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起[転]承乱結Λ
15話 アナタハ、メガミヲシンジマスカ?
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宗教的な荘厳さを感じさせない、事務的な部屋である。
「ええと、モトカリヤの啓示です」
トールは、教理局の職員が矢継ぎ早に投げかける問いに答えた。
教義の基礎的な知識を量る内容である。
「女神ラムダによる世界創生は何を起点としましたか?」
宗教とは、つまるところ世界の始まりと終わりを定義する物語なのだろう。
ホモ・サピエンス、ホモ・デウス、そしてオビタルが求め続けて来た青い鳥なのだ。
「超越知性体群メーティスによるエクソダス・ルーティンとされています」
トールの回答には、語尾に一抹の不安定さも感じられたが、職員は手順に無い問いは発さなかった。
鬼教官ロベニカによる直前合宿の成果で、全く教義を知らない人物であったと露見する事は無いだろう。
ただし、今回の教理召喚では、あまり意味を為さないはずである。
トール自身の知的好奇心は、合宿で大いに満たされたのだが――。
「――以上で、基礎Iの確認が終わりました。お疲れ様でした」
職員が深々と頭を下げるので、トールも慌てて答礼をした。
教理局に到着して、まず案内されたのがこの部屋である。
誰も同行出来ないという規則であったため、ロベニカは別室にて待機していた。
――意外と手続き通りに進めるんだなぁ。
というのが、トールの感想である。
――着いた瞬間に、異端審問予審送りが決まるのかと思ってたんだけど。
「基礎IIに入る前に、信仰について幾つか簡単に確認させて頂きます」
この場における問答など、結果に何の影響も与えないのだ。
自身を異端審問で罰する事が、教会側の既定路線である、とトールは喝破していた。
彼らの目的も概ね見当が付いているつもりである。
――五十年前のベネディクトゥス星系――ベルツ家と同じなんだろうな。
帝国直轄地となっているベネディクトゥス星系であるが、元来はベルツ家の領邦であった。
領主が異端審問にて断罪された後、聖骸布艦隊と天秤衆が国許を襲ったのである。
ベルツ家は取り潰され、領地は帝国に献納された。
それに合わせて、ベルツ領邦軍とグノーシス異端船団国との会戦記録は、帝国史から抹消されたのだ。
鹵獲した旗艦の行方は不明だが、教会が接収したのであろうとトールは推測している。
当時と似通った状況に、トールとベルニク領邦は置かれていた。
ただし、今般の戦いは、開戦前から大きくメディアで報じられている。
宣戦布告という蛮族らしからぬ行動を取った事と、トールが情報をオープンにしていた為だろう。
――さすがに歴史から抹消するのは無理だよね。
だからといって、教会は信仰を揺るがす危機を看過しない。
鹵獲した敵旗艦と女神――。
いかなる手段を使ってでも手に入れ、闇に葬るつもりなのだ。
教会の行動原理は、単なる組織防衛に留まるものではない。
社会システムの根幹を為す存在として、真実はどうあれ「安定」の供給者に課せられた責務と考えているのかもしれない。
――大人しく従うか。
恭順の意を示し、鹵獲した旗艦を差し出すと約せばどうだろうか?
――口約束じゃ信じないか……。
ベルツ家とて、座して滅びた訳では無いだろう。
彼らは教会と必死の交渉をし、最終的には武力で抵抗したはずである。
自分も同じ轍を踏むのか――自問自答を繰り返し、すでに結論は出した。
アレクサンデル枢機卿との謁見が、最後のひと押しになったとも言える。
領邦を守り、みゆうを救い、そして――。
そうと決まれば、素直に行動しようとトールは考えていた。
必要な嘘であればつくが、無意味なのであれば騙る意味など無いのだ。
「少々、愚かしい質問となり恐縮ですが、定型ですので御許し下さい」
誠実そうな教理局の職員は、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
真実、心からそのように思っているのだろう。
「ええ、どうぞ」
そんな相手の心情が伝わったトールは、清々しい笑顔で応じる。
「あなたは女神ラムダを信じますか?」
女神を信じぬオビタルなどいない。
その慈悲を、その愛を、その存在を否定できる者などいない。
例え異端者であったとしても、女神ラムダの否定は出来なかった。
彼らが想定する異端とは、僅かな背理、教会への不信、オカルティズムへの傾倒――そのようなレベルであったのだ。
ゆえにこそ、ベルニク領邦領主トール・ベルニク子爵の回答は、永久なる異端として職員の記憶に刻み込まれる。
「ボクは、信じてませんね」
◇
照射モニタの映像を見ていたブリジットは、聞き間違いであろうかと天秤衆の一人に反復再生を指示した。
――ボクは、信じてませんね。
教理局最上階に位置する局長室に、不穏な言葉が反芻された。
同席していた局長は口を開いたまま呆然としている。
実際、異端審問予審へ送致する事は、レオ枢機卿の意向により確定していたのだ。
教理召喚など手続き上の要件を満たす為の段取りに過ぎない。
聖レオが異端の疑念を抱くならば、これ即ち異端なのである。
とはいえ――、
「呆れました――。これほどとは」
常に浮かべる柔和な微笑みを忘れ、ブリジットが真顔で呟く。
衆目の予想を遥かに上回る異端ぶりだったのである。
――異端どころか、メーティスの使い魔ではないのか……。
古典宗教における悪魔の役割は、世界から消えた超越知性体群メーティスが負っている。
事象の狭間に存する幽世にて、女神ラムダとオビタルが支配する世界を狙う姿で描かれてきた。
「すぐにでも予審を始めるべきと考えます」
そう言って、ブリジットは椅子から立ち上がり、控えていた天秤衆より愛用のハルバードを受け取ると、柄の先で床を打つ。
激しい打突音は、エロティシズムを感じさせるブリジットの姿に見惚れかけた局長の背筋を伸ばした。
目の前に居るのは、人を文字通りの地獄に堕とせる女なのだ――。
不埒な想念を追い払うべく頭をひと振りした局長は、自身の責務に集中する事にした。
「異端審問予審への送致手続きは、ほぼ終わっております」
予審は数名の大司教で構成される合議であり、教理局より疑義有りとされた人物の最終審理を行う。
審理の結果、疑義が承認されると、女神ラムダの名において異端審問が開かれる。
天秤衆主導で行われる異端審問は、トール・ベルニクを糾弾し、そして断罪する場となるだろう。
「明日にも予審にて、疑義が承認されるでしょう」
と、局長が断言するのも当然であった。
予審の構成員は、ほぼ聖レオに与する大司教なのである。
「手配に感謝を。それでは週内にも異端審問が開けそうですね」
ブリジットとしても、このような俗事は早く終わらせ、信仰と愛の砦に帰りたかった。
――彷徨い逃げた子羊も連れて帰りませんとね……。
彼女は、一瞬だけ妖しい笑みを浮かべるが、すぐに慈愛の中に埋没させた。
恐らくは、女神ラムダとて見逃す刹那の瞬間である。
「では、私共も準備を――」
ブリジットが言い終える直前、唐突に局長室の扉が開く。
案内を伴わず、そして許可も無く、この部屋に立ち入れる人間など限られている。
「事を急くな。――貴様ら天秤共の悪い癖かもしれんが」
緋色の法衣に身を包んだアレクサンデル枢機卿であった。
巨漢を維持するためであるのか、後に続く小姓が菓子皿を持っている。
「これはこれは――猊下」
微笑みは絶やさぬまま、ブリジットの瞳に、聖レオへと向けた眼差しとは異なる感情が浮かぶ。
「都の花への水撒きに忙しい――などと聞き及んでおりますが」
「戯言に時を割くとは愚かなり」
鼻を鳴らし、アレクサンデルは言い捨てた。
「女神ラムダの名において開かれるならば、唯一の代弁者が不在では不味かろう」
「それは――」
教皇不在における異端審問の設置は、過去に例が無いのも事実であった。
「よって――コンクラーヴェの後まで沙汰は延期するほかあるまい。それこそが信仰である」
アレクサンデルは緋色の法衣の袖を振り、小姓の皿から多数の菓子を鷲掴んだ。
「食わぬか――女」
◇
「そんな訳でして、何とかするしか無いんですよ」
仔細を聞いたロベニカの顔面は蒼白であるが、前回の謁見の意味は理解出来た。
「よ、ようは――勝たせろというお話しだったのですね?」
「はい」
異端の烙印を免れるには、悪漢アレクサンデル・バレンシアを、教皇に据えるほかないのである。
「ええと、モトカリヤの啓示です」
トールは、教理局の職員が矢継ぎ早に投げかける問いに答えた。
教義の基礎的な知識を量る内容である。
「女神ラムダによる世界創生は何を起点としましたか?」
宗教とは、つまるところ世界の始まりと終わりを定義する物語なのだろう。
ホモ・サピエンス、ホモ・デウス、そしてオビタルが求め続けて来た青い鳥なのだ。
「超越知性体群メーティスによるエクソダス・ルーティンとされています」
トールの回答には、語尾に一抹の不安定さも感じられたが、職員は手順に無い問いは発さなかった。
鬼教官ロベニカによる直前合宿の成果で、全く教義を知らない人物であったと露見する事は無いだろう。
ただし、今回の教理召喚では、あまり意味を為さないはずである。
トール自身の知的好奇心は、合宿で大いに満たされたのだが――。
「――以上で、基礎Iの確認が終わりました。お疲れ様でした」
職員が深々と頭を下げるので、トールも慌てて答礼をした。
教理局に到着して、まず案内されたのがこの部屋である。
誰も同行出来ないという規則であったため、ロベニカは別室にて待機していた。
――意外と手続き通りに進めるんだなぁ。
というのが、トールの感想である。
――着いた瞬間に、異端審問予審送りが決まるのかと思ってたんだけど。
「基礎IIに入る前に、信仰について幾つか簡単に確認させて頂きます」
この場における問答など、結果に何の影響も与えないのだ。
自身を異端審問で罰する事が、教会側の既定路線である、とトールは喝破していた。
彼らの目的も概ね見当が付いているつもりである。
――五十年前のベネディクトゥス星系――ベルツ家と同じなんだろうな。
帝国直轄地となっているベネディクトゥス星系であるが、元来はベルツ家の領邦であった。
領主が異端審問にて断罪された後、聖骸布艦隊と天秤衆が国許を襲ったのである。
ベルツ家は取り潰され、領地は帝国に献納された。
それに合わせて、ベルツ領邦軍とグノーシス異端船団国との会戦記録は、帝国史から抹消されたのだ。
鹵獲した旗艦の行方は不明だが、教会が接収したのであろうとトールは推測している。
当時と似通った状況に、トールとベルニク領邦は置かれていた。
ただし、今般の戦いは、開戦前から大きくメディアで報じられている。
宣戦布告という蛮族らしからぬ行動を取った事と、トールが情報をオープンにしていた為だろう。
――さすがに歴史から抹消するのは無理だよね。
だからといって、教会は信仰を揺るがす危機を看過しない。
鹵獲した敵旗艦と女神――。
いかなる手段を使ってでも手に入れ、闇に葬るつもりなのだ。
教会の行動原理は、単なる組織防衛に留まるものではない。
社会システムの根幹を為す存在として、真実はどうあれ「安定」の供給者に課せられた責務と考えているのかもしれない。
――大人しく従うか。
恭順の意を示し、鹵獲した旗艦を差し出すと約せばどうだろうか?
――口約束じゃ信じないか……。
ベルツ家とて、座して滅びた訳では無いだろう。
彼らは教会と必死の交渉をし、最終的には武力で抵抗したはずである。
自分も同じ轍を踏むのか――自問自答を繰り返し、すでに結論は出した。
アレクサンデル枢機卿との謁見が、最後のひと押しになったとも言える。
領邦を守り、みゆうを救い、そして――。
そうと決まれば、素直に行動しようとトールは考えていた。
必要な嘘であればつくが、無意味なのであれば騙る意味など無いのだ。
「少々、愚かしい質問となり恐縮ですが、定型ですので御許し下さい」
誠実そうな教理局の職員は、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
真実、心からそのように思っているのだろう。
「ええ、どうぞ」
そんな相手の心情が伝わったトールは、清々しい笑顔で応じる。
「あなたは女神ラムダを信じますか?」
女神を信じぬオビタルなどいない。
その慈悲を、その愛を、その存在を否定できる者などいない。
例え異端者であったとしても、女神ラムダの否定は出来なかった。
彼らが想定する異端とは、僅かな背理、教会への不信、オカルティズムへの傾倒――そのようなレベルであったのだ。
ゆえにこそ、ベルニク領邦領主トール・ベルニク子爵の回答は、永久なる異端として職員の記憶に刻み込まれる。
「ボクは、信じてませんね」
◇
照射モニタの映像を見ていたブリジットは、聞き間違いであろうかと天秤衆の一人に反復再生を指示した。
――ボクは、信じてませんね。
教理局最上階に位置する局長室に、不穏な言葉が反芻された。
同席していた局長は口を開いたまま呆然としている。
実際、異端審問予審へ送致する事は、レオ枢機卿の意向により確定していたのだ。
教理召喚など手続き上の要件を満たす為の段取りに過ぎない。
聖レオが異端の疑念を抱くならば、これ即ち異端なのである。
とはいえ――、
「呆れました――。これほどとは」
常に浮かべる柔和な微笑みを忘れ、ブリジットが真顔で呟く。
衆目の予想を遥かに上回る異端ぶりだったのである。
――異端どころか、メーティスの使い魔ではないのか……。
古典宗教における悪魔の役割は、世界から消えた超越知性体群メーティスが負っている。
事象の狭間に存する幽世にて、女神ラムダとオビタルが支配する世界を狙う姿で描かれてきた。
「すぐにでも予審を始めるべきと考えます」
そう言って、ブリジットは椅子から立ち上がり、控えていた天秤衆より愛用のハルバードを受け取ると、柄の先で床を打つ。
激しい打突音は、エロティシズムを感じさせるブリジットの姿に見惚れかけた局長の背筋を伸ばした。
目の前に居るのは、人を文字通りの地獄に堕とせる女なのだ――。
不埒な想念を追い払うべく頭をひと振りした局長は、自身の責務に集中する事にした。
「異端審問予審への送致手続きは、ほぼ終わっております」
予審は数名の大司教で構成される合議であり、教理局より疑義有りとされた人物の最終審理を行う。
審理の結果、疑義が承認されると、女神ラムダの名において異端審問が開かれる。
天秤衆主導で行われる異端審問は、トール・ベルニクを糾弾し、そして断罪する場となるだろう。
「明日にも予審にて、疑義が承認されるでしょう」
と、局長が断言するのも当然であった。
予審の構成員は、ほぼ聖レオに与する大司教なのである。
「手配に感謝を。それでは週内にも異端審問が開けそうですね」
ブリジットとしても、このような俗事は早く終わらせ、信仰と愛の砦に帰りたかった。
――彷徨い逃げた子羊も連れて帰りませんとね……。
彼女は、一瞬だけ妖しい笑みを浮かべるが、すぐに慈愛の中に埋没させた。
恐らくは、女神ラムダとて見逃す刹那の瞬間である。
「では、私共も準備を――」
ブリジットが言い終える直前、唐突に局長室の扉が開く。
案内を伴わず、そして許可も無く、この部屋に立ち入れる人間など限られている。
「事を急くな。――貴様ら天秤共の悪い癖かもしれんが」
緋色の法衣に身を包んだアレクサンデル枢機卿であった。
巨漢を維持するためであるのか、後に続く小姓が菓子皿を持っている。
「これはこれは――猊下」
微笑みは絶やさぬまま、ブリジットの瞳に、聖レオへと向けた眼差しとは異なる感情が浮かぶ。
「都の花への水撒きに忙しい――などと聞き及んでおりますが」
「戯言に時を割くとは愚かなり」
鼻を鳴らし、アレクサンデルは言い捨てた。
「女神ラムダの名において開かれるならば、唯一の代弁者が不在では不味かろう」
「それは――」
教皇不在における異端審問の設置は、過去に例が無いのも事実であった。
「よって――コンクラーヴェの後まで沙汰は延期するほかあるまい。それこそが信仰である」
アレクサンデルは緋色の法衣の袖を振り、小姓の皿から多数の菓子を鷲掴んだ。
「食わぬか――女」
◇
「そんな訳でして、何とかするしか無いんですよ」
仔細を聞いたロベニカの顔面は蒼白であるが、前回の謁見の意味は理解出来た。
「よ、ようは――勝たせろというお話しだったのですね?」
「はい」
異端の烙印を免れるには、悪漢アレクサンデル・バレンシアを、教皇に据えるほかないのである。
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