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第九回 夏みたいに日が…
しおりを挟む夏みたいに日が照っていた。風はちっとも吹かず。店にはいつもの銘柄がなかったので、俺は自動販売機を探してそこいらを適当に歩き廻った。どこからか水の音が聞こえる。道角を曲がり狭い通に出ると、数メートル先に短い橋が架かっており、家屋と家屋の間に両岸をコンクリートで固めた小川が流れていた。川の水はきれいで、随分と浅そうだが、底には女の髪を束ねたような深緑色の藻があちこちから長く伸びて揺らいでいた。たゆたう水面を見ている内に、やっぱりなんだか片づかないような曖昧な気分になった。
悄然とうな垂れていたら、橋の下で不意に黒い影が蠢いたので、ぎょっとした。息をつめて乗り出すように覗いてみると、大きな鰻の頭らしい。胴周りがマンホールの蓋ほどもあろうかと云う大鰻が、音もなくずるずると上流へ向かって泳いで行く。水深が足りないので腹の方ばかりを川に浸しているのに、背中の側もぬらぬらしていて、温かいのだか冷たいのだか、よく解らないような魚の皮の手触りを感じる気がした。こんな巨大な鰻が居るはずないじゃん、と考えたけれど、頭は四、五軒も先にあるのに胴体はまだまだ伸びつづけ、いつまでも眼下を這い進む。
「どっか、行ってみたい所とかありませんか」と良太が云った。「アンちゃんと逢えるまでは僕が和紗さんの接待係なんですから、何でも云いつけて下さいね」
「そんなに気ぃ違うことねえからさ。良太は行きたいとこないの」
「デザートが食べたいかな」
「まだ喰うか」
結局、良太は大盛りオムライスと素うどんの他に、和風ハンバーグランチ、のみならず、店の親父がくれたバナナ一本と栗饅頭を二つ平らげた。
「そうだ、和紗さん。閉まってるけど『チェリー』を見に行ってみます?」
「いいね。見てみたい」
元々方向音痴なので、案内は良太に任せっきり、俺はどちらへ歩いているのだか、方角もたたなかった。
良太がしきりに辺りを見渡すので、俺は、「なんか探し物?」と訊いた。
「方位を一寸。和歌葉は江向の東南でしょう。風水的には男運がアップする方角らしいですよ。当たってますね」
「え?」
「運良く、アンちゃんと友達の僕に出逢ったじゃないですか」
「占いとか信じるタイプなんだ」
「全部じゃないですけど」と良太は口ごもり、「嘘でも縋るものが欲しい時あるし」と悲しい小さな声で云った。
占術について敷衍するべきか、関係のない話題を持ち出すべきか、俺は逡巡したが、
「同級生の妹が手相とか良く見てもらうらしくてさ」とフォローのつもりで云った。「その子にとっては、将来がどうこうよりも悩みを相談出来るのがいいんだってさ」
「そうそう」と良太は頷いた。「喋るだけで気が軽くなるし、知らないひとなら後腐れの心配もないですし」
「うっかり噂が広まっちゃったりね」
「ここだけの話のはずなのにぃ、って」
「初詣に行ったら、女子、好きじゃんか、お神籤引くの。俺なんか百円だって勿体ないもん」
「アンちゃんも好きで。熟読してました。あれですぐ気に病む質なんですよ。それで僕、魔除けにガーネットのネックレスをプレゼントした事あるんです」
「良太は優しいねえ」
「金座街の煎餅屋の婆ちゃんが手相見で、けっこう当たるんですって。どうですか?」
「見ていらん」
「姓名判断つきで一回千円。お得でしょ」
「充分仕合わせだってば」
「もれなく新作煎餅の試食が出来ます」
「金座街は懲りたよお」
〈 続 〉
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