本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

文字の大きさ
198 / 230
起転承[乱]結Λ

57話 ヴァルプルギスの夜。

しおりを挟む
 特別な夜には前触れがない。

 旧帝都エゼキエル──。
 
 かつてトジバトル・ドルゴルがオーナーであったクラブ「G.O.D」は新たなオーナーの元で現在も相変わらず盛況である。

 良家の子女が手軽に冒険心を満たせるというブランドの確立もさる事ながら、クラブ専属の歌い手となったエリの存在も集客に寄与していた。

 バイオレットの魔女──異端の疑惑を招きかねない二つ名は彼女のさまを良く表している。

 黒いボディコンシャスのワンピースに身を包み、先の尖った帽子から零れるバイオレットの髪を揺らし歌うのだ。

 先般の快気祝いにて、銀冠を喪った太上帝の髪色もバイオレットであると大衆が知るところとなり、益々と歌い手エリの神秘性を高める結果となっていた。

「ねぇ、ダニー。ん──ちょっと──どこ見てるのよっ!」
「──え?──痛ててっ」

 脇を通り過ぎた二人組の美女に気を取られていた男は、隣にいた女に耳をつねられると大仰に痛がって見せた。

「魔女の歌を聞きたいっていうから付き合ってあげたのに、まったくあんたってひとは──」
「ご、ごめん」

 イーゼンブルクの片田舎を出て旧帝都の大学へ通う二人は、同郷のよしみもあり急速に仲を深めたのだが、女は男の浮薄な気性を気に病んで友人等に相談していた。

「──いや、でもやっぱりエリ様は最高だよね」

 これでは、話題を変える為の取って付けたような台詞だと考え、男はさらに言葉を続けた。

「何を歌っているのか、意味が分かんないところがいいんだ」
「──そ、そう?」
「耳心地は良いけど──ほら、俺達の会話が邪魔されないだろ」

 アップテンポな曲に乗せて放たれるエリの歌声は、心地良く耳に残りはするがオビタルには理解できない音節の羅列である。
 その為、聞く者のウェルニッケ中枢に働き掛けないのだろう。

「あ、なるほど──」

 バイオレットの魔女が持つ魅力を、上手く言語化したものだと彼女が感心した時の事である。

 唐突にフロアを圧していた楽曲が消えてしまった。

 ステージ上で歌っていたエリも、不審そうな表情を浮かべて口を閉ざす。

 こうして数舜の間、フロアは異様な静けさに包まれていたのだが──、

 ──"機器トラブル?"
 ──"おいおい、エリ様の歌が終わっちまったじゃねぇか。"
 ──"早く何とかしてくれよっ!"

 客達は口々に不満と疑問を声高に叫び始める。イーゼンブルクの片田舎から出て来た二人の男女も同様だった。

「ちょっと、スタッフは何やってんのよ!」
「エリ様、頑張れえええ!!」

 そうした喧騒の中、魔女の宴と外界を隔てていた巨大な二枚扉が開け放たれ、エントラスエリアに在る高輝度の照明が射し込んで彼等の姿を照らし出した。

「静まれ」

 眩い光を背負い、フロアからは未だ黒い影に見える男が告げた。

「レオ・セントロマである」

 彼の背後には、禍々しい槍部で天を衝く天秤衆が居並んでいる。

 数えたならば二百名程度ではあるのだが、クラブ「G.O.D」の立地する地区全体には数万人の天秤衆が展開されており、信仰の光で罪をあまねえく照らそうと蠢いていた。

「魔女を捕らえるゆえ、邪魔立ては許さぬ」

 そう言ってレオは、ステージ上に立つエリを見据えた。既に出入口は天秤衆が固めており、彼女に逃げる場所など存在しない。

 レオが腕を振ると、彼の脇から数名の天秤が進み出て、そのままステージ上へと向かっていく。

「とはいえ──」

 ようやくエリから目を離したレオは、フロア内の人々をゆっくりとした仕草で睥睨した。

「貴様らは、不敬な名を冠した場にて酒と薬に溺れ、道徳を逸脱した不埒な交わりを求め集い女神の庭を紊乱びんらんさせる屑虫共である。その罪業の深さは鷹の目を持ってしても見通せぬ」

 言い募るほどにレオの瞳は蘭々と輝きを増してゆく。

「さらに言えば価値が無い」

 その言葉を合図とするかの如く、残りの天秤達もフロアへと雪崩れ込んだ。

 悲鳴や怒声は未だ上がっていない。

 あまりにも異常な状況が淡々と進行してしまい、人々は声を上げるいとまも、そして逃亡を試みる契機も無かったのである。

「血で贖え」

 全ての天秤が侵入したのを確認し扉を閉ざしたレオは、二つの取っ手に戦槌を差し込んだ後、自分が口笛を吹いている事に気付いた。

 ◇

 宰相エヴァン公の腰巾着と揶揄されるアダム・フォルツ選帝侯は、自領を代官に任せ旧帝都で暮らす現在の状況を心底から謳歌していた。

 口煩い正妻から離れ、イリアム宮傍に建つフォルツ家別邸を棲家としているが、ほとんどの夜を別邸ではない場所で過ごしていたのだ。

「ねぇ、アダム様」
「──う──ん──どうした?」

 眠りに落ちかけていたアダムは、甘えた口調の愛人によって再び現世に引き戻された。

「あの──私、アダム様にお願いがありますの」

 旧帝都を度々と訪れるようになった頃、さる祝宴で出会った美しい女は、あろうことか先方から言い寄って来たのである。

 製薬事業を営むロイド家に連なる女で十分な資産を持っており、金銭や地位が目的ではなかった。

 以来、女の豪奢な邸宅で秘かな逢瀬を繰り返すうち、色欲に溺れたアダムは自領を捨て置き旧帝都で暮らすようになった次第である。

「ほう?」

 アダムは幾分かの警戒心を抱きつつ返事をした。

 ──まさか、やはり側室にしてくれという話しだろうか?
 ──だとすると面倒な事になるぞ。
 ──が、切るには惜しい女……。

 そう思いながら、褥《しとね》を共にする愛人の横顔を見やった。

 ──本当に似ている……。

 アダム・フォルツが心密かに懸想するイドゥン太上帝にである。

「今宵の事なのですけれど──」
「こ、今宵?」

 側室の件ではないと分かり、アダムは胸を撫でおろした。

「これより先、何が起きましても、私を恨まないで下さいましね」
「あん?」
「──それでは」

 そう言って身を起こした女は、ナイトローブで裸体を覆ってからうなじに触れた。

「どうぞ」

 彼女がそう呟いた瞬間、二人が仮初の愛を育んできた寝室に、ハルバードを構えた天秤達が押し入って来た。

「な、何だ? 貴様──放せっ! 私を──誰だとっ!? ──ひぃぃっ」

 抵抗する間もなく、アダム・フォルツは全裸のまま拘束された。
 
 喉元にはハルバードの斧刃が突き付けられている。

「無論、存じ上げておりますよ」

 全てが終わってから寝室へ入って来たのは、天秤衆総代ガブリエル・ギーだった。

「が、ガブリエルッ!!己は何の権利があってかような狼藉を?」
「権利──と申しますか、これが私共の聖務なのです」
「ならば異端を捕らえよ。わ、私は敬虔な信者であり、多額の喜捨とて──」
「異端の摘発と外道の断罪を大々的に行っております。ご安心めされよ」

 新しき世の到来を祝う今宵の宴は、レオ・セントロマにより企図されたヴァルプルギスの夜である。

「こんな時間にか?」
「夜闇は罪を深くしますゆえ」

 ガブリエル・ギーは白い瞳を細めた。

「ま、まさかとは思うが、私を──異端に──?」

 あの女と出会った瞬間から天秤のてのひらに在ったのだとアダムは気付くが全ては後の祭りである。

「ご返答次第です」

 領邦領主は正妻の他に側室を持つ事も許されるが、何れの立場ともしない愛人は不道徳である。
 異端の俎上に載せられたなら、糾弾されるのは間違いない。

「どうすれば良いのだ。私は」
「なに、簡単な事です。我々は証人を求めているのですよ」
「証人?」
「エヴァン・グリフィスが異端であるとの証人をです」
「──!?」

 想定外の名前を聞いたアダムは、発すべき言葉を喪い呆然と口を開いた。

「病に臥されたレオ猊下を前にして、あなたは聞いたはずなのです。エヴァン・グリフィスが口にした女神の忠実な僕である天秤への不敬を──」

 ◇

 この夜、旧帝都エゼキエルに吹き荒れた粛清の嵐は、世俗の富や地位が一切の防波堤となり得なかった。

 レオ・セントロマと彼が率いる原理主義勢力は、先鋭化したドグマと迷いなき信仰心に包まれて全ての殺戮を為したのだ。

 売春宿や、それに類するサービスを供与する施設は勿論のこと、「G.O.D」のような一定のいかがわしさを醸し出すクラブ等も火を放たれた。働く人々や居合わせた客達は立場を問わず惨殺されている。

 天秤により殺傷された者の数は万と余名に及び、召喚を命ずる刻印を額に刻まれた者はさらに多い。

 ヴァルプルギスの夜は一晩にして反政府系組織によって引き起こされたかつての叛乱より大きな恐怖と喪失を人々に与えたのである。

 なお、天秤衆が跋扈ばっこしたのは市街だけではない。

 復活派勢力の支配と正統性の証しであるイリアム宮においても、事前調査により異端と見なされていた廷吏と女官は処断されたのだ。

 こうして、イリアム宮で最も高い塔の上には、ラムダ聖教会の聖旗と天秤の戦旗が並び打ち立てられた。

 弱みを握られたアダムの働きかけによって、衛兵達はこれに抵抗するどころか進んで協力したのである。

 重臣達の多くも異端の嫌疑により拘束されており、宰相エヴァン・グリフィスですら聖座異端審問所へ連行されたと知った人々は身を震わせた。

 だが、いかなる夜もやがては明ける──。

 早朝、沈黙を守るイドゥン太上帝に代わり、メディアを通じレオ・セントロマは非常に短い声明を発表した。

「光あれ」

 来たる新秩序を告げる狼煙である。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...