冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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視察 3

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「メイルーシェ侯爵家は、陛下のお母様の生家なのですよね? 皇太后陛下にお会いにならなくてよろしいのですか?」

これから赴く視察先は、メイルーシェ侯爵領内にある。
ジルバートの母は、夫である先代皇帝が亡くなったことに心を痛め、生家で療養中だと聞いている。
折角近くまで行くのだから挨拶した方がいいのではないかと尋ねると、ジルバートは首を横に振った。

「あの人は私のことを忌み嫌っている。むやみに刺激しない方がいいだろう」

「そう、ですか……」

「彼女からしてみれば、私の存在は諸悪の根源だろうからな」

自嘲するように口端を吊り上げたジルバートは、この話は終わりだとばかりに話題を変えた。

「聞いてもいいか?」

「ええ。なんでしょうか」

「ここに来る前まで、君は王宮を追われ離宮で暮らしていたそうだな」

「!」

自分の境遇を知っているのではないかと薄々感じていたが、核心を突く言葉にセシリアは息を呑む。
けれど、セシリアの動揺を気にすることなくジルバートは話を続けた。

「一国の王女への待遇としては考えられないような扱いだ。そして、それは母親の生家が原因だと聞いた。表舞台から引きずり下ろされる切っ掛けとなった母の生家を、君は恨んでいるのか?」

「それは……」

セシリアは返答に困って言葉を濁す。
思っていた以上に重い質問だった。

(恨むだなんて)

ジルバートの様子を窺うと、真剣な顔でセシリアの返答を待っている。
これは適当には答えられないと感じたセシリアは、視線を落として思い巡らせた。

「そうですね」

何とも思わなかったというと嘘になる。
母親の生家にまつわる話は、セシリアにずっとついて回った。

セシリアの母・ジュリアの生家であるビューロウ伯爵家は、長年貿易業に携わり、貴族内で確固たる地位を築いてきた。
過去にも王妃を輩出している名門で、王家からの信頼も厚い。
婚約関係にあった父と母は幼い頃から交流があり、父は母を愛していた。

けれど、セシリアの母が亡くなってすぐ、事態は急変する。
宮廷財務室から何世代にも渡るビューロウ伯爵家の不正が指摘され、証拠が白日の下に晒されると名声は瞬く間に地に落ちた。

(今では悪名高きビューロウ家だものね……)

確かに、母の生家のことがなければ、存在を隠すように離宮でひっそりと暮らすことはなかっただろう。

「……どうして私がこんな目に合うのだろうと思ったことはあります。もし、ビューロウ家が不正などしていなければ、一体どんな生活をしていただろうかと考えることはありますが……だからといって恨みはしません」

「何故? 君が冷遇されてきた原因なのだろう?」

「ですが、恨んだからといって、何かが変わるわけではありませんもの。人によって置かれる境遇は違いますが、そこからどう動くかは自分次第でしょう?」

そう言ってセシリアは微笑む。
それは、セシリアが自分自身に言い聞かせてきた言葉でもあった。

例え離宮にいたとしても、必要なものは何かを考え、そして望めば知識を得ることができる。
例え冷遇されていたとしても、好転すると信じて準備を続けていれば、いつかきっと役に立つ時が来るのだと。

「そうか……」

答えを聞いたジルバートは、セシリアを見つめながら静かな声で呟いた。

「君は綺麗だな」

「……え?」

「いつだって真っ直ぐで、それに清廉だ。怒りや憎しみを原動力にしていた自分には、眩しいと思うほどに」

言いながらジルバートが手を伸ばす。
セシリアの顔に向かって伸ばされた手は、頬に触れるには長さが足らなかった。

「でも、君の輝きに惹かれて、もっと知りたいと思うんだ」

ジルバートの黒い瞳が真っ直ぐセシリアに向けられる。
今まで政略的に結ばれた婚約者だとしか思われていなかったはずなのに、この瞬間、ジルバートは確かに歩み寄ろうとしていた。

――そして、この手を取らなければ、もう二度と機会は訪れない。

直感的にそう思ったセシリアは、無意識の内にジルバートの手を握っていた。
今しかない! そんな衝動に駆られて声を上げる。

「もっと知ってください! いくらでもお伝えします! それに、私だって陛下のことが知りたいです。もっと貴方のことを教えてください!」

この機会を逃したくないセシリアは必死で言い募る。

「形ばかりの結婚ではなく、私は、妻として貴方の支えになりたい。貴方の御心に寄り添わせてほしいのです」

ジルバートの右手を両手で握り締める。
想いが伝わるよう目で訴えかけていると、自分の右手に視線を落としたジルバートがぽつりと呟いた。

「手が……」

「……! し、失礼いたしました」

ジルバートから指摘されて、セシリアは慌てて手を離す。
夢中になるあまり、思わず自分から手を握ってしまっていた。

(やってしまったわ)

失礼な奴だと思われただろうか。
心配したセシリアは恐る恐るジルバートの顔を窺う。

冷ややかな眼差しを想像していたが、セシリアの予想に反して、ジルバートからは非難するような表情は見て取れない。

――それどころか、むしろ……

(まさか、照れているの……?)

視線を逸らしたジルバートの顔が、ほんのり赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。

信じられない光景を前に、セシリアはぽかんとジルバートを見つめる。
誰もが男前だと称賛する凛々しい顔立ちが、眉尻が下がって困ったような顔になっていた。

「君の言葉はストレート過ぎて……少し困る」

顔を隠すように手を前に出し、顔を背けたジルバートの頬はわずかに赤らんでいて……

「……っ……」

男性のそんな顔を見るのは初めてだったセシリアは、熱が移ったように頬が熱くなるのを感じていた。



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