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精霊の力 4
しおりを挟む追いかけっこと言うと微笑ましく聞こえるが、合間に互いの能力をぶつけ合っているせいでちっとも楽しそうに見えない。
空中で力と力が激しくぶつかり合い、そして打ち消されていく様は壮絶で、現実の出来事には見えなかった。
とてもじゃないが割って入れる気がしない。
目の前で繰り広げられる戦闘にセシリアはその場から動くことができなかった。
『アハハ! 二人とも楽しそうだね!』
「ライア! 笑っていないで二人を止めてあげて」
怪我をしないかと心配するセシリアに対し、ライアは呑気なものだ。
セシリアがハラハラしながら見つめていると、今まで空中で相殺されていたフェニの攻撃がカーテンに触れた。
「あ……っ!」
セシリアは息を呑む。
火球が触れた瞬間、カーテンに火が付き、ボウッ! と勢いよく布が燃え始めた。
ディネが出した水ですぐに消火されたけれど、その代わりカーテンは水浸しになった。
「こ、これ……大丈夫なのかしら……?」
セシリア以外の人々には精霊の姿を見ることはできないようだけれど、彼らが起こした力についてはどうなのだろうか。
セシリアの目には悲惨な状態になったカーテンが見えるのだが、他の人々には何も起きていないように見えるのだろうか……?
「ライア、お願い。二人を止めて」
このまま放っておいたらもっと大変なことになる。
そう思い、二人を抑える力を持つ、もう一人の精霊にお願いする。
けれどライアは楽しそうに笑うだけで何もしない。
『もうちょっと見てようよ!』
ケラケラと笑うライアを見て、セシリアは眉根を寄せる。
「ライア」
『ええー?』
困ったことに一向に動く気配がない。
目を伏せて小さく息をついたセシリアは、意を決して顔を上げた。
「――ライア」
先程とは違う静かな声。
様子が変わったことに気付いて、ライアは顔を上げた。
『!』
ライアを真っ直ぐに見つめる、セシリアの凛とした表情。
見る者を虜にする強い意志を秘めたエメラルドグリーンの瞳。
セシリアが纏う空気がどんどん澄んでいくのをライアは全身で感じた。
スイッチが切り替わったかのような突然の変化に、思わず目を奪われる。
空気が変わる。可憐なお姫様といった印象のセシリアが、途端に気高い王女に変わる。
「ライア。お願い」
命令に聞こえるほど芯の通った声を聞いて、ライアはぞくりと背筋を震わせた。
『……っ』
ゾクゾクするほど高揚感が込み上げてきてライアは口元を吊り上げる。
セシリアの期待に応えられるのが嬉しいとばかりに大きく頷いた。
『私に任せて!』
そう言って勢いよく飛び上がる。
部屋の中で攻防を続けている二人を見つめると、ライアは声を上げた。
『精霊ライアが求める! 風の精霊よ! 私に力を貸して!』
高らかに言い放つと大きく両手を広げる。
まるで力を吸収しているかのように、見る見るうちにライアが纏う光のかけらが増えていく。
『エアショット!』
指で銃を構えるポーズをしたライアが、バァン! と撃つ仕草をする。
すると指先から風が吹き出し、フェニとディネが出していた火と水を見事に消し去った。
『!』
『!』
自分達の力を吹き飛ばされて、二人は驚いた顔をする。
「……ッ!」
そしてセシリアは、悲鳴を上げてしまいそうになるのをなんとか堪えた。
何故ならライアが出した空砲は、二人の動きを止めるだけでなく部屋に甚大な被害をもたらしたからだ。
フェニ達の力を消して威力は弱まったものの、部屋の中のあらゆる物を吹き飛ばし、そして最後に棚の美術品に直撃した。
陶器が割れる甲高い音が響き渡る。
これはきっと、部屋の外にも聞こえたことだろう。
突然の攻撃に驚いたフェニとディネが、動きを止めてバルコニーに視線を向ける。
ライアはキリッと真面目な顔をすると、腰に手を当てて二人に注意した。
『二人共もうやめなよ。セシリアが困ってるよ!』
熱くなっていた二人はその言葉で我に返り、慌ててセシリアを見た。
青ざめた顔をしているセシリアを見て、自分達が悪いことをしたと分かったらしい。
『わ、悪かったよ』
『ごめんなさい……』
反省した様子のフェニとディネが頭を下げる。
それはいい。それは良かったのだけれど……
ライアが出した風が部屋の中を通り過ぎた結果、セシリアの部屋は悲惨な状態になっていた。
物はあちこちに散らばり、棚の下には落ちて壊れた美術品が無残な状態で広がっている。
更には扉の外側からは護衛兵達の焦った声が聞こえてくる。
「――殿下! 部屋の中から何やら大きな物音がしましたが! 大丈夫ですか!?」
「――火急のことゆえ、部屋に入らせていただきます!」
音を立てて勢いよく部屋に入ってきた兵達は、周囲を見回してその惨状に目を見開いた。
その瞬間、セシリアがずっと疑問に思っていたことが一つ解消した。
精霊の力を皆が認識できるのか謎だったけれど、兵達の様子を見る限り、明らかにライア達がやらかした結果が見えているらしい。
ただ、兵達には精霊達の姿は見えない。
つまり、彼らから見たら、この部屋にいるのはセシリアだけということになる。
唖然とした彼らの視線を浴びながら、セシリアは眉尻を下げた。
(……きっと、私が癇癪でも起こして物に当たり散らしたと思っているのね……)
加えてカーテンのこともある。これは、信用を回復することができるだろうか。
額に青筋を立てたユリウスの顔が脳裏に浮かんで、セシリアは内心深く溜息をついた。
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