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隣国バラゾア 2

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セシリアが応接室に入ると、既に皇帝と宰相は席に着いて待っていた。
テーブルを挟んで二脚ずつ置かれた肘掛け椅子に、横並びで座っている。
壁に飾られた絵画の額縁には金色に輝く彫刻があしらわれ、金で出来た獅子の置物やシャンデリアなど来賓用に用意された部屋は豪華なものだった。

そんな煌びやかな部屋に負けないくらい、二人は人目を引く容姿をしている。
特に黒髪のジルバートは、ユリウス以上に存在感があった。
ジルバートと会うのはこれが初めてだったが、セシリアにはすぐに彼が皇帝なのだと分かった。

セシリアが口を開くより先に、ユリウスと話をしていたジルバートが目線を上げてセシリアを見た。

「……!」

ジルバートの黒い瞳に見つめられた途端、セシリアの背筋に冷たいものが走る。
睨まれているわけではないのにセシリアは息を呑んだ。

今の地位に就く前は軍に所属していたと聞いたが、だからだろうか。
標的を観察するような、その眼。ジルバートは視線一つでセシリアの体を硬直させた。
今まで出会った誰よりも威圧感のある男を前にして、セシリアの心は一つの感情に支配される。

(――怖い……)

この人が、怖い。

動揺が顔に出そうになって、グッと堪える。
ただ視線を向けられただけなのに、ジルバートの圧に怯んでしまった。
そんな怯えを表に出さないように努めながらセシリアはジルバートを見つめ返す。

姿絵通り、皇帝ジルバートは端整な顔立ちの男だった。
スッと通った鼻筋に、凛々しい眉。男前だと騒がれる容姿。
けれど、姿絵だけでは分からなかったことがある。

それはこの、弱者を切り捨てることに慣れた、圧倒的強者の風格。
意志の強そうな黒い瞳で見つめられると、まるで自分がちっぽけな存在であるかのように思えてしまう。
ジルバートを前にして萎縮しているのだと気付いた時、セシリアは強く自分に言い聞かせた。

(笑え……笑え……!)

震えそうになるのを必死で堪え、セシリアは微笑みを浮かべた。

「お初にお目にかかります。私、アルデンヌ王国第一王女、セシリアと申します。この度の婚約にあたり、多大なるご配慮を賜り心より御礼申し上げます」

いつも以上に丁寧な所作を心掛けながら礼を執る。

(今、ここで負けてしまったら、もう二度と対等でいられなくなる気がする)

セシリアが微笑を湛えると、ジルバートは椅子から立ち上がり挨拶をした。

「ジルバートだ。こちらこそ我々の要請に応じていただき感謝する」

彼が立つと背の高さがより一層感じられる。
金色の肩章や飾緒が着いた華やかな軍服は、体格の良さと相まってジルバートをより威圧的に見せていた。

ジルバートの言葉を聞いて、セシリアは内心苦笑する。
求婚を要請と言ってくるあたり、政略結婚であることを隠す様子がない。
席に着くよう促され二人の前に座ったセシリアは、顔を上げて二人を見つめる。
肘掛けに腕を置いたジルバートは、観察するような視線はそのままにおもむろに口を開いた。

「アルデンヌ王国からここまで来るのは大変だっただろう。天候に恵まれたと聞くが、不自由はなかったか?」

「お心遣いに感謝いたします。今まで遠出をする機会がなかったものですから、初めてのことばかりで心が躍りました」

「ああ。王女殿下は『箱入り』だったな。それなら尚更、長年暮らしていた場所とは異なることだろう」

「……よろしければ、敬称ではなくどうぞセシリアとお呼びください」

『箱入り』と称したジルバートの言葉を、にこりと笑って受け流す。
言葉のニュアンスから、ジルバートはどうやらセシリアが離宮で暮らしていたことを知っているようだ。
とは言っても見下している様子はなく、単純にセシリアのことを温室育ちのお姫様だと思っているようだった。

セシリアの反応に意外そうな顔をしたジルバートは、「そうか」と言うと少し口調を変えた。

「では、セシリア――早速だが、私は君と、良い関係を築きたいと思っている」

ここに来るまでの間に同じことを考えていたセシリアは、わずかに目を見開く。
ただ、続く言葉はセシリアの考えとは全く異なっていた。

「だが、だからと言って無理に心を通わせる必要はない」

「え?」

「もちろん、こちらから婚姻を望んだ以上、出来る限りのことはするつもりだ。自国にいた時と同じ環境にしたければ、すぐに手配しよう。君が望むのであれば皇后としての公務だってしなくても構わない」

ジルバートの瞳が真っ直ぐにセシリアに向けられる。その顔は冗談を言っているようには見えなかった。

「こちらの望みは、アルデンヌ王国と目に見える形で繋がりを持つこと。他国との結び付きを国内に示せればそれでいい。だから――君に求めることはただ、この国にいることだけだ」

「……」

突然打ち明けられた相手側の意向に、唖然とする。

(それは……つまり……)

隣国に到着したその日のうちに、夫となる男から名ばかりの皇后で構わないと言われ、セシリアは言葉を失った。




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