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起[転]承乱結Λ
13話 女神三景。
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「いよいよ、明日は本番です」
「そうですね――わぁ、コレ美味しいですよ」
トールは、湯気だった中華麺を食すと、嬉しそうな声を上げた。
ルームサービスではなく、件の中華料理店からデリバリーしたのである。
器用に箸を使って麺を頬張るトールを見て、ロベニカは不思議に思った。
――トール様って、箸を使うのが上手かったのね。
――この半分だけでも、教義の方を覚えてたら良かったんだけど……。
彼女が眩暈をするほどに、トールはラムダ聖教について何も知らなかったのである。
ただし、聖骸布艦隊や、天秤衆に関する偏った知識だけはあった。
ロベニカが、本当に異端なのではないかと、疑わしい気持ちを抱いた程なのだ。
そのため、アレクサンデル枢機卿の元から戻って以来、ホテルのスイートルームに二人で籠り、寸暇を惜しんで鬼教官ロベニカは再教育を施していた。
――こうなったら、自力で乗り切るしかないわ。
折角の謁見の機会であったが、アレクサンデルは助けてくれそうにない。
聖職者とは思えぬ底意地の悪い笑みを思い出し、ロベニカは身震いしそうな怒りを覚えた。
ところが、一方のトールは、やはり例によって落ち着き払っている。
幸せそうな顔で中華料理を楽しんでいる様を前にすると、家族でリストランテに行った子供時代の気持ちを思い出した。
とはいえ――、
「トール様は、明日の教理局は、心配じゃないんですか?」
好奇心が旺盛で、覚えの早い点は助かったが、いかんせん付け焼き刃である。
ロベニカとしては、不安で仕方がなかった。
「二人で頑張りましたから大丈夫でしょう。あとは、ほら――神頼みと言いますか、ラムダさんにでも頼みましょうよ」
不敬な物言いは困りものであるが、女神を頼る思いは教理局の心証を良くするはずである。
「そうですけど――」
「ところで、ジャンヌ少佐達はどうしたんですか?」
夕食は中華デリバリーと決まり、彼女達も誘っては――と、ロベニカに提案していたのだ。
――やっぱり、デリバリーとはいえ、中華はみんなで食べた方が美味しいからね。
などと、やはり呑気な事を考えていた。
「いえ、一昨日から妙なのですが――」
夜になると、ジャンヌ、マリ、テルミナの三人で出掛けているのだ。
いつの間に意気投合したのだろうかと、ロベニカは不思議に思っていた。
「へえ」
さすがのトールも驚きの声を上げる。
年齢、立場、性格――全てが異なる三人なのだ。
――随分と変わった組み合わせだけど、今回の旅行――いや、出張で親しくなったのかな。
――まあ、みんなが仲良くなるのは良い事だよね。
そんなトールの傍らで、ロベニカは女神に祈っている。
どうか、明日を乗り切れますように、と。
◇
「ちょい離れろや。糞デカい女に挟まれるとイラつくんだぜ」
ダウンタウンエリアの外れにある繁華街の裏通りを歩いていた。
三人とも、常とは全く異なる装いである。
「危ない場所なのですから、私の傍にいた方が良いでしょう」
令嬢然としたジャンヌの応えであるが、露出の多い派手なコーディネートには違和感がある。
マリも普段であれば決して選ばないような出で立ちであった。
「チッ」
自身とは比べものにならない二人の胸元を睨みつけて舌打ちをする。
ジャンヌが言う通り、用心棒代わりに連れて来たのだ。
万が一にも荒事となれば、自分だけでは対応しれきない可能性がある。
テルミナは、己の力量を過信しない。
何より帯剣できない場所に行くため、愛用のバヨネットが無いのも不安要素であった。
「つうか、テメェら何歳なんだよ?どんだけ成長してんだって話しだろ」
「先日、五十二になりましたわ」
「三十歳」
長命のオビタルであるが、第二成長期までは、ホモ・サピエンスと近似した成長過程を辿り三十歳で成人となる。
トールの感覚で表現するならば、そこから非常に長い二十代、三十代を過ごす事になるのだ。
老境の秋風を感じるのは、概ね百五十を過ぎた辺りからであろう。
「チッ」
歳を聞いたテルミナは、再び舌打ちをした。
スラム育ちで幼少期の栄養が不足していたせいか、とテルミナは改めて自身の過去を呪った。
「――あら、あそこではありませんの?」
下らぬ話しをしているうちに、目的地を通り過ぎてしまったらしく、ジャンヌが後方を振り返りつつ言った。
雑多な建築物に挟まれるのようにして、派手な装飾を施された入口がある。
その入口からは、地下へ降りて行く階段が見えた。
入口前では屈強そうな男二人が、入って行く若者たちを監視している。
年齢制限と、ドレスコードがあるのだろう。何より刀剣類の持ち込みは厳禁となっていた。
「G.O.D――ここだな」
剣闘士トジバトルから聞いた店の名前と一致する。
昨夜、テルミナ達は、彼と会っていた。
コロッセウムに押し掛けたところ、トールの随行員という事で面通しが叶ったのだ。
――フレタニティ?
――連中のアジトとか知ってんだろ。教えてくれ。
トールとは異なり、随分と荒々しい幼女だなと思いつつ、子供好きのトジバトルは親切に応じてやることにした。
――知らん。
――貧乏人は、ああいうの好きだろ?
――俺は金持ちになったが、まあ、気持ちは今でも分かるさ。
反政府系組織であるフレタニティは、現状に不満を抱く層を取り込み、帝国全土に広がっていた。
それなりに巨大な組織となっているが、資金源などは不明である。
――だがな、本当にアジトなんて知らんのだ。関わってる連中は何人か知っているが、わざわざお前に告げ口する謂れもないだろ?
ベルニク領邦の憲兵隊が持つ権限など、帝都では通用しない。
テルミナの行動は、何ら法的根拠を持たないのだ。
――そりゃそうだ。
ハナから予想できた成り行きではあるので、あっさりと矛先を引っ込める。
――その代わりと言っちゃなんだけどよ……。
無理筋な手札を先に出しただけの事であった。
――コレが無い奴を知らねぇか?
うなじを叩いた。
――オメェのダチの命が掛かってんだよ。
そうして聞き出したのが、「G.O.D」という名のクラブであった。
「ふざけた名前を付けやがって」
口調とは裏腹に、テルミナは嬉しそうである。
「天罰を喰らわせてやる」
そう言って、意気揚々と入口に向かう。
ジャンヌとマリも、後に続いた。
「ああっと、お嬢ちゃん。ここはね、子供は入れないんだよ」
優しく微笑む屈強な男の顔面に、テルミナの拳が入った。
天罰――なのであろう。
◇
月面基地司令ケヴィン・カウフマン准将は、ようやく見えた月の姿を見てホッと胸を撫でおろす。
――帰ってこれた……。
そう心内で呟くケヴィンは、女神ラムダが住まう船のブリッジにいた。
敵旗艦の鹵獲によってベルニクが得たのは、女神だけでは無かったのである。
女神の能力を解明し切れていない現状からすると、こちらの方がより大きかったかもしれない。
――トールに指示された検証は成功した。
――となると、どうあっても、これは大変な事になるな……。
トールが、どのような利用を想定しているのかは分からないが、帝国におけるベルニク領邦の立ち位置を根本的に変える可能性すらあった。
「わぁ、帰った感じがするね~」
ケヴィンの肩に乗った猫が、嬉しそうな声を上げた。
勿論、彼には理解できないのだが、声音で感情は分かるようになっている。
――お、お喜びになっているのか。理由は見当もつかんが、当面は、俺の裏切り行為も赦されたのかもしれない……。
彼は、瞳を閉じ、人知れず女神に感謝の祈りを捧げた。
「早く、トオルも帰ってこないかな」
――これは、少し悲しそうだな。
思わず猫の頭を撫でたケヴィンであったが、不敬にあたると考え、慌ててその手を引いた。
女神ラムダは、畏れ敬うべき存在なのである。
「そうですね――わぁ、コレ美味しいですよ」
トールは、湯気だった中華麺を食すと、嬉しそうな声を上げた。
ルームサービスではなく、件の中華料理店からデリバリーしたのである。
器用に箸を使って麺を頬張るトールを見て、ロベニカは不思議に思った。
――トール様って、箸を使うのが上手かったのね。
――この半分だけでも、教義の方を覚えてたら良かったんだけど……。
彼女が眩暈をするほどに、トールはラムダ聖教について何も知らなかったのである。
ただし、聖骸布艦隊や、天秤衆に関する偏った知識だけはあった。
ロベニカが、本当に異端なのではないかと、疑わしい気持ちを抱いた程なのだ。
そのため、アレクサンデル枢機卿の元から戻って以来、ホテルのスイートルームに二人で籠り、寸暇を惜しんで鬼教官ロベニカは再教育を施していた。
――こうなったら、自力で乗り切るしかないわ。
折角の謁見の機会であったが、アレクサンデルは助けてくれそうにない。
聖職者とは思えぬ底意地の悪い笑みを思い出し、ロベニカは身震いしそうな怒りを覚えた。
ところが、一方のトールは、やはり例によって落ち着き払っている。
幸せそうな顔で中華料理を楽しんでいる様を前にすると、家族でリストランテに行った子供時代の気持ちを思い出した。
とはいえ――、
「トール様は、明日の教理局は、心配じゃないんですか?」
好奇心が旺盛で、覚えの早い点は助かったが、いかんせん付け焼き刃である。
ロベニカとしては、不安で仕方がなかった。
「二人で頑張りましたから大丈夫でしょう。あとは、ほら――神頼みと言いますか、ラムダさんにでも頼みましょうよ」
不敬な物言いは困りものであるが、女神を頼る思いは教理局の心証を良くするはずである。
「そうですけど――」
「ところで、ジャンヌ少佐達はどうしたんですか?」
夕食は中華デリバリーと決まり、彼女達も誘っては――と、ロベニカに提案していたのだ。
――やっぱり、デリバリーとはいえ、中華はみんなで食べた方が美味しいからね。
などと、やはり呑気な事を考えていた。
「いえ、一昨日から妙なのですが――」
夜になると、ジャンヌ、マリ、テルミナの三人で出掛けているのだ。
いつの間に意気投合したのだろうかと、ロベニカは不思議に思っていた。
「へえ」
さすがのトールも驚きの声を上げる。
年齢、立場、性格――全てが異なる三人なのだ。
――随分と変わった組み合わせだけど、今回の旅行――いや、出張で親しくなったのかな。
――まあ、みんなが仲良くなるのは良い事だよね。
そんなトールの傍らで、ロベニカは女神に祈っている。
どうか、明日を乗り切れますように、と。
◇
「ちょい離れろや。糞デカい女に挟まれるとイラつくんだぜ」
ダウンタウンエリアの外れにある繁華街の裏通りを歩いていた。
三人とも、常とは全く異なる装いである。
「危ない場所なのですから、私の傍にいた方が良いでしょう」
令嬢然としたジャンヌの応えであるが、露出の多い派手なコーディネートには違和感がある。
マリも普段であれば決して選ばないような出で立ちであった。
「チッ」
自身とは比べものにならない二人の胸元を睨みつけて舌打ちをする。
ジャンヌが言う通り、用心棒代わりに連れて来たのだ。
万が一にも荒事となれば、自分だけでは対応しれきない可能性がある。
テルミナは、己の力量を過信しない。
何より帯剣できない場所に行くため、愛用のバヨネットが無いのも不安要素であった。
「つうか、テメェら何歳なんだよ?どんだけ成長してんだって話しだろ」
「先日、五十二になりましたわ」
「三十歳」
長命のオビタルであるが、第二成長期までは、ホモ・サピエンスと近似した成長過程を辿り三十歳で成人となる。
トールの感覚で表現するならば、そこから非常に長い二十代、三十代を過ごす事になるのだ。
老境の秋風を感じるのは、概ね百五十を過ぎた辺りからであろう。
「チッ」
歳を聞いたテルミナは、再び舌打ちをした。
スラム育ちで幼少期の栄養が不足していたせいか、とテルミナは改めて自身の過去を呪った。
「――あら、あそこではありませんの?」
下らぬ話しをしているうちに、目的地を通り過ぎてしまったらしく、ジャンヌが後方を振り返りつつ言った。
雑多な建築物に挟まれるのようにして、派手な装飾を施された入口がある。
その入口からは、地下へ降りて行く階段が見えた。
入口前では屈強そうな男二人が、入って行く若者たちを監視している。
年齢制限と、ドレスコードがあるのだろう。何より刀剣類の持ち込みは厳禁となっていた。
「G.O.D――ここだな」
剣闘士トジバトルから聞いた店の名前と一致する。
昨夜、テルミナ達は、彼と会っていた。
コロッセウムに押し掛けたところ、トールの随行員という事で面通しが叶ったのだ。
――フレタニティ?
――連中のアジトとか知ってんだろ。教えてくれ。
トールとは異なり、随分と荒々しい幼女だなと思いつつ、子供好きのトジバトルは親切に応じてやることにした。
――知らん。
――貧乏人は、ああいうの好きだろ?
――俺は金持ちになったが、まあ、気持ちは今でも分かるさ。
反政府系組織であるフレタニティは、現状に不満を抱く層を取り込み、帝国全土に広がっていた。
それなりに巨大な組織となっているが、資金源などは不明である。
――だがな、本当にアジトなんて知らんのだ。関わってる連中は何人か知っているが、わざわざお前に告げ口する謂れもないだろ?
ベルニク領邦の憲兵隊が持つ権限など、帝都では通用しない。
テルミナの行動は、何ら法的根拠を持たないのだ。
――そりゃそうだ。
ハナから予想できた成り行きではあるので、あっさりと矛先を引っ込める。
――その代わりと言っちゃなんだけどよ……。
無理筋な手札を先に出しただけの事であった。
――コレが無い奴を知らねぇか?
うなじを叩いた。
――オメェのダチの命が掛かってんだよ。
そうして聞き出したのが、「G.O.D」という名のクラブであった。
「ふざけた名前を付けやがって」
口調とは裏腹に、テルミナは嬉しそうである。
「天罰を喰らわせてやる」
そう言って、意気揚々と入口に向かう。
ジャンヌとマリも、後に続いた。
「ああっと、お嬢ちゃん。ここはね、子供は入れないんだよ」
優しく微笑む屈強な男の顔面に、テルミナの拳が入った。
天罰――なのであろう。
◇
月面基地司令ケヴィン・カウフマン准将は、ようやく見えた月の姿を見てホッと胸を撫でおろす。
――帰ってこれた……。
そう心内で呟くケヴィンは、女神ラムダが住まう船のブリッジにいた。
敵旗艦の鹵獲によってベルニクが得たのは、女神だけでは無かったのである。
女神の能力を解明し切れていない現状からすると、こちらの方がより大きかったかもしれない。
――トールに指示された検証は成功した。
――となると、どうあっても、これは大変な事になるな……。
トールが、どのような利用を想定しているのかは分からないが、帝国におけるベルニク領邦の立ち位置を根本的に変える可能性すらあった。
「わぁ、帰った感じがするね~」
ケヴィンの肩に乗った猫が、嬉しそうな声を上げた。
勿論、彼には理解できないのだが、声音で感情は分かるようになっている。
――お、お喜びになっているのか。理由は見当もつかんが、当面は、俺の裏切り行為も赦されたのかもしれない……。
彼は、瞳を閉じ、人知れず女神に感謝の祈りを捧げた。
「早く、トオルも帰ってこないかな」
――これは、少し悲しそうだな。
思わず猫の頭を撫でたケヴィンであったが、不敬にあたると考え、慌ててその手を引いた。
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