13 / 31
勇者と迷い人 sideハルト
しおりを挟むSide ハルト
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
ミリアから婚約を破棄したいと告げられた後、ベッドに入るまでの記憶なんて一ミリもなかったが、気がつくと肌触りの良いタオルケットに包まれて朝を迎えていた。
…少しだけ頭がスッキリしたような気がする。
______もう逃げ続けるのはやめにしよう。
ふとそんなことを思った。
______誰から?
勿論、アカリから。
そして、未だに僕の心に住み着く両親から。
僕が守りたいものは一つだけだ。
アカリから彼女を守るつもりでいたが、結局はそれすらも僕のエゴで、最終的に彼女を傷つけたのはアカリなんかじゃなく…紛れもない僕だった。
あと一週間だけアカリの望み通りに過ごせば彼女をどうにか元の世界に返して平穏に過ごせると、楽観的にそう信じていた。
だけどそれは間違いで、僕が最善だと信じたものは…これでもかって程最悪手だったのだ。
今までもそうだったのだろうか。
ミリア程守りたいと思える存在はいなかったが、それでも僕を慕ってくれた故郷の人達は、僕自身がアカリから守らなければならなかったのかもしれない。
両親の願いを無視して、アカリに抗って…
「僕はもう日本にいた頃の、意思のないお人形なんかじゃない」
思いは言葉にすると強くなる、なんて昔聞いたことがあった。
世界を救った勇者がこんなにうじうじしていたら子ども達に笑われてしまう。
魔王を倒した僕がどうしてあんなにちっぽけな少女を恐れる必要があるのだろうか。
弱いままの僕では、ミリアの隣には立てない。
強くなるから、待っててミリア。
朝の支度を済ませて、食事に向かうと、アカリは既にテーブルについていた。
「ハルちゃんおはようっ」
「朝食をとったら、話がある」
「えぇ~、何かなぁ?」
惚けたような笑顔浮かべる彼女に僕は何も返さず食事に手をつけた。
ミリアに会って謝りたい。
そして、彼女を強く抱き締めたい。
きっとこんな僕を彼女はそう簡単に許してなんてくれないだろうけど、僕だって絶対に諦めたりはしない。
…おっと、まずは目の前の少女と決着をつけなければならないね。
「それで、話って?」
食べ終わってお茶を飲んでいるアカリが僕に声をかけた。
「率直に言うと、もう僕に執着するのはやめて欲しい」
「………え?」
「この世界には僕が愛を欲していた両親はもういない。いや、例え彼らが存在していたとしても…もう自分を殺して君に従うなんて愚かな真似はしない」
きっぱりとした口調で言うと、目の前の女は信じられないといった風に顔を歪めていた。
「言っておくけど、君が過去にいろんな人にそうした様に、ミリアに何かしたらただじゃおかないよ。…と言うか、もしかしてもう既に彼女を傷つけていたりなんかしないよね?」
可能性を考えていなかったわけではなかった。
だが、今までも僕が彼女に付きっきりであれば、アカリが誰かに手を出すことはなかったから安心してしまっていた部分はある。
僕の言葉にピクリと反応したその女に、そんな考えが大きな間違いであったことに気づいた。
「…本当に、どこまでも僕を怒らせたいみたいだね」
腸が煮えくり返るような怒りが込み上げる。
目の前の女に、
そして、どうしようもなく愚かな自分に。
結局のところ僕もこの女も同罪なのだ。
「ちがっ、あたしはハルちゃんのことが好きだったから…それなのにっ、みんなハルちゃんとあたしの仲を邪魔してくるんだもんっ」
「…わかったよ、アカリ」
僕の返事に彼女がホッとしたような表情を浮かべる。
何を安心しているんだろうか。
「お前の頭が完全にイカれてるってことが」
「えっ…?」
「僕は曲がりなりにも勇者だから、悪はとことん排除しなくてはならない立場なんだけど…どうしようか」
どうやって、魔王よりも胸糞悪いこの女を打ち倒したらいいだろうか。
「で、君は彼女に何をしたの?日本でやっていたみたいに、君を慕う人間に彼女を傷つけさせた?それとも、彼女に対する不名誉な噂でも流したの?」
「……」
ガンッ
黙ったまま何も答えない彼女に苛立ちを覚えダイニングテーブルを蹴りつける。
マナーもへったくれもないが今だけは目をつぶって欲しい。
「っ、ユリウスやジェラール達に、あの女を叱ってもらって…王家やミリア様のちょっとだけ悪い噂を、流したのっ。でも、本当のことよ?だってあたしとハルちゃんは、あんなに想いあってたでしょう?」
「へえ、そっか」
ミリア大好きなユリウス殿下まで味方につけるなんて、本当に恐ろしい女だ。
王家やミリアの悪い噂なんて、この世界に来て日が浅いとは言え…大変なことをしてくれた。
「そういうことなら、僕が手を下すまでもないか。王家なら僕より酷い罰を提案してくれるだろうし」
「罰…?」
「異界からの迷い人だからと言って、王家の権威を貶めた女を陛下程聡い人が野放しにするとは思えないからね」
顔を青ざめる幼馴染だった女に同情なんて微塵も湧いてこなかった。
当たり前だけど。
「それと、一つ勘違いしているようだから、教えてあげる。僕は昔から君のことなんて心底嫌いだったよ。僕らが想いあってるなんて、冗談じゃない。事が終われば、もう二度と僕に関わるな」
「っ…!」
「まあ、関わろうとしても関われないだろうけど」
王家に仇をなした彼女が生きていられる保証はどこにもない。
よくて投獄、普通は極刑だ。
「返事は?」
「っ、わかっ…た」
涙や鼻水を垂れ流しながら頷いた彼女に、漸く僕の心に鎖のように絡みついていた何かが解けていくような感じがした。
冷めきってしまったお茶を一口飲むと高まっていた気分が少し落ち着いた気がする。
王宮に行かなければならない。
国王に…そして、最愛の彼女と話をしに。
流された噂がどんなものなのかは、先程のアカリの発言から嫌という程理解できた。
もしも、ミリアがあの噂を信じていたのなら、それはきっぱりと否定しなければならない。
彼女の誤解を後押ししてしまったのは、きっと紛れもなく僕自身の行いだ。
先触れを頼み、泣き続ける彼女を使用人の二人がかりで引きずらせて馬車に向かった。
王宮に着くと、すんなりと応接間に通される。
そこには既に国王陛下がソファに腰掛けており、僕とその隣に抑え込まれるアカリをじっと見つめていた。
「オーツ公爵、いや…ハルト・オーツ。私がお前に言ったことを覚えているか?」
先に口を開いたのは陛下だった。
突然呼ばれた元の世界での名前と紡がれた言葉の内容に、彼の怒りを感じる。
「ミリアを傷つけたならば僕もここにいる者と共に元の世界に強制送還、ですよね」
「ほう、よく覚えていたな?」
陛下は皮肉たっぷりな笑みを浮かべた。
「申し訳ございません、ミリアを傷つけました」
「知っておるわ馬鹿者」
「…返す言葉もございません」
いくら僕が自分の行いを省みても彼女を傷つけたという事実は変わらない。
言い訳すら思い浮かばなかった。
「つまり、元の世界に大人しく帰るということか?そこの迷い人と連れ添って?」
「それだけは有り得ません!そして僕は、ミリアのそばを離れるつもりもありません」
「…では、国王であるこの私との約束を反故にするというのか?」
陛下の言葉にぐっと息を飲んだ。
確かに僕はあの日の陛下の言葉に頷いていたのだ。
だけど、それでも
「ミリアと生きていきたいのです」
「それはただのお前の我儘だろう?」
陛下の言葉に弁解の余地もなく口を噤む。
我儘
それは確かに的を射ていた。
結局は僕がミリアのそばにいたいだけで、彼女は僕に婚約破棄を請うたくらいだ…僕のことなどもう好きではないのかもしれない。
だとしたら彼女と共に生きることを望むのはただのエゴだ。
「…お願いします、もう彼女の隣に立つことができなくても…それでも、僕の一生を彼女に捧げたいのです」
こんな僕に想われることすら彼女の迷惑になるというのなら大人しく身を引かなければならないのだろうが…
しかし、諦めるにはまだ早いのではないか。
僕はまだ彼女にしっかりと自分の本心を伝えていない。
彼女に理解してもらう努力すらしていなかった。
そればかりか、こんな情けない自分を知られまいと必死に隠してきたのだ。
「彼女と話をさせてください、陛下…」
陛下の、彼女と同じ瑠璃色の瞳をじっと見つめて頼みこむ。
言うや否や頭を下げると、陛下はしばらく黙り込んだが、落ち着いた口調で言葉を紡いだ。
「頭を上げよ。別に私はミリアと話すことを止めはしない。…最後に決めるのはあの子だ」
「っ、ありがとう…ございます」
じんわりと瞳に涙が浮かぶが、喜ぶのはまだ早かった。
「ミリアは部屋にいるはずだ。憔悴しきった彼女を早く慰めて来なさい」
「はい!行ってまいります!」
僕は足早に応接間を後にしようとした。
「ハルちゃん…っ」
そんな不快な声が耳に入り、彼女ではなく陛下を振り向き口を開く。
「この女の処遇については陛下にお任せしてもよろしいでしょうか?罪状は…」
「ユリウスから聞いておる。そなたは罪人よりも私の可愛い娘のことだけ気にしておけば良い」
「重ね重ね感謝致します」
そう一言述べ、ようやく僕はミリアの元へ急ぐのだった。
23
あなたにおすすめの小説
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました
Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。
伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。
理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。
これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる