僕は骨が好きだ。大好きだ!

まいまい@”

文字の大きさ
2 / 25
1章 僕は骨が好き

2.空と砂浜と海の色は、絵の具のように美しい。と、その青年は言った。

しおりを挟む
 僕は骨が好きだ。
 どれくらい骨が好きかというと、例えばフライドチキンから鶏の首なし骨格標本を組み立てることができるほどなのである。僕は、骨の形・位置に至るまで構造を把握しているのだ。

 僕は骨が好きだ。
 それだけは、どこにいても変わらない。骨が好きであることが僕が僕であることなのだから。
 たとえ何が起ころうとも、僕の優雅で平和な骨生活は変わらない、変わらないはずであった――


 空には真っ赤に燃える太陽が輝いている。目の前に広がるのは、白く染まる空、青い砂浜、そして美しく輝く群青の海。遠くの山は油の混じったような暗い虹模様。足元に生える草花は鮮血のように紅葉し、紫や黄の花をつけていた。
 その景色は、頭がくらくらしそうなほど鮮やかである。南国だったとしても、もう少し目にはやさしい色をしているだろう。

 何を言っているかというと、はい、ここは地球ではない、知らない世界ばしょだったのです!

「うわぁ、色が気色悪いきしょい
 闇をまとった帳が降りた路地裏から、この明るく輝く場所へ迷いこんだ弊害だろうか。景色のあまりの変貌ぶりと、ありえない色彩に脳の処理能力は限界を超えそうになっている。
 僕は発狂しそうだった。狂ったように混みあげる不安さけびが今にも飛び出しそうだった。
 しかし、その声を発することは、できなかった。
 一体何が起こったのか、それすら考える余裕はなかった。なぜならば、呼吸がうまくできないのだ。気が動転して、過呼吸になっているというわけではない。空気が僕を拒絶していたのだ。

 ここは地球ではない。ならば環境が地球と同じである可能性は低い。仮に酸素が十分に存在しなかったら、呼吸を阻害するような猛毒のガスが含まれる大気だったら、僕は生きることができない。

 呼吸をしようとするたび、僕は溺れていく。この世のものとは思えない色鮮やかな世界の中に。

 ――太陽が燃えている。空が遠い、僕はここで死ぬのだろうか。訳の分からない場所で。

 朦朧とする夢の様な霞の中、苦しんでいるはずの僕はどこか他人事のように、遠くに遠くに感じはじめた。死にゆく僕の精神を守るために、脳が情報を遮断したのだ。
 僕はこの極彩色の環境に耐えられず、命が尽きる前に気を失ったのだ。



 ――走馬灯のようにくるくると移りゆく、不思議な夢を見た。
 黒に染みた意識の中、赤が溶けていく夢を。

 それは闇のような黒い温もり。
 それは血のような赤い流れ。

 何かが体内に満たされる感覚がする。
 黒と赤の色が、死に、そして、生まれ来る生命すべてを見守る何かの気配。

 それは真っ黒、それは真っ赤。

 くるりくるりと、交わって。ひらりひらりと、交じりゆく。
 満たされる液体けつえきの色が、まどろむように、黒い意識に染み込んだ。

 黒、
  赤、
   黒、
    赤。
     飛沫ひとつ宇の原せかいから、ひらひら、舞い散る。

 それは赤、それは黒。

     満ちるせかいちからは、鮮やかに。

    赤、
   黒、
  赤、
 黒、
 交互に舞い散る色は、大地すべてに染み込んで、ひたひた、飛び散った。
  黒と赤。単なる色。

 黒、  赤、
  赤、黒、
   赤、
  黒、赤
 赤、  黒と。

       交わる色は、混ざらない。交ざる色は、混じらない。
   ひとつ  ちからは。  せかい  すべて

 黒と赤は、いつしかひとつになって、息を吹き返す。

   せかいに迷う赤子ひとつは、すべてを得た。
 生まれいでたばかりの  ひとつに、生きるための祝福ひとつを。生きていくための祝福を。

 黒と赤が司るちからの総てを――



 僕は目が醒めた。
 先ほどの苦しさは嘘のように、夢だったかのように、生まれ変わったかのように、気分は清々しいものであった。

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。燃えていた光源は消え、燃えかすのようにくすぶる黒い月が世界を赤く照らしている。
 すべてが宵の色に覆われて、色を失いくすんで見える。とはいえ、そのものが持つ色がなくなったわけではない。足元には青の砂浜と赤の草が広がっていた。ここは昼間見た、あの極彩の風景のままであった。

「なんか妙な夢を見たような気もするが……やっぱり、現実だったか。……もともと夜行性気味だったのに、ますます昼間、起きているのがつらくなるじゃないか」
 いっそのこと、日が昇っているうちは身をひそめていようかというくらい、昼の世界はまぶしすぎた。

「ここは危険な動物の気配もなさそうだし……人や動物はいるのか?」
 長い時間砂浜で気を失っていたにもかかわらず、動物の1匹も寄ってこないとは、運がいいのか悪いのか。
 もしも、生物がいないとなると食糧調達が難しそうである。と言うよりも、それらが食欲がわく色形をしているのかどうかが心配である。その生き物が毒を持っているかもしれないという懸念よりも、それだった。


「ひとまずは状況把握だな」
 といっても、あたりを見回したところで、目に入るのは受け入れがたい現実。茫然としてしまうだけであった。
 とにかくと、僕は荷物の確認を行うことにした。
 最後の記憶が正しければ、背負った鞄には夕食と「趣味」の道具が入っているはずなのだ。
 僕は頭蓋骨が刻印された引手をつまみ、鞄のチャックを開いた。中にはすっかり冷めてしまったフライドチキンと、愛用の刃物一式と手入れの道具が確かに入っていた。これらが鞄に入っていたのは救いだった。フライドチキンは早めに消費しなくてはならないが、刃物は色々と便利である。このような場所でそれがあるのとないのでは、大きく変わってくる。

「どことも知れぬ世界で、サバイバルか……」
 しかし、とにかく腹が減っては、戦はできない。僕はフライドチキンの箱を開ける。
「1つだけ食べよう」
 この先食糧が手に入るとは限らない。さすがに3日4日は持たないと思うが、少なくとも明日、食べるものがあると思うだけでも、安心できる。

 僕はほんのり湿気た箱から肉を1つ取り出した。
「これは胸骨キールかな」
 僕はすっかり冷めてしまった鶏肉にかぶりついた。

 ところでフライドチキンで1匹分の骨を集めるとしたら、最低で何ピース必要か、ご存じだろうか。
 答えは、左右の手羽ウイングで2ピース、リブも同じく2、サイも2、ももドラムも2、そして胸骨キールが1の計9ピースだ。これらの部位がそろえば1匹分の鳥にすることができるのだ。
 うちキールと呼ばれる部分は1匹から1つしか取れないので、入っていたらある意味で運がいい。

 骨を傷つけないように気をつけながらフライドチキンを頬張る。
 一息ついて、再び見上げた空。赤や青や黄、チュウリップ畑もびっくりな規模の色彩の、大小様々な星の群れが浮かんでいる。チキンはおいしかったが、その鮮やかな夜空に僕の顔は歪んでいたに違いない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...