が黙っていないだろう。

「妾を持つつもりはない」

そう断言したジルバートは、あの力強い目をセシリアに向けて言葉を続けた。

「君にとっても悪い話ではないはずだ。知らない男の機嫌を取る必要もなければ、皇后としての重圧に堪えることもない。離宮にいた時のように、何にも縛られず自由に暮らせばいい」

「……」

ジルバートの意図が分かりかねて、セシリアは眉根を寄せる。
てっきり懇意にしている女性がいるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
むしろセシリアを大人しくさせて囲いの中に閉じ込めておくために、色々と餌をぶら下げているように見えた。

余程セシリアと関わりたくないのか、それとも……

視線を落として少し考えたセシリアは、自分の考えを整理すると、顔を上げてジルバートを見つめる。
彼の黒い瞳に映るセシリアの顔は、決して従順なお姫様には見えなかった。

意思を固めたセシリアは、はっきりと告げた。

「それでは困ります」

ジルバートの意図は分からないけれど、到底承諾できるものではない。
けれど、その返しはジルバートとユリウスにとって想定外だったようだ。
セシリアの言葉を聞いて真っ先に反応したのはユリウスの方だった。

「どうしてです? 陛下がおっしゃったように、これは殿下にとって悪い話ではないはずです。貴方が過ごしやすい環境をご用意いたしますよ」

「私がこの国に嫁いだのは、祖国との架け橋になるためです。私が何もしなくても陛下はそれで良いかもしれませんが、それでは祖国の役にはなりません」

正直、セシリアからしてみれば、閉じこもっていて良いことなど何もない。
いくら皇帝側からの提案とはいえ、何もしない王女だと周囲に印象付けられたら、こちらに非があることになってしまう。
それに……

「私、何の役割も与えられない祖国での生活を、ずっとつまらないと思っていましたの。皇后として務めを果たすことを楽しみにしておりましたのに、取り上げられては困ります」

そう言ってニッコリと笑った。
二人はセシリアの言葉に驚いたようだった。

「どうも聞いていた話と違うようだな」

ジルバートは可笑しそうに目を細めると、口元に小さく笑みを浮かべた。

「君は随分と意欲的なようだ。それなら――セシリア、君に婚約者として早速頼みたいことがある。今度開かれるパーティーに、私と共に出席してもらいたい」

「かしこまりました」

「あと、これは元々言うつもりはなかったのだが……これから共に行動する以上、君に伝えておかなければならないことがある」

ジルバートはそう言って、口の端を吊り上げた。

「私は今、とある筋から命を狙われている」

「……え?」

「もちろん殺されてやるつもりはないし、ある程度犯人の目星は付いている。ただ、私の側にいる限り、君にも危険が及ぶ可能性がある。対策は講じるが、くれぐれも勝手な真似はしないでくれ」

物騒な内容のはずなのにどこか楽しそうに話をするジルバートを、セシリアは思わず凝視してしまった。

(……は……初耳なのですが……!)

皇帝が暗殺の危機に晒されているなんて聞いていない。
皇太子派は制圧したのではなかったのか。

もしジルバートが亡くなれば、お役御免となったセシリアは自国に戻らされるだろう。
未亡人となったセシリアを父は責めないだろうが、たらい回しのように今度は違う貴族の元に嫁がされるのだろう。
折角父の庇護から離れたのに、それではアルデンヌ王国にいた時と変わらなくなってしまう。

(そんなの困るわ)

自分自身のためにも、ジルバートには生きていてもらう必要がある。

(でも、それって一体どうすればいいの……?)

自分の身を守るだけならともかく、ジルバートの安否を気にしなければならないとは。
武力を持たないセシリアには、途方に暮れるような問題だった。



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