本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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[起]転承乱結Λ

34話 全艦、進路を変更せよ。

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 惑星重力圏を抜けた中央管区艦隊は、既に亜光速ドライブに移行している。
 
 ブリッジから180度視点で拡がる宇宙空間は、通常ドライブで移動した場合と大差は無い。
 スターボウ効果を処理した加工映像を映し出しているからだ。
 
 なお、敵艦へ攻撃が命中した際のエフェクト処理も、オプション機能として用意されているそうだが、ベルニク軍では採用していない。
 
 予算も無いし、そもそも軌道人類であるオビタルは、地上戦闘へのノスタルジーを持ち合わせていないのだ。
 下請けである地表人類の担当者が開発したオプションなのだろう。
 
「閣下、目標地点まで残り十分程となりますわ」
 
 艦長席に座るトールの後ろからジャンヌが告げた。
 本来ならばジャンヌが座るべき場所なのだが、旗艦になる事を想定していないブリッジのためシート数が不足しているのだ。
 
 結果として、艦長席にトールが腰かけ、その背後には艦長と副司令長官が立っている。
 トールの守護天使であるかのような立ち位置であるが、二人の表情は大きく異なっていた。
 
 一方の女は、優雅な微笑みの中に裂帛れっぱくの決意を秘めている。
 他方の男は、重苦しい渋面の中に逃亡の企みを秘めている。
 
 対照的な二人であるが、彼らの指揮官は気にする様子も無かった。
 
 ――いよいよだ。
 ――艦隊戦を見て、あまつさえ参加まで出来るッ!
 ――けど、夢の続きが見られるなら、エフェクトオプションは搭載したいなぁ。
 
 例え真空空間であったとて、荷電粒子砲が穿うがつ穴からは、爆炎が噴き出して欲しいと考えていた。
 
「そうですか。早いですね」
 
 とはいえエフェクト云々を口にすべきタイミングでない事はわきまえている。
 当たり障りのない答えを返す。
 
「まだ一時間とちょっとしか経ってませんけどねぇ」
 
 ――ん?
 
 ケヴィンは違和感を感じている。
 
 ――後十分で目標地点だと?
 
 木星ポータルまでは、周回軌道がどうあれ最低でも二時間はかかるはずだ。
 
 出艦から惑星重力圏外までが一時間。
 そこから亜光速ドライブでさらに一時間。
 
 ――周回軌道によってはもう少し時間を要するはずだぞ……。
 
 だが、この後もケヴィンにとって、予想もしなかった悪い展開が続く。
 
「αポイント到着致しました。全艦、通常ドライブに移行中」
「はーい」
 
 ――何だ?何なのだ?
 
 トラブルなどで無いことはケヴィンにも理解できた。
 いつでも呑気そうな男は論外としても、艦長のジャンヌ、ブリッジ上のスタッフ――全員が落ち着き払っている。
 
 まるで、予定通りの航海であるかのように――。
 
「全艦、通常ドライブへの移行完了」
「はーい」
 
 トールの司令官らしからぬ応答を聞き流しつつ、ケヴィンはオリヴァーへ緊急EPR通信が必要であると考えた。
 
 緊急EPR通信は拒否も保留も出来ないため、目上の相手に対するには非礼にあたる。
 生死に関りでもしない限りは使わないのが常識だった。
 
 ――だが――まさに生死に関わる事案――俺の生死にッ!二人の娘を持つ俺は死ねないのだあッ!!
 
「か、閣下。私、少し体調が――」
 
 席を外す言い訳を繰り出した時の事だった。
 
「EPR中継システム・シャットダウン――無通信状態確認」
 
 ブリッジ前方のオペレーターが告げる。
 
「星系内広域FAT通信切断――無通信状態確認」

 さらに――、
 
「広域ビーコン信号停波――停波完了」
 
 ケヴィンは途中まで出ていた言葉を継ぐことが出来ない。
 いや、呼吸すら困難であっただろう。
 
 全てのEPR通信及び広域通信がシャットダウンされたのだ。
 事実上、中央管区艦隊は、索敵に掛からぬ限り消息不明艦隊となった。
 
「閣下」
 
 ジャンヌは、トールの腕にそっと触れながら彼の横顔を見た。
 普段と変わらぬ平静ぶりに、改めて男の豪気さに惚れ惚れとしてしまう。
 
 これは彼の初陣なのだ。
 それでいて、圧倒的不利な兵力を率いて蛮族に立ち向かおうとしている。
 
 歴史上、これほど偉大な為政者がいたであろうか?
 
 ――いませんわ。先史時代であれ、矮小な地面で争っていた古代であれ。
 ――この方についてゆく……どれほどの血道であろうとも……。
 
「ご指示を」
 
 ジャンヌに言われ、トールは頷いた。
 
 ――進路変更はさすがに、ボクがしないと駄目なのかな。
 
「えーと、では、全艦進路変更をお願いします」
 
 広域通信は切断しているため、艦隊用閉域FAT通信による指示となる。
 要は光速通信となるため、機動的な艦隊運用には不向きであるが、目的地までの移動だけであれば事が足りた。
 
「進路タイタン方面へ。タイタンからの相対位置は――」
 
 トールの声を遠くに聞きながら、ケヴィンは真後ろに倒れた。
 
 ◇
 
「あぁ――良かった」
 
 ケヴィンが目覚めた時、最初に目に入ったのは呑気な悪魔の笑顔だった。
 
「か、閣下――」
 
 白いシーツのベッドに寝かされていると気付き慌てて起き上がる。
 
「体調不良だったんですね。早く言って下さいよ。基地で寝てて貰えば良かったなぁ」
 
 それが実現していれば、どれほど幸福だったことか、とケヴィンは考えた。
 
「その――私は――どれほど寝ていたのでしょうか?」
「ほんの少しですよ。医務室に運んでから、まだ一時間も経ってませんから」
 
 となると、タイタン到着まで残り一時間なのだ。
 それまでに救命艇へ秘かに辿り着き――と思いを巡らせたところでそれが無駄な事だと気付く。
 
 ――全て露見していたのだ。
 
 ケヴィンは自身の裏切りをトールが掴んでいるのだと確信した。
 
 ――いや、それどころではない。
 
 タイタンに行くという事は、オリヴァー・ボルツ、オソロセア領邦、グノーシス異端船団国の企図にも気付いているのだろう。
 
 愚かな領主を演じ、木星ポータルで迎撃すると偽装し、実際には敵の侵攻ポイントで奇襲攻撃をするつもりのだ。
 
 ――ひょっとしたら、勝つのではないか……。
 
 敵艦隊と比べれば、数の劣勢は動かしがたい。
 だが、ここまで見事にチェスの駒を進めてきた男であれば――。
 
 ケヴィンは震えた。
 天下のアホ領主は希代の策略家であったのだ。
 
 外形的に見るならば、彼がそう結論付けたのも無理は無かった。
 
 とはいえ、トールの動きは多分に場当たり的な側面があったし、何よりケヴィンが裏切り者であるとは知らなかったのだ。
 
 ロベニカの調査結果では、グレーな存在としてリストには上がっていた。
 ただし、オリヴァーや他の高官と異なり、彼は私腹を肥やしてはいない。
 
 あくまで領邦を救うシンプルなプランに乗っただけであった。
 勿論、事が成った暁には、何らかの見返りがある点には期待していたのだろう。
 
「ふぅ――ともかく起きて良かったですよ。艦では精密検査も出来ないらしいので、まあ終わるまで寝てて下さい」
 
 気楽な調子で告げると、トールはベッドサイドの椅子から立ち上がった。
 
 ――月面基地に戻れば憲兵隊が待っているのだろう。
 ――それまでは医務室で大人しくしていろという事か。
 
 裏切り者には相応しい末路だな、と自嘲的な思いが湧きあがる。
 
「じゃあ、ボクはこれで」
「――閣下」
 
 医務室を去ろうとするトールの背中に声を掛けた。
 
「ん、はい?」
 
 全てを知る男に、今さら白状したところで意味など無いだろう。
 
「閣下は――敵艦へ揚陸されるのですか?」
 
 軍内部でも噂にはなっていた。
 
 強襲突入艦に乗船するならば、かのアホは揚陸する気でないのか。
 おまけに艦長は武闘派で知られるジャンヌ・バルバストルだ。
 
 だが、司令官が、大元帥が、領邦領主が――。
 さすがに、あり得ないというのが、仲間内での結論だった。
 
「しますよ」
 
 ジャンヌから同行は許可されていた。
 
 ――ですが部隊後方にてご高覧下さい。この約束だけは守って頂きますわ。
 
 彼女としても苦渋の決断であったろう。
 主人の命令は絶対であるが、あまりに危険な場所なのだ。
 
 いざとなれば、敵艦など捨て置いてトールを連れ脱出するつもりでいる。
 
「そうですか。本当に――」
 
 気負いもせず答えるトールを見て、ケヴィンは白旗を上げる。
 自分やオリヴァー如きで、量れる器では無かった。
 
 この男は、領民のため決死で進むつもりなのだ。
 久しく忘れていた、ニヒリストには理解できぬ熱い何かが臓腑に落ちる。
 
 ゆえに彼は慈悲を請うた――。
 
「死に場所を――私に――ください」
 
 裏切り者として恥をさらすなら、せめても敵艦で死にたかった。
 その方が遺された妻と娘達も生きやすいはずだ。
 
「え、いや、死んじゃダメですよ。ケヴィン准将」
「しかしッ!」
 
 トールからすれば、勝手な言い草である事は分かっている。
 敵陣で裏切り者がいては、剣筋とて鈍りもするだろう。
 
「お願いします――うう」
 
 もはや平静を保つ余裕などケヴィンには無かった。
 泣いて、鼻水を垂らし、臥して願う。
 
「けど死に場所なんて――あ、そうだ!それより命を有効活用しませんか?」
「――?」
「一緒に行きましょうよ」
「――とは?」
 
 トールが微笑んだ。
 
「いや、だから揚陸するんですよ。敵艦に」
 
 心の中にあった恥は消え、異なる感情で埋められていく。
 それが何かは分からないが、少なくとも不快では無かった。
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