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ネコという小さな存在にすら脅かされる僕らの関係は。
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俺の世界は彼一色だ。
彼の優しげな声で起こされて、彼から与えられるままに食事をとって、彼の暖かな腕の中で眠る。その度に俺は彼に愛されてるって、今日も生きてるって再確認できて、とっても幸せな気持ちになる。俺の頭をゆっくり撫でる彼の手が好き。壊れ物を扱うみたいに愛おしげに俺の体を愛撫する彼の指が好き。いつだって信じられる、彼の落ち着く声が好き。そんな毎日。永遠に続く、幸せで、彼で埋め尽くされた日常。
そんな日々に、突如別の色が入りこんだ。それは、本当に微かな色だった。彼が仕事中の、俺が留守番をしている時間、不意にカリカリと、弱々しく窓を引っ掻く音が聞こえた。
「......?」
なにとはなしに見たその音の正体は、黒い子猫だった。その金色の瞳と目が合ったと思うと、俺は不思議と窓の鍵へと引き寄せられた。
何年かぶりに味わう外の空気と、彼以外の生き物の感触。暖かく柔らかで、確かなひとつの生命。俺は無意識にその生命体を抱きしめ、声を押し殺して泣いた。
その小さな出会いを彼に伝えかったのは、ほんの出来心。魔が差した、とでもいえばいいのか。とにかく、他意はなかった、はずなんだ。
「ねえ、今日は何をしていたの?」
夕食時に毎度繰り返される答えの決まった問いかけ。
「ずっとアナタのことを考えていました」
いつかのある日に俺が出したこの答えを、彼はいたく気に入っている。本心なのはその日から変わっていない。でも今日初めに心に浮かんだのは、あの小さな命のことだった。
「そっか、それじゃあ、変わったことはなかった?」
「......はい、何も」
「そっか」
カチャリと小さな音を立てて彼が食器を手放す。
「そっか、そっか、そっか。な に も なかったんだ」
普段とは真反対の、荒々しい手つきで首に手がかけられる。どこかでぎりぎりと骨が軋む音がした。
「ねえどうして? どうして嘘をつくの? 君とはもう分かり合えたと思ってたのに。君とはもう幸せになれたと思ったのに。ねえ、あの日誓ってくれたのは嘘だったの? 君の人生は僕のものだって言ってくれたのは嘘だったの? 君は僕のものじゃないの? 君は僕を裏切ったの? ねえねえねえねえ」
霞んでいく視界。子供のように泣きじゃくる彼の姿。懐かしいこの感覚。最初の頃はいつもこうなってたっけ。ぶつぶつと何かを唱えていた彼がいきなり口を噤んだ。その目は大きく見開かれている。
「ああ、そっか。もう歩けなくなったら、こんなこと起きないのか......そっか、そうだ。その通りじゃないか!!! 」
薄れゆく景色の中でも、彼が笑ってくれたことだけはわかる。その事に安堵して、俺は意識を手放した。
きっと全てが解決されていることを願って。
彼の優しげな声で起こされて、彼から与えられるままに食事をとって、彼の暖かな腕の中で眠る。その度に俺は彼に愛されてるって、今日も生きてるって再確認できて、とっても幸せな気持ちになる。俺の頭をゆっくり撫でる彼の手が好き。壊れ物を扱うみたいに愛おしげに俺の体を愛撫する彼の指が好き。いつだって信じられる、彼の落ち着く声が好き。そんな毎日。永遠に続く、幸せで、彼で埋め尽くされた日常。
そんな日々に、突如別の色が入りこんだ。それは、本当に微かな色だった。彼が仕事中の、俺が留守番をしている時間、不意にカリカリと、弱々しく窓を引っ掻く音が聞こえた。
「......?」
なにとはなしに見たその音の正体は、黒い子猫だった。その金色の瞳と目が合ったと思うと、俺は不思議と窓の鍵へと引き寄せられた。
何年かぶりに味わう外の空気と、彼以外の生き物の感触。暖かく柔らかで、確かなひとつの生命。俺は無意識にその生命体を抱きしめ、声を押し殺して泣いた。
その小さな出会いを彼に伝えかったのは、ほんの出来心。魔が差した、とでもいえばいいのか。とにかく、他意はなかった、はずなんだ。
「ねえ、今日は何をしていたの?」
夕食時に毎度繰り返される答えの決まった問いかけ。
「ずっとアナタのことを考えていました」
いつかのある日に俺が出したこの答えを、彼はいたく気に入っている。本心なのはその日から変わっていない。でも今日初めに心に浮かんだのは、あの小さな命のことだった。
「そっか、それじゃあ、変わったことはなかった?」
「......はい、何も」
「そっか」
カチャリと小さな音を立てて彼が食器を手放す。
「そっか、そっか、そっか。な に も なかったんだ」
普段とは真反対の、荒々しい手つきで首に手がかけられる。どこかでぎりぎりと骨が軋む音がした。
「ねえどうして? どうして嘘をつくの? 君とはもう分かり合えたと思ってたのに。君とはもう幸せになれたと思ったのに。ねえ、あの日誓ってくれたのは嘘だったの? 君の人生は僕のものだって言ってくれたのは嘘だったの? 君は僕のものじゃないの? 君は僕を裏切ったの? ねえねえねえねえ」
霞んでいく視界。子供のように泣きじゃくる彼の姿。懐かしいこの感覚。最初の頃はいつもこうなってたっけ。ぶつぶつと何かを唱えていた彼がいきなり口を噤んだ。その目は大きく見開かれている。
「ああ、そっか。もう歩けなくなったら、こんなこと起きないのか......そっか、そうだ。その通りじゃないか!!! 」
薄れゆく景色の中でも、彼が笑ってくれたことだけはわかる。その事に安堵して、俺は意識を手放した。
きっと全てが解決されていることを願って。
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