鰻魚記

犬束

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第五回 マンションの…

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 マンションの階段を降りて、一階の設計事務所を一瞥、働く人々よさらば、私は行く、と前を南北に通る片側一車線の道路を北へ向かって歩き出した。南へ行くと環状線に突き当たり、北へしばらく進むと急な勾配の坂になり、登りつめたらその先は橋。この橋及び道路は整備したての割に交通量はあまり多くなく、夜などに橋を見やると、オレンジの街灯が並んだ様はまるきり現実味がなくって、サイバーな映画の風景みたいだった。
 俺は橋の袂で左折、秋にしては暖かすぎる陽射しを浴びて土手をぶらぶらした。立ち止まって煙草を吸い、照り輝く川波を見つめている内に、頼りないような曖昧な気持がしてきた途端、今すぐ俺はどうしても安珠に逢わなければならぬ、逢って浄化して貰わねばならぬ、さもないと、怖しい災厄が降りかかる、場合によっては命に危険があるかも知らん、と云う思念に憑かれた。ここしばらく女っ気がないから、かつて係りのあった女子と接触したいなんて云う、浅ましい了見を起こしたんじゃあないのである、断じて。
 そんな訳で、俺は早速、踵を返して自宅から徒歩十五分のターミナル駅を目指してしまったんだった。








 時間の流れが緩やかだった。
「到頭、辿り着いたな」
 改札を抜けて、俺は思った。新しい世界に旅立つような、同時に、何も変わりはしないのだと既に諦めたような気持が、交互に捩れていた。
 マンションの部屋を出てから二時間後、降り立った和歌葉駅。正面に真っ直ぐ伸びる三車線の道路を遠くまで眼で追っていると、アスファルトの路面も両側に建つ商店や背の低いビルも、眩しいほど照らされてハレーションを起こし、軽い眩暈を覚えた。明かるすぎる町並みに比して、空はどんよりと曇っていて、なんとなく変な気がした。
 道路の駅から向かって左側の方へ横断歩道を渡って行き、広い遊歩道を歩いた。時折ゆっくりと自動車が通りはするが、人影はなく森閑としている。中央分離帯の柳もそよとも揺れず。二階建ての駅舎と立派な舗装道路は、全体的に鄙びて埃っぽい町には不似合いなほどだし、俺は夢を見てるんじゃないか、と訝り。だけど、安珠は確かにこの町に居るのだった。


 安珠は、半年前から和歌葉の実家に戻り、彼女の兄と輸入雑貨の店を始めたそうだ、と俺が知ったのはいつだったか。駅からすぐだし、真っ直ぐ行ってりゃ解るってさ、と又聞きで。だったら迷いようもないじゃんねえ、って俺は日盛りの中を余裕で歩きつづけた、しかし。
 シャッターの降りた倉庫、不動産屋、婦人衣料品店、幅一間ほどの墓地、ジャズ喫茶、空地、古本屋、信用金庫、薬局、その他、入口に板を打ちつけて営業していない店舗が多く、ガムテープで補修した清涼飲料の自動販売機も色褪せたまま放置、と云う異常に寂れた具合に不安を抱きながら、かなり遠くまで流したけれど、それらしき店は道路のこちら側もあちらの側にも、ない。
「あららー。なんで。どうして」
 呆然と立ち尽くして呟いたところで、応える者などあるものか。思いついて見知らぬ町に来たものの、どうにかなるはずが、どうにもならぬ気配。


            〈 続 〉


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