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視察 2
しおりを挟む今回の視察は、橋の修復工事の進捗状況を確認することが目的となっている。
帝都の南にあるその橋は、帝都と隣接するメイルーシェ侯爵領にあり、馬で二時間程の距離にある。
南部と帝都を繋ぐ物流の要なのだが、セシリアが来る前に発生した豪雨によって壊れて使えなくなってしまった。
一刻も早い再建が望まれる中、工事の進捗が思わしくないと報告を受けたため、皇帝が視察を決めたのだという。
「日帰りの視察ですし、殿下が同行するのにちょうどいいでしょう」
視察の目的を事前に説明してくれたユリウスは、そう言って話を締めくくった。
同行の許可を出すだけでなく、セシリアのことを考えて決めてくれていて嬉しく思っていた。
(殺意が見えるなんて、不審に思われてもおかしくない、突拍子もない話だったのに……提案を受け入れてくださって有り難いわ)
それも全て、ジルバートがセシリアの話を信じてくれたからだ。
馬車が動き出したのを体の揺れで感じる中、セシリアは正面に座るジルバートを窺う。
てっきりユリウスが同席すると思っていたが、予想に反して案内された馬車に乗ったのはセシリアとジルバートの二人だけだった。
二人きりになるのは少し緊張するけれど、ジルバートを知る良い機会かもしれない。
そう考えたセシリアが口を開くより先に、ジルバートの方から声を掛けてきた。
「先日の刺客だが、金で雇われていただけで大した情報は得られなかった」
「――そう、ですか……」
「首謀者が捕まっていない状況では、私の側にいると未だ危険が伴う。無理だと思ったらいつでも宮殿に引き籠っていてくれて構わない」
そう言うジルバートの顔からは何を考えているのか感情が読めない。
それどころか、整った顔立ちのせいで、ただ真っ直ぐ見つめるだけでどこか冷たい印象を与えた。
突然の言葉に面食らったセシリアは、すぐにジルバートから言われた内容を反芻する。
刺客がいたレーン商会は、由緒正しい老舗の商会だと言っていた。
そんな歴史ある商会で、一般人がそう易々と働けるはずがない。刺客とレーン商会を繋いだ仲介人がいると踏んでいたのだが、思い違いだっただろうか。
仲介人から黒幕に続く情報が得られると思っていたセシリアは、視線を落として思案する。
(そうでないのなら、もともと商会で働いていた人に声を掛けたのかしら……。でも、一介の商人が皇帝陛下を暗殺しようなどと決断できるかしら)
そこまで考えて、セシリアはそれ以上考えても仕方がないと頭を切り替えた。
「分かりました。お気遣いありがとうございます。――それに、襲撃に遭ったあの時も。私を思いやってくださったこと、お礼をお伝えしなければと思っておりました」
「何のことだ?」
「陛下は私にショックを与えないために、あえて自ら刺客の前に出てくださったのでしょう?」
セシリアがそう言うと、ジルバートは驚いたようにセシリアの顔を見つめた。
「……気付いていたのか」
言葉を受けてセシリアは柔らかく微笑む。
襲撃時、護衛兵を制してまでジルバートが前に出た理由。
それが自分のためだとセシリアが気付いたのは、襲撃から一夜明けて、落ち着いて事件を振り返れるようになった時だった。
冷静になって考えてみると、わざわざジルバートが刺客を制圧する必要などどこにもない。
もし自分の手で捕らえたいと思うような交戦的な性格ならば、剣を弾いて刺客の動きを止めるような戦い方はしないだろう。
それに、動きを封じた後は護衛兵に任せ、血を流させないよう指示を出している。
(今までの冷たい言動のせいで、すぐには気付かなかったけれど……)
きっと、刺客を痛め付けずに捕らえたのは、セシリアを思ってのことだったのだろう。
襲撃の現場に立ち会わせたセシリアに、これ以上の恐怖を与えないために。
(噂で聞いていたような人にはとても見えないわ)
セシリアがアルデンヌ王国にいた時に聞こえてきた噂では、ジルバートはもっと心無い男だという話だった。
残虐非道な凶帝。皇太子である兄を追いやり自ら皇帝となった、傲慢な男。
けれど、ジルバートを慕うノアや護衛兵達の姿を見ていると、そんな噂とは全く違う印象を受ける。
あのユリウスでさえ、ジルバートに対する敬愛を隠そうとしない。
英雄だと崇められている彼が、一方では凶帝と恐れられている。
セシリアにはそれが不思議でならなかった。
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