本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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[起]転承乱結Λ

27話 苛立つ女と焦る男。

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 テルミナ・ニクシーは苛立っていた。
 
 彼女の誕生と半生は、決して祝福されたものでは無かった。
 幾つかの不運と、より多くの暴力に彩られている。
 
 そうした時、人はどうするだろうか。
 諦め怠惰となるか、世界を憎悪するか、なおも正しき道を求めるのか?
 
 テルミナはその何れも選ばなかった。
 代わりに、古代文明が育んだとされる偉大な劇作家の言葉に活路を見出したのだ。
 
 人生は舞台で、人はみな役者である。
 
 それは己という個人をメタ的視点で捉える契機となった。
 不運で不幸な役割を演じているだけなのだ、と。
 
 観劇される存在なのであれば演じようではないか。
 いっそ面白く、より派手に、そして猛々しく。
 
 ある夜、そんな彼女は、照明を落とした無機質な部屋に独りいる。
 唯一の灯りは、空間照射モニタで流れるままとなっている映像だった。
 
 音声は切っている。
 内容に興味など無かったからだ。
 
 その男を見るまでは――。
 
 テルミナに与えられた任務が、そいつの為である事は知っていた。

 ――ん?
 
 そいつが群衆の前に、その身を無防備に晒している。
 煽情的な身体をした女の質問に答え、やがて腰の剣を抜く。
 
 テルミナは、いけ好かない女の首を刎ねれば良いのにと思っていた。
 大きすぎる胸を刺し貫くのも爽快だろう。
 
 だが、男はテルミナの予想を超える行動を取った。
 
 刻印の誓い――。
 
 銀の冠に剣を当て、その房を自ら切り取った。
 愚かな女と大衆に誓うために。
 
 さらにテルミナは揺さぶられる。
 襲い掛かって来た暴漢の右手を、鮮やかな一閃で切り捨てたのだ。
 
 ――殺しても――せば――のに――。
 
 照明を落とした部屋で、映像の放つ燐光が彼女の白い頬を照らす。
 
 ――会いたい。
 
 危険をいとわず、銀の冠に価値を見出さず、その剣を躊躇う事なく振るえる男に――。
 この男とならば、全ての価値観と道徳を踏みにじれるのではないか?
 
 例えば――。

 テルミナの中に眠る危険な願望が輪郭を現わしかけていたが、すぐにそれは擬態し再び心の奥底へと戻って行く。
 だから、彼女自身も明確には分かっていない。

 自分は何を壊したいのか?

 その答えを欲していた。
 この「イカレタ」男に会えば、あるいは――と考えていたのだ。
 
「チッ、やば」
 
 テルミナの取り留めのない想念は、意外な人物によって中断される。
 
 通路の向こうから、オリヴァー・ボルツが歩いて来たのだ。
 副官と何やら話し込んでいるため、彼女の存在には気付いていない。
 
「ねぇし」

 赤髪に手を触れ、小さく毒づいた。
 正体を隠す術をガウスに投げつけて来たからだ。

 ――待てよ……。

 少し戻れば右手に行く通路がある事を思い出したテルミナは、急ぎきびすを返す。
 
 ――今、会うのは不味いっての。
 
 期待外れの領主ではあったが、仕事は仕事として全うしようと思っている。
 
 ◇
 
「困りましたぞ」
 
 自室の床を見ながら、セバスは頭を抱えていた。
 床の穴が開いたままになっているのだ。
 
 本来ならば、手元にあるキューブ状の機器を操作する事で開閉ができる。
 割と大きな異音が発生するのは困りものだが――。
 
 ところが、ジャンヌがツヴァイヘンダーを床に叩きつけた際、キューブが破損してしまった。
 
 ――先代からお預かりした大切なモノだったのですが……。
 
 以来、穴を閉じる事が出来ずにいる。
 部屋の掃除も断っているが、いつかそれも限界が来るだろう。
 
 とはいえ、先代との約束で、この秘密をトール以外には明かせない。
 
 ――この家で――いやこの領邦で信用できるのはお前だけなのだ。
 
 先代領主エルヴィン・ベルニクが、妻と保養地へと旅立つ前日――。
 セバスは、エルヴィンの居室にひとり呼び出された。
 
 ――我が息子が剣術に目覚めた時――。
 ――え、トール様が?
 
 セバスともあろう者が思わず主人の話を遮ってしまった。
 あまりに意外な内容だったのだ。
 
 いつの頃からか、トールは剣術というものを避けるようになっていたのである。
 それどころか、近頃ではやたらと軍部を悪く言っているのを聞いていた。
 
 ――お前が驚くのも分かる。だがアレは変わる。変わってしまうのだ。
 
 少しばかり悲し気な様子を見せた。
 
 ――これを渡してやってくれ。
 
 それはキューブ状の何らかの装置に見えた。
 エルヴィンが、キューブの面を順番に触れていくと、各面が光を帯びる。
 
 全ての面が光を帯びた時――、
 
 ゴゴゴゴ、ギギギギ、ガガガガ。
 
 異音を発しながら、床の一部に穴が開いたのだ。
 
 ――階段があるだろう。降りれば通路があり、お前の部屋とも繋がっている。
 ――え、私の部屋でございますか?
 ――同じ仕掛けがあるのだ。
 
 普通に通路を使えば良いのではないか、とセバスは訝しんだ。
 
 ――この通路は、トラッキングシステムに監視されず、EPR通信とて通じぬ。
 ――は、はあ?
 
 監視されて困る事があるとは思えなかった。
 
 ――地図に書かれている通り進めばに着く。
 
 そう言って、セバスは一枚の紙を手渡される。
 入り組んだ通路に、幾つかのマークが手書きされていた。
 
 ――EPRネットワークやニューロデバイスは監視されている。
 ――最も安全なのは、つまるところ紙なのだ。
 ――さ、左様でございますか。
 
 監視を恐れる理由は分からないが、久しぶりに触れる紙の感触は悪くなかった。
 空間照射では得られない実存感がある。
 
 ――剣術に目覚めた時、トールを案内してやってくれ。
 ――案内で御座いますか?はい、承知致しましたが……。
 
 なぜ自分が、とは問い返さなかった。
 主人の指示に従う事が家令の務めであるからだ。
 
 数日後、セバスは問い返さなかった事を後悔する。
 エルヴィンとその妻は、永遠に保養地から戻らずアフターワールドへと召された。
 
「約束は果たしましたぞ。エルヴィン様」
 
 壊れてしまったキューブを、チーフに包み机の引き出しに戻す。
 
「ただ、秘密にする約束が問題となりそうです」
 
 床には大きな穴が開き、誰でも階段を降りて行ける状態なのだ。
 
「こうなったら――」
 
 ロベニカ、ジャンヌ、マリは、すでに穴の存在を知っている。
 いや、そもそも彼女達の責任ではないのか?
 
「――責任を取ってもらいましょう」
 
 結論を出したセバスは部屋の扉を開けた。
 
「え?」
「おーい」
 
 扉の外には、彼の知らぬ顔があった。
 
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