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いかないで
しおりを挟む____頭が痛い。
あの日、アスリーさんの衝撃の告白を受けてからずっと、割れるように頭が痛いのだ。
アスリーさんは男で、ああまでして姿を偽っているのにも、身分を曖昧にしたままカイルと秘密にしているにも、きっとそれ相応の訳があるのだろう。
アスリーさんとカイルが男女の仲になることは有り得ない。
そんな事実を知っても、安心どころか、私の気持ちはなおも複雑だった。
ますます訳が分からない。
訳が分からないのに、言いようのない靄が心を覆い尽くして晴れないのだ。
ガンガンと治まらない頭の痛みが、どこか警戒警報のように鳴り響いて、私の思考を妨げる。
アスリーさんは、危険。
彼女に関わって、傷つくのは私だ。
そんな確信めいた思いがあった。
■□
三日間、原因不明の発熱と頭痛に悩まされた私は、このまま休んでいても仕方がないと、熱が下がるとすぐ、とうとう痛みを抱えたまま学園に足を運んだ。
カイルの迎えを断ったのは、本当になんとなく、だと思う。
「レイラ、大丈夫か?」
教室に着いてすぐ、カイルはやってきた。
隣にアスリーさんがいないことに一先ずほっとする。
どんな顔をして彼女に会えばいいかわからなかった。
「ええ、大丈夫。風邪をこじらせただけ」
目の前のカイルだって、アスリーさんが男であるという事実は当然知っていたのだろう。
彼女の秘密を守るため、まるであの子の騎士のように、彼は四六時中彼女に付き添っていたのだ。
二人ぽっちの秘密を共有する彼女たちになんだか裏切られたような思いを抱いてしまうのも、甚だ見当違いだった。
「まだ、体調治ってないのか?」
真剣な瞳でこちらを見つめるカイル。
彼の視線が私に向けられたのは、ひどく久しぶりのように感じた。
実際、アスリーさんが来てからは久しぶりなのだろう。
「平気だって、風邪ひいてたからまだ頭がぼうっとするだけ」
「それが平気じゃないって言うんだろ」
ぶすっと頬を膨らませる私の手を、カイルはひどく優しい手つきで掴む。
優しいのに、どこか強引で、されるがまま彼の後ろを歩いた。
着いたのは、生徒会室だった。
「私用で使っていいの」
「この時間は空いてるから平気だ」
意外とこじんまりとした室内には、大きな机と椅子が数脚、日除けのカーテンを敷いた窓の下に二人がけのソファと質素だった。
私をソファに座らせて、自身も隣に腰かけるカイル。
「てっきり保健室だと」
「…また、混乱するかと思って」
気まずげに視線を逸らしながら、カイルはそんなことを口にした。
アスリーさんが男だと知ってしまったのも、保健室だったから彼なりに気を回したらしい。
「カイルは知ってたんだね。アスリーさんの秘密」
「まあな」
「どうしてカイルが留学生の、それも女性をサポートするように任されたのか、ようやく少し腑に落ちた」
生徒会長だからと言って、婚約者がいるカイルがアスリーさんの傍に付きっきりになるなんて、本当は納得なんてしていなかった。
今更になってそんなことを思う。
「アスリーのことを俺に頼んだのは、この学園じゃなくてもっと上の人間だ。俺が王家と親しい公爵家の家柄で、宰相の息子だってことも理由の一つだな」
彼女の秘密の鍵がどこにあるのか暗に示してしまっていることに彼が気づいていないはずはない。
それでも明言を避けているのは守秘義務でもあるのだろう。
それとも、彼自身、心の奥底では私に何も悟らせたくないのか。
「アスリーさんはどうして私に秘密を打ち明けたの?」
「…気まぐれだろ」
「もったいぶって、何がしたいの」
「アスリーのあれは、気にしなくていい。レイラは自分の身体の心配だけしてくれ」
海のような青い瞳は強い意志を宿し、カイルがこれ以上この件について言及することはないのだと思った。
_____気にならないわけではないけれど、なんだか私も深く考えるのは疲れてしまった。
「…わかった」
こくりと頷くと、彼はほっとしたように息を吐く。
「体調、よくなってないんだろ」
「…熱は下がったよ」
「顔色が悪い。その他の不調は?」
「…頭痛が、少し」
そう言うとカイルは痛ましげに表情を歪める。
そんな姿を見て、嬉しく思ってしまう私は本当に現金な人間だ。
その日からカイルの行動は一変した。
あれだけアスリーさんにつきっきりだった彼が、今度は私にべったりなのだ。
アスリーさんがやってくる以前よりも、ずっとずっと私の傍に寄り添うカイル。
不思議に思いながらも、特に言及することはなかった。
たまに見かける彼女は、カイルと離れてもいつもと変わらない様子に思える。
新しい友人もできたのか、眩い笑顔を浮かべて談笑する姿に少しだけほっとした。
…罪悪感が薄れたのだ。
複雑な境遇の彼女に手を差し伸べることもしないくせに、そんな彼女がちゃんと笑っていることに安心するなんて、私はとんだ偽善者だった。
平穏な毎日を送っていたある日。
廊下の向こうに、彼女の姿を見かけた。
「アスリーさん?」
「…っ、レイラ」
たくさんの分厚い本を抱えて歩くアスリーさんに思わず声をかけてしまった。
久しぶりの会話になんだか気まずくなる。
「…その、重たそうだから、手伝うよ」
「え!いいよ!大丈夫だから!!こんなの持ったらレイラさんの手が折れちゃうからね!」
「何それ、アスリーさんだって…」
言葉を続けた私に、彼女は、いや、彼は困ったように微笑んだ。
「僕、男の子だって言ったでしょ?」
「…っ、」
「あ、ごめんね。こういうのがよくないってカイルにも叱られたのに。レイラの頭痛、僕のせいなんだよね。本当にごめん」
悲痛めいた表情でそんなことを言うアスリーさん。
「貴方のせいだなんて、そんな…確かに衝撃的な告白だったけれど、それとこれとは全く話が別だわ」
因果関係があるとはとても思えなかった。
どうしてアスリーさんが男性だと知って、私が頭痛に悩まされるのだ。
「元々、この季節は頭が痛くなりやすいんです」
「そう…ごめんね」
わかっているのかそうでないのか、彼はまたぽつりと謝罪の言葉を口にする。
しょんぼりとした彼がまるで迷子の子どものように見えて堪らない気持ちになった。
ひどく、危うく思える。
目を離せば消えてしまいそうな儚さを纏うこの人は、きっとまた、いつか、私たちの前からいなくなってしまうのではないだろうか。
また…?
「レイ、ラ?」
彼の制服の袖口を掴んでいたのは無意識だった。
消えて欲しくなかった。
もう二度と。
訳の分からない感情で心がぐちゃぐちゃだ。
「…いかないで」
「へ?」
「もう、私の前からいなくならないでっ…」
視界が滲んで、頬を伝って流れ落ちる雫。
ぽたぽた、ぽたぽたと廊下の床を濡らしていく。
「僕も、もうレイラと離れたくない。今度こそ、ずっとずっと一緒にいたい」
「…っ、うん」
「レイラとカイルと、三人で」
「うん」
それが一番しっくりくる。
______ああ、私は何を忘れてるのだろう。
泣きたくなるほど温かくて、凍えるほど恐ろしい過去。
記憶の蓋が開かれるのは、きっともうすぐ。
その時私は、正気でいられるのだろうか。
痛いくらいに私を抱き締める彼の腕の中で、やけに乾いた笑いが零れた。
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