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起転承[乱]結Λ
75話 意外な再会。
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カナン星系に入ったトールがハバフクを目指し、テルミナ一行は旧帝都を発ち、レオと天秤衆は聖都アヴィニョンへ向かっている──頃より話は少し遡る。
<< えっと、ボクと一緒に聖都へ行ってくれませんか? >>
EPR通信で、そうトールから請われた時、ウルドは何度か瞳を瞬かせた。
無論、戦地を怖れた訳ではない。
自ら親征と宣してマクギガン侵攻に随伴して事もある。野人伯爵ディアミドの蒔いた種が芽吹いていなければ、血で血を洗う内戦に発展していた可能性もあっただろう。
──死ぬのは別に構わぬが……。
彼女は、良く言えば大胆不敵、悪く言えば捨て鉢な人生観なのである。
幼少期から疑心と妬心に囲まれ育ち、思春期を豪奢で狂った檻で暮らした結果、女帝ウルド──オリヴィア・ウォルデンの性は螺旋の如く捻れていた。
「構わぬが、余が何の──」
「な、何を言っているのですかッ!!」
傍に控える名誉近習レイラ・オソロセアが、ウルドの言葉を遮る非礼も構わず叱責の声を上げた。
父ロスチスラフが人物を買っている相手とはいえ余りに無謀な話と思えたからである。
「狂信者と裏切り者の集うカナン星系へ入るなど論外、あまつさえ血が流れるのが必定な聖都アヴィニョンへお連れするとは正気の沙汰ではありません!」
<< ええ。ホントに正気の沙汰ではないんですけど── >>
と、トールは頭を掻いた。
「良い。レイラ」
言い募ろうとする彼女を手で制した後、ウルドは少し首をかしげて見せた。
トール・ベルニクが聖都へ連れて行きたいと言うならば、行って共に死ぬのも一興である。
「──が、余が行って何とする? 女帝の威とやらに平伏す者共ではあるまい」
マクギガン親征は同盟締結から間もないベルニク軍とオソロセア軍の連携を助ける為だった。
「気狂い坊主共を相手に、余が役に立つとは思えんな」
と、冷静に己の分限を開陳してみせた。
<< いえいえ >>
トールが神妙な表情を作り首を振る。
その様が滑稽で面白くウルドは吹き出しそうになったのだが、深刻な面持ちのレイラを慮り腿をつねって堪えた。
<< まず、近衛師団です。陛下がお越しと知れば、警護師団や銀獅子艦隊の動きを牽制できるでしょう >>
ハバフク方面へ銀獅子艦隊が押し出してくるのをトールは避けたかったのである。未知ポータルを抜けて来るトールハンマーを引き連れ速やかに聖都へ向かわねばならない。
<< 次に、実はこちらが本命なのですが── >>
そう言いながらトールが照射モニタに翳した右手に鉛色のリングが──運命共同体的契約関係を証するリングが──浮気をすると電流の迸るリングが──兎も角リングが鈍い光を放っていた。
◇
かくして、ハバフク方面の未知ポータル近傍に、つまりは敵勢力の只中にトールの股肱が集まったのだ。
ケヴィン・カウフマン中将率いる中央管区艦隊は、旗艦トールハンマーに女帝ウルドを戴く御召艦となっている。
また、血に飢えた一万五千名の揚陸部隊の士気も文字通り燃え盛っていた。
その先頭に立つ白き悪魔ジャンヌ・バルバストルが、恍惚とした表情で自身の左前腕を撫でているのを副官のクロエが目撃している。
──ど、どうしたのかしら? お姉さま……。
無論、作戦会議においては淑女の仮面を外さない。
照射モニタに映るジャンヌは常と変わらぬ様子である。
「船団国のミネルヴァ・レギオンが、レオ氏と手を結んだのは確実です」
<< スキピオ殿が裏切りましたか……。お父上も無念でしょう >>
<< あの惨劇を繰り返すおつもりかしら? >>
ケヴィンとジャンヌは、スキピオとの直接交流は無かったが、首船の消滅した光景は今も脳裏に焼き付いている。
「まあ、彼には彼の考えがあるんでしょうね」
執政官ルキウス・クィンクティはトール達と手を結び大事を為そうとしたが、友柄であるスキピオ・スカエウォラが同じ施策を踏襲するとは限らない。
──そういえば、トーマスさんは無事に辿り着けたのかな?
殺人鬼トーマスが実母と会えていれば良いのだが──と、トールは心の片隅で願っている。
「これを見ると、そう結論付ける他ありません」
人口天体サン・ベネゼ艦隊基地が備える遠距離索敵網が光学映像をアレクサンデルへ伝送している。
その映像をトールが共有するとケヴィン達から呻き声が漏れた。
<< ──貝殻 >>
<< 広範囲でEPR通信も遮断されましたわね…… >>
紛う事なきレギオン旗艦である。
現在はダイソン球に覆われた恒星マグダレナから無限に等しいエネルギーを得ている。また、大質量体の生み出す引力はポータルの随伴惑星に対しても甚大な被害を及ぼすだろう。
そして何より、全てを無に帰す白光も兼ね備えているのだ。
「トール様」
少女Bユキハが珍しく固い声音で彼の名を呼んだ。
「あれが、敵なのですか?」
「はい。今回の敵という事になります」
「そ、そんな……」
ユキハは怯えた眼差しを浮かべて俯くと握った拳を胸に当てた。
「ん?」
他方、訝しく感じたトールの傍では、情動に乏しいはずの少女Aが興奮している。
「ほほう──。一匹だけとは油断か否か。ともあれ、僥倖である」
この時、ひょっとすると彼女は笑みを浮かべたかったのかもしれない。
「再びアウトサイダーと出会えるとはな」
<< えっと、ボクと一緒に聖都へ行ってくれませんか? >>
EPR通信で、そうトールから請われた時、ウルドは何度か瞳を瞬かせた。
無論、戦地を怖れた訳ではない。
自ら親征と宣してマクギガン侵攻に随伴して事もある。野人伯爵ディアミドの蒔いた種が芽吹いていなければ、血で血を洗う内戦に発展していた可能性もあっただろう。
──死ぬのは別に構わぬが……。
彼女は、良く言えば大胆不敵、悪く言えば捨て鉢な人生観なのである。
幼少期から疑心と妬心に囲まれ育ち、思春期を豪奢で狂った檻で暮らした結果、女帝ウルド──オリヴィア・ウォルデンの性は螺旋の如く捻れていた。
「構わぬが、余が何の──」
「な、何を言っているのですかッ!!」
傍に控える名誉近習レイラ・オソロセアが、ウルドの言葉を遮る非礼も構わず叱責の声を上げた。
父ロスチスラフが人物を買っている相手とはいえ余りに無謀な話と思えたからである。
「狂信者と裏切り者の集うカナン星系へ入るなど論外、あまつさえ血が流れるのが必定な聖都アヴィニョンへお連れするとは正気の沙汰ではありません!」
<< ええ。ホントに正気の沙汰ではないんですけど── >>
と、トールは頭を掻いた。
「良い。レイラ」
言い募ろうとする彼女を手で制した後、ウルドは少し首をかしげて見せた。
トール・ベルニクが聖都へ連れて行きたいと言うならば、行って共に死ぬのも一興である。
「──が、余が行って何とする? 女帝の威とやらに平伏す者共ではあるまい」
マクギガン親征は同盟締結から間もないベルニク軍とオソロセア軍の連携を助ける為だった。
「気狂い坊主共を相手に、余が役に立つとは思えんな」
と、冷静に己の分限を開陳してみせた。
<< いえいえ >>
トールが神妙な表情を作り首を振る。
その様が滑稽で面白くウルドは吹き出しそうになったのだが、深刻な面持ちのレイラを慮り腿をつねって堪えた。
<< まず、近衛師団です。陛下がお越しと知れば、警護師団や銀獅子艦隊の動きを牽制できるでしょう >>
ハバフク方面へ銀獅子艦隊が押し出してくるのをトールは避けたかったのである。未知ポータルを抜けて来るトールハンマーを引き連れ速やかに聖都へ向かわねばならない。
<< 次に、実はこちらが本命なのですが── >>
そう言いながらトールが照射モニタに翳した右手に鉛色のリングが──運命共同体的契約関係を証するリングが──浮気をすると電流の迸るリングが──兎も角リングが鈍い光を放っていた。
◇
かくして、ハバフク方面の未知ポータル近傍に、つまりは敵勢力の只中にトールの股肱が集まったのだ。
ケヴィン・カウフマン中将率いる中央管区艦隊は、旗艦トールハンマーに女帝ウルドを戴く御召艦となっている。
また、血に飢えた一万五千名の揚陸部隊の士気も文字通り燃え盛っていた。
その先頭に立つ白き悪魔ジャンヌ・バルバストルが、恍惚とした表情で自身の左前腕を撫でているのを副官のクロエが目撃している。
──ど、どうしたのかしら? お姉さま……。
無論、作戦会議においては淑女の仮面を外さない。
照射モニタに映るジャンヌは常と変わらぬ様子である。
「船団国のミネルヴァ・レギオンが、レオ氏と手を結んだのは確実です」
<< スキピオ殿が裏切りましたか……。お父上も無念でしょう >>
<< あの惨劇を繰り返すおつもりかしら? >>
ケヴィンとジャンヌは、スキピオとの直接交流は無かったが、首船の消滅した光景は今も脳裏に焼き付いている。
「まあ、彼には彼の考えがあるんでしょうね」
執政官ルキウス・クィンクティはトール達と手を結び大事を為そうとしたが、友柄であるスキピオ・スカエウォラが同じ施策を踏襲するとは限らない。
──そういえば、トーマスさんは無事に辿り着けたのかな?
殺人鬼トーマスが実母と会えていれば良いのだが──と、トールは心の片隅で願っている。
「これを見ると、そう結論付ける他ありません」
人口天体サン・ベネゼ艦隊基地が備える遠距離索敵網が光学映像をアレクサンデルへ伝送している。
その映像をトールが共有するとケヴィン達から呻き声が漏れた。
<< ──貝殻 >>
<< 広範囲でEPR通信も遮断されましたわね…… >>
紛う事なきレギオン旗艦である。
現在はダイソン球に覆われた恒星マグダレナから無限に等しいエネルギーを得ている。また、大質量体の生み出す引力はポータルの随伴惑星に対しても甚大な被害を及ぼすだろう。
そして何より、全てを無に帰す白光も兼ね備えているのだ。
「トール様」
少女Bユキハが珍しく固い声音で彼の名を呼んだ。
「あれが、敵なのですか?」
「はい。今回の敵という事になります」
「そ、そんな……」
ユキハは怯えた眼差しを浮かべて俯くと握った拳を胸に当てた。
「ん?」
他方、訝しく感じたトールの傍では、情動に乏しいはずの少女Aが興奮している。
「ほほう──。一匹だけとは油断か否か。ともあれ、僥倖である」
この時、ひょっとすると彼女は笑みを浮かべたかったのかもしれない。
「再びアウトサイダーと出会えるとはな」
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