本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ　〜The saga of ΛΛ〜　巨乳戦記

砂嶋真三

文字の大きさ

大中小

215 / 230

起転承[乱]結Λ

74話　混沌のカナン。

しおりを挟む

　旧帝都、イリアム宮。

　アダム・フォルツ選帝侯は心身ともに疲弊していた。

　面倒な領地の差配は代官に任せ、宮廷政治とて宰相エヴァンに付き従っていただけの男は、太上帝への憧憬を除けば特段の欲や理念など持ち合わせていない。

　謂わば、流されるままに生きて来た道楽者である。

　かように浮薄な男が、ヴァルプルギスの夜を境として、レオと天秤の刃を背に感じながら宰相職をエヴァンに代わり担う羽目となっていた。

　折り悪く、十万余とも言われる新生派連合艦隊が自領へ迫るなか、銀獅子と諸侯を取りまとめて聖都奪還軍の編成も果たさねばならない。

　──それほど欲しければ、自分でやれば良いではないか。
　──教皇だの聖都だのと──どうでも良いわっ。
　──糞坊主め、死ね死ね死ねいっ！！

　と、心中では罵詈雑言を喚き散らしているのだが、いざレオに面と向かえば途端に手足の震えを抑えるのが精一杯といった有様である。

「編成準備は万端だと、数日前に胸を張って申したのは貴方ではないか？」

　アダムが怒鳴りつけた相手は、フィリップ・ノルドマンに代わって禁衛府長官となった男である。　レオ派の大司教と血縁である為に官職を得たのだ。

「イザーク要塞に全艦艇が揃ったという意味で万端と述べたに過ぎん。出撃可能などとは申しておらぬ」
「な、なんと！？　猊下──レオ聖下の要求された出立の刻限は過ぎ、ベルニクめもカナン星系へ入ってきたのだぞっ！！」

　いきり立つ思いをアダムは噴出させた。

　トール率いる少女艦隊は、クラウディオ・アラゴンの敷いた防衛陣を機動力で躱し、プロイス領邦からカナン星系まで一気呵成の侵攻を果たしている。

　また、少女艦隊の進路が聖都へ通ずるエステルポータルではなく、ハバフク方面と言う点もアダムを不安にさせていた。

　ハバフク方面に存在する未知ポータルには、ベルニク奇襲に備えた防衛部隊が存在する──と、エヴァンから聞き知っている。

　故に、トールが防衛部隊を挟撃しようと狙っているのはアダムにも看破出来たが、ハバフク方面の援護に差し向けられる兵力が存在しない──。

「イーデンブルクとモラヴィアのボロ艦ふねが事故を起こしてくれてな。お陰で基地要員は整備復旧に追われ出撃するどころではないのだ」
「こ、この期に及んで事故だと！？──いったい損傷は何隻程となる？」
「五千隻は下らんだろう」

　絶望的な状況にも関わらず、禁衛府長官は落ち着き払って応えた。

　ああ──と、アダムは嘆息する。

　──此奴がレオ派の大司教と血縁で無ければ叩き殺していたものを……。

　歯噛みするアダムにとっての救いは、レオからの催促が未だ来ていない点である。

　──この状況であの坊主が騒ぎ立てぬ理由が分からん──いや──待てよ。

「例の噂の真偽は分かっているのか？」

　昨夜からイリアム宮で流れている噂があった。但し、情報の出処が不明で、尚且つ余りに突拍子も無い内容の為、アダムはデマの類と考えていたのである。

「聖骸布艦隊が壊滅したという──」
「ほう」

　面白そうな表情を禁衛府長官が浮かべた。

「どうにも話が噛み合わぬと思っていたのだが……。これは道理。いや、愉快愉快」
「な、何を──」
「貴公はご存知なかったのか、ククク。聖下は天秤衆と共に既に帝都を発たれておるぞ？」

　禁衛府長官の言葉に、アダムの背に戦慄が走った。

　宰相などと祭り上げられながら、インナーサークルから己が排除されていると悟ったからである。
　
　自身の保身にとって良くない兆候と言えた。

「た、発った──だと──どこへ？」
「当然、聖都と決まっていよう」
「い、いや、しかし、軍が露払いをせねばならんだろう」
「その解は、既に自身で告げていたのではないかな？」
「まさか──噂は──真──！？」

　噂通り聖骸布艦隊が壊滅したのなら、確かに天秤衆のみで聖都へ入る事は可能だろう。

　アレクサンデル救出を目指すベルニクを聖都へ誘い込み、編成を終えた聖都奪還軍がエステルポータルを塞げば相手を袋の鼠とも出来る。

　聖骸布艦隊を壊滅させた戦力と挟撃しベルニクを擦り潰せば良いのだ。

　レオ・セントロマが軍編成を急かさなかったのは必然だったのである。

「信仰こそが全てを照らす灯火よ。レオ聖下の行く手はいかなる者も阻めぬ」

　そう言って禁衛府長官は嫌な笑みを浮かべた。

　◇

「ガラガラだな」

　エゼキエル宇宙港のロビーは閑散としており、行き交うのは専ら軍関係者である。

「戒厳令下で、尚且つ──」

　聖職衣姿のテルミナ一行を先導して歩く男は周囲を警戒して幾分か声を落とした。
　
「貴殿の主人がカナンへ押し入っておる。相変わらず無法な御仁だ」

　そこはかとない痛快さを言外に滲ませる男の胸には近衛師団の徽章きしょうがある。

「前回も、そうだったが──」

　イリアム宮へ押し寄せた叛乱軍に死地へ追い込まれた際、妻エリーゼの名を唱えた師団長を救ったのは白いパワードスーツに身を包んだ悪魔である。

　──寝覚めは悪くなったが、ともあれ妻と再会できた。

　そんな彼が、聖職者を偽る一団を戒厳令下に案内すると決めたのは、女帝が乗る御召艦おめしかん来臨の噂が理由ではない。

　無法伯率いるベルニクならば、荒れ狂う信仰の獣へ抗えるのではないか──という期待があったのである。

「確かに、暴れん坊ってのは否定できねーな」

　女神を信じぬと断言した男は、テルミナの期待を裏切らない不遜ぶりを示し続けている。

「それはそうと、テメェの手配した船は大丈夫なんだろうな。この状況下でハバフク方面へ向かうなんざ正気の沙汰じゃないぜ」
「銀獅子の御用船を回させたのだ。カナン星系内であればどこへでも行ける」

　イザーク要塞で発生した事故復旧に対応する為、銀獅子艦隊は民間から大量の輸送艦を急遽徴発したのだ。

「さて──ここから先は、私が案内せずとも大丈夫だろう。話は全て通してある」
「そうか。じゃ、後は──」
「お待ち」

　立ち去ろうとする男を、ミセス・ドルンが引き止めた。

「パリスの件は、あんた達に任せたよ」

　天秤衆の影響下にある慈恵医療院へ運ばれたパリスの生死は不明だが、ミセス・ドルンには確信がある。

「例え気狂いになろうとも、底無しのバカは死なないものさ」

　今すぐには救えないが、必ず取り戻すと彼女は決めていた。

「ホントに馬鹿なんだよ──。昔からね」

しおりを挟む