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後編
しおりを挟む前回の逢瀬から、ちょうど一週間後の日曜日、やっと今日はセドリック様がいらっしゃる日だ。
私はセドリック様の訪問を今か今かと待ちわびていた。
あれから何度か猫に変身した。
御屋敷を動き回ったが、言葉を喋れることと、皆私の魔法学の成績を理解していたこともあり、家族や使用人は案外すんなりと猫の私を受け入れてくれた。
そして、例外はなく皆が皆あのスコティッシュフォールドの愛らしさに骨抜きにされていた。
日に何度おやつを食べさせられそうになったことか。
…変身は程々にしなければいつか絶対に太ってしまうだろう。
「お嬢様、セドリック様が到着なさいました。すぐにお連れ致しますので、早く猫の姿になられた方がよろしいかと」
私付きの侍女にはこの計画の全容まで理解してもらっている。
「ありがとう、すぐに変身するわ」
「では、お連れ致します」
侍女がぺこりと頭を下げ部屋から出ていった。
「よしっ」
二回目以降からは魔法陣がなくとも念じるだけで変身できるようだった。
便利な魔法だ。
そしてちょこんと椅子に座る可愛い子猫。
セドリック様の陥落される姿が目に浮かぶようだ。
トントン、
「僕だよ、ミレイユ…廊下でルイスと出会ったから連れてきたよ」
相も変わらずルイス君が大好きなようだ。
だがしかし、
ルイス君の天下も今日までである。
「どうぞ、お入りになってくださいな」
私の声に、ガチャりと扉が開く。
内心ドキドキだった。
セドリック様と、その胸に抱かれるルイス君の姿を捉える。
「っ、スコティッシュフォールドだと!?」
半ば叫ぶような声だった。
十年来の付き合いでセドリック様のこんな動揺した場面を見たのはルイス君を紹介して以来だ。
「え、これ、どういう…あれ、ミレイユは?確かに声が聞こえたと思ったんだけど」
「ここですわ、セドリック様」
「っ…!?」
目が釘付けになっている子猫から、私の声がすることに驚きすぎて言葉も出ないらしい。
ルイス君を抱く腕が少しだけ震えていた。
「…セドリック様?」
「本当に、ミレイユなのかい?」
「ええ、私セドリック様がルイス君ばかりかまうから一生懸命猫になる魔法を勉強しましたのよ?」
セドリック様はゆっくりとルイス君を床に下ろし、私の座る椅子に近寄る。
相も変わらず震える手が私に伸ばされた。
「ミレイユ、ごめんね」
予想とは違う言葉に目を見開く。
彼はそっと私を抱えあげると、その胸にぎゅっと抱きしめた。
「セドリック様…?」
「ミレイユがそんなに思い詰めていたなんて、僕は全然気づかなかったよ」
首筋に寄せた顔に、熱い雫が触れた。
え、セドリック様…
「もしかして、泣いていらっしゃいますの?」
「っ、仕方ない、だろう」
涙声で聞こえるセドリック様の言葉に私はどうして泣いているのかわからずオロオロするばかりだった。
「どうして泣くのですか!?私、セドリック様に喜んで欲しくて猫になったのですよ…?」
「だって、僕はミレイユのこと大好きだったのに、うまく気持ちを伝えられないばかりか…照れ隠しでルイスとばかり触れ合っていたから…そのせいで僕は、大切だったミレイユを失ってしまったんだよ?」
セドリック様の言葉に、ぽぽぽっと頬が熱くなる。
「もちろん僕は猫になった君も大好きなことに変わりはないけど、それでももう、君と恋人になることも、結婚することも叶わなくなってしまった」
相も変わらずぽちゃぽちゃと大粒の雫が降ってきては私の頭を濡らす。
……どうしよう、嬉しくて死んでしまいそうだわ。
「セドリック様は、人間の私が大好きなのですか?」
「当たり前だよ。君は僕の婚約者じゃないか」
「猫のルイス君よりも?」
「ルイスは確かにすごく可愛いけど、僕にとって君以上に大切なものは存在しないよ」
お砂糖のように甘ったるい台詞を吐くセドリック様。
「じゃあどうしてルイス君が来てからというもの、私なんて見向きもせずルイス君にばかり構っていらっしゃったのですか!」
前科だらけのセドリック様の言葉は、ちょっと涙を流したくらいじゃ信用できません。
…多少は、喜んでしまったことは認めますが。
「さっきも言ったけど…恥ずかしかったんだ。君とどう接していいかわからなかった」
「…十年来の付き合いではありませんか!」
「君が、成長するにつれて、どんどん綺麗に、大人っぽくなっていくから…僕はいつも緊張してしまうんだよ!!」
セドリック様の胸から頭を離して彼をみると…あろうことかゆでダコのように耳まで真っ赤な顔がみえた。
「だけど、そんな僕の態度のせいで君は…」
「セドリック様…」
もしかしなくても、勘違いしてます?
一生猫の姿だと思ってませんか?
「もう君と結婚はできないけど…僕が責任をもってずっと君のそばにいるからっ、だからミレイユは心配しなくても大丈夫だからね」
こんな言葉を聞けるのなら、猫になって本当に良かった。
セドリック様の気持ちを弄ぶような形になってしまっているが、それでも私は溢れる喜びを抑えきれない。
性格悪いのかな、私。
セドリック様はこんなに辛そうな顔をしているのに。
「どんな姿でも、愛しているよ…ミレイユ」
愛おしそうな顔でそう告げて、
セドリック様は猫の私の鼻の先に、そっと小さな口付けを落とした。
ぽんっ
「っ!?!…わわっ、」
「っえ、ミレイユ!?」
キスされた動揺からか、私の魔法が溶けて一気に人間の姿に戻ってしまった。
私を抱えていたセドリック様もろとも床に倒れ込んでしまう。
「ミレイユ…人間に」
「セドリック様の愛の口付けで戻ってしまいましたわ」
「…よかった、本当に良かった!」
私の下敷きになりながらも、セドリック様の腕が私をぎゅっと抱きしめる。
「ふふっ、本当は猫の姿に変身するだけの魔法でしたのよ?いくら私でもセドリック様との未来を諦めて猫になったりしませんわ!」
「っ、なんだ…そうだったのか。うん、そっか、本当に、ミレイユが人間のままでいてくれてよかった」
あれだけ猫好きだったセドリック様が、私が人間であることを喜んでくれている。
そんな事実がたまらなく嬉しかった。
セドリック様は私との接し方に戸惑ってルイス君ばかりにかまっていたと言っていたが、本当にそれだけなのかと言えばかなりあやしい。
十年の付き合いで彼がどれほど猫を飼いたがっていたかは十二分に理解していたから。
もちろん彼の言葉に嘘はないと思うが、シンプルに猫好きだという理由も確かにあったはずだ。
今となってはそんなことどうでもいいのだけど。
…ただただ、幸せだ。
「セドリック様、いつまでも寝そべっていてはお茶が飲めませんわ」
「ははっ、そうだね。お茶にしよう」
笑い合いながらテーブルに着いたのは、本当に久しぶりだった。
「ねえ、ミレイユ」
「なんですか?セドリック様」
ご機嫌よく返事を返す。
「……もしかして、これからもたまに、猫に変身できたりするの?」
「セドリック様…?」
キラキラした瞳に思わず固まってしまう。
あれ程泣いていたくせに、人間に戻れるとわかった途端これである。
私は大きなため息をついて、大好きなハイビスカスティーを一気に飲み干した。
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