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後日談

初めての感情3

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深呼吸。私は一人、薬草学準備室の前にいた。ん、待って。そもそもなんでルディーは準備室の「前」で待ち合わせたんだ?別に中で待ち合わせれば済むことじゃ……そう、考えを巡らせていた時。中から声が、聞こえてきた。あの2人の、声だった。

「ルディー、彼女じゃなくていいからって言ってるじゃん。また前みたいにお互い気楽にいこうよ」
「オレには大切な彼女がいる。彼女を裏切りたくないって、何度も言ってるよね?」
「だからバレなければいいじゃん。どしたの?そんな真面目ぶっちゃって。前の方が素でしょ?無理する意味なくない?クローダムの子だっけ。家柄的に仲良くしたいのはわかるけど、だったら私の家でもいいし。うちの家も結構いいって知ってるでしょ」

ナジェンタ家、確かそこのご息女だったはず。確かに、私の家よりは劣るものの、家柄はいい……彼なら、家同士のために優しくするのかな。思わず握った拳に力が入ったとき。彼はきっぱりと言い切った。

「家なんて関係ない。オレは彼女だから好きなんだ。これ以上そういう目的でオレに近づくのなら、もう優しくできない。オレは彼女の恋人だ。彼女以外、いらない」

舌打ちして、去ってゆく先輩。思わず隠れた私に、打って変わった優しい声でルディーは私の名を呼んだ。

「ヴィー……顔が見たいな。出てきてくれる?」

かつりと靴音が響く。気付けば目の前には、ルディーが立っていた。心配するような、焦っているような、困った顔。

「ごめん、耐えきれずにオレから来ちゃった……この数日、キミに嫌な思いをさせたよね。ごめん。キミがオレから距離をとったのも、気付いてた。でも、今のがオレの本音。信じて、くれる?」

高位の貴族を無下には出来ない。彼は男女問わず優しい。そんな要素が揃えば、そりゃあ、あんな丁寧な対応になるだろう。当たり前だ。でもそれなのに、彼はそれを詫びた。そして、その対応を、今後相手の反応によってはしないと、断言した。私が嫌だと、分かってくれた。気付けば思わず、抱きついていた。

「信じる……けど、やきもち、妬いた」
「!嫌いに、なってない……?」

なるわけが、ない。そんな意味を込めて、彼をキッと睨む。

「やきもち、妬いた!」
「っ……ふふふっ!そっか、ごめんね。どうしたら許してくれるのかな、オレのプリンセス」
「このまましばらく抱きしめて、それからデート、連れてって」
「仰せのままに」

頭を撫でる大きな手。私の腰に添えられた逞しい腕。この人は私を好いてくれている、他の誰よりも。その事実に安心して、私はそっと目を閉じた。
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