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第三章 海辺の光線 Boire la mer

3.

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 花の実家へ帰ると、縁側にトマトがずらりと並べてあった。座敷には桃音ももねちゃんがいて、扇風機の風にあたりながら、座卓の前に坐って、花とふたりで葡萄を食べている。粒が大きくて、透明感のあるルビーリュビみたいな美しい色の、いかにも贈答品キャドゥらしい大粒の葡萄だった。

「その葡萄、どうしたの? なんて名前の品種? 初めて見る、きれいな色」

「あたしたちが食べてるのを、黙っててくれるなら、ようにもあげなくもない」と花がつっけんどんな口調で言った。

「絶対、秘密だからね」と桃音ちゃんは堪えきれずにわらいだし、「これは、二房きりなのよ。巨峰は一箱あるんだけど」

「もちろん、内緒にする。バラす理由がないじゃん」と僕は大至急で靴を脱ぎ、縁側から上がった。「手を洗うあいだに、食べつくさないでよ!」

 僕に分け前を取られないよう、花なら無理やり口の中に押し込みかねないので、廊下を走って戻り、彼女のそばにしゃがんだ。

「ご紹介しましょう」と花は葡萄をひとついで僕に示し、「こちらが、シャインマスカットより人気の、クイーンニーナでございます」と言うなり、自分で食べてしまった。

「葉くん、あたしの残り半分どうぞ」と桃音ちゃんがお皿に載せてわたしてくれる。「甘味が濃くて、一度にたくさんは食べれない。皮は出すみたいだけど、渋くないから大丈夫だよ」

「ありがとう。これ、お中元には遅いよね。桃音ちゃんが買ってくれたの?」

 大きな粒をかじってみると、たっぷりの果汁が弾け、強い甘味が広がった。香りも甘くて、匂いが見えるなら皮と同じ透明なルビーリュビ色に違いない。

「一時間ほど前に、映画のプロデューサー夫妻と田坂さんが来てね」と桃音ちゃんが言った。「午前中、気晴らしに、昔お世話になったクラブに乗馬しに行ったんだって。その後、田坂さんをジムのプールに送る途中に、農協の即売所と、このうちがあって、即売所の野菜や果物が新鮮で安かったからって、ついでにお裾分けを届けてくれたの」

「お近くにお越しの際に、お立ち寄りになるひと、ほんとにいるんだって驚いた」と花は僕の葡萄を横取りしようとした。

 田坂さんの話題になっても、僕の交友圏内のひとではないと規定できていたので、案外と冷静でいられた。

「安いと言っても、高級な果物なんでしょう? さすが、セレブリティ。贅沢なものを食べてるんだね」と僕はお皿を抱え、場所を移動しながら言った。

「だけど、佳思けいしくんはねぇ」と桃音ちゃんは花に眼くばせし、「ないのよ、食への興味が。食事を栄養補給くらいに捉えている」

 桃音ちゃんは、映画やテレビのドラマに出演していた田坂さんを知っているから、当時のままの呼び方をする。

「自然への冒涜」と花がしたり顔で言った。

 それから、トマトもいただいた物で、もっと追熟させるために縁側で日光浴をさせていることや、それでガスパチョか、パスタソースを作るか迷っていること、暇を持て余しているなら、僕も台所キュイジーヌを手伝うよう誘われた。
 僕は、父方の従兄弟との約束について打ちあけ、花のママに遊び場所を知らないか、訊ねてもらいたい旨を伝えた。

「勉強しないのなら、用事はいくらでもあるのに、逃げ出すんだ。身内で助け合わないといけない時なのに。せっかく呼びよせてあげたのに、使えない」などと、花にさんざん嫌味を言われてしまった。

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