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起転承[乱]結Λ
58話 七つ目。
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「七つ目のひとりである母君以上の適任者はおりませんな。はははは」
そう言って楽し気に笑った後、エルメンガルトは好奇に輝く瞳を、母であるクラウディア方伯夫人へ向けた。
「お前は──」
彼女の物静かな声には怒気と、僅かながらも安堵の響きが滲んでいる。
「──この意味を分かっているのか?」
トールとロベニカは唐突な展開に食事の手を休めプロイス家の母娘を見やった。
無作法ですよ──と、平素ならばロベニカが注意したところだろうが、彼女にも状況が良く飲み込めていなかったのである。
──七つ目って言ってたわよね?
──私は聞いた事が無いけど──何かの結社かしら。
「意味ならば分かっておりますとも」
エルメンガルトは胸を張り、銀髪の尾を揺らして元気に応えた。
「お仲間になって頂くか──あるいは頸を刎ねるかの二択になりましたなっ!」
◇
今より二千年以上の刻を遡った時代、オビタル帝国を震撼させる事象が発生した。
「二十三秒間の孤独」
ロベニカがぽつりと呟いた。
「何ですか、それ?」
能天気な声で尋ねるトールを、一同は不思議そうに見やる。
それは幼年学校で習う歴史的事実であり、オビタルの根源的恐怖心を苛み続けてきた。
上司の記憶に欠落がある事を知るロベニカは、方伯夫人と娘が不審を抱く前に手早く説明を入れる。
「原因不明とされていますが、全てのポータルが切断され、EPR通信も使えなくなってしまったんです」
「二十三秒間?」
「ええ」
この僅かな寸断が多数の犠牲者を生んだ。
ポータルを通過中だった艦艇は存在確率がアリス面で復活する事は無かった。
EPR通信を利用した交通、医療、警備システムでは人命に関わる事故が無数に発生している。
そして何より、地表世界を捨て宙を駆ける種オビタルにとって、光速度の孤児となり狭い星系に閉じ込められるのは悪夢以外の何物でもなかった。
「かような状況となり、ようやく我等は己の無知を思い起こす」
方伯夫人は皮肉な笑みを浮かべた。
「ポータル、そしてEPR通信という奇跡を、あたかも自然の恵みであるのかの如く利用してきたが、存在理由、作動原理──その何れに関しても無知であるとな」
二十三秒後に全てが復旧したとはいえ、動揺する臣民を前に帝国と各領邦は対応策を示す必要に迫られていた。
「帝国科学院の設立もその一つだ」
ポータルやEPR通信の原理を、科学的に理解しようとするアプローチである。
なお、同科学院は数十年前に、ポータル消滅懸念の警告を発していた。それを端緒として、ベルニク領邦航宙管理局には、遠航路保全課というポータル死活監視部門が設立されたのである。
──窓際部門に成り下がっていたけど、お陰でタイタンポータルの存在確認が出来たんだよね。
遠航路保全課長ユリウスの功にトールは報い、彼を航宙管理局の次長級に引き上げていた。
「──が、先史文明の遺産に胡坐をかき利便性を享受しておきながら、太古文明への回帰を指向する我等には土台無理な話だったのだ」
オビタルは科学的発展を希求せず、発展に不可欠な人工知性体そのものを忌避した種なのである。
量子の狭間に潜む悪魔と定義した超越知性体群メーティスの生んだ先史文明の果実を利用しながら、一方で女神ラムダに許されたのだという信仰を免罪符として自己矛盾を解決していた。
「帝国科学院は一向に成果を出せず──今もってそれは変わらぬ。代わって皮肉な話だが実に意外な連中が事態の真因へ迫ったと主張した。あるいは、これこそが我等オビタルの限界を示すのだろう」
「意外な連中?」
「聖典研究者の間では異端扱いされているのだが、外典を主に扱う者共だ」
ラムダ聖教会が聖典と奉ずる書物が編纂された経緯についの仔細は割愛するが、外典とは何らかの事情により正典に含められなかった文書である。
「外典には何が書いてあるんですか?」
正典にすら目を通した事のない男が素知らぬ顔で尋ねた。
「迂遠で詩的な表現が多様されており内容は難解極まりない。総じて解するなら世界の終末を説く黙示録と言えよう」
「黙示録に、ポータルの作動原理が書いてあると?」
「いや」
方伯夫人は、瞼を伏せ首を振った。
「平たく申せば、ポータルとEPR通信を消滅させる方法が記されている──と、外典研究者共は主張したのだ」
三つの秘蹟を携え城塞を訪れると、銀河は再び光速度の壁に覆われる。
これが、外典黙示録から読み解かれた内容だった。
「城塞──」
と、聞けばトールにも覚えはある。
オリヴィア宮の中庭の台座から渡る世界だ。マリが復讐の証しとして鍵を持ち、ベルツの呪われし兄弟を幽閉した場所でもある。
「伯は目にしたのだろう」
そう尋ねる方伯夫人の瞳は、何かを試すかのような色合いを帯びていた。
「はい、ボクも見ました。聳え立つ険しい絶壁の上に建っていて、とても辿り着けそうになかったですけど──あ、ところで、三つの秘蹟というのは何ですか?」
方伯夫人は、事実をあっさりと認めたトールに満足した様子を見せる。
「道化た話に聞こえようが許されよ。三つのうち一つは巨人となる」
トールの脳裏に、白い水着で泳ぐ巨人の姿が浮かんだ。
「"凶暴なる巨躯と病める巨躯、両のΛの印を並び揃えよ"」
──凶暴、病気──みゆうさんではない。
──だけど、その二人とボクは会ってるな……。
凶暴と言えば「らむだ」と名乗った巨人で、現在はミネルヴァ・レギオン旗艦の待針に居るはずだ。
つまりは、スキピオ・スカエウォラの手の内である。
──でも、病気の巨人は……。
首船プレゼピオでトールは台座の世界へ逃げたポンテオ・ペルペルナを追っている。その世界でも巨人と出会ったが彼女は明らかに病んだ様子に見えた。
──でも、首船と一緒に死んじゃったよね……。
「実は、どちらも見た事があるような気がします……」
「おお! さすがは英雄伯っ!」
喜色を浮かべたエルメンガルトは手を打った。
「ほう、伯はご覧になったのか。我等が巨人と出会ったのは僅か五十年前の事となる。凶暴とは言えず、病にも罹っていなかったが故に秘蹟ではないと判断されたが……」
五十年前、ベネディクトゥスを襲った船団国とベルツの戦いで、鹵獲した旗艦から見付けた巨人だろう。
「みゆ──いや、その巨人はどうなったんですか?」
「天秤共が持ち去ったが、その行方を妾は知らぬ」
あらぬ異端の嫌疑をかけ、天秤衆はベルツから全てを奪ったのだ。
「秘蹟の巨人ではない以上、我等の関心事ではない」
「なるほど──ボクの経緯は次の機会にお話しするとして、他の秘蹟とは何なのです?」
「一つはクルノフ領邦のゲオルクに眠るが、状態を鑑みれば誰も手に出来ぬだろう。故、あの地は愚かな凡夫が治めておれば良い」
ロマン・クルノフ男爵に、トールは内心で少しばかり同情をした。
「今一つについては妾の口から確と言えぬのだが──順を追って話そう」
外典研究者の話は、当時の為政者達にとって片腹痛い与太話に聞こえた。
そもそも、聖典研究者の中で異端とされる者達の話なのである。
誰も真に受けなかったが、極少数ながら好奇を示した者達もいた。
「名は秘すが幾つかの有力家の者が集い、秘蹟を求める調査団を編成した」
過去のあらゆる記録に目を通し、各地に残る伝承を調べ、彼等は秘蹟への手掛かりを求め続けた。
「幾世を要したが、結果として城塞を目にし、さらには三つのうち一つの秘蹟を手に入れた。与太では無いと考えるのは必然だろう」
調査団は外典に書かれた黙示録を信じ、世に秘さねばならない情報と考えた。
「それが七つ目の始まりと言う訳ですか」
「相違ない」
つまり七つ目とは、城塞と秘蹟に関わる情報を隠匿し、残された巨人の秘蹟を求め続ける結社なのである。
慣習的に結社は、四人の女が代々に渡って統率をしてきた。
「ベネディクトゥスで起きた叛乱やカドガンちゃまの侵攻は、城塞へ至る台座を護る為だったと」
「左様。帝国公領の片田舎であれば良かったのだが──」
ベネディクトゥス星系へ食指を伸ばそうとするエヴァン公の動きを察した七つ目は、協力する素振りを見せながら飼い馴らしたベルツ家残党に領地を獲らせようとしたのである。
トール・ベルニクの出現により大きく目算が狂い、後にカドガン侵攻をも手助けしたがそれも潰えた。
「内実を晒すようで不本意ではあるが、七つ目という組織自体も揺らいでいる」
「ひとつ目殿のやる気が失せてしまいましてね!」
不可解そうな表情を浮かべるトールに気付いたエルメンガルトは、再び口を開いて言葉を継いだ。
「四人の女が統べる七つ目のトップです」
そう言って右手で片方の瞼を隠した。
「文字通りのひとつ目殿という訳なのですが、七つ目の首領は代々が隻眼なのですよ」
「へえ、不思議ですね」
「先ほど妾から確とは申せぬと告げた秘蹟だが──代々のひとつ目殿が片目を潰して秘される」
「──まん丸なんですね」
トールの些か間の抜けた感想を受け、エルメンガルトは楽し気に笑ったが、方伯夫人は極めて真面目な様子で頷いた。
「妾も目にした事はないが、伯の推察通り丸いのだろう。件の秘蹟は預言者モトカリヤの眼球とされている」
本当の眼球ならば腐敗し分解されるはずなので、形状を似せた無機物なのだろうとトールは考えた。
──モトカリヤか──聞き覚えは有るんだけど──。
「まずは、ひとつ目殿には秘蹟を護持して頂ければ良い。だが──」
言い淀んだ方伯夫人に代わって、エルメンガルトが言葉を引き継いだ。
「ひとつ目殿の睨みが弱くなったせいか、女達の行動に統制が取れていないのです。目下の所、それが母君の頭痛の種でして」
ひとつ目とクラウディア方伯夫人以外にも、二人の女が七つ目上層部には存在するのである。
さしものエルメンガルトも彼女達の名前までは明かさなかった。
「帝国の箍が緩む今こそ、城塞と秘蹟を護るのは重用事となる。万一にも狼藉者が手にしたなら何が起きるか分かったものではない」
ポータルとEPR通信を人質に権力簒奪を企む──あるいは、何らかの妄執に基づいてオビタルを光速度の孤児に堕とす可能性もある。
「一人は帝都──いや、旧帝都で妙な動きを見せている。エヴァンと与しクルノフを狙うなどという愚挙に出たのだ。今一人は行方が杳として知れぬ。ひとつ目殿に至っては娘の申した通りである」
この点について、方伯夫人は苛立ちを隠せない。
「──そんな折、我が愚弟を翻弄した伯の企図をロマン卿より聞き膝を打った」
クルノフ領邦を当面の間は、緩衝地帯にするというトールの目論見である。
「直近の利害は一致しようし、何より伯は既に城塞を知る者である。先ほどの話によれば、二人の巨人とも邂逅を果たされたのだろう?」
「ええ、でもチラ見ぐらいですし──再会できるかどうかも──」
「構わぬ。むしろ再会できぬ方が良いのだ」
七つ目の理念を考えるなら、確かにそうなるのだろう。
「──ともあれ、我等については明かした。もはや先走った娘の勢いに乗じるほかあるまい」
娘エルメンガルトは、我が意を得たりとばかりに何度も頷いた。
「力添えと秘事の誓いをして頂けまいか。銀獅子権元帥トール・ベルニク伯爵へクラウディア・プロイスより伏して請う」
無論、断ればトールの頸《くび》を刎ねるのだ。
◇
プロイス母娘による斬首を逃れ湖畔城で無事に朝を迎えたトールは、ロベニカの映す照射モニタ上でレオ・セントロマの声明を知った。
<< 光あれ。>>
朝から完璧な装いでトールの居室を訪れたロベニカだったが、頭上に残る愛用のアイマスクが彼女の動転ぶりを示している。
「多数の臣民が何の謂れもなく──本当に──許せません」
胸を押さえ悲痛な表情を浮かべるロベニカの横で、トールは少し異なる感想を抱いていた。
──ボクと教皇の殺した天秤衆の方が圧倒的に多いんだよね。
──果たしてどちらがより罪深いのか……。
「至急、ベルニクへの帰路に就かれた方が──」
「そうしたいのは山々ですが、三日逗留すると約束しちゃいましたしね」
「私が交渉して参りますっ!」
そう言って背を向けたロベニカは、急ぎ足でヒールを高鳴らせた。
「──ロベニカさん」
「はい?」
呼び止められたロベニカが振り返る。
「つまらない事を聞きますけど──」
トールは寝癖で跳ねる頭を掻いて、彼女から少し視線を反らせた。
「アレクサンデルさんが教皇で良かった──です?」
ロベニカは数舜だけ考える様子を見せた後に、曇りのない笑みを浮かべて頷いた。
「勿論です、トール様」
そう言って楽し気に笑った後、エルメンガルトは好奇に輝く瞳を、母であるクラウディア方伯夫人へ向けた。
「お前は──」
彼女の物静かな声には怒気と、僅かながらも安堵の響きが滲んでいる。
「──この意味を分かっているのか?」
トールとロベニカは唐突な展開に食事の手を休めプロイス家の母娘を見やった。
無作法ですよ──と、平素ならばロベニカが注意したところだろうが、彼女にも状況が良く飲み込めていなかったのである。
──七つ目って言ってたわよね?
──私は聞いた事が無いけど──何かの結社かしら。
「意味ならば分かっておりますとも」
エルメンガルトは胸を張り、銀髪の尾を揺らして元気に応えた。
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◇
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「二十三秒間の孤独」
ロベニカがぽつりと呟いた。
「何ですか、それ?」
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それは幼年学校で習う歴史的事実であり、オビタルの根源的恐怖心を苛み続けてきた。
上司の記憶に欠落がある事を知るロベニカは、方伯夫人と娘が不審を抱く前に手早く説明を入れる。
「原因不明とされていますが、全てのポータルが切断され、EPR通信も使えなくなってしまったんです」
「二十三秒間?」
「ええ」
この僅かな寸断が多数の犠牲者を生んだ。
ポータルを通過中だった艦艇は存在確率がアリス面で復活する事は無かった。
EPR通信を利用した交通、医療、警備システムでは人命に関わる事故が無数に発生している。
そして何より、地表世界を捨て宙を駆ける種オビタルにとって、光速度の孤児となり狭い星系に閉じ込められるのは悪夢以外の何物でもなかった。
「かような状況となり、ようやく我等は己の無知を思い起こす」
方伯夫人は皮肉な笑みを浮かべた。
「ポータル、そしてEPR通信という奇跡を、あたかも自然の恵みであるのかの如く利用してきたが、存在理由、作動原理──その何れに関しても無知であるとな」
二十三秒後に全てが復旧したとはいえ、動揺する臣民を前に帝国と各領邦は対応策を示す必要に迫られていた。
「帝国科学院の設立もその一つだ」
ポータルやEPR通信の原理を、科学的に理解しようとするアプローチである。
なお、同科学院は数十年前に、ポータル消滅懸念の警告を発していた。それを端緒として、ベルニク領邦航宙管理局には、遠航路保全課というポータル死活監視部門が設立されたのである。
──窓際部門に成り下がっていたけど、お陰でタイタンポータルの存在確認が出来たんだよね。
遠航路保全課長ユリウスの功にトールは報い、彼を航宙管理局の次長級に引き上げていた。
「──が、先史文明の遺産に胡坐をかき利便性を享受しておきながら、太古文明への回帰を指向する我等には土台無理な話だったのだ」
オビタルは科学的発展を希求せず、発展に不可欠な人工知性体そのものを忌避した種なのである。
量子の狭間に潜む悪魔と定義した超越知性体群メーティスの生んだ先史文明の果実を利用しながら、一方で女神ラムダに許されたのだという信仰を免罪符として自己矛盾を解決していた。
「帝国科学院は一向に成果を出せず──今もってそれは変わらぬ。代わって皮肉な話だが実に意外な連中が事態の真因へ迫ったと主張した。あるいは、これこそが我等オビタルの限界を示すのだろう」
「意外な連中?」
「聖典研究者の間では異端扱いされているのだが、外典を主に扱う者共だ」
ラムダ聖教会が聖典と奉ずる書物が編纂された経緯についの仔細は割愛するが、外典とは何らかの事情により正典に含められなかった文書である。
「外典には何が書いてあるんですか?」
正典にすら目を通した事のない男が素知らぬ顔で尋ねた。
「迂遠で詩的な表現が多様されており内容は難解極まりない。総じて解するなら世界の終末を説く黙示録と言えよう」
「黙示録に、ポータルの作動原理が書いてあると?」
「いや」
方伯夫人は、瞼を伏せ首を振った。
「平たく申せば、ポータルとEPR通信を消滅させる方法が記されている──と、外典研究者共は主張したのだ」
三つの秘蹟を携え城塞を訪れると、銀河は再び光速度の壁に覆われる。
これが、外典黙示録から読み解かれた内容だった。
「城塞──」
と、聞けばトールにも覚えはある。
オリヴィア宮の中庭の台座から渡る世界だ。マリが復讐の証しとして鍵を持ち、ベルツの呪われし兄弟を幽閉した場所でもある。
「伯は目にしたのだろう」
そう尋ねる方伯夫人の瞳は、何かを試すかのような色合いを帯びていた。
「はい、ボクも見ました。聳え立つ険しい絶壁の上に建っていて、とても辿り着けそうになかったですけど──あ、ところで、三つの秘蹟というのは何ですか?」
方伯夫人は、事実をあっさりと認めたトールに満足した様子を見せる。
「道化た話に聞こえようが許されよ。三つのうち一つは巨人となる」
トールの脳裏に、白い水着で泳ぐ巨人の姿が浮かんだ。
「"凶暴なる巨躯と病める巨躯、両のΛの印を並び揃えよ"」
──凶暴、病気──みゆうさんではない。
──だけど、その二人とボクは会ってるな……。
凶暴と言えば「らむだ」と名乗った巨人で、現在はミネルヴァ・レギオン旗艦の待針に居るはずだ。
つまりは、スキピオ・スカエウォラの手の内である。
──でも、病気の巨人は……。
首船プレゼピオでトールは台座の世界へ逃げたポンテオ・ペルペルナを追っている。その世界でも巨人と出会ったが彼女は明らかに病んだ様子に見えた。
──でも、首船と一緒に死んじゃったよね……。
「実は、どちらも見た事があるような気がします……」
「おお! さすがは英雄伯っ!」
喜色を浮かべたエルメンガルトは手を打った。
「ほう、伯はご覧になったのか。我等が巨人と出会ったのは僅か五十年前の事となる。凶暴とは言えず、病にも罹っていなかったが故に秘蹟ではないと判断されたが……」
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「みゆ──いや、その巨人はどうなったんですか?」
「天秤共が持ち去ったが、その行方を妾は知らぬ」
あらぬ異端の嫌疑をかけ、天秤衆はベルツから全てを奪ったのだ。
「秘蹟の巨人ではない以上、我等の関心事ではない」
「なるほど──ボクの経緯は次の機会にお話しするとして、他の秘蹟とは何なのです?」
「一つはクルノフ領邦のゲオルクに眠るが、状態を鑑みれば誰も手に出来ぬだろう。故、あの地は愚かな凡夫が治めておれば良い」
ロマン・クルノフ男爵に、トールは内心で少しばかり同情をした。
「今一つについては妾の口から確と言えぬのだが──順を追って話そう」
外典研究者の話は、当時の為政者達にとって片腹痛い与太話に聞こえた。
そもそも、聖典研究者の中で異端とされる者達の話なのである。
誰も真に受けなかったが、極少数ながら好奇を示した者達もいた。
「名は秘すが幾つかの有力家の者が集い、秘蹟を求める調査団を編成した」
過去のあらゆる記録に目を通し、各地に残る伝承を調べ、彼等は秘蹟への手掛かりを求め続けた。
「幾世を要したが、結果として城塞を目にし、さらには三つのうち一つの秘蹟を手に入れた。与太では無いと考えるのは必然だろう」
調査団は外典に書かれた黙示録を信じ、世に秘さねばならない情報と考えた。
「それが七つ目の始まりと言う訳ですか」
「相違ない」
つまり七つ目とは、城塞と秘蹟に関わる情報を隠匿し、残された巨人の秘蹟を求め続ける結社なのである。
慣習的に結社は、四人の女が代々に渡って統率をしてきた。
「ベネディクトゥスで起きた叛乱やカドガンちゃまの侵攻は、城塞へ至る台座を護る為だったと」
「左様。帝国公領の片田舎であれば良かったのだが──」
ベネディクトゥス星系へ食指を伸ばそうとするエヴァン公の動きを察した七つ目は、協力する素振りを見せながら飼い馴らしたベルツ家残党に領地を獲らせようとしたのである。
トール・ベルニクの出現により大きく目算が狂い、後にカドガン侵攻をも手助けしたがそれも潰えた。
「内実を晒すようで不本意ではあるが、七つ目という組織自体も揺らいでいる」
「ひとつ目殿のやる気が失せてしまいましてね!」
不可解そうな表情を浮かべるトールに気付いたエルメンガルトは、再び口を開いて言葉を継いだ。
「四人の女が統べる七つ目のトップです」
そう言って右手で片方の瞼を隠した。
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「へえ、不思議ですね」
「先ほど妾から確とは申せぬと告げた秘蹟だが──代々のひとつ目殿が片目を潰して秘される」
「──まん丸なんですね」
トールの些か間の抜けた感想を受け、エルメンガルトは楽し気に笑ったが、方伯夫人は極めて真面目な様子で頷いた。
「妾も目にした事はないが、伯の推察通り丸いのだろう。件の秘蹟は預言者モトカリヤの眼球とされている」
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言い淀んだ方伯夫人に代わって、エルメンガルトが言葉を引き継いだ。
「ひとつ目殿の睨みが弱くなったせいか、女達の行動に統制が取れていないのです。目下の所、それが母君の頭痛の種でして」
ひとつ目とクラウディア方伯夫人以外にも、二人の女が七つ目上層部には存在するのである。
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「帝国の箍が緩む今こそ、城塞と秘蹟を護るのは重用事となる。万一にも狼藉者が手にしたなら何が起きるか分かったものではない」
ポータルとEPR通信を人質に権力簒奪を企む──あるいは、何らかの妄執に基づいてオビタルを光速度の孤児に堕とす可能性もある。
「一人は帝都──いや、旧帝都で妙な動きを見せている。エヴァンと与しクルノフを狙うなどという愚挙に出たのだ。今一人は行方が杳として知れぬ。ひとつ目殿に至っては娘の申した通りである」
この点について、方伯夫人は苛立ちを隠せない。
「──そんな折、我が愚弟を翻弄した伯の企図をロマン卿より聞き膝を打った」
クルノフ領邦を当面の間は、緩衝地帯にするというトールの目論見である。
「直近の利害は一致しようし、何より伯は既に城塞を知る者である。先ほどの話によれば、二人の巨人とも邂逅を果たされたのだろう?」
「ええ、でもチラ見ぐらいですし──再会できるかどうかも──」
「構わぬ。むしろ再会できぬ方が良いのだ」
七つ目の理念を考えるなら、確かにそうなるのだろう。
「──ともあれ、我等については明かした。もはや先走った娘の勢いに乗じるほかあるまい」
娘エルメンガルトは、我が意を得たりとばかりに何度も頷いた。
「力添えと秘事の誓いをして頂けまいか。銀獅子権元帥トール・ベルニク伯爵へクラウディア・プロイスより伏して請う」
無論、断ればトールの頸《くび》を刎ねるのだ。
◇
プロイス母娘による斬首を逃れ湖畔城で無事に朝を迎えたトールは、ロベニカの映す照射モニタ上でレオ・セントロマの声明を知った。
<< 光あれ。>>
朝から完璧な装いでトールの居室を訪れたロベニカだったが、頭上に残る愛用のアイマスクが彼女の動転ぶりを示している。
「多数の臣民が何の謂れもなく──本当に──許せません」
胸を押さえ悲痛な表情を浮かべるロベニカの横で、トールは少し異なる感想を抱いていた。
──ボクと教皇の殺した天秤衆の方が圧倒的に多いんだよね。
──果たしてどちらがより罪深いのか……。
「至急、ベルニクへの帰路に就かれた方が──」
「そうしたいのは山々ですが、三日逗留すると約束しちゃいましたしね」
「私が交渉して参りますっ!」
そう言って背を向けたロベニカは、急ぎ足でヒールを高鳴らせた。
「──ロベニカさん」
「はい?」
呼び止められたロベニカが振り返る。
「つまらない事を聞きますけど──」
トールは寝癖で跳ねる頭を掻いて、彼女から少し視線を反らせた。
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ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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