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第一回 去年の夏、八月…
しおりを挟む去年の夏、八月二十六日の朝焼けを覚えている。深夜数人の友達と女の子のアパートへ行き、暫く酒を飲みながら話をした。連れの女が帰ると云うので一緒に外に出ると、風が落ちて、払暁の空は溟い灰色の雲に蓋われていた。その狭間で横長に流れる幾筋かは、凶々しいような濃厚な血紅色だった。
最寄りの駅で始発を待った。ぼんやり坐っていたら、不意に連れが泣き出した。吃驚して慰めてやろうと思ったけれども、ほつれた髪が襟足に張りつき、穢らわしくて鬱陶しい。
「いけないわ。そのつもりだったのに」と低い声で呟くので、何の事だか解らずに黙っていると、女は、鋭い眼を向けて薄笑いを浮かべた。
電車が音もなくホームへ辷り込んだ。
九月三十日の夕刻、喫茶店で待ち合わせていた友人の松村が、やって来るなり、
「大変だよ、知ってる?」と云った。「安珠が結婚してさ、バリに住むらしいぜ」
本当の事らしく思われないので、俺は、バリ、と口の中で繰り返してみた。
「そう、雑貨の仕入れであっちに行って知り合ったんだって。やるなあ、安珠ったら。国際結婚なんて凄えよ。しかも電撃だろ」
「こっちでも披露宴とかすんの?」
「身内でさらっと済ませたみたいよ。だけど、俺ら独身男がぞろぞろと、アンちゃんのお友達ですぅー、なんつって押し掛けちゃあ、扱いに困るだろ。新婦側も新郎側も」
「そだな」
「来月の半ばには引っ越すっつってたから、忙しいだろうし、もっと早くに知ってりゃあ、仲間集めてパーティでも出来たのにな」
店の女の子がコップの水を持ってオーダーを聞きに来たので、俺は、
「白ワインをボトルでお願い」と云い、松村に「ここで祝ったやろうぜ。本人が不在だから意味ないんだけどね」と云った。
「素敵。祝う気持が大切だと思う。晩メシは食った?」
「まだいらねえかな。酒だけでいい」
「俺、腹減って死にそう。とりあえずカツカレー。それと、追加註文はまた後で」
メニューを睨みつける松村にかからぬよう斜めに向けて煙草の煙を吹いた刹那、壁際の席に坐る髪の長い女が、ちらりと俺の方へ視線を送った。まともに顔を見るのは気が引けて、俺は慌てて眼をそらした。女が怒ったような、しかし媚を含んだ口調で、
「もう、ずっと待っていたのに、どうして逢いに来てくれなかったのよ」と云うのが、大勢の話し声に混ざることなく、はっきりと聞きとれた。
山小屋風の喫茶店の中は段々とお客が這入って来て辺りが騒がしくなり、俺も段々とワインが廻って来て気持はゆるむのだけれど、何故と云うわけでもなく、安珠の事が心にわだかまって落ち着かない。だから、
「羨ましいねえ、南の島か」とわざと明るく云った。
俺は、初めて安珠に逢った八月二十六日の夜明けに見た血の色をした雲を思い出し。そしたら掌に蘇る、引き寄せた彼女の腕のざらつくうぶ毛の感触が。
〈 続 〉
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