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[起]転承乱結Λ
36話 裏切りの代償。
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専用エレベータから降りると、フロア全てを占有するスイートルームだった。
壁面全てが透過処理されているため、中心都市アレスの全景が一望できる。
立食形式らしく、グラスを片手に談笑する姿があった。
見知った顏が無い事を、テルミナは素早く辺りを見回し確認する。
前夜祭と言うわりには人の数が少ないため、面通しはすぐに終わった。
――とりあえず軍高官はいねぇな。
――隣のゴミクズぐらいか。
「少なぁい」
テルミナは素直な感想を述べてみる。
「言ったろう、ミーナ」
さすがに人前では呼び捨てにするようだ。
「前夜祭だからな。来るのは選ばれし者だけだよ、フフ」
テルミナの背中を撫でながら嬉しそうに語る。
そんなオリヴァーに気付いた一人の男が近寄ってきた。
「ご機嫌だな」
細身だが、やけに小柄な男で早口だ。
「ドミトリ殿、お招き頂き感謝しておりますぞ」
「ふん」
ドミトリと呼ばれた男は、オリヴァーの媚を帯びた挨拶に鼻を鳴らして答える。
「――だが、何だって作業着なのかね?」
「や、野暮な姿で申し訳ありませんな。ハハハハ」
軍服姿を揶揄された屈辱を糊塗するかのように大声で笑った。
「目下、戦時中でして」
「面白い事を言う」
言葉とは裏腹に、さして面白くもなそうな表情だった。
オリヴァーは、中央管区艦隊が月面基地を発ったという報告を受けている。
計画通り彼らが全滅した後に、木星まで主力軍を出撃させ、不作為の会敵適わずを演じる必要があった。
裏切るにしろ、この場にいるのは慢心と言えるだろう。
「隣のレディは?」
ドミトリが冷たい眼差しでテルミナを見た。
「ミーナと申しましてな、これ、ご挨拶を」
「はぁい。ミーナでぇす」
少しばかり短めのドレスの端をつまんで、軽い屈膝礼をしてみせた。
ドミトリの瞳に浮かぶ侮蔑の色合いがより濃くなっていく。
それを、とりなそうとするかのように、オリヴァーは明るい声を上げた。
「これは――姪ですからな。不肖の姪に、名士の方々が集う世界を見せてやろうというわけです」
「ほう」
テルミナは、なぜオリヴァーが自分を誘ったのか疑問に思っている。
浮くであろう事は、目に見えていたのではないか?
「楽しまれるが良い」
ドミトリは興味を失った様子で、他の招待客の元へ去った。
十分に距離が離れたのを確認した後、オリヴァーが舌打ちをする。
「あの人、こわぁい」
テルミナは甘えた声音で、オリヴァーの腕を掴んだ。
「大丈夫だ――オソロセアの厄介者が――見ておれ――今に――」
危険な独り言に耳を澄ませていたテルミナであったが、急に会場がざわつき始めた事に気付く。
そこかしこから、猊下という囁きが聞こえる。
――来やがったのか。
テルミナは給仕からマティーニグラスを受け取りオリーブだけをつまんだ。
視線の先には、二人の小姓を従え聖衣に身を包んだ男がいた。
小男のドミトリが、大司教の背に手を添え会場の中心に誘っている。
「諸君」
鈴のようなものを鳴らしながらドミトリが告げる。
彼と大司教を中心として、人々が周りを囲むような図式になった。
「聖話である」
大司教が柔和な笑みを浮かべる。
◇
テルミナにすれば、さほど興味の湧かない話しが長々と続いていた。
「――こうして今、蛮族に立ち向かうため、領主殿が出征されたと聞き及んでおります」
トール率いる中央管区艦隊は、惑星重力圏内を通常ドライブ中であった。
「真に崇高なる行為ですが――些か蛮勇かもしれませんな」
会場では大きな笑い声が起きる。
「ゆえに、望まぬ結果となりかねません。しかし――」
実際には、それこそが望んでいる結果なのだろう。
「――ここに集われた賢者達ならば、必ずや解決される事でありましょう」
小さな拍手が湧き始め――、
「皆が盟約を違えず絆をより深めるならば、芳醇な恵みの美酒に酔えましょう。慈悲深き女神ラムダの祝福あれッ!!」
――やがて万雷の拍手へと育った。
人々は我先にと大司教へと近付き握手を求めた。
少しでも長く会話をしようと、必死に頭を巡らせている。
それは信仰心によるというよりも、主には功利的な目的からだった。
帝国にあって大司教との友誼は、そのまま保身や立身に繋がるのである。
当然ながらオリヴァーも同じ事を考えていた。
彼は告解室の司祭を介して繋がっていただけなのだ。
――なるほどな。
テルミナは、自身が連れて来られた意図を察する。
――生臭坊主もってことかよ。
噂は以前からあった。
真偽はともあれ、権力者には付きまとう話しなのだろう。
オリヴァーは、好事家達との繋がりで、確たる情報を掴んでいるのかもしれない。
果たして――、
「これはこれは」
人々を上手くあしらいながら、大司教がこちらに向かって来る。
オリヴァーに軽く目礼し、次いでテルミナに視線を移した。
昨夜とは打って変わり、少女用のドレスを装っている。
丈は少しばかり短めではあるが――。
「――素敵なお嬢様ですな」
「これは、姪でございます、猊下。少しばかりお転婆でしてな、ハハハハ」
オリヴァーは、またも姪という部分を強調した。
「ほうほう、お転婆ですか。フホホホ」
妖しい笑声と視線が絡み合い、互いに同好の志と認め合った――か否かは不明であるが、この場で長話をしようという合意は形成されたようである。
周囲からは羨むような視線もあった。
――ここが決め時ってヤツだな。
テルミナは秘かに気負い、口の中でオリーブの種を転がした。
◇
同好の志である二人は、テルミナという果実を挟み楽しい談義を続けていた。
「――オリヴァー殿は誠に信仰と忠義に溢れた方ですな」
などと言いながらも、大司教は先ほどから度々テルミナへと視線を送っている。
「猊下より勿体ないお言葉――胸に沁みております。ですが、私の務めなのです」
仲間内のパーティということで、口も緩むのだろう。
中央管区艦隊に何かあれば、オリヴァーが火星方面管区艦隊を率いるという話題になっている。
「恐らく――いや確実にオリヴァー殿の救援が必要になりましょうからな」
「真に真に。ハハハハ」
「ねぇねぇ」
甘えた声を出す。
地ならしは済んでいる。
これまでの会話で、テルミナは馬鹿な質問をしては二人を楽しませていた。
「どうしたのかな?ミーナ」
唇の端を舌で舐めながら大司教が答える。
「んーと、何で領主様が負けるの?」
「おやおや?」
「だって、オジサマの救援が必要って。そんなのミーナ寂しい」
「いやはや、オリヴァー殿が羨ましい。姪御さんを安心させてあげなされ、フホホホ」
――きんめぇ笑い声してやがるな。
「猊下こそ、今宵はミーナを――」
そこから先は、大司教の耳元で囁いた。
この短時間でオリヴァーは、友誼を深める事に成功したようだ。
「ミーナ、安心しなさい。私は負けないのだから」
「でも、領主様は?」
「それは――うむん――」
オリヴァーは語尾を濁すとカイゼル髭を指先で触っている。
これ以上は無理であろうと判断したテルミナは、大司教へとさらに歩み寄った。
鋼の意志力を動員し、少女の瞳を作り大司教を見上げる。
口唇を薄く開き、オリーブの種を乗せた舌を少し出すと、上唇を舐めるように巻き取った。
テルミナを見下ろす大司教の喉が脈を打つ。
「フ、フホホ。無垢なる幼子は安心させねばなりませんなぁ」
つるりとした頭部から、たるんだ顎下までを大きな掌で撫でる。
「蛮族どもは違う場所に現れる――などと、オリヴァー殿から聞いた事がありましてな」
「え――あ、あの――猊下!?」
大司教が一瞥すると、オリヴァーは咳払いをして口を閉じた。
「そのせいで、領主殿は可哀相な事になるかもしれませんなぁ」
「ミーナ怖い」
テルミナは、口元に手を当てる。
「いやいや安心されよ。ほれ、あそこにいるオジサン」
大司教がドミトリを指差す。
「オソロセア領邦が助けてくれる。これが絆と言う事だよミーナ。フホホホ」
「へぇ、ゲーカ様は何でも知ってるんだ☆」
「フホホホ」
こんなもんだよな、とテルミナは考える。
――侵攻場所が木星ポータルでは無いことを知っている言質を引き出して下さい。
トールの言葉を反芻する。
――ボクが負けることが前提となる会話もポイント高いですね。
――後は、オソロセア領邦の名前も出てくると嬉しいなぁ。
――そこまで聞ければ……。
「さて――」
首を左右に振り、肩を揉んだ。
コキコキと子気味の良い音が辺りに響く。
「――ゴミクズ共の相手も肩が凝るんだぜぇ」
「な、え?み、ミーナちゃ――」
口をすぼめ吹き飛ばしたオリーブの種が、オリヴァーの眼を直撃する。
「――うッ」
オリヴァーは、思わず顔を抑え呻いた。
「えっと、コホン」
テルミナは両の手を腰にあて、脚を少しばかり拡げて胸を張る。
「ベルニク軍憲兵司令部特務課テルミナ・ニクシー少尉であるッ!」
何事かと、周囲にいる人々の注目が集まり始めた。
その中には、ドミトリの視線もある。
「子爵閣下より、伝言を授かった」
――人を追い詰める時は、丁寧な言葉の方が痛いんですよ。
とぼけた領主からのアドバイスだった。
「謹聴せよ」
痛みを与えるのは、苺の次に大好きだ。
「オリヴァー・ボルツ大将を、領主及び領邦への反逆罪の容疑で拘束する。なお、ベルニク軍軍法第32条に基づき、その身柄は憲兵司令部にて聴取を行う。十全たる聴取を行った後、軍法会議予審機関に引き渡すものとする」
ミーナは消えた。
「これに伴い、ベルニク軍軍務規定第45項に基づき、司令長官の任を解かれる。なお、晴れて被疑者から被告人となった場合でも、軍法会議における司法判断が下るまで将校待遇は保証する。徽章を胸に残し、地位に恥じぬ行動を示せ。トール・ベルニク子爵閣下のご高配に深謝せよ」
ようやく、オリヴァーは夢から醒めた。
「ば、馬鹿な事を言うな。何を根拠にそんな暴挙を――いや――」
少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
現時点では、法はオリヴァーに味方するはずなのだ。
「――世間話の音声記録なんぞ使えんぞ。あれで拘束など無理、不可能、ククク」
「猊下」
テルミナは、オリヴァーから大司教に視線を移す。
「子爵閣下より、特別な秘事を預かっております。お耳を」
「な、え――こ、これ――いたたッ」
大司教が動かぬため、テルミナは右手で相手の耳朶を引いた。
声を落とし囁く。
――グノーシス異端船団国との国交正常化及び、通商条約締結に賛同致します。
「な、なに!?――なぜ、辺境領主が――それを――」
教皇とて知らぬ秘事中の秘事であった。
――また、猊下が、善意の伝書鳩であったと理解もしております。
――ゆえに、証して頂きたい。
――良からぬ企みを、告解室で受けた無知な司祭がいた事を。
――企みの告解者が、オリヴァー・ボルツである事を。
――女神ラムダは、これを赦免せぬ事を。
トールには、教会関係者と争う余裕など無い。
オリヴァーさえ差し出してくれれば、お互い無かった事にしましょうということだ。
大司教は、心地の良い囁き声を、ベッドの上で聞くつもりだったのだろう。
予定が大きく変わったせいか、顔色はあまり良くない。
「この申し出を、お受け頂けぬ場合――」
自分にとって、状況が不利になりつつあると悟り、オリヴァーの落ち着きが失われていく。
「――教皇聖下に、ご進言する事になりましょう」
「わ、分かった」
皆まで言うなとばかりに、大司教は両手を上げた。
「証する」
そう答えるほか無かった。
「――終わったぞ、ガウス」
EPR通信で告げると同時、待ちかねたかのように専用エレベータの扉が開く。
ガウス少将と、憲兵隊徽章を着けた男達がいた。
オリヴァー・ボルツは代償を払う。
壁面全てが透過処理されているため、中心都市アレスの全景が一望できる。
立食形式らしく、グラスを片手に談笑する姿があった。
見知った顏が無い事を、テルミナは素早く辺りを見回し確認する。
前夜祭と言うわりには人の数が少ないため、面通しはすぐに終わった。
――とりあえず軍高官はいねぇな。
――隣のゴミクズぐらいか。
「少なぁい」
テルミナは素直な感想を述べてみる。
「言ったろう、ミーナ」
さすがに人前では呼び捨てにするようだ。
「前夜祭だからな。来るのは選ばれし者だけだよ、フフ」
テルミナの背中を撫でながら嬉しそうに語る。
そんなオリヴァーに気付いた一人の男が近寄ってきた。
「ご機嫌だな」
細身だが、やけに小柄な男で早口だ。
「ドミトリ殿、お招き頂き感謝しておりますぞ」
「ふん」
ドミトリと呼ばれた男は、オリヴァーの媚を帯びた挨拶に鼻を鳴らして答える。
「――だが、何だって作業着なのかね?」
「や、野暮な姿で申し訳ありませんな。ハハハハ」
軍服姿を揶揄された屈辱を糊塗するかのように大声で笑った。
「目下、戦時中でして」
「面白い事を言う」
言葉とは裏腹に、さして面白くもなそうな表情だった。
オリヴァーは、中央管区艦隊が月面基地を発ったという報告を受けている。
計画通り彼らが全滅した後に、木星まで主力軍を出撃させ、不作為の会敵適わずを演じる必要があった。
裏切るにしろ、この場にいるのは慢心と言えるだろう。
「隣のレディは?」
ドミトリが冷たい眼差しでテルミナを見た。
「ミーナと申しましてな、これ、ご挨拶を」
「はぁい。ミーナでぇす」
少しばかり短めのドレスの端をつまんで、軽い屈膝礼をしてみせた。
ドミトリの瞳に浮かぶ侮蔑の色合いがより濃くなっていく。
それを、とりなそうとするかのように、オリヴァーは明るい声を上げた。
「これは――姪ですからな。不肖の姪に、名士の方々が集う世界を見せてやろうというわけです」
「ほう」
テルミナは、なぜオリヴァーが自分を誘ったのか疑問に思っている。
浮くであろう事は、目に見えていたのではないか?
「楽しまれるが良い」
ドミトリは興味を失った様子で、他の招待客の元へ去った。
十分に距離が離れたのを確認した後、オリヴァーが舌打ちをする。
「あの人、こわぁい」
テルミナは甘えた声音で、オリヴァーの腕を掴んだ。
「大丈夫だ――オソロセアの厄介者が――見ておれ――今に――」
危険な独り言に耳を澄ませていたテルミナであったが、急に会場がざわつき始めた事に気付く。
そこかしこから、猊下という囁きが聞こえる。
――来やがったのか。
テルミナは給仕からマティーニグラスを受け取りオリーブだけをつまんだ。
視線の先には、二人の小姓を従え聖衣に身を包んだ男がいた。
小男のドミトリが、大司教の背に手を添え会場の中心に誘っている。
「諸君」
鈴のようなものを鳴らしながらドミトリが告げる。
彼と大司教を中心として、人々が周りを囲むような図式になった。
「聖話である」
大司教が柔和な笑みを浮かべる。
◇
テルミナにすれば、さほど興味の湧かない話しが長々と続いていた。
「――こうして今、蛮族に立ち向かうため、領主殿が出征されたと聞き及んでおります」
トール率いる中央管区艦隊は、惑星重力圏内を通常ドライブ中であった。
「真に崇高なる行為ですが――些か蛮勇かもしれませんな」
会場では大きな笑い声が起きる。
「ゆえに、望まぬ結果となりかねません。しかし――」
実際には、それこそが望んでいる結果なのだろう。
「――ここに集われた賢者達ならば、必ずや解決される事でありましょう」
小さな拍手が湧き始め――、
「皆が盟約を違えず絆をより深めるならば、芳醇な恵みの美酒に酔えましょう。慈悲深き女神ラムダの祝福あれッ!!」
――やがて万雷の拍手へと育った。
人々は我先にと大司教へと近付き握手を求めた。
少しでも長く会話をしようと、必死に頭を巡らせている。
それは信仰心によるというよりも、主には功利的な目的からだった。
帝国にあって大司教との友誼は、そのまま保身や立身に繋がるのである。
当然ながらオリヴァーも同じ事を考えていた。
彼は告解室の司祭を介して繋がっていただけなのだ。
――なるほどな。
テルミナは、自身が連れて来られた意図を察する。
――生臭坊主もってことかよ。
噂は以前からあった。
真偽はともあれ、権力者には付きまとう話しなのだろう。
オリヴァーは、好事家達との繋がりで、確たる情報を掴んでいるのかもしれない。
果たして――、
「これはこれは」
人々を上手くあしらいながら、大司教がこちらに向かって来る。
オリヴァーに軽く目礼し、次いでテルミナに視線を移した。
昨夜とは打って変わり、少女用のドレスを装っている。
丈は少しばかり短めではあるが――。
「――素敵なお嬢様ですな」
「これは、姪でございます、猊下。少しばかりお転婆でしてな、ハハハハ」
オリヴァーは、またも姪という部分を強調した。
「ほうほう、お転婆ですか。フホホホ」
妖しい笑声と視線が絡み合い、互いに同好の志と認め合った――か否かは不明であるが、この場で長話をしようという合意は形成されたようである。
周囲からは羨むような視線もあった。
――ここが決め時ってヤツだな。
テルミナは秘かに気負い、口の中でオリーブの種を転がした。
◇
同好の志である二人は、テルミナという果実を挟み楽しい談義を続けていた。
「――オリヴァー殿は誠に信仰と忠義に溢れた方ですな」
などと言いながらも、大司教は先ほどから度々テルミナへと視線を送っている。
「猊下より勿体ないお言葉――胸に沁みております。ですが、私の務めなのです」
仲間内のパーティということで、口も緩むのだろう。
中央管区艦隊に何かあれば、オリヴァーが火星方面管区艦隊を率いるという話題になっている。
「恐らく――いや確実にオリヴァー殿の救援が必要になりましょうからな」
「真に真に。ハハハハ」
「ねぇねぇ」
甘えた声を出す。
地ならしは済んでいる。
これまでの会話で、テルミナは馬鹿な質問をしては二人を楽しませていた。
「どうしたのかな?ミーナ」
唇の端を舌で舐めながら大司教が答える。
「んーと、何で領主様が負けるの?」
「おやおや?」
「だって、オジサマの救援が必要って。そんなのミーナ寂しい」
「いやはや、オリヴァー殿が羨ましい。姪御さんを安心させてあげなされ、フホホホ」
――きんめぇ笑い声してやがるな。
「猊下こそ、今宵はミーナを――」
そこから先は、大司教の耳元で囁いた。
この短時間でオリヴァーは、友誼を深める事に成功したようだ。
「ミーナ、安心しなさい。私は負けないのだから」
「でも、領主様は?」
「それは――うむん――」
オリヴァーは語尾を濁すとカイゼル髭を指先で触っている。
これ以上は無理であろうと判断したテルミナは、大司教へとさらに歩み寄った。
鋼の意志力を動員し、少女の瞳を作り大司教を見上げる。
口唇を薄く開き、オリーブの種を乗せた舌を少し出すと、上唇を舐めるように巻き取った。
テルミナを見下ろす大司教の喉が脈を打つ。
「フ、フホホ。無垢なる幼子は安心させねばなりませんなぁ」
つるりとした頭部から、たるんだ顎下までを大きな掌で撫でる。
「蛮族どもは違う場所に現れる――などと、オリヴァー殿から聞いた事がありましてな」
「え――あ、あの――猊下!?」
大司教が一瞥すると、オリヴァーは咳払いをして口を閉じた。
「そのせいで、領主殿は可哀相な事になるかもしれませんなぁ」
「ミーナ怖い」
テルミナは、口元に手を当てる。
「いやいや安心されよ。ほれ、あそこにいるオジサン」
大司教がドミトリを指差す。
「オソロセア領邦が助けてくれる。これが絆と言う事だよミーナ。フホホホ」
「へぇ、ゲーカ様は何でも知ってるんだ☆」
「フホホホ」
こんなもんだよな、とテルミナは考える。
――侵攻場所が木星ポータルでは無いことを知っている言質を引き出して下さい。
トールの言葉を反芻する。
――ボクが負けることが前提となる会話もポイント高いですね。
――後は、オソロセア領邦の名前も出てくると嬉しいなぁ。
――そこまで聞ければ……。
「さて――」
首を左右に振り、肩を揉んだ。
コキコキと子気味の良い音が辺りに響く。
「――ゴミクズ共の相手も肩が凝るんだぜぇ」
「な、え?み、ミーナちゃ――」
口をすぼめ吹き飛ばしたオリーブの種が、オリヴァーの眼を直撃する。
「――うッ」
オリヴァーは、思わず顔を抑え呻いた。
「えっと、コホン」
テルミナは両の手を腰にあて、脚を少しばかり拡げて胸を張る。
「ベルニク軍憲兵司令部特務課テルミナ・ニクシー少尉であるッ!」
何事かと、周囲にいる人々の注目が集まり始めた。
その中には、ドミトリの視線もある。
「子爵閣下より、伝言を授かった」
――人を追い詰める時は、丁寧な言葉の方が痛いんですよ。
とぼけた領主からのアドバイスだった。
「謹聴せよ」
痛みを与えるのは、苺の次に大好きだ。
「オリヴァー・ボルツ大将を、領主及び領邦への反逆罪の容疑で拘束する。なお、ベルニク軍軍法第32条に基づき、その身柄は憲兵司令部にて聴取を行う。十全たる聴取を行った後、軍法会議予審機関に引き渡すものとする」
ミーナは消えた。
「これに伴い、ベルニク軍軍務規定第45項に基づき、司令長官の任を解かれる。なお、晴れて被疑者から被告人となった場合でも、軍法会議における司法判断が下るまで将校待遇は保証する。徽章を胸に残し、地位に恥じぬ行動を示せ。トール・ベルニク子爵閣下のご高配に深謝せよ」
ようやく、オリヴァーは夢から醒めた。
「ば、馬鹿な事を言うな。何を根拠にそんな暴挙を――いや――」
少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
現時点では、法はオリヴァーに味方するはずなのだ。
「――世間話の音声記録なんぞ使えんぞ。あれで拘束など無理、不可能、ククク」
「猊下」
テルミナは、オリヴァーから大司教に視線を移す。
「子爵閣下より、特別な秘事を預かっております。お耳を」
「な、え――こ、これ――いたたッ」
大司教が動かぬため、テルミナは右手で相手の耳朶を引いた。
声を落とし囁く。
――グノーシス異端船団国との国交正常化及び、通商条約締結に賛同致します。
「な、なに!?――なぜ、辺境領主が――それを――」
教皇とて知らぬ秘事中の秘事であった。
――また、猊下が、善意の伝書鳩であったと理解もしております。
――ゆえに、証して頂きたい。
――良からぬ企みを、告解室で受けた無知な司祭がいた事を。
――企みの告解者が、オリヴァー・ボルツである事を。
――女神ラムダは、これを赦免せぬ事を。
トールには、教会関係者と争う余裕など無い。
オリヴァーさえ差し出してくれれば、お互い無かった事にしましょうということだ。
大司教は、心地の良い囁き声を、ベッドの上で聞くつもりだったのだろう。
予定が大きく変わったせいか、顔色はあまり良くない。
「この申し出を、お受け頂けぬ場合――」
自分にとって、状況が不利になりつつあると悟り、オリヴァーの落ち着きが失われていく。
「――教皇聖下に、ご進言する事になりましょう」
「わ、分かった」
皆まで言うなとばかりに、大司教は両手を上げた。
「証する」
そう答えるほか無かった。
「――終わったぞ、ガウス」
EPR通信で告げると同時、待ちかねたかのように専用エレベータの扉が開く。
ガウス少将と、憲兵隊徽章を着けた男達がいた。
オリヴァー・ボルツは代償を払う。
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である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
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