本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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起[転]承乱結Λ

44話 英雄の誕生。

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「フェリクス総督府、どうなってますかね」

 通常ドライブに入った船窓から、軌道上の帝都を見ながら言った。

「トール様、総督府ではなく――」

 向かい側に座る首席秘書官ロベニカ・カールセンは、空間照射で調べ物をしながら答える。

 改めて彼女のかおを見ると、少し痩せてしまったようにトールは感じた。
 だが、それも当然だろう。この数カ月、彼女は激務の極みにあったのだ。

 急激に増えた移民、人材登用、組織改革などの内事と、新生派帝国、教会、他領邦などの外事に至るまで、トールが示す方針に基づき、あらゆる調整と後始末に追われていた。

 間違いなくロベニカには休暇が必要なのだ。

「――オリヴィア宮です」

 フェリクス総督府は、オリヴィア宮と呼称を改めている。

 イリアム宮には遠く及ばぬとはいえ、女帝の宮として恥じぬよう、現在も改装工事が進められていた。
 権力と権威は、形で知ろ示す必要がある。

「あれ以来――ですわね」

 ロベニカの隣席に座るジャンヌ・バルバストルが感慨深げに告げた。
 
 ホワイトローズで突貫し、帰路は砲撃からの逃避行――前回とは異なり真に安全な旅路である。
 だが、今日この日の為に、散った数多あまたの命があった。

 ジャンヌは窓に額を当て、その瞳を閉じる。

 敵、味方、善、悪――この愚かな世を生んだ罪に比べれば如何ほどであろうか。
 ゆえに、全てがヴァルハラへ召されるよう祈った。

「――つうか、何だってあーしまで呼ばれてんだよ?」

 トールの座るシートの背後から、テルミナ・ニクシーが顔を出した。

「テルミナ少尉も大活躍でしたよ。ドミトリさんも褒めてましたから」

 ジャンヌと共にプロヴァンス女子修道院で犯罪的な任務を果たした。

 また、新教皇アレクサンデルからの救援要請に応じ、その命を救っている。
 この功があり、ベルニクと教会の絆は、トールとアレクサンデルの貸し借りに止まらなくなった。

 教理局、そして天秤衆との遺恨は残ったままであるが――。

「――う、うるせぇな。仕事だし。あと、少尉じゃねーし」

 彼女は軍属を解かれている。

 憲兵司令部特務課を出て、新設された組織の長となっていた。
 トールが直轄する情報機関であるが、その名は何れ記そう。

「危ない。座って」

 冷静な声がした後、テルミナの顏が消えた。

「こら、糞メイド」

 テルミナの隣に座るメイドのマリは、領地無しの一代貴族に叙され女男爵となる。
 
 トールが、ベルツ家の名誉回復を進言した為であるが、従来通りフィッシャー姓を名乗るようだ。
 また、貴族でありながらメイドとなるのも歴史上初めてであろう。

 女男爵メイド、マリーア・フィッシャーの誕生である。

「閣下――」

 トールの隣に座るケヴィン・カウフマンが恐々と告げる。

「――猫様なのですが、本当に置いてきて宜しかったのでしょうか」

 みゆうは月面基地に在った。

「艦隊戦は無いですし――」

 護送目的で飛ぶ憲兵司令部付きの軍用機に乗り合わせているのだ。
 後部に在る収監エリアには、犯罪者二名が拘禁されている。

 無論、領主が乗艦するような船ではないが、旅客船で気を使われるのをトールが面倒がったのである。

「――太陽系とベネディクトゥスでは光速通信も無理ですから」

 ポータルでは隣の星系だが、実際の距離は遥か遠い。

「ただ、帰ったら当分は一緒ですよ」

 調査研究チームから、大きな収穫があったとの報告が上がってきている。
 今回の出張が終われば、月面基地にて成果を確認する予定であった。

「は、はあ――お願いします」

 ケヴィンが噛み傷の絶えぬくびを撫でながら言ったところで、ロベニカが嬉しそうな声を上げる。

「あ、トール様。ここにしましょ!」

 ようやく、照射モニタから目を反らしトールを見た。

「何がです?――いや、そういえば、ずっと何を見てたんですか?」

 前回は、確か人材調査をしてたな、とトールは既視感を覚えつつ尋ねた。

「美味しいモノを食べれそうな所を探してたんです」

 そう微笑むロベニカを見て、トールは嬉しくなった。

 ――長期休暇は無理だけど、せめて美味しいモノを食べてもらわないとね。

 トール・ベルニクは、首席秘書官に痩せてなど欲しく無いのだ。
 なお、健康面を気遣った配慮であり、他意が無いことは強く申し添えておく。

 ◇

「相変わらず、奇矯なふねが好きなのだな」

 フェリクス宇宙港の貴賓ロビーで待っていたロスチスラフが言った。
 憲兵司令部付きの軍用機を指しての発言であろう。

「ええ、まあ」

 トールは窓の外を見ながら、生返事を返す。
 管制センターの火災が治まっている事を念のため確認していたのだ。

 ――さすがのジャンヌ少佐でも万年続く――は無理だよね。

 そのジャンヌも含めトール以外は、既に貴賓ロビーを出て専用車に向かっていた。
 首席秘書官のロベニカだけが、少し離れた場所でトールを待っている。

 ロスチスラフの表情から、秘事であろうと気を利かせたのだ。

「それは良いが――儂がわざわざと待っておった理由を尋ねんのか?」

 ロスチスラフは探るような目線をトールに送る。

 オソロセア領邦の領主であり、新生派帝国の元老に名を連ねる男が、主人を出迎えるかの如くフェリクス宇宙港で待ち構えていたのだ。
 新生派帝国は宰相を置かず、三名の元老を任じ女帝の相談役として配している。

「わざわざ、ありがとうございます。ええと――」

 何の用だろうか、とトールは考えた。

 三人娘との食事会は、互いに多忙の極みにあり未だ果たされていない。
 とはいえ、その件で彼が宇宙港で待つとも思えなかった。

「――分かりません」
「だろうな」

 少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。
 トールに予期できぬ事があるのを、確かめたかったのかもしれない。

「今日には間に合わぬが、近いうちに参内するのが内定した」
「え、まさか――」

 女帝ウルドより、ロスチスラフに一任されていた事案がある。

「グノーシス異端船団国――では不味いな、グノーシス船団国の使節団が参る」

 この報を、トールは大変に喜んだ。

 ルチアノグループとの約を果たせるだけでなく、新生派オビタル帝国にとって切り札となり得る味方を得たと考えていた。

「且つ、単なる使節団ではない。執政官が率いて来るのだ」

 執政官とは、共和制を敷く彼の国における最高権力者である。

「とはいえ、忌避する面々も多い。ゆえ、伯と先に密議を――とな」

 ロスチスラフが密議をする理由はそれだけでは無い。
 この慶事において、最も旨味のある果実を二人で分け合おうという腹なのである。

 味方となる虎ならば、今少し牙を磨かせる必要があった。

 ◇

「法的根拠を問うても無駄であろうな」

 訳の分からぬ奇声を上げる兄の隣で、ウルリヒ・ベルツがトールに告げた。

 ベルツ家の屋敷から総督府となり、今はオリヴィア宮に生まれ変わろうとしている場所で、中庭に在る釣鐘状の建築物はそのままの姿で残されている。

 マリと並び立つトールは、静かな声音でこたえた。

「これは復讐なので犯罪です。記録上は取り繕うつもりですけど」

 ウルリヒの人生を紐解けば、斟酌しんしゃくすべき事情はある。
 トールの命を狙った兄ルーカスとて同様である。

 だが、それは全てのサピエンスに言える事だ。

 復讐が無駄である、などと賢し気にトールは語るつもりなど無かった。

「では、お願いします」

 何人かの兵士が、ウルリヒとルーカスを台座に引き立てていく。

「――殺せッ!いっそ殺せッ!!」

 時の進まぬ牢獄で、悔恨と呪いを抱えて生きる。

「その拘束具は、一定時間後に解除されますよ。あ、抗エントロピー場の影響が――いや、でも全ては相対的なんですよね――うん。だから、大丈夫です」

 何が大丈夫なのかは不明であるが、いつかは自由の身となるのだろう。

 ――食べ物は、海釣り――あ、釣り竿ぐらい渡せば良かったな。
 ――水ッ!水はどうするんだ?

 などと考えたが、時は既に遅い。
 ウルリヒと兄ルーカスは、呪詛と奇声の残響音を残して消えた。

 周囲に控えていた工作兵が、台座上部にタングステンブロックを積んでいく。
 さらにナノジェルで固める工程を手早く進めた。

 帰還を阻害する為だが、無理に帰還するとどうなるかは誰にも分からない。

「マリ、これを」

 そう言って、トールは真鍮製の鍵を渡す。

「この建物は残すよ。扉は錠前になってる」

 生体認証とはしなかったのだ。

「この鍵は、マリが預かるんだ」

 彼女は受け取った鍵を手の平で包み、胸に押しあて抱きしめるようにした。
 瞳は閉じず、トールを見詰めたままに告げる。

「――ありがとう」

 マリーア・ベルツの復讐を証す鍵であり、トール・ベルニクへの永久とわを誓う鍵ともなった。

 ◇

 謁見の間は、かつてほどの豪奢さは無い。
 廷臣、女官、官吏共々、銀頭以外の者は増えたが総数は減じている。

 また、女帝の隣に立つのは美丈夫の宰相ではなく、腹黒いと高名な元老であった。
 元老は他に二人いたが、ウルドの脇に立つ栄を授かったのは彼なのである。
 
 とはいえ、玉座に在る女帝ウルドからすれば、どうでも良い話しであった。

 丹念に結い上げた銀色の頂きに、黄金の小さな冠を載せている。
 朱色のドレスを纏い、大きく開いた肩は白磁の輝きを放つ。

 その佇まい、凛々しくも至極の美である。

「ロスチスラフ」
「はい」

 居並ぶ廷臣、女官、衛兵たちには聞こえぬ声でウルドが囁く。

「余はな、田舎領主――あれをたらすつもりじゃ」
「は――たらす?」

 たらす、とは己の魅力で虜にしようという意であろう。

 市井の小娘が使うような言説を聞いたロスチスラフは訝しがる。

「日はかかろうが、これは手始めじゃ」

 今日は、新生派オビタル帝国にとって、重用事を宣する日であった。
 ウルドの不埒な目論見を叶える日などでは無い。

「宰相を辞し、元老を辞し、あらゆる役を断りよる」

 生憎と領邦の務めが多忙ゆえ、などと伯への叙任以外は断り続けていた。

 功を立て、一挙に政権中枢に近付きながら、ロスチスラフの陰に隠れるよう動いているのだ。
 今日に至るまでオリヴィア宮にも姿を現さなかった。

 この辺り、トールなりの政略であったのだが、ウルドにすれば腹立たしい。

「ベルニク領邦領主、トール・ベルニクが参りました」

 侍従が、客人の到来を告げた。

「――通すが良い」
 
 弾みそうになる声音を、鋼の意思で抑えいらえる。

 他方のトールであるが――、
 
「あ、どうも。ありがとうございます」

 やはり、大扉を開けた衛兵に、律儀に頭を下げて礼を言っていた。
 
 侍従に先導され赤絨毯を歩き、女帝ウルドの前へと歩み至る。
 次いで、片膝を立て頭を垂れた。

 それを見下ろしウルドが言う。

「名を口上せよ。許す」

 トールがおもてを上げると、妖しくも怜悧に煌めくウルドの瞳があった。

「ベルニク家が当主、トール・ベルニクでございます。お目通りが叶い光栄に存じます、ウルド陛下」

 起[転]承乱結Λ.....了
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