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転生令嬢、義弟に魔王討伐を依頼する 1
しおりを挟む十七歳の夏――
エドワード様との懇談を終えて王宮から戻った私は、自分の部屋に向かっていた。
近頃ますます暑くなって、そろそろ庭園での談笑は辛くなってきた。
ドレスの下が汗ばんでいて気持ち悪い。
早く着替えたいと思いながら廊下を歩いていると、後ろから低い声が聞こえた。
「――義姉さん」
振り向くと、人目を引く美しい青年が立っている。
国から認められた魔術師だけが着ることを許された濃紫色のマントを身に纏った彼は、涼しげな麗しい顔を綻ばせてこちらに向かって歩いてくる。
出会った頃は私の方が高かった身長は、今ではすっかり抜かれていた。
「今お帰りですか? 今日は王宮に行ったと聞きましたが」
「ええ。今日はエドワード殿下との月に一度のお約束の日だから」
政略的に結ばれた婚約だけど、エドワード様とはそれなりに良い関係を築けていると思う。
月に一度会う機会を設けてくださり、事あるごとに様々な贈り物を用意してくださる。
今日も、近々予定されている王妃様の誕生パーティーに合わせてドレスを贈る予定だと教えてくれた。
『今回はピンク色のドレスにしたんだ。貴方には淡い色が似合うから』
そう言って口元を綻ばせたエドワード様の顔を思い出して、私は無意識のうちに微笑んでいた。
「義姉さん……!」
ルシフェル様の鋭い声に、ハッと意識を戻す。
本人には『ルシフェル』と名前で呼んでいても、心の中ではつい『様』を付けてしまう。
先ほどのことを思い出していた私は、ルシフェル様に呼ばれて顔を上げる。
どこか苛立った様子のルシフェル様は、神経質そうに眉根を寄せた。
「気を付けた方がいいですよ。あの男のことを考えている時の義姉さんは、随分と無防備なようですから。どこぞの男に目を付けられでもしたら困るでしょう?」
「男? ……ごめんなさい、ぼんやりしてたみたい。気を付けるわ」
エドワード様と良いお付き合いが出来ていることに満足していると、どういうわけかいつもルシフェル様から指摘を受ける。
ルシフェル様に釘を刺されると、安心するなと叱責されているようで背筋が伸びる。
『魔王の核』について、ルシフェル様にはまだ話していないため魔王復活の可能性は残っている。
つまり婚約破棄の可能性は十分あるわけで、エドワード様の態度が優しいからと言って油断できない。
(そろそろ魔王討伐をお願いしてもいいかしら)
私はそっとルシフェル様を見つめる。
マンガの通り、才能を見いだされ高等教育を受けたルシフェル様は、この国一番の魔術師になった。
比較になる者がいないほど圧倒的な力を誇るルシフェル様は、我が国だけでなく他国からも一目置かれている。
さらには侯爵家の次期当主という地位と、氷のような美貌を兼ね揃えており、ご令嬢方から大人気だ。
お茶会の時はルシフェル様の話を聞きたがるご令嬢方が後を絶たず、義姉として鼻が高い。
私の視線に気付いたルシフェル様は、フッと口元に笑みを浮かべた。
「どうしたんです? そんなに見つめて」
「え、っと……あのね、実は折り入ってお願いがあるの」
「私にですか?」
「そう。貴方にしか出来ないことなの」
私がそう言うと、ルシフェル様は嬉しそうに表情を和らげた。
冷たい氷が溶けていくような、背後で花がふわっと咲くような温かな表情。
我が義弟ながら眼福だと感心する。
「義姉さんの頼みなら何でも叶えて差し上げますよ。希少な花を咲かせることでも、目障りな相手を絶対にバレない方法で始末することでも……殿下との、婚約破棄でも」
ルシフェル様からの突然の問題発言に、ヒッ! と悲鳴を上げる。
「だ、だめよ! 婚約破棄なんて絶対にダメ!!」
エドワード様との婚約破棄イコール悲惨な未来だと思っている私は、思わず過敏に反応してしまう。
冗談でも言ってはならないと叱責すると、ルシフェル様は機嫌良さそうな雰囲気から一変、苛立ったように眉根を寄せた。
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