婚約者は隣国からの留学生()に夢中です。

のんのこ

文字の大きさ
6 / 9

小さな世界

しおりを挟む



side カイル


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫






「大きくなったら、僕の妃になってくれる?」

「もちろん!私、ずうっとアスランと一緒にいるね」


そんなやりとりを、穏やかな気持ちで見守っていた。

歳は変わらないけれど、俺にとって二人は何よりも大切で、守ってあげたい存在。




アスランとレイラ、そして俺。

そんな小さな世界で、十分だった。


温かくて優しいものだけをつめこんだような、幸福の宝箱みたいな、そんな世界にずっといたかったんだ。




____俺たちが初めて会ったのは、五つになったばかりの春。

当時の王妃殿下は一人息子のアスランと歳の近い貴族の子どもたちを呼んで、茶会を開いた。


王宮で退屈していたアスランに友人をつくってあげたかったのだろう。



結局、人見知りの激しかったアスランと気が合ったのは俺とレイラの二人だけだったが。

アスランは俺とレイラによく懐いた。


とりわけレイラにはひどくご執心で、三人でいても熱い眼差しでレイラばかりを見つめていた。

そんな姿さえ微笑ましく思っていた俺は、歳も変わらないくせに、二人をどこか弟や妹のように思っていた節がある。




そんな優しい世界が壊れたのは、それから五年程たった頃だった。


アスランが毒殺されたのだ。

正確には、毒殺未遂。



数ヶ月前に同じ方法で王妃殿下が殺害されたばかりで、毒味だって徹底されていた。

そんな状況で殺害計画を実行できる人間なんて限られている。



王宮に図太く根を生やし、かつ、アスランが死んで得をする人間。

そんなの側妃だったあの女くらいのものだろう。


前回も今回も、証拠なんて微塵も残していない徹底ぶりで、あの女を捕えることは難しかった。




結局、その命を守るため、俺の大切な幼馴染は死んだこととなり、一人ひっそりと隣国に渡ったのだ。

当時の俺はそんなこと微塵も知らなかったけれど。



_____アスランは死んだ、そう思い込んでいた。




アスランという大切な歯車を失った小さな世界は呆気なく崩れ去り、残ったのは悲しみに塗れた子どもが二人。

塞ぎ込んで、世界を拒絶して、



二人の兄だなんて自負していたくせに、大切な妹のような彼女を見捨ててしまっていたことに気が付かなかった。

自分のことで精一杯だった、なんて言うのは言い訳にすぎない。



ようやく外の世界を視界に捉え始めた頃、彼女はすっかり壊れてしまっていた。





彼女の顔から花が咲くような笑みは消え、どこか宙を見て変わらない表情。

随分と大人びて、心底冷えきった瞳は本当にあのレイラなのだろうか。




「…レイ、ラ?」

「カイル?なんだか久しぶりだね」



にこりと貼り付けた笑みは完璧に作られた仮面のようで、少しだけ怖くなった。




「長い間遊びに来なかったけれど、忙しかったの?」

「っ、レイラ、お前…大丈夫なのか?」



「何が?」


なんのことかさっぱりわからないといった様子で首を傾げるレイラ。




「…もう、大丈夫なのか?」

「え?」



「だから、あんなことがあって、どうしてそうも平気そうなんだよ…!」


あんなにアスランを慕っていたのに、あんなにも熱い想いを抱いていたのに、お前はこんなにもあっさりと前を向けるのか?

彼女が元気なのは喜ばしいことであるのに、理不尽な苛立ちが募る。





「だから、何が?あんなことって…?今日のカイルおかしいよ」


「っ、ふざけんな!」




「どうして怒ってるの??私カイルに何かしちゃった?」


そう言ってへにゃりと眉を下げるレイラ。

いつもアスランと繋がれていた手が、今日はドレスの裾をぎゅっと握りしめる。




「アスランが、死んだんだぞ…?なんで、どうしてそんなにあっさり、」




「ねえ」


俺の言葉を遮るように、レイラは口を開いた。





「アスランって、誰?」







______彼女は、壊れてしまっていた。


どうしようもなくつらい記憶を消し去ってしまったのは、彼女が生きる為の術。



そうでもしなければ、耐えられなかったのだろうとレイラの主治医は言っていた。




レイラは、俺なんかよりもずっとずっと強い想いをアスランに抱いていたのだと思う。

レイラはアスランの唯一で、アスランはレイラの唯一だったから。


三人の世界だと思っていたそこは、俺が見守る二人の世界だったのだと、今更になって理解した。



だったら俺は、アスランの代わりにレイラを守っていこう。

せめて俺だけでも、あの優しい世界を心に留めておけるように。





「俺がずっと、レイラの傍にいる」

「カイルが?」


「だからレイラも、勝手に消えてなくならないでくれ」


「何それ、変なカイル」




そう言って笑った彼女の目は、やっぱりどこか色褪せているように見えた。







■□▪▫■□▫





アスランが死んで五年が経った。


国の宰相である父に連れられてやって来たのは、隣国のとある屋敷。

縁もゆかりも無いようなこんなところに連れてきてどうするつもりだと何度父に尋ねても結局答えてくれることはなかった。



「お待ちしておりました」

恭しく案内する屋敷の執事はどこか縋るような瞳で俺たちを見つめている。



通された一室に、そいつはいた。




「お久しゅうございます。アスラン・マグナ・エーテルニタス第一王子殿下」


「っ…!?」


父の声に思わず目を見開く。

空いた口が塞がらないとはこのことだろうか。




それは予想もしていなかった再会だった。



黄金色の髪は腰まで伸び、着ているのは淡いブルーのドレスで、どこからどう見ても同年代くらいの少女にしか見えない。




「何言ってるんだよっ」

「カイル、混乱するのはわかるが、よく見ろ」


父に促されてそいつを見つめる。



エメラルド色の瞳と視線が交差した。

オーロラを詰め込んだようなきらきらと輝く緑色。

揺らめく赤、橙、桃色。



こんな色持っているのは、本当に、信じられないことだが…俺の知る限りでは、アスランしかいない。

あの頃よりも幾ばくか大人びて、見た目なんて女そのものなのに、そいつは間違いなくアスランたった。




「アスラン…?」

「……」



「っ、おい、アスランなのか?」


覇気のない表情で、そいつはこくりと頷く。





「殿下、今まで辛い思いをされましたね。本日は少しでも貴方の心の慰みになればと、愚息をお連れした次第です」


「…ああ」

「もう少しの辛抱ですから、どうか、お気をしっかり。殿下が壊れてしまっては元も子もありません」



「…わかってる」



抑揚のない声で話すアスランも、あの頃とは変わってしまっているのかもしれない。

レイラが壊れてしまったように。




「久しぶり、カイル」

「っ、ああ…生きてたのか」


「まあね。悪運強いみたい」


こんなにも乾いた笑い方をする男じゃなかったはずだ。

あどけないアスランを脳裏に思い浮かべてどうしようもなく泣きたくなった。




「ねえ」

「…なんだ」




「レイラは、元気?」

「ああ、元気にしてる」


「はは、僕がいなくても元気なんだ」


そう言ったアスランの横顔は俺なんかよりずっと泣き出しそうだった。





「お前の訃報を聞いて、レイラの心は壊れたんだ。アスランのこと、大好きで大切で、忘れてしまわなければ生きていけなかった」

「え?」



「今のレイラは、アスランなんて人間を知らない。記憶ごと心の奥底に閉じ込めちまったんだよ」


それはひどく残酷な真実だった。

しばし反応もできずに呆然としていたアスランは、噛み締めるようにゆっくりと目を閉じる。



「レイラの世界に、もう俺はいないんだね」


「っ…」


「だったらもう、俺なんて本当に消えてなくなっちゃえばいいのに」


ぽつりと零された本音。

レイラの全てがアスランだったように、アスランの全てもレイラだった。




どうしたら目の前のそいつが生への執着を取り戻せるのか少しばかり思案して口を開く。




「レイラ、最近モテるんだ」


「…へ?」




「婚約の申し込みが後を絶たない。今のところ断ってるけど、そろそろ何か手を打たないといけないって思ってた」

「…うん」





「だから先週、俺とレイラの婚約を発表したんだよ」


幸いレイラは、俺を兄のように慕っているから断る理由もなかったようだった。


俺は俺で、小さな世界を守ることに必死で手段なんて選んでいられなかったのだ。





「このまま行けば、レイラの隣にずっといるのはお前じゃなくて俺ってことになるな」


「っ、」



「お前、それでいいの?」







「……やだ」


発破をかけるような俺の言葉に、アスランは唇を噛み締めて首を横に振る。




「レイラが僕じゃない人間と幸せになるなんて考えただけでゾッとする。そんなの、いやに決まってるだろ!」


「嫌なら、自分で奪いに来いよ」




「…奪いに行ったら、返してくれるの?」


恐る恐るといった様子で、アスランはそんなことを問う。







「レイラは、お前の妃なんだろ」


「っ、うん」



俺の役目は、記憶を封じ込めたお姫様がもう一度最愛の王子を見つけるまで、傍らで見守り支えてあげることなのだろう。



だって俺は、二人の兄なのだから。


可愛い弟や妹には、誰よりも幸せになって欲しいのだ。






しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

侯爵様と婚約したと自慢する幼馴染にうんざりしていたら、幸せが舞い込んできた。

和泉鷹央
恋愛
「私、ロアン侯爵様と婚約したのよ。貴方のような無能で下賤な女にはこんな良縁来ないわよね、残念ー!」  同じ十七歳。もう、結婚をしていい年齢だった。  幼馴染のユーリアはそう言ってアグネスのことを蔑み、憐れみを込めた目で見下して自分の婚約を報告してきた。  外見の良さにプロポーションの対比も、それぞれの実家の爵位も天と地ほどの差があってユーリアには、いくつもの高得点が挙げられる。  しかし、中身の汚さ、性格の悪さときたらそれは正反対になるかもしれない。  人間、似た物同士が夫婦になるという。   その通り、ユーリアとオランは似た物同士だった。その家族や親せきも。  ただ一つ違うところといえば、彼の従兄弟になるレスターは外見よりも中身を愛する人だったということだ。  そして、外見にばかりこだわるユーリアたちは転落人生を迎えることになる。  一方、アグネスにはレスターとの婚約という幸せが舞い込んでくるのだった。  他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...