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懸念事項②
しおりを挟む第二王子が去ってからそう経たない頃、アスランはパーティー会場に現れた。
「…これはまた、雰囲気が変わったな」
「僕ってばミステリアスが売りの美少女編入生だからね」
どこかげんなりしたように吐いたそいつは、いつもの黄金色を茶髪のウィッグに封じ込め、どこか伏し目がちな瞳は上品な扇で隠されてしまっている。
いい変装だと思う。
幸い隣国から輸入されたばかりのウィッグという被せ物が大流行したばかりの昨今、いつもと違うアスランの装いを不思議がる生徒もいないようだった。
勿論、流通させたのは我が家である。
「…なんだか、残念」
「似合ってない?」
レイラのしょんぼりとした様子に焦り始めるそいつ。
「いつものアスリーさんのブロンド、大好きなのに」
「っ…!このパーティーが終わったらいくらでも見ていいからっ!ね?!」
むっすりと唇を尖らせる彼女は、やはりどこか幼く見えた。
アスランの傍にいるレイラは、昔の彼女のようだと、そう思って小さく息を零す。
それがため息なのか、安堵からのものなのか、自分にもよくわからなかった。
_____確かに、彼女は変わり始めている。
「レイラ、食事はいいのか?こんなところで油を売ってたら食いっぱぐれるぞ」
「ファーストダンスの前にお腹を膨らませちゃったら会場で戻してしまうかも」
「何も口にしない方が吐くだろ」
生徒会長である俺とその婚約者であるレイラは、この卒業パーティーの初めのダンスを務めなければならない。
隣の彼女が僅かな緊張を滲ませている。
「ダンスか、二人の晴れ姿、影から見守ってる」
「ああ」
「アスリーさんの応援があれば心強いわ」
穏やかな笑顔に滲む哀愁には、気づかないふりをした。
「さて、僕は壁の花になってこようかな」
結局談笑していうるうちに上品な音色が聞こえ始め、レイラの手を取りホールの中心に向かう。
「悪いな」
「…え?」
小さな問い返しには答えず振り付けに集中する。
何度も何度も踊ってきたステップ。
何度も何度も手を取ってきた彼女と息が合わないはずがない。
湧き上がった拍手喝采にレイラがほっと息を吐いたのがわかった。
「相変わらず完璧なリードおつかれさま」
「そっちこそ、相変わらずコンマひとつのずれもないフォローで助かる」
レイラが相手でなければ、もう二度と、こんなにも気持ちの良く踊りきることはできないだろう。
「お疲れ様」
つい先程の言葉通り壁の華になっていたアスランは、労いの言葉と共に果実水を手渡してくる。
「二人ともすごいね。あんなにも息のあったダンスは初めて見たよ」
「買い被りすぎだろ」
アスランの言葉にどこか後ろめたくなるのは何故なのか。
理由は、きっとわかっていた。
「ずっと傍にいた幼馴染で、お互いを理解しきった婚約者って感じ」
「…そんなんじゃねえって」
やけに喋る、もう一人の幼馴染。
観念したように視線を合わせると、やはりだ。
笑っているのに、瞳の奥は迷子の子どものように不安定な変な顔。
「これだからっ、箱入りは」
嫌味でも悪意でもなんでもない、純粋な嫉妬と羨望と、悲しみ。
アスランの感情はひどくわかりやすい。
「表情に出すぎだ」
「…ごめん」
「そんな顔しなくたって、お前の望むようになる」
_____そうするのが、俺の役目だ。
王家のために尽力する我が家。
宰相の息子に生まれた俺。
俺にとってアスランは、大切な幼馴染であり守るべき主君だった。
弟のように、なんて言いながら、本当はそんなこと思うことさえ烏滸がましい。
幼馴染は、免罪符になり得ない。
アスランがいたから、今日まで彼女の隣を守ってきた。
大切な二人が幸せを掴む。
きっとそれこそが、俺の幸福なのだろう。
「いい未来になるさ」
「カイル?」
卒業パーティーは滞りなく進行し、そろそろお開きという頃だった。
「珍しいな、君たちが他の誰かと行動を共にするなど」
「…ユージーン殿下」
現れたその男は、探るような目つきで扇で顔を隠すアスランに視線をやる。
髪色を変えているとは言え、第二王子とまみえるのは遠慮したいところだった。
「そちらの御令嬢はどなたかな?さあ、いつまでも勿体ぶらず面を上げるといい」
ここまで言われて顔を見せないのも不敬である。
渋々といった様子でアスランが扇をずらした。
「…ほう、さすがエヴァンズ公爵令息と言ったところか。素敵な婚約者を持ちながら、両手に花だな。ははは、これはいい。今宵は愉快な宴だ」
「っ…」
目の前の男が何を思っているのか、さっぱり考えが読めない。
心底愉しそうなことだけは確かだった。
「そなたたちも引き続き愉しむといい」
そう言って第二王子は、にひるな笑みを残して、去っていった。
「アスリーさん、顔色が悪いわ」
「…いや、大丈夫だよ。心配かけてごめんね、レイラ」
「急に王家の人間と顔を合わせて緊張したんだろう。こんな機会なかっただろうからな」
苦しい言い訳だが事情を知らないレイラは特に疑問に思うこともなかったらしい。
「殿下の様子もどこかいつもと違うみたい。アスリーさんの美しさに圧倒されてしまったのかも」
「何言ってるの。今日はレイラがこの会場の誰より素敵だよ。あのシャンデリアよりもずっと輝いて見える」
「…あれは創立記念に取り付けられた学園のシンボルのようなものよ?」
アスランの傍らの彼女は、黄金のように輝くシャンデリアを仰ぎ見て思わず苦笑を漏らす。
臭いセリフだが、嬉しそうなレイラに何故か心臓に突き刺すような痛みが走った。
今日の自分はどこかおかしい。
気にすることなんて山ほどあるはずなのに、心の中は鬱屈と霞み始める。
「久しぶりに踊ったら少し疲れた。俺は隅の方で休んでるから、二人は食事でもして来いよ」
「…大丈夫?お水持ってこようか?」
「疲労困憊ってわけでもないから、休めばすぐに回復する。早く行かないとうまいもん全部無くなるぞ」
心配げに眉を下げる二人を強引に押しやり、ホールの壁に背を預けた。
第二王子が去っていった今、少しは警戒を緩めても支障はない。
二人の後ろ姿を見つめて小さく息をこぼした。
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更新ありがとうございます!
待ってましたー!!
まだ思い出せないのか🥲残念😭
急に思い出しても体調とか不安定になるから徐々にでも思い出せると良いですね😅
Σ(ŎдŎ|||)ノノ、女装してたのか😣
🤔二人きりで女装説いたら、記憶戻らないかな?🥺
男共は勝手だなぁ、、、
レイラの気持ちは?
どこぞ?