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前編
しおりを挟む暖かな春の日差しが降り注ぐ春、
きっと、外に出たら雲ひとつない青空が広がっているのだろう。
____こんな日にお庭に出てお茶会でもできたらすごく気持ちいいんだろうなぁ。
そんな考えが頭に浮かぶ。
窓から視線を外し、同じテーブルに着く彼をジト目で見つめた。
「…はぁ」
思わず小さくため息をついてしまう。
視線の先にいる愛しい人は、私にはまるで興味がないといった風に、私の飼い猫であるマンチカンのルイス君に向けて満面の笑みを浮かべていた。
当たり前のように、ルイス君を定位置である膝の上に抱え、男の人にしてはしなやかで綺麗な手は一時も休むことなくふわふわとした毛並みを撫でている。
彼、セドリック・ラングレイは、私の愛しい婚約者様である。
…が、彼は私なんて特に好きでは無い。
だから、私が外でお茶をしたい旨を伝えたところで、彼は家の中で買っている猫を優先して私の申し出を了承することはないのだろう。
「セドリック様、今日のお茶はどうですか?私のお気に入りの茶葉を父がお土産に買ってきてくれたんですの」
完全に二人(正しくは一人と一匹)の世界に入ってしまっている彼らに耐えきれず口を開く。
「え…ああ、うん。美味しいよ」
怒ってもいいかしら?
こちらを見ることも無く、とってつけたように紡がれた言葉に唇を噛み締めた。
「ルイス君、おいで?」
「あっ、ちょっと」
幸いルイス君はおりこうさんだから、呼ばれたすぐこちらの方にやってくるのだ。
残念そうなセドリック様に少しだけスッキリした。
「ルイスは本当に可愛いね」
「ええ、自慢の猫ですわ」
甘ったるい声で“猫“を褒めるセドリック様。
この方は私のことなど全く気にかけてくれる様子はないのに、ルイス君のこととなるとまるで別人だ。
「セドリック様は…ルイス君に会いに来ておられるのですか?」
「そんなことは…」
「ではルイス君ばかり気にするのは止めてくださいませ」
綴るように言うと、セドリック様は少し気まずそうに頬をかいた。
口ごもるところを見ると、この方は間違いなくルイス君に逢いに来ているようだ。
「ミレイユ、そんなに意地悪なことを言わないでくれ」
「…意地悪、ですか」
面倒な子どもに向けるように、困ったような微笑みを浮かべるセドリック様。
名前を呼ばれたのは久しぶりな気がする。
「僕の家は母が猫アレルギーだったからね、ずっと飼えなかったせいか…どうにも猫に弱くて」
そう言って彼は恥ずかしそうに笑った。
全くもって笑い事ではない。
私だってルイス君は大好きなのに、セドリック様とのことでルイス君にまでモヤモヤしてしまうのだ。
思えば、ルイス君がうちに来てからずっと、この人は私の話なんて二の次でルイス君にぞっこんだった。
私だって、彼の家が猫を飼えないことをきっかけに一昨年の十四歳の誕生日にルイス君をねだったのだから強くは言えないが。
セドリック様の喜ぶ顔をみれるのは嬉しいけど、もう少し私にも構ってくれていいのではないか。
ルイス君を飼い始めたことを後悔したことは一度だってないものの、不満はたらたらである。
そりゃあ、十年間の付き合いの婚約者よりも、ずっと恋焦がれてきたお猫様の方が魅力的なのはわかりますよ?
それでも、好きな人にはちゃんと思われていたいのが乙女心ではなくて?
「わかりました、セドリック様」
「わかってくれたんだね、ありがとう」
嬉しそうなお顔が今日は憎らしいですわ、セドリック様。
「今日はもう帰ってください、私にもいろいろと準備がありますの」
「え、もう?」
「いいから、次きた時はきっともっと嬉しいことが待っていますわ!それではまた!お帰りはそちらですわ」
不思議そうなセドリック様の背中を押して、強引に帰路につかせた。
■□
「ふ、ふふふふ」
口からこぼれる笑いを抑えることなく、私は一生懸命地面に白い石筆を走らせる。
幾何学模様の大きな魔法陣を書き終えた時の達成感はすごいものだった。
「目にもの見せてくれますわ、セドリック様」
にんまり笑って、私は魔法陣に手を合わせた。
緑色の光が次第に青、紫、赤、様々な色に変化し、魔法の発動を実感する。
一際輝く金色の光が部屋を包み込んだ時、私の体に大きな熱が駆け巡った。
そして、
「わぁぁ!」
私は驚きと喜びの滲んだ声をあげた。
部屋に立てかけていた姿見には、耳の垂れた可愛らしい子猫が一匹佇んでいる。
今の私は、完璧にセドリック様好みの胸きゅん必須な愛らしい猫ちゃんだ。
自慢じゃないが、私は学園での魔法学の成績は一番だ。
このくらい朝飯前なのである。
「…これで、セドリック様は私にメロメロ」
思わずそんな言葉が漏れる。
これは良い誤算、猫になっても人間の言葉は喋れるみたいだ。
うん、良かった。
「これで、あとはセドリック様が次にくるのを待つだけね…!」
次の逢瀬が楽しみだ。
「変身解除」
そう小さく呟き、人間の姿に戻ってからも、私のワクワクは止まらなかった。
なんだか、今夜は眠れそうにないかも。
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