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視察 1

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視察日当日。

セシリアが宮殿前に向かうと、既に馬を連れた兵の一団が待機していた。
さすが皇帝が参加する視察とあって、護衛の数はかなりのものだ。
兵達を見ると誰もが皆、戦い慣れた戦士のような顔付きをしている。

セシリアのいたアルデンヌ王国では、護衛の任に就く者は騎士団から選抜され、白を基調とした制服は王宮で働くのに相応しい華やかなものだった。
一方、バラゾア帝国の護衛兵は、皆揃って威圧感を与える濃紺の軍服を着ているため、華美な宮殿内では浮いて見えた。

(護衛というよりも軍人そのものだわ。陛下が帝国軍にいたことと関係しているのかしら)

そんなことを考えていると、護衛の一人がセシリアに近付いてきた。

「お初にお目にかかります。本日の警護の責任者を務めます、ノア・ブライトと申します。視察の間、ご要望などございましたらどうぞ私にお申し付けください」

セシリアに向かって敬礼すると、ノアは低く落ち着いた声でそう言った。
年は三十過ぎだろうか。黒髪を短く刈り上げ、すっきりとした顔立ちをしている。
責任者を務めるだけあって背が高く立派な体躯の男性だった。

「お心遣いに感謝します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「殿下が皇帝陛下との同席を希望してらっしゃると、宰相から伺っております。馬車をご用意いたしましたので、どうぞこちらへ」

ノアに案内されて、セシリアは馬車が複数台並んだ場所に行く。
その時、宮殿側から何やらざわめきが聞こえた。

声のする方を見ると、ちょうどジルバートが現れたところだった。
人目を引く凛々しい顔立ちの美丈夫が、ユリウスと護衛兵を引き連れて颯爽とこちらにやってくる。
ジルバートの視線が自分に向けられたことに気付き、セシリアは礼を執った。

「おはようございます。視察に随行させていただきますこと、心よりお礼申し上げます」

「ああ」

セシリアの隣にいたノアは、背筋を正すとジルバートに向かって勢いよく敬礼した。

「お久しぶりでございます!」

「ブライトか。ザハトスから戻ってきていたんだな」

「ハッ! グラスベル様の指示を受け、先に帝都へ帰還いたしました」

ハキハキと答えるノアを、セシリアはチラリと見る。
ジルバートを見つめるノアの瞳が、心なしか輝いて見えるのは何故だろうか。

「そうか。アイツの御守は大変だっただろう。君がいてくれて助かった」

「恐れ多いことでございます!」

ジルバートから労われて、ノアはわずかに顔を紅潮させる。
その様子を見ていたセシリアは、対面した時に感じた実直そうなノアの印象が変わりつつあることに気付いた。
これは実直というよりも、むしろ――

(……忠犬?)

そう思い至って内心首を傾げる。
ジルバートよりもノアの方が年上に見えるのだが、この忠誠心は何なのだろうか。
不思議に思いながら二人を見ていたセシリアに、横から声が掛かった。

「ご機嫌いかがですか」

「――ユリウス様」

「殿下が参加なさるとあって心配しておりましたが、天候に恵まれて良かったですね」

ユリウスの銀色の髪が日の光を浴びてキラキラと輝く。
ガタイの良い兵達に囲まれて、ユリウスの線の細さが余計に際立っていた。

「この様子なら雨に降られることはないでしょう」

「ええ。本当に良かったです」

同意した後、セシリアは良い機会だからと気になっていたことをユリウスに尋ねた。

「ブライト様は陛下に近しい方なのですか?」

「ブライト殿ですか?」

「そうです。なんだか随分と忠義を尽くしてらっしゃるように見えたものですから」

「ああ。そういうことですか」

納得したように頷いたユリウスは、特に隠すこともなく教えてくれた。

「彼は陛下が軍にいた頃からの付き合いですね。基本的に、護衛兵は帝国軍から派遣されております。ブライト殿は、英雄と謳われた陛下を慕っておられるのでしょう」

「英雄……ですか?」

「ええ。当時第二皇子だった陛下が、劣勢な状況下で自ら先陣を切って戦い、見事勝利を収めたことから軍内でそう言われていたのですよ。彼のことを、『ザハトスの英雄』だと。軍人は命を賭けて共に戦った者のことを、仲間であり、そして戦友であると考え、大切にします。それが自分を助けてくれた上官なら尚更です。共に戦った者達からすれば、陛下は尊敬すべき存在なのですよ」

ユリウスの言葉を受けてセシリアが周囲を見回すと、ノアだけでなく他の兵達も憧憬の眼差しでジルバートを見つめている。

「それなら……」

それならユリウスもそうなのかと尋ねようとしたが、ジルバートの一声でかき消されてしまった。

「そろそろ出発しよう。帝都から近いとはいえ、何が起こるか分からないからな」


セシリアは馬車に乗る前、側にいたライアに目配せをした。
視線に気付いたライアが、分かったというように頷いたのを確認して、セシリアは馬車の中に入る。
続いてジルバートが乗り込んだ。

セシリアとジルバートが馬車に入ったのを確認すると、予定通りライアは精霊から借りた力を行使した。
音もなく目には見えない風のベールが馬車を覆う。

他の馬車にも順々にバリアを掛けていく。これで予期せぬ攻撃を受けても弾くことができるだろう。
騎乗している者は一人一人バリアを掛けるのが困難なため、フェニとディネが付いている。

セシリアと精霊達によって守られていることなど何も知らないまま、一行は目的地に向かって動き出した。




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