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起[転]承乱結Λ
26話 イリアム攻防。
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宰相エヴァン・グリフィス公爵――。
彼本来の計画では、女帝崩御に伴い自身が実権を握り、ベネディクトゥスの叛乱を迅速に収めてみせることで己の権勢を強めるはずであった。
聖レオが教皇となっていれば、教会も強力な後ろ盾となっただろう。
無論、エヴァンの与り知らぬことではあるが、トールの知る物語によれば、先の計画通りに事は運ばず群雄割拠の時代を迎える。
ともあれ、コンクラーヴェにおける彼の計画は潰えた。
女帝ウルドは存命であり、新教皇は悪漢アレクサンデルとなったのだ。
その結果が、今である。
「無辜の民が――痛ましいことです」
照射モニタで報道を見ずとも、窓から帝都の様子を一望できる。
憂いを帯びた瞳で外を眺めていた美しい女が、つと目元を抑え呟いた。
漆黒のローブ・デコルテを纏うことで強調される彼女の豊かな胸元に、Λを二つ重ねた意匠の黄金が鈍く輝く。
イリアム宮と帝都を見下ろす丘陵に建てられた邸宅は、歴代女帝が退位後に暮らす為に用意されている。
その邸宅に在る広い客間に、五人の男達がいた。
エヴァン、聖レオ、二人の選帝侯――いまひとりは、深くフードを被り貌を見せていない。あるいは女なのかもしれない。
フードを被った者以外は、何れも銀の冠がある。
彼らは一様に、窓の前に立つ女に、その頭を垂れ跪いていた。
「ゆえにこそ、早く終わらせねばなりません」
女が言った。
「はい」
と、エヴァンが応えを返す。
「帝都に残るは近衛師団のみでございます。また、既に銀獅子が巣穴を出ました」
ユディトポータルを抜けた叛乱軍の艦隊を討つため、銀獅子艦隊はエゼキエル第三基地を発っていた。
距離からすれば、すでに接敵し交戦状態にあってもおかしくない。
「イリアム宮を守る近衛師団については、半数ほど宇宙港へ回さざるを得なくなるでしょうし、治安当局の動きも鈍らせております」
敵艦隊には、多数の軌道揚陸艦が存在する。
銀獅子が打ち漏らす可能性を考慮するならば、巨大なゲートを擁するエゼキエル宇宙港への揚陸を警戒し、イリアム宮から近衛師団の多くを割くほかなくなるだろう。
頼りにならぬ治安当局に苛立ちつつ、禁衛府長官は、苦渋の決断を下すことになる。
「これで、外患にて討てましょう」
コンクラーヴェによる閉居は、トラッキングシステムとEPRネットワークから隔絶される。
この、千載一遇の機会を逃したがゆえ、叛乱軍を使う運びとなった。
彼らが女帝を血祭に上げた後、絶望の帝都へグリフィス領邦軍が駆け付ける。
新たな支配体制を敷いて、本来の計画を軌道に乗せねばならない。
「ですが、万が一にも遺漏なきよう、私も宮へ向かいます」
何れにしても、女帝は廃さねば、やがて災いが訪れるのだ。
ゆえに、いざとはなれば、エヴァンは汚名を着る覚悟もある。
また、女帝弑逆以外にも為すべきことがあった。
「早まってはなりませんよ、エヴァン」
彼の意図に気付いた女は、儚げな顔で諭すように告げた。
「あなたが頼りなのです」
言いながら、女はバイオレットの髪を鋤きながら瞳を閉じた。
かつて、至極の銀冠と謳われた面影はもはや無い。
◇
イリアム宮の敷地内にある発着場から、多数の軍用輸送機が飛び立ったのは数時間前のことだ。
師団隷下に在る二連隊、つまり半数がエゼキエル宇宙港防衛の任に向かったのである。
残る二連隊でイリアム宮の守護に就くこととなった。
とはいえ、残った師団長は何の懸念も抱いていなかったのだ。
迫る暴徒は刀剣も扱えず、パワードスーツの装備も無い民草なのである。
治安当局が敷いた凱旋通りの封鎖を、まず抜けられない。
よしんば抜けたとして、イリアム宮へ押し入るには、近衛師団が堅守する正門を破らねばならない。
ナノ合金製のパワードスーツに身を包み、生身の相手を効率よく殺傷するためクリスを装備している我らの敵ではない――と師団長は考えていた。
「どういうことだああああッ!!!!」
既に正門を抜かれ、周囲では絶望的な剣戟が繰り広げられている。
「糞糞糞ッ!!」
辺り構わず悪態を吐きながら、向かい来るパワードスーツを装着した敵勢を呪った。
波打つ細いレイピアのような刀剣は、生身の相手を刺し殺すなら役に立つ。
だが、パワードスーツの装甲を貫くには十分な剛性を持たない。
他方の敵勢は、メイスを装備した部隊を先行させて装甲をまず破壊する。
そこを、後続の部隊がロングスピアで貫くという連携で、確実に近衛師団の兵力を削いでいた。
集団として訓練された兵士の戦い方であり、民草などで無いのは明白であった。
――こちらの兵力が分散するのを待っていたのだ……。
師団長はクリスを振るいながら、心中で歯噛みをする。
訓練された叛乱軍は、暴徒が起こす騒ぎに紛れ、機を待ち潜んでいた。
軍用輸送機がエゼキエル宇宙港に到着した頃合いで、暴徒を押しのけ、封鎖戦を抜け、そして今ここに在る。
宇宙港の連隊を呼び戻そうとしたが、禁衛府長官の横槍が入り却下された。
――軌道揚陸の懸念がある。残兵で死守せよ。
結局のところ文官貴族は戦を知らん、と師団長は内心に怒りを抱えている。
――しかし、どこの連中なのだ?
叛乱軍らしく、旗印も無ければ徽章も付けていない。
遠隔モニタしている情報部に、トラッキングシステムを使い生体情報から走査させたが、帝都在住者ではないとの回答しか得られなかった。
とはいえ、生死を前にすれば、敵勢の正体など直ぐにどうでも良くなる。
――ともかく突き殺すッ!
死なぬため、軟なクリスでメイスを弾き、装甲の接合部を狙って突きまくる以外の手札が無かった。
後背に残存部隊は既に無く、ここを抜かれればイリアム宮への侵入を許してしまう。
内裏に親衛隊はあれど、守り切れるか否か微妙なところであろう。
治安当局がまともであれば、空挺団を出して女帝を救助すべき状況である。
――裏切り者がいるのだ……。
不運な師団長は、絶望と怒りの狭間にあった。
「師団長殿――お引きく――」
前方に居た副官が、叫ぶ途中でスピアに喉を貫かれた。
こうして、気付けば周囲に在るのは敵兵ばかり――。
「――許せ、エリーゼ」
彼は死に際を悟り、刃こぼれ激しいクリスを眼前に構える。
その時――、
「え?」
耳馴染みのない旋回音が上空で響いた。
◇
数日前、帝国公領各地で叛乱が勃発した日のことだ。
ロスチスラフのお供でトールの元を訪れたドミトリであったが、妙な依頼を受けている。
――車両と飛行船?
――はい。
さらに、彼は二つの注文を追加した。
何れも、EPRネットワークから独立し、自動運転ではないこと。
飛行船は慣性制御ではなく、楊力で飛び垂直離陸とホバリングが可能であること。
――まあ、何とかなるでしょうが。理由を窺っても?
――犯罪者を乗せるためですよ。
アハハ、と呑気に笑って言われても困る内容であったが、ロスチスラフが了承したため、急ぎ調達した次第である。
世の中には、妙なマニアというものが存在するのだ。
「のどかな場所ですな」
玄関口まで出て来たトールに告げる。
屋敷の持ち主は調べていないが、趣味は悪くないな、とドミトリは思った。
だが、やたらと騒がしい女達の声が響いてくるのは頂けない。
――こ、この誘拐犯ども――ブリジット様に言いつけてやるんだからッ!
――はん。ヘンタイ微笑みババアが何だって、ああん?
ドミトリは、最近の若い女の言葉遣いについて一家言持つ男だ。
「車両はお役に立ったようで」
至るところに傷痕と凹みがある点は気になったが――。
持ち主が気難しい老人であった事を思い出し、少しばかり気が重くなる。
「で、もうひとつも、あちらに――」
などと言わずとも、既にトールの視界に入っていた。
巨大なティルトローター機が、屋敷の眼前に着陸しているのだ。
ドミトリ自身も、この機体で、ここまで飛んで来たのである。
「わぁ、ホントにありがとうございます。ドミトリさん」
「構いませんが――ただ、やはり、正気の沙汰とは思えませんな」
他領邦の主に向かって失礼な物言いであったが、今回ばかりは彼にもその権利があるように思われた。
何しろ、この犯罪に同行する羽目になっているのだ。
「いやぁ、でも好機なんですよ」
続く言葉を聞いたドミトリは、主人ロスチスラフの直感が正しかったと悟る。
「今なら何をやっても、正義の味方になれるんですから」
彼本来の計画では、女帝崩御に伴い自身が実権を握り、ベネディクトゥスの叛乱を迅速に収めてみせることで己の権勢を強めるはずであった。
聖レオが教皇となっていれば、教会も強力な後ろ盾となっただろう。
無論、エヴァンの与り知らぬことではあるが、トールの知る物語によれば、先の計画通りに事は運ばず群雄割拠の時代を迎える。
ともあれ、コンクラーヴェにおける彼の計画は潰えた。
女帝ウルドは存命であり、新教皇は悪漢アレクサンデルとなったのだ。
その結果が、今である。
「無辜の民が――痛ましいことです」
照射モニタで報道を見ずとも、窓から帝都の様子を一望できる。
憂いを帯びた瞳で外を眺めていた美しい女が、つと目元を抑え呟いた。
漆黒のローブ・デコルテを纏うことで強調される彼女の豊かな胸元に、Λを二つ重ねた意匠の黄金が鈍く輝く。
イリアム宮と帝都を見下ろす丘陵に建てられた邸宅は、歴代女帝が退位後に暮らす為に用意されている。
その邸宅に在る広い客間に、五人の男達がいた。
エヴァン、聖レオ、二人の選帝侯――いまひとりは、深くフードを被り貌を見せていない。あるいは女なのかもしれない。
フードを被った者以外は、何れも銀の冠がある。
彼らは一様に、窓の前に立つ女に、その頭を垂れ跪いていた。
「ゆえにこそ、早く終わらせねばなりません」
女が言った。
「はい」
と、エヴァンが応えを返す。
「帝都に残るは近衛師団のみでございます。また、既に銀獅子が巣穴を出ました」
ユディトポータルを抜けた叛乱軍の艦隊を討つため、銀獅子艦隊はエゼキエル第三基地を発っていた。
距離からすれば、すでに接敵し交戦状態にあってもおかしくない。
「イリアム宮を守る近衛師団については、半数ほど宇宙港へ回さざるを得なくなるでしょうし、治安当局の動きも鈍らせております」
敵艦隊には、多数の軌道揚陸艦が存在する。
銀獅子が打ち漏らす可能性を考慮するならば、巨大なゲートを擁するエゼキエル宇宙港への揚陸を警戒し、イリアム宮から近衛師団の多くを割くほかなくなるだろう。
頼りにならぬ治安当局に苛立ちつつ、禁衛府長官は、苦渋の決断を下すことになる。
「これで、外患にて討てましょう」
コンクラーヴェによる閉居は、トラッキングシステムとEPRネットワークから隔絶される。
この、千載一遇の機会を逃したがゆえ、叛乱軍を使う運びとなった。
彼らが女帝を血祭に上げた後、絶望の帝都へグリフィス領邦軍が駆け付ける。
新たな支配体制を敷いて、本来の計画を軌道に乗せねばならない。
「ですが、万が一にも遺漏なきよう、私も宮へ向かいます」
何れにしても、女帝は廃さねば、やがて災いが訪れるのだ。
ゆえに、いざとはなれば、エヴァンは汚名を着る覚悟もある。
また、女帝弑逆以外にも為すべきことがあった。
「早まってはなりませんよ、エヴァン」
彼の意図に気付いた女は、儚げな顔で諭すように告げた。
「あなたが頼りなのです」
言いながら、女はバイオレットの髪を鋤きながら瞳を閉じた。
かつて、至極の銀冠と謳われた面影はもはや無い。
◇
イリアム宮の敷地内にある発着場から、多数の軍用輸送機が飛び立ったのは数時間前のことだ。
師団隷下に在る二連隊、つまり半数がエゼキエル宇宙港防衛の任に向かったのである。
残る二連隊でイリアム宮の守護に就くこととなった。
とはいえ、残った師団長は何の懸念も抱いていなかったのだ。
迫る暴徒は刀剣も扱えず、パワードスーツの装備も無い民草なのである。
治安当局が敷いた凱旋通りの封鎖を、まず抜けられない。
よしんば抜けたとして、イリアム宮へ押し入るには、近衛師団が堅守する正門を破らねばならない。
ナノ合金製のパワードスーツに身を包み、生身の相手を効率よく殺傷するためクリスを装備している我らの敵ではない――と師団長は考えていた。
「どういうことだああああッ!!!!」
既に正門を抜かれ、周囲では絶望的な剣戟が繰り広げられている。
「糞糞糞ッ!!」
辺り構わず悪態を吐きながら、向かい来るパワードスーツを装着した敵勢を呪った。
波打つ細いレイピアのような刀剣は、生身の相手を刺し殺すなら役に立つ。
だが、パワードスーツの装甲を貫くには十分な剛性を持たない。
他方の敵勢は、メイスを装備した部隊を先行させて装甲をまず破壊する。
そこを、後続の部隊がロングスピアで貫くという連携で、確実に近衛師団の兵力を削いでいた。
集団として訓練された兵士の戦い方であり、民草などで無いのは明白であった。
――こちらの兵力が分散するのを待っていたのだ……。
師団長はクリスを振るいながら、心中で歯噛みをする。
訓練された叛乱軍は、暴徒が起こす騒ぎに紛れ、機を待ち潜んでいた。
軍用輸送機がエゼキエル宇宙港に到着した頃合いで、暴徒を押しのけ、封鎖戦を抜け、そして今ここに在る。
宇宙港の連隊を呼び戻そうとしたが、禁衛府長官の横槍が入り却下された。
――軌道揚陸の懸念がある。残兵で死守せよ。
結局のところ文官貴族は戦を知らん、と師団長は内心に怒りを抱えている。
――しかし、どこの連中なのだ?
叛乱軍らしく、旗印も無ければ徽章も付けていない。
遠隔モニタしている情報部に、トラッキングシステムを使い生体情報から走査させたが、帝都在住者ではないとの回答しか得られなかった。
とはいえ、生死を前にすれば、敵勢の正体など直ぐにどうでも良くなる。
――ともかく突き殺すッ!
死なぬため、軟なクリスでメイスを弾き、装甲の接合部を狙って突きまくる以外の手札が無かった。
後背に残存部隊は既に無く、ここを抜かれればイリアム宮への侵入を許してしまう。
内裏に親衛隊はあれど、守り切れるか否か微妙なところであろう。
治安当局がまともであれば、空挺団を出して女帝を救助すべき状況である。
――裏切り者がいるのだ……。
不運な師団長は、絶望と怒りの狭間にあった。
「師団長殿――お引きく――」
前方に居た副官が、叫ぶ途中でスピアに喉を貫かれた。
こうして、気付けば周囲に在るのは敵兵ばかり――。
「――許せ、エリーゼ」
彼は死に際を悟り、刃こぼれ激しいクリスを眼前に構える。
その時――、
「え?」
耳馴染みのない旋回音が上空で響いた。
◇
数日前、帝国公領各地で叛乱が勃発した日のことだ。
ロスチスラフのお供でトールの元を訪れたドミトリであったが、妙な依頼を受けている。
――車両と飛行船?
――はい。
さらに、彼は二つの注文を追加した。
何れも、EPRネットワークから独立し、自動運転ではないこと。
飛行船は慣性制御ではなく、楊力で飛び垂直離陸とホバリングが可能であること。
――まあ、何とかなるでしょうが。理由を窺っても?
――犯罪者を乗せるためですよ。
アハハ、と呑気に笑って言われても困る内容であったが、ロスチスラフが了承したため、急ぎ調達した次第である。
世の中には、妙なマニアというものが存在するのだ。
「のどかな場所ですな」
玄関口まで出て来たトールに告げる。
屋敷の持ち主は調べていないが、趣味は悪くないな、とドミトリは思った。
だが、やたらと騒がしい女達の声が響いてくるのは頂けない。
――こ、この誘拐犯ども――ブリジット様に言いつけてやるんだからッ!
――はん。ヘンタイ微笑みババアが何だって、ああん?
ドミトリは、最近の若い女の言葉遣いについて一家言持つ男だ。
「車両はお役に立ったようで」
至るところに傷痕と凹みがある点は気になったが――。
持ち主が気難しい老人であった事を思い出し、少しばかり気が重くなる。
「で、もうひとつも、あちらに――」
などと言わずとも、既にトールの視界に入っていた。
巨大なティルトローター機が、屋敷の眼前に着陸しているのだ。
ドミトリ自身も、この機体で、ここまで飛んで来たのである。
「わぁ、ホントにありがとうございます。ドミトリさん」
「構いませんが――ただ、やはり、正気の沙汰とは思えませんな」
他領邦の主に向かって失礼な物言いであったが、今回ばかりは彼にもその権利があるように思われた。
何しろ、この犯罪に同行する羽目になっているのだ。
「いやぁ、でも好機なんですよ」
続く言葉を聞いたドミトリは、主人ロスチスラフの直感が正しかったと悟る。
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